Leaning from Hiroshima’s Reconstruction Experience: Reborn from the Ashes vol4被爆体験継承の課題:何を継承するのか
川野 徳幸(かわの のりゆき)
広島大学平和科学研究センター長・教授。広島大学原爆放射線医科学研所究附属国際放射線情報センタ一助手・助教,広島大学平和科学研究センター准教綬等を経て, 2013年6月から同センター教授,2017年 4月,同センター長に就任。博士(医学)。専門は原爆・被ばく研究,平和学。
Luli van der DOES
広島大学平和科学研究センター外国人客員研究員,日本学術振興会外国人特別研究員。エジンパラ大学言語科学修土,ケンブリッジ大学応用言語学修士,シェフィールド大学社会科学博士。専門は多領域分析手法,社会心理言語学と言説分析。現在,戦争記憶,原爆体験の言説を研究中。
被爆体験継承の課題:何を継承するのか1)
継承とは文字通り「受け継ぐ」ことである。ここ数十年,被爆体験継承の必要性は,切実に認識され,その重要性が声高に指摘される。しかしながら,何が継承できるのか,何を継承するのかといった問に対して,正面から議論したことはない。それは,原爆被爆被害2)が複合的でありすぎたことと同時に,「きのこ雲」 の下でおこった地獄図の光景こそが,主たる被爆体験だという誤認に他ならない。もちろん,1945年8月6日と8月9日の「あの日」の地獄のような惨劇は,被爆体験あるいはその記憶の根幹であろう。しかしながら,原爆被害は,「あの日」だけの惨劇に留まらず,その後の原爆放射線に起因する原爆後障害とその原爆後障害に端を発した健康不安を含む心的影響・被害など多面的に捉えるべきであろう。その被害は,従来指摘されてきたように,人間生活の全面,つまり,健康面,社会・経済生活面,精神面にかかわるものだからだ。とすれば,これら側面の原爆被害にまつわる被爆体験の内,次世代の非体験者は,どの部分を継承し,さらに次世代に繋いでいくのか。また,被爆者運動の両輪のーつとも言われる「核なき世界」を標榜する被爆者の思い・願いなどは,如何に継承していくのか。どの側面の被爆体験は継承可能で,どの側面のそれはそうできないのか。継承できない体験は,ただ忘却に委ねるだけなのか。仮にそれを受け継ぐことは困難としても,忘却に抗う術はないのか。こういった本質的な疑問が本稿の出発点であり,根幹を成している。
本稿では,まず,行政ではいつ頃から被爆体験継承の重要性が議論されたのかを紐解いた上で,伝えるべき当の被爆者が継承に対してどう考えているのかを考察する。次に,そもそも被爆体験の根幹を成す原爆被害とは何かをあらためて考えたい。最後に,その原爆被害に基づく被爆体験の中で,次世代の非被爆者は何を継承するのか,何を継承しなければならないのか,同時に,そのために,私たち次世代はどういった取り組みをすべきなのか,という諸問題を検討したい。その際,現在実施されている行政,大学の取り組みを幾つか紹介し,被爆体験継承の可能性について若干の提言を試みたい。なお,本稿では,特に,広島での取り組みを取り上げ,被爆体験継承の可能性を検討したい。
1) 本稿は,次の二つの国際シンポジウムでの報告内容を基に,大幅に加筆・修正を行ったものである。
①川野徳幸,継承の課題:何が継承できるのか,何を継承するのか,国際シンポジウム「原爆体験・戦争記憶の継承~託す平和遺産」(広島大学平和科学研究センター主催),広島大学東千田キャンパス,2017年8月2日。
②川野徳幸,原爆体験とは何か,ヒロシマとは何か:「平和観光」という視点から考える,国際シンポジウム「平和観光研究の可能性」(北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院メディア ・ツーリズム研究センター主催),北海道大学,2017年12月11日。
2)これ以降,単に「原爆被害」を用いるが,原爆被害の特徴の一つが原爆放射線被爆による晩発性障害であることを鑑みれば,原爆による被害は,正しくは「原爆被爆被害」とすべきであろう 。