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国際平和拠点ひろしま

建物コラム③「原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)」

 広島でもっとも有名な建物である原爆ドーム。被爆前は広島を代表する建築として親しまれ、観光名所にもなっていました。

 原爆ドームは、軍需などで発達した県内産品の販売促進を担う物産陳列館として1915年に建てられました(補注1)。館内には展示や講演に使える大きな部屋があり、さまざまなイベントの会場となっていました。例えば1921年に開かれた全国菓子飴大品評会(のちの菓子博)では、多くの来館者でにぎわう写真が残されており、普段から市民に親しまれていた様子がうかがえます。戦争が激化した1944年には館の業務が停止され、国や県や統制会社等の戦時行政の事務所へと変わりました。被爆時には、ほぼ真上で原爆がさく裂したことで強烈な熱線と爆風に見舞われ、一部の壁を残して崩壊しました。戦後しばらくはそのまま放置されましたが、保存・解体の論争を経て1966年に保存が決まり、現在に至るまで幾度も保存工事を受けています。1996年には世界遺産に登録されました。

 このような経過をたどった原爆ドームは、現在では廃墟と捉えられていますが、そのデザインに着目すると意外な一面が見えてきます。建物の正面にあたる川側から見ていきましょう。川側の外壁は楕円を用いた波打つような形で、バロック様式の華やかな建築を想起させます。ところが建物に近寄ってみると、バロックとは違う幾何学模様の装飾が目に飛び込んできます。これはセセッションと呼ばれ、19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパで流行した前衛的なスタイルです。続いて建物の裏側に回ってみると、こちらの外壁は緩くカーブしています。実は、ファサード(建物正面)が川に正対するように、建物全体が川の形に合わせて少し曲がっているのです。建物と同時に河岸緑地も整備され、水辺の価値を見直そうという意図を感じる設計です。

被爆前の姿。当時の広島では川に顔を向け、川岸を開放する建物は珍しかった(「広島市公文書館」所蔵)

平面図。川側の外壁だけでなく、ドーム部分も正円ではなく楕円だと分かる。建物全体が川の形にあわせてハの字に曲がっており、裏側の壁は緩くカーブしている(臼井斎氏寄贈・「広島平和記念資料館」提供)

A:玄関付近のセセッション風装飾は特に前衛的 B:外壁の各所に装飾が付くC:2階の柱はセセッションではなく、ギリシャ神殿のような渦巻き模様(イオニア式という)の柱頭装飾がある D:壁面がカーブしているのはバロック風

全国菓子飴大品評会でココアが提供されている様子。ドーム直下の階段から撮影しており、2階の柱の装飾がよく分かる(「広島市公文書館」所蔵)

敷地内には和洋の庭園があり、洋風庭園の噴水跡が現存する

 設計を担ったのはチェコ(補注2)出身の建築家ヤン・レツル。自身のルーツであるヨーロッパの建築文化をベースにしながら、本作を通じて近代化が進みつつあった広島の街に新風を吹き込むとともに、広島らしい建築のあり方を提案しようとしました。セセッション風の装飾や、川に顔を向ける設計はその表れです。

レツルが設計した聖心女子学院の門(東京)。セセッション風の装飾を伴う門扉と東洋を思わせる屋根の組み合わせ。レツルは和洋折衷のデザインも得意としていた

 このように、デザインに着目することで、原爆ドームはただの廃墟ではなく、現代の私たちにも示唆を与えてくれる建築作品という一面を持っていることが分かります。同時に、これほどまでに考え抜かれた建築を瞬時に崩壊させ、成熟しつつあった都市文化を人命と共に消し去る原爆の恐ろしさも、あらためて理解できるのです。

※本記事に掲載の写真は一部を除き著者撮影

<建物DATA>

・所在地: 広島市中区大手町

・竣工: 1915年

・設計: ヤン・レツル(Jan Letzel 1880~1925年)

・世界遺産、国指定史跡

・外観のみ常時公開

<補注>

(1)1915年の竣工直後は広島県物産共進会第一会場となり、共進会終了後に広島県物産陳列館として開館した。その後、1921年に広島県商品陳列所、1933年に広島県産業奨励館へと改称されている。

(2)第1次世界大戦前のチェコはオーストリア=ハンガリー帝国の一部であった。セセッションの中心地であるウイーンは、レツルにとっても近しい存在だったと思われる。

<参考文献>

①「ヒロシマの被爆建造物は語る」広島市+被爆建造物調査研究会 1996年

②「広島県物産陳列館(原爆ドーム)の設計コンセプトについて」杉本俊多 1989年 広島芸術学研究会年報第2号

【筆者プロフィール】
高田 真(たかた・まこと)
1978年広島生まれ。都市プランナー。アーキウォーク広島 代表。
建築公開イベントや建築ガイドブック出版などを通して、広島の建築の魅力を発信している。著書『アーキマップ広島』

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