第1 章 核軍縮 (1) 核兵器の保有数(推計)
(1) 核兵器の保有数(推計)
2020 年末時点で8 カ国が核兵器の保有を公表している。このうち、中国、フランス、ロシア、英国及び米国は、核兵器不拡散条約(NPT)第9 条3 項で「1967 年1 月1 日前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国」と定義される「核兵器国(nuclear-weapon states)」である。これら5 核兵器国の他に、NPT 非締約国のインド及びパキスタン、並びにNPT からの脱退を1993 年及び2003 年に宣言した北朝鮮が、これまでに核爆発実験を実施し、核兵器の保有を公表した。NPT 非締約国であるイスラエルは、核兵器の保有を肯定も否定もしない「曖昧政策」を維持しているが、核兵器を保有していると広く考えられている(イスラエルによる核爆発実験の実施は、これまでのところ確認されていない)。本報告書では、NPT 上の核兵器国以外に、核兵器の保有を公表しているか、あるいは核兵器を保有していると見られる上記の4 カ国を「他の核保有国(other nuclear-armed states)」と称する。また、核兵器国と他の核保有国を合わせて表記する場合は、「核保有国」とする。
冷戦期のピーク時に70,000 発に達した核兵器は、1980 年代末以降は大幅に減少してきた。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の推計によれば、2020 年1 月時点で世界に存在する核兵器の総数(配備、非配備、廃棄待ちなどを含む)は依然として13,400 発にのぼり、このうちの90%以上を米露が保有している2。また、核兵器の総数は、2010 年からは約9,200 発、前年からは465 発削減された。しかしながら、そのペースは鈍化傾向にあり、中国、インド、パキスタン及び北朝鮮の核弾頭数は、ここ数年にわたって、それぞれ年10 発程度のペースで漸増してきたと見積もられている(表1-1、表1-2 を参照)。さらに、本章第4節(C)で言及するように、核保有国はいずれも核戦力の近代化を積極的に推進してきた。
核保有国のうち、フランスは核兵器保有数の上限を300 発と公表し3、英国は2020年代半ばまでに核兵器保有数の上限を180発の規模まで削減するとしている。他の核保有国はいずれも、自国の核兵器の総数や上限を公表していない4。
中国の核兵器保有数については、SIPRIが2020 年1 月時点で320 発と推計しているのに対して、米国防総省が刊行した中国の軍事力に関する年次報告書では200 発台前半としている5。これについて、米シンクタンクの全米科学者連盟(FAS)の専門家は、国防総省の試算が中国の「運用可能」な核弾頭のみを対象としていること、また運用停止中の爆撃機用兵器が含まれていない可能性もあることを指摘している。その専門家は2020 年12 月に、中国の核弾頭数を350 発と推計した6。
米国防総省は、2018 年の核弾頭数に関するFAS からの2019 年の情報公開請求に対して、これを公表しないとの決定を下した7。これ以降、米国政府から核弾頭の保有数・廃棄数は公表されていない。FAS は、2020年にも国防総省に核兵器備蓄の規模と解体された弾頭の数を開示するよう請求したが、拒否されたことを明らかにした。国防総省の書簡では、「要求された情報は現時点では機密解除できない」と述べる以外に拒否の理由を示していない8。
1 第1 章「核軍縮」は、戸﨑洋史により執筆された。
2 Stockholm International Peace Research Institute, SIPRI Yearbook 2020: Armaments, Disarmament and International Security (Oxford: Oxford University Press, 2020), chapter 10.
3 さらにフランスは、非配備の核兵器を保有せず、すべての核兵器は配備され運用状況にあるとしている(NPT/CONF.2015/10, March 12, 2015)。
4 この点について、テルトレ(Bruno Tertrais)は、「核兵器保管数には核兵器としての機能を果たさないものや非破壊実験に用いられるものなど、『核兵器』とは呼べないようなものが含まれており、正確な数を提示することは難しく、ミスリーディングであり、また提示された日にのみ正しい数字でしかない」ということが理由にあると説明している(Bruno Tertrais, “Comments on Hiroshima Report of March 2013,” Hiroshima Report Blog: Nuclear Disarmament, Nonproliferation and Nuclear Security, October 29, 2013, http://hiroshima-report.blogspot.jp/2013/10/op-ed-bruno-tertrais-comments-on.html)。
5 U.S. Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2020, August 2020, p. 85.
6 Hans M. Kristensen and Matt Korda, “Nuclear Notebook: Chinese Nuclear Forces, 2020,” Bulletin of the Atomic Scientists, December 7, 2020, https://thebulletin.org/premium/2020-12/nuclear-notebook-chinese-nuclear-forces-2020/.
7 Hans M. Kristensen, “Pentagon Slams Door on Nuclear Weapons Stockpile Transparency,” Federation of American Scientists, April 17, 2019, https://fas.org/blogs/security/2019/04/stockpilenumbersecret/.
8 Hans Kristensen, “Trump Administration Again Refuses to Disclose Nuclear Weapons Stockpile Size,” Federation of American Scientists, December 3, 2020, https://fas.org/blogs/security/2020/12/nuclear-stockpile-denial-2020/.