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国際平和拠点ひろしま

コラム4 NPT 運用検討プロセスの見直しを

秋山 信将

新型コロナウイルスのパンデミックによって、2020 年4〜5 月に開催が予定された核兵器不拡散条約(NPT)の運用検討会議が2 度にわたり延期された。が、同会議の延期は、運用検討プロセスのあり方や役割を改めて考える契機にもなった。
NPT 運用検討会議を取り巻く環境は厳しい。前回の運用検討会議(2015 年)では、核兵器国と非核兵器国の間の核軍縮を巡る対立と、中東の非大量破壊兵器地帯構想にかかるアラブ諸国と米国の間の対立により、最終文書に合意することができなかった。2010 年の運用検討会議でも、最終文書こそ合意されたものの、合意までのプロセスは難航を極めた。
2020 年、米露の軍備管理レジームが危機に瀕し、米中の対立が深刻化するなど、核軍縮を進める前提としての安全保障環境が悪化し、大国が多国間外交へのコミットメントを低減させていく一方で、核兵器禁止条約(TPNW)の批准国が発効要件の50を超え、同条約の推進国の間では核軍縮の機運が高まった。このように核軍縮を巡って国際社会が分極化するなか、2020 年の運用検討会議では締約国は最終文書に合意することが難しいとの見通しが、NPT コミュニティでは共有されていた。そこで、国際的な核不拡散体制の礎石としてNPT の役割を維持するために、その重要性を確認する政治的な合意の追求が最低限の目標として設定された。
しかし、政治レベルにおいてNPT の重要性を確認したとしても、それで運用検討会議の役割を十分果たしたとは言えない。今後も対立が解消されず、運用検討会議が実効的な最終文書に合意できない状況が続くようであれば、運用検討会議及び5 年間の運用検討プロセスの意義が問われることになるだろう。運用検討会議とその準備委員会がたんに各国やグループが主張を述べあうだけの場に留まり、条約の提供する核不拡散、核軍縮、原子力の平和利用という価値の増進に資する行動を各国に促すような合意を得ることが不可能となれば、今後はTPNW の締約国会合など、各国が自らの主張を行いやすいフォーラムだけを重視し、立場の異なる者同士での対話を通じて国際社会についての最適解を追求するという、核軍縮・不拡散分野における多国間主義の衰退を助長しかねない。NPT 運用検討プロセスに対する信頼の低下は、核軍縮だけでなく、核不拡散や核セキュリティの推進にとっても大きな障害となるであろう。
核軍縮も核不拡散も、誰かの一方的な主張や政治的な圧力だけによってその目的が達成されるものではない。意見や立場の相違を調整し、重要な利害関係国が合意したうえで政策を進めることが、実効性の観点からも、また持続性の観点からも必要となる。条約の目的を実現するために実効性と持続性を持った政策を議論し履行を確保するためにも、核兵器を保有する国(すべてではないとしても)も、TPNW を支持する国も関与し、高い普遍性を持つNPT の運用検討プロセスを機能させることが不可欠だ。
現在の5 年周期の運用検討会議と、これに先立つ3 回の準備委員会では、各国が一方的に主張を述べ合うことに多くの時間が費やされ、各国が本当に懸念しているイシューとその解決策について、率直かつ建設的で問題解決志向の議論ができているとは言い難い。
もちろん制度の変更は容易ではない。しかし、現在の条約の精密な「運用検討(reviewing the operation of the treaty)」を主眼とするよりも、NPT の目的を達成するうえで重要な、国際環境の変化や対立点など各国が共有する懸念を特定し、論点を見出してコモン・グラウンドを確立したうえで、それらを議論し、何らかの解決の方向性を見出していけるような会議の運営のあり方を志向する時期に来ている。

あきやま・のぶまさ:一橋大学国際・公共政策大学院教授

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