【コラム3】核兵器禁止条約と核軍縮の今後
【コラム3】核兵器禁止条約と核軍縮の今後
小溝泰義
1.核兵器禁止条約採択の背景
冷戦後四半世紀を超えた今も、紛争の種は尽きない。グローバリゼーションが進む一方、人類の同胞意識は未発達で、経済・社会格差も拡大している。このため、相互不信、分断化、対立が目立つのが不幸な現実だ。近年、排他的な傾向も強まり、争いが武力衝突に至る危険も増している。こうした不安定な世界にいまだ15,000近くの核兵器が存在する。核は抑止の兵器とされるが、事故や誤算により実際に使われる危険がある。また、核抑止の考え方は、北朝鮮問題のような核拡散を招く。核兵器の存在自体がもたらす危険に国際社会が気付き出した。ウイリアム・ペリー元米国国防長官は、近年の状況を「核兵器による大惨事が起こる可能性は冷戦時より高い」1と評している。
昨年7月、大国の強い反対にもかかわらず、核兵器禁止条約(TPNW)が採択された背景には、市民社会と非核兵器国政府に広がる核兵器の非人道性と使用のリスクへの危機意識がある。
長年にわたる広島・長崎の被爆者の証言と核廃絶への切実な訴えがその基礎であることは、TPNWの前文に明らかだが、こうした認識を加速した直接の契機は、2013年から14年に3度開催された「核兵器の人道的影響に関する国際会議」だ。繰り返す核兵器事故と核戦争の危機の史実を知った参加者が被爆証言を聞いたとき、核の惨劇が誰の身にも起こりうるとの危機意識に目覚め、非核兵器国の多くに核軍縮交渉への当事者意識を生んだ。
2.核兵器禁止条約の性格
TPNWは、第1条で核兵器を包括的・無差別に禁止する。一方、前文で、この条約が、既存の国際法規を補完・強化し、核軍縮・不拡散の礎石としての核兵器不拡散条約(NPT)の役割を尊重・重視しており、かつ、核廃絶に向けた重要な一里塚と自らを位置づけていることにも注目したい。特に最後の点は、核兵器国及び核の傘下国(以下「核依存国」)が条約に反対する現状ゆえに重要だ。禁止が核廃絶への実効性を持つようTPNWは、核依存国を含むすべての国の参加を目指し(第12条)、そのための工夫を施している。たとえば、核軍縮条約には「検証」規定が不可欠だが、核兵器国の参加なしに信頼しうる検証規定は作成できない。このため、平和首長会議の提案(A/CONF.229/2017/NGO/WG.15)に即した形でTPNWは、枠組条約の手法を採用した。すなわち、第4条に定める核廃棄義務の「検証」は概略規定にとどめ、締約国会議に関する第8条に、その具体化措置の審議も任務に加えている。締約国会議には、加盟前の核依存国もオブザーバーとして審議に参画できる。
3.核軍縮に向けた今後の道筋
TPNWは採択された。核依存国は、安全保障の配慮に欠けるとして条約に反対するが、彼らが唯一現実的な方途とする「ステップ・バイ・ステップの措置」は、近年一向に進んでいない。一方、核使用のリスクと非人道性の認識は、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞受賞が示すように、一層広く国際社会に共有され、核兵器の存在は安全保障の重大懸念となっている。
進むべき道は明確だ。条約推進派も反対派もNPT第6条に定める核軍縮の誠実交渉義務を負う。立場を超えた対話を重ね、まずは実行可能な核軍縮措置を実施に移すことだ。そこから次の展開も見えてくるに違いない。「核抑止」を超克するためには、相互不信を相互理解に変える努力が必要だ。ウクライナや北朝鮮の問題も「対決的安全保障」を「協調的安全保障」へと転換する具体例となりうる。核抑止は、相互不信・対立に起因するテロや難民等現代の諸問題の解決に無力だ。気候変動対策には、立場を超えた国際協力が必要だ。国際緊張の極まる中、核軍縮を実現したケネディとフルシチョフやゴルバチョフとレーガンの先例に学ぶ為政者のリーダーシップを期待する。平和首長会議も、幅広い市民社会のパートナーとともに国境や宗教、文化の違いを超えた相互理解・協力の促進に全力を尽くす所存だ。
(広島平和文化センター理事長)
[1] William J.Perry, “The Risk of Nuclear Catastrophe Is Greater Today Than During the Cold War,” Huffington Post, https://www.huffingtonpost.com/william-jperry/nuclear-catastrophe-risk_b_9019558.html.