コラム1 コロナ禍と核をめぐる国際情勢
阿部 信泰
2019 年に中国の武漢で発生した新型コロナウイルス感染流行に端を発したコロナ禍は、2020 年、世界各国を巻き込む最大の脅威となった。コロナ禍は、感染情報の早期提供に対する中国批判、対応の適切さに関する世界保健機関(WHO)批判から来る国連組織への信頼度低下、ワクチン開発頒布のための国際協力の必要性、感染拡大防止のための強制措置などを実施する上での民主主義体制の困難さなどといった問題を提起した。
人々がコロナ禍という目前の脅威への対応に追われるなか、ともすれば核兵器の脅威は舞台の後方に追いやられがちになったが、この間に米露間の核軍備管理体制の存続、中国の核・通常軍事力の急速な増強、イランの核兵器開発再開の懸念、北朝鮮の核兵器・ミサイルの増強などの問題は悪化こそすれ改善することはなかった。一旦核兵器が使われれば他のいかなる原因による災禍をもはるかに上回る人命が失われ、コロナ禍による医療崩壊とは比べ物にならない医療崩壊を招くことは、広島・長崎の経験から明らかなことである。全世界で14,000 発を超える核兵器が存在する今では広島・長崎をはるかに超える人的・物的損害をもたらし、比較的小規模の核戦争でも世界に深刻な寒冷化をもたらして人類を壊滅の危機にさらすと指摘されている。
このような核兵器がもたらしうる甚大な人道的被害の認識からスタートした動きは、2017 年の核兵器禁止条約(TPNW)採択となって結実し、2021 年1 月22 日には発効の運びとなった。残念ながら核兵器を保有する9 カ国のいずれも条約に参加していないため、直ちに核兵器が無くなるわけではないが、条約発効後、次第に条約参加国が増え、世界の多数を占めるようになれば、核兵器は製造・保有・使用してはならない兵器だという国際規範が強まっていくだろう。北大西洋条約機構(NATO)加盟国他の米国の同盟国は米国の核抑止力に依存する以上、それを否定する条約には参加できないとしているが、ベルギー・オランダ・スペイン・カナダ・豪州などで同盟関係は維持しつつもTPNW に参加すべきだとの議論も出てきている。世界唯一の戦争被爆国として核軍縮を推進してきた日本としても、本当にTPNW に参加できないのか真剣に考えるべきだろう。日本政府自身、条約の賛成派と反対派の橋渡し役を務めることを自任してきたし、少なくとも条約参加国の会議にオブザーバーを送るべきだとの声もある。
同時に、核保有国がすぐに核兵器を手放しそうになく、現実に核兵器近代化計画が各国で進められている状況においては、当面の対策としていかにして万が一にも核兵器が使用されないよう手を尽くすことが極めて重要となる。このためには、核軍備管理の強化、核不拡散の堅持、偶発的核兵器使用を防ぐ措置の強化、核兵器の各国の安全保障政策における役割の低減などを推進すべきである。日本としても、当面は米国の核抑止力に依存せざるを得ないとしても、こうした措置の策定・実施に積極的に関与していくことが期待される。
あべ・のぶやす:元国連事務次長(軍縮担当)/前原子力委員会委員