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国際平和拠点ひろしま

Leaning from Hiroshima’s Reconstruction Experience: Reborn from the Ashes vol42 「その後のこと」

原子爆弾は通常兵器と決定的に異なる。その際たる理由の一つが晩発性の放射線障害,いわゆる原爆後障害である。晩発性放射線障害とは,放射線被爆後,急性障害から回復した後,数年から数十年といった長い潜伏期の後に影響が発症することである。また,症状が発症しないような低線率で長年にわたって被爆し,あるいは低線量を繰り返し被爆した後にも,ある期間を経て影響が出現することがある。原爆放射線による発生率の増加が認められる疾患として,白血病,甲状腺癌,乳癌,肺癌,胃癌,結腸癌,多発性骨髄腫,白内障,染色体異常,体細胞突然変異,胎内被爆者の知能遅滞(原爆小頭症)などがよく知られている14)。同時に,長年の疫学調査によってそれらの発症リスクが明らかになっている。たとえば,1グレイの原爆放射線を被爆した場合(広島原爆で爆心地から約1.3キロでの被爆),白血病による死亡の推定相対危険度は4.92で,非被爆者に比べ約5倍も高い。その他の固形がんも1点数倍から約2倍という高リスクである15)。近年でも「前白血病状態」としても知られる骨髄異形性症候群(MDS)が,被爆者の中で近年増加する血液異常として注目され,その分子発症メカニズムの研究が進められている16)。原爆被害の最たる特徴はまさにこの晩発性障害である。同時に,被爆者は,いつ発症するともしれない晩発性障害への不安を抱えて生きていかなければならないのである。

この健康への不安は,継続する原爆被害として特質すべきであるし,「その後」の被害の顕著な特徴と位置付けられる。原爆被害の深刻さはここにも提示されている。1985年日本被団協調査では,71%が健康・生活・子や孫への不安を挙げ(伊藤 1988:61-62),2005年朝日新聞アンケート調査では,48%(4,856名)が「いつも不安を感じる」,46%(4,638名)が「ときどき感じる」と回答し,全回答者の90%以上が健康不安を感じている実態が明らかになった(川野 2010a:26)。もちろん,非被爆者である一般の高齢者もその多くが健康不安を抱えているであろう。しかし,少なくとも放射線被爆に起因する疾患が発症するのではないかという不安は抱いていないであろう。事実,2015年朝日新聞アンケート調査において,回答者の55%(3193人)が「健康状態が悪くなると放射線の影響だと不安になる」と回答した。被爆者自身の健康不安に加え,子・孫の健康不安を心配する被爆者も多い。2005年朝日新聞アンケー卜調査では,「出産や,子や孫の健康に不安を感じたことがあるか」との質問を設けているが,58%の回答者が不安を感じたことがあると回答した。最近の2015年朝日新聞アンケート調査でも,「自分の被爆の影響で,子や孫の健康に不安を感じますか」という質問に対し,47%が「はい」と回答した。2015年読売新聞アンケート調査では,「子や孫の健康に関して,あなたの被爆の影響が気になることがありますか」との設問に対して,約56%が「ある」と回答した。このように,被爆者は,自身の健康不安に加え,子や孫の健康に対しても不安を感じている。こういった被爆に起因する心的な影響も原爆被害の「その後」の特徴の一つとして理解しておきたい。

原爆・被爆に起因する心的な影響・負荷を示す事例は他にもある。被爆者は,被爆体験を夢で見たり,日常の中で思い出したりするのである。2005年実施の朝日新聞アンケート調査の「被爆体験を夢で見るか」という設問に対し,「よくある」と回答した者が9.5%,「ときどきある」と回答した者が45%であり,55%が被爆体験を夢で見ることがあると回答した。また,同調査における「被爆体験を日常生活の中で思い出すことがあるか」という設問に対しては,「よくある」または「ときどきある」とした回答頻度が,76%であった。その後の2015年の読売新聞アンケート調査でも同様の質問をしているが,74%が「よくある」・「ときどきある」と回答している。なお,回答者は,2005年朝日新聞アンケート調査においては,被爆体験を現在に思い出させ,連想させるものとして,フラッシュ(原爆の閃光),祭りの人波(被爆者が郊外に逃げるとき線路に沿って歩いていた情景),スマトラ沖津波跡(がれきの中,何日も母を捜したこと),キュウリの輪切り(やけどした人が張っていた),焼いたスルメ(死体を焼いていた臭い)などを挙げていた。2015年読売新聞アンケート調査においては,どのような時に思いだすかという問いに対し,「海外の紛争や原爆報道などのニュースを見た時」が62%で最多で,「強い光・炎などを見た時」の22%,「夢で見た時」16%がそれに続いた。

「その後」の原爆被害には,こういった心的な影響のみならず,社会的被害も含まれる。たとえば,被爆者に対する偏見・差別の問題である。2005年朝日新聞アンケート調査では,偏見・差別について聞いているが,回答者の約20%にあたる2,674名が,被爆者であるが故の差別・偏見を受けたことがあると回答した。その内,1,966人(74%)が結婚時の差別・偏見を挙げていた。また,2015年読売新聞アンケート調査においても同様の質問をしているが,「過去にあった」とする回答が約28%,「現在もある」とする回答が4.5%であった。このように,「その後」の原爆被害には,原爆後障害のみならず,それに起因する健康不安等の心的影響,同時に,被爆者であるが故の社会的な被害も含まれるのである。


14)原爆被爆後,白血病では6~7年後,甲状腺癌では10年後,乳癌,肺癌では20年後,胃癌,結腸癌,骨髄腫では30年後に,それぞれ発症のピークを迎え,以後緩やかに減少していく。詳しくは,放射線被曝者医療国際協力推進協議会編などを参照。
15)放射線被曝者医療国際協力推進協議会編,24-34頁を参照。
16)代表的な研究チームとしては,東京薬科大学生命医科学科腫瘍医科学研究室原田浩徳教授らのグループがある。原田らのこれまでの研究成果及びMDSの分子発症機序については,Hironori Harada and Yuka Harada (2015)に詳しい。

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