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国際平和拠点ひろしま

コラム 2 大国間競争時代の核軍備管理

ブラッド・ロバーツ

米露核軍備管理は岐路に立たされている。 2021 年に(あるいは、トランプ大統領とプ ーチン大統領によって延長が合意された場 合には 2026 年に)新 START が失効を迎える場合、その次には何が続くのだろうか。

将来に目を向ける前に、過去を振り返ってみたい。冷戦が終結した際、戦略核兵器を制限する二国間の START I とミサイル防 衛を制限する二国間の ABM 条約が存在し ていた。また、中距離核戦力全廃条約 (INF 条約)や欧州通常戦力制限条約 (CFE 条約)は、欧州における安全保障と 安定性の確保に貢献した。これらは、法的 拘束力のある軍事透明性措置(オープンス カイ条約、並びに主要な軍事演習について 事前通告を求めるウィーン文書等)や、行動規則に関する政治的拘束力のある合意 (武力行使による国境変更を禁じたヘルシ ンキ宣言等)によって支えられてきた。 1990 年代末までに、戦略核軍備管理に関す るさらなる条約(START II)へのロシアの 批准が待たれたが、2000 年以降、このレジ ームは崩壊していく。2001 年に米国が ABM 条約から脱退すると、ロシアは START II から脱退した。その後、両国は 戦略攻撃能力削減条約(SORT)に合意し たものの、同条約は核弾頭の削減を求める ものではなく、検証措置や実施措置を欠い ており、2011 年に新 START に取って代わられた。ロシアは一部の協定について参加 を保留し、(化学兵器禁止条約を含め)その他の合意についても違反してきた。唯一 残っているのが新 START である。

それでは、その次には何が続くのだろうか。最良のケースは、両国が検証可能な形 で、正式な軍備管理を通じて核削減を継続 することである。最悪のケースは、両国が 冷戦期の軍拡競争に逆戻りし、その影響が サイバー空間や宇宙空間等における軍事的 競争へと波及していくことである。しかし、 現状では、いずれのケースも起こりそうにない。

最良のケースに至るためには、プーチン 大統領とトランプ大統領が新 START の維持に向けた交渉において妥協することをいとわず、結果として法的拘束力があり検証可能な追加合意がなされることが必要である。これはもっともらしいが、現時点では 起こりそうもない。両国ともに何らかの協定、とりわけ自国の「力による平和」戦略を有効ならしめるような協定を欲しているという点では、もっともらしいと言える。 しかし、プーチン大統領が核の脅威の削減 にほとんど興味を示していないように見える点からすれば、起こりそうもないのであ る。それどころか、プーチン大統領はヨー ロッパや国際的な安全保障秩序の再構築に 向けて、自国の核戦力を増強し、核の脅威 を生み出し続けてきた。また、過去十年に おけるロシアの不正行為のパターンから、 米国の上院が新たな協定を支持する可能性 は極めて低く、現実味は薄いと言える。

それでは、冷戦期の軍拡競争に逆戻りするという最悪のケースについてはどうだろうか。モスクワとワシントンの指導者が、 ますます潜在的な対立路線に焦点を当て、 競争力、抑止力、そして勝つための能力の強化に向けた新たな準備を進めていることからすれば、これはもっともらしいと言える。しかし、両国はいずれも相手国に対する軍事的優位を獲得するために競い合う動機を有しているようには見えず、また、軍事支出の大幅な増額を行うための財源を見 つけることもできそうにないため、その可能性は低いのである。

そうであるならば、最良と最悪の間のケ ースとして、どのようなケースが考えられるだろうか。中間のケースは、いまだその性質や特徴は形成途上にあるものの、既に姿を現しつつある。これらは、核の近代化、 ミサイル防衛の強化、軍事競争の激化、サ イバー空間や宇宙空間における優位性の積極的な追求、そしてイデオロギー的な対立を特徴としている。戦略的信頼関係の欠如や、弱くみられることへのためらい、さらには、米国の権力行使の抑制を目的とした 中露デタントもその特徴と言える。こうした世界において、これまでのところせめぎ合いが軍拡競争へ変容することはなかった。 しかし、一方の国による近代化の決定が、 もう一方の国の近代化の決定に結びつきうるという意味において、そのような競争がいずれ限定的に再発する可能性は否定でき ない。

この中間的なケースにおいて、競争は抑制と一体となっており、一部の競争は、不必要あるいは危険性を有していると考えら れている(例えば、宇宙空間における兵器の配備等)。正式な交渉を経て批准される 軍備管理合意を目指すことは政治的に不可能かもしれないが、一方で行為規範や行為 基準といった非公式な手法は有効かもしれ ない。より踏み込んだ削減のために、新 START に代わる新たな条約が結ばれる可 能性は低いと思われるが、既存の核制限や検証メカニズムを長期的に延長していくことは可能かもしれない。

我々は、将来的に軍備管理の刷新が図られる可能性もまた考慮する必要がある。そのような刷新においては、20 世紀の脅威に対応するために設計されたアプローチを単純に拡張していくことよりも、むしろ 21 世 紀の戦略的安定性に対する新たな脅威に対応するための、軍備管理の適応と転換が要求されている。すなわち、二つの適応が必要とされるのである。

第一に、変容しつつある国際システムの構造に軍備管理を適応させなければならな い。冷戦期の二極世界はソ連の崩壊とともに一極世界となり、そして現在、多極世界 へと突き進んでいる。冷戦期の軍備管理合意は二極世界に合わせて形成されたもので あり、多極世界には適合していない。米国 が ABM 条約を離脱した主な理由は拡散国 からのミサイルの脅威にある。また、ロシ アが INF 上の義務を一部放棄した理由も、 近隣諸国からのミサイルの脅威にある。軍備管理が 21 世紀においても存続可能だとすれば、それには中国や恐らくは他の国々も が、軍備管理のパートナーとなることが必須であるに違いない。

第二に、新領域における軍事競争に軍備 管理を適応させなければならない。20 世紀 の核軍拡競争は、サイバー空間や宇宙空間 における優位性の獲得に向けた三極の動きに伴い、21 世紀においてマルチドメインな 戦略競争に取って代わられている。従って、 核軍備管理は維持されたとしても、戦略的安定性のための数ある課題の全てに対処することはできない。

冷戦期においては、両陣営が危険な競争 に恐れを抱いたとき、軍備管理が可能となった。それは、戦略的安定性の価値や、危険な不安定性を回避するうえでの協力措置 の絶対的必要性についての共通理解に根ざしていた。それは、抑制を他方に示す法制 化の用意が両陣営にできたときに成熟した。 これらの条件は、今日では存在していない。 新領域においてはそのような懸念はまだ根付いておらず、多極体制においては、戦略 的安定性やその確保の仕方についての合意も存在していないのである。

これらは軍備管理にとって課題でもありチャンスでもある。新 START の延長は、 米ロ間の戦略的軍事関係における透明性や 予測可能性といった要素を確保していくうえで重要なものとなるだろう。しかし、延長は軍備管理戦略を 21 世紀の必要性に適応 させていくという、さらに困難な問題につ いて思考するための時間稼ぎにすぎない。 この仕事に着手するのが早ければ早いほど、 軍備管理が長期的かつ有益な役割を果たすようになるまでの時間も短くなるだろう。

(ローレンス・リバモア国立研究所グロー バル・セキュリティー・リサーチセンター 所長)
2009 年から 2013 年にかけて米国国防次官補代 理(核・ミサイル防衛政策担当)を務める。ここに示された見解は彼の個人的な見解であり、 いかなる機関にも帰属するものではない。

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