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国際平和拠点ひろしま

(3) 核兵器禁止条約(TPNW)

2017 年9 月20 日に署名開放されたTPNW の署名国・批准国は着実に増加してきた。TPNW は2020 年10 月24 日に批准国が50 カ国に達したことで、条約第15 条に従って、2021 年1 月22 日に発効した。2020 年末時点では署名国が86 カ国、批准国が51 カ国であったのに対して、2021 年末には署名国が86 カ国、締約国が59 カ国となった。調査対象国のうち、締約国はオーストリア、チリ、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、フィリピン、南アフリカ、署名のみの国はブラジル、インドネシアである。
条約の発効に際して、グテーレス(António Guterres)国連事務総長はビデオメッセージで、TPNW は「核兵器のない世界に向けた重要な一歩」であり、「核軍縮への多国間アプローチへの強い支持を示すものである」と述べたうえで、「核爆発や核実験の生存者は悲痛な証言をし、条約の背景としての道徳的な力となった。条約の発効は、そうした方々の不断の活動に敬意を表するものである」と述べた。また、「核兵器の危険性は増大しており、世界は核兵器廃絶を確かなものとし、使用された場合にもたらされる人類と環境への壊滅的な結末を防止すべく、緊急の行動を必要としている。核兵器の廃絶は国連にとって、軍縮分野における最重要課題である。共通の安全保障と集団的な安全を推進するという大望を実現するために、すべての国が協力することを求める」と述べた30。
条約第8 条2 項に基づく第1 回締約国会議は当初、2022 年1 月に開催される予定だったが、新型コロナ禍により延期された。


賛成国

TPNW の支持国31が国連総会に提案し、採択された決議「核兵器禁止条約」32では、非締約国に対して可能な限り早期に署名、批准、受諾、承認または加入するよう呼びかけるとともに、条約非締約国、国連システムの関連団体、その他の関連国際機関、地域機関、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟及び関連NGO に第1 回締約国会議にオブザーバーとして出席するよう求めた。この決議の投票行動は、以下のとおりである。

➢ 核兵器禁止条約―賛成128(オーストリア、ブラジル、チリ、エジプト、インドネシア、イラン、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、フィリピン、南アフリカ、UAE など)、反対42(豪州、ベルギー、カナダ、中国、フランス、ドイツ、インド、イスラエル、日本、韓国、北朝鮮、オランダ、ノルウェー、パキスタン、ポーランド、ロシア、トルコ、英国、米国など)、棄権16(サウジアラビア、スウェーデン、スイスなど)-シリアは投票せず

核兵器の法的禁止に関連して、国連総会では前年と同様に「核兵器の威嚇または使用の合法性に関する国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見のフォローアップ(Followup to the advisory opinion of the International Court of Justice on the legality of the threat or use of nuclear weapons)」33、及び「核兵器使用禁止条約(Convention on the prohibition of the use of nuclear weapons)」34という2 つの決議が採択された。その投票行動は、それぞれ以下のとおりである。

➢ 核兵器の威嚇または使用の合法性に関するICJ の勧告的意見のフォローアップ―賛成143(オーストリア、ブラジル、チリ、中国、エジプト、インドネシア、イラン、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、サウジアラビア、南アフリカ、スウェーデン、スイス、シリア、UAE など)、反対33(豪州、ベルギー、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ロシア、トルコ、英国、米国など)、棄権14(カナダ、インド、日本、北朝鮮など)
➢ 核兵器使用禁止条約―賛成125(チリ、中国、エジプト、インド、インドネシア、イラン、カザフスタン、メキシコ、ナイジェリア、サウジアラビア、南アフリカ、シリア、UAE など)、反対50(豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、スイス、トルコ、英国、米国など)、棄権13(ブラジル、日本、北朝鮮、パキスタン、フィリピン、ロシアなど)


未署名の非核兵器国

本調査対象国でTPNW 未署名国35のうち、スイス及びスウェーデンは早くから、現状では条約に署名できないものの、第1 回締約国会議にオブザーバーとして参加することを明言していた。
また、9 月の総選挙により発足したノルウェー新政権も10 月に、北大西洋条約機構(NATO)加盟国として初めて締約国会議にオブザーバー参加すると発表した。新政権の中心となる労働党は、その選挙綱領で、「TPNW はよいイニシアティブであり、核兵器に対する汚名を強めるのに資する。現在の安全保障状況では、ノルウェーのようなNATO諸国にとって、影響力と防護力を低下させることなく条約に署名することは可能ではない。ノルウェー及び他のNATO諸国にとって、TPNW に署名することは目標とすべきである」36としていた。
11 月には、ドイツで12 月に新政権を樹立する社会民主党(SPD)や緑の党などの3 党が、「NPT 運用検討会議の結果を踏まえ、同盟国と緊密に連携したうえで、TPNW の締約国会合の(メンバーとしてではなく)オブザーバーとして、条約の趣旨を建設的に支持する」と政策合意書に盛り込んだ。他方、この政策合意書では、核シェアリング(nuclear sharing)のもとで米国が配備する核爆弾を搭載するドイツの核・通常両用航空機(DCA)の更新問題について、「トーネード戦闘機の後継システムを調達する。ドイツの核シェアリングを視野に、その調達・認証のプロセスを実務的かつ誠実に行う」と明記し、また「核兵器がNATO戦略概念において役割を果たす限り、ドイツは戦略的な議論や計画のプロセスに参加することに関心がある。ドイツと欧州の安全保障に対する脅威が続いていることを背景に、我々は中・東欧のパートナーの懸念を真剣に受け止め、信頼できる抑止力の維持に尽力し、同盟の対話の努力を続けていきたい」37とした。
他方、2021 年6 月のNATO 首脳会談で発出されたコミュニケでは、以下のように条約への反対を明確にした。

TPNWは、同盟の核抑止政策と矛盾し、既存の不拡散・軍縮体制と対立し、NPTを弱体化させる危険性があり、現在の安全保障環境を考慮していないため、我々は改めて反対を表明する。TPNWは、核兵器に関する我々の法的義務を変えるものではない。TPNWが慣習国際法を反映している、あるいはなんらかの形で慣習国際法の発展に寄与しているという議論は受け入れられない。我々は、パートナーや他のすべての国に対して、TPNWが国際的な平和と安全、及びNPTに対する影響を現実的に考えること、並びに戦略的リスクを低減し、核軍縮の持続的な進展を可能にする具体的で検証可能な措置を通じて集団安全保障を向上させるための活動に参加することを求める38。

日本については、岸田文雄総理大臣が10月4 日の就任会見で、「核兵器のない世界に向けて核兵器禁止条約、これは大変重要な条約だと思います。…ただ、残念ながら核兵器国は一国たりとも…参加していない状況です。是非、唯一の戦争被爆国として、核兵器国、アメリカを始めとする核兵器国を、この核兵器のない世界の出口に向けて引っ張っていく、こういった役割を我が国はしっかり果たさなければいけない、こういったことを強く思っています」39と述べた。また、12 月21 日の記者会見では以下のように述べた。

核兵器禁止条約、これは核兵器のない世界を目指す上で出口に当たる大切な条約だと思いますが、残念ながらこの核兵器国は一国も参加していない、こういった状況にあります。外務大臣、4 年8 か月経験する中で、核兵器のない世界に向けて現実を動かしていくためには、現実に核を持っている国、これが変わらなければ何も現実は変わらないという思いを強く持っておりました。よって、我が国としては、唯一の同盟国である米国、世界最大の核兵器国である米国、これを動かしていく、こうした努力をしていくことが唯一の戦争被爆国の責任として重要であると認識しています。そして、まずは米国との信頼関係をしっかり核兵器のない世界に向けて築いた上で、様々な活動を考えていくべきであるということを申し上げています。それができる前にオブザーバー参加ということについては、我が国としてこれは慎重でなければならないというのが私の考え方であります40。

 

核保有国

核保有国は、引き続きTPNW に反対するとの立場を変えていない41。たとえば中国外交部の華春瑩(Hua Chunying)報道官は、条約発効に際して、「核軍縮は国際的な安全保障環境の現実を見失ってはならないというのが、中国の見解である。世界の戦略的安定とすべての国の安全保障を維持するという原則のもと、ステップ・バイ・ステップで前進していかなければならない。このプロセスはコンセンサスに基づくものでなければならず、既存の国際的な軍縮・不拡散体制の枠組みのなかで行われなければならない。この条約は、上記の原則に反しており、NPT を礎石とする国際的な軍縮・不拡散体制に悪影響を及ぼすものである。中国はこの条約を認めておらず、署名や批准をする意図はない」42と発言した。フランスも、「この条約では、いかなる核兵器も廃絶することはできない。この条約には、明確で厳格な検証メカニズムが伴っていない。この条約は、核不拡散体制の礎石であるNPT を損なうものである。フランスはこの条約の交渉に参加しておらず、参加するつもりもない」43とした。他の核兵器国も、TPNW を批判し、条約に参加する意図がなく、条約の義務に拘束されないことを強調した。
米国は、ジェンキンス(Bonnie Jenkins)国務次官が次期NPT 運用検討会議における米国の優先課題を挙げつつ、以下のように発言した。

我々は、NPT 締約国が常に合意するわけではないことを認識している。特に、TPNW や大量破壊兵器のない中東地帯などが、NPT 運用検討会議でのコンセンサス合意への挑戦となりうる問題であると、引き続き認識している。我々は、これらのテーマについて、我々とは異なるアプローチをとる人々の動機について、異議を唱えるつもりはない。我々は、多くの人々がそうしたアプローチをとるに至った真の懸念を理解しており、異なるアプローチをとる人々とも関わりを持ち続けている。現在、そして運用検討会議において、異なる視点を持ち続けながらも、敬意に満ちた対話を通じて、前向きな結果を達成できることを期待している44。

しかしながら、米国によるTPNW への反対も根強く、ブリンケン( Antony Blinken)国務長官は、「我々はTPNW を支持しない。なぜなら、簡単に言えば、それは(核軍縮の)目標を達成するために何の役にも立たないからである」45と述べた。
他の核保有国も、核兵器国と同様の主張を行った。このうちインドは、「この条約は慣習国際法を構成するものでもなく、慣習国際法の発展に寄与するものでもなく、新たな基準や規範を定めるものでもないとインドは考えている」46との考えを示した。また、パキスタンは、「パキスタンを含む核保有国は、すべての利害関係者の正当な利益を考慮することができなかった条約の交渉に参加しなかった」47と述べた。

 

被害者援助

TPNW第6条では、核兵器の使用または実験による被害者への援助、並びに環境の修復が定められており、条約の発効により、そうした活動が具体的に検討・実施されていくと考えられる48。広島・長崎だけでなく様々な国・地域で、現在も多くの被ばく者が支援を必要としている。また、核実験場の環境回復も求められている。
カザフスタンのイリヤソフ(Magzhan Ilyassov ) 国連大使はインタビューで、「カザフスタンだけでも、150万人もの人々が核実験によって引き起こされた遺伝性疾患やがん、白血病に苦しんでおり、残念ながら今後も苦しむことになる」とし、また「実験場自体がイスラエルほどの大きさで、カザフスタンの領土の大部分を占めており、何十年もの間、農業など他の目的に使用することができない」と述べた49。
国連総会第一委員会では、カザフスタンとキリバスが、TPNW締約国が被害者援助・環境回復に向けた具体的な取組を講じるよう求める共同声明を発表した50。アルジェリア、東ティモール及びナイジェリアなども核実験など核兵器関連活動が環境に与える壊滅的な影響について言及した。キルギスも、かつてのウラン採掘工場や核兵器製造用の核燃料サイクル活動の影響を受けた地域を修復することの重要性を強調した51。また、ニュージーランドなど太平洋諸島フォーラム加盟国も、この問題について積極的に発言している。
TPNWに基づくものではないが、フランスのマクロン(Emmanuel Macron)大統領は、2021年7月に仏領ポリネシアを訪問し、「国家は仏領ポリネシアに負債がある。この負債は、特に1966〜74年に行われたこれらの実験から生じている」52と述べた。しかしながら、核実験が「きれいなものではなかった」こと、透明性が欠けていたことを認めただけで、被害者団体が期待していたような謝罪は含まれていなかった。民間の調査によると、被害者への補償は遅々として進まず、不十分である53。
また、長崎と広島の平和団体やカトリック教会関係者などにより2020年7月に創設された「核なき世界基金(Nuclear-Free World Foundation)」は2021年10月に、日本の被爆者、並びに核実験場の周辺住民やウラン鉱山労働者など国内外の核被害者の現状や支援について議論するワークショップを長崎で開催した54。同基金は、2022年3月のTPNW締約国会議に向けて、支援の在り方に関する専門家の提言を取りまとめることを目指している。

 


30 United Nations, “Guterres Hails Entry Into Force of Treaty Banning Nuclear Weapons,” January 22, 2021, https://news.un.org/en/story/2021/01/1082702.
31 TPNW 支持国の主要な主張については、『ひろしまレポート2021 年版』などを参照。
32 A/RES/76/34, December 6, 2021
33 A/RES/76/53, December 6, 2021.
34 A/RES/76/56, December 6, 2021.
35 TPNW に未署名の非核兵器国の主要な主張については、『ひろしまレポート2021 年版』などを参照。
36 “Norwegian Labour Party Opening up towards TPNW Signature,” ICAN, April 28, 2021, https://www.icanw.org/norwegian_labour_party_programme_supports_tpnw より引用。
37 Mehr Fortschritt wagen: Bündnis für Freiheit, Gerechtigkeit und Nachhaltigkeit, Koalitionsvertrag 2021 – 2025zwischen der Sozialdemokratischen Partei Deutschlands (SPD), BÜNDNIS 90/DIE GRÜNEN und den Freien Demokraten (FDP). 引用部分の英訳は、Julia Berghofer, “With Its First Three-Party Coalition, Where’s Germany’s Defence and Security Policy Heading?” European Leadership Network, November 25, 2021, https://www.europeanleadershipnetwork.org/with-its-first-three-party-coalition-wheres-germanys-defence-and-security-policyheading/などによる。
38 “Brussels Summit Communiqué,” The Heads of State and Government participating in the meeting of the North Atlantic Council in Brussels, June 14, 2021, https://www.nato.int/cps/en/natohq/news_185000.htm.
39 「岸田内閣総理大臣記者会見」首相官邸、2021 年10 月4 日、https://www.kantei.go.jp/jp/100_kishida/statement/2021/1004kaiken.html。
40 「岸田内閣総理大臣記者会見」首相官邸、2021 年12 月21 日、https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2021/1221kaiken.html。
41 核保有国の主張については、『ひろしまレポート2021 年版』も参照。
42 “Foreign Ministry Spokesperson Hua Chunying’s Regular Press Conference,” Ministry of Foreign Affairs of China, January 22, 2021, https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/2511_665403/t1847956.shtml.
43 “Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons – Entry into Force,” Foreign Ministry of France, January 22, 2021, https://www.diplomatie.gouv.fr/en/french-foreign-policy/security-disarmament-and-non-proliferation/news/2021/article/treaty-on-the-prohibition-of-nuclear-weapons-entry-into-force-22-jan-2021.
44 Bonnie Jenkins, “Remarks to Chatham House,” November 16, 2021, https://www.state.gov/remarks-to-chathamhouse/.
45 “Secretary Antony J. Blinken at a Press Availability at the NATO Ministerial,” December 1, 2021, https://www.state.gov/secretary-antony-j-blinken-at-a-press-availability-at-the-nato-ministerial/.
46 “India Says It Doesn’t Support Treaty on Nuclear-Weapon Prohibition,” Tribune, January 23, 2021, https://www.tribuneindia.com/news/nation/india-says-it-doesnt-support-treaty-on-nuclear-weapon-prohibition-202659.
47 Hamza Ameer, “Pakistan Not Bound by Treaty Prohibiting Nuclear Weapons,” MENAFM, January 30, 2021,
https://menafn.com/1101518005/Pakistan-not-bound-by-treaty-prohibiting-nuclear-weapons.
48 被害者援助及び環境修復に関しては、Bonnie Docherty, “Implementing Victim Assistance, Environmental Remediation under Nuclear Weapon Ban Treaty,” Human Rights@Harvard Law, July 14, 2021, https://hrp.law.harvard.edu/arms-and-armed-conflict/implementing-victim-assistance-environmental-remediation-under-nuclearweapon-ban-treaty/ などを参照。
49 United Nations, “Reaffirm Commitment to Ban Nuclear Tests, UN Chief Says in Message for International Day,” August 28, 2021, https://news.un.org/en/story/2021/08/1098682.
50 “Joint statement on the TPNW by Kiribati and Kazakhstan,” Thematic Debate, UNGA First Committee, October 13, 2021.
51 Katrin Geyer, “Nuclear Weapons,” First Committee Monitor, Vol. 19, No. 2 (October 9, 2021), p. 7.
52 “Without Apologising, Macron Says Paris Owes ‘Debt’ to French Polynesia over Nuclear Tests,” France 24, July 28, 2021, https://www.france24.com/en/asia-pacific/20210728-without-apologising-macron-says-paris-owes-debt-tofrench-
polynesia-over-nuclear-tests.
53 Elizabeth Beattie, “Macron Declares ‘Debt’ to French Polynesia over Nuclear Testing,” Nikkei Asia, July 28, 2021, https://asia.nikkei.com/Politics/International-relations/Macron-declares-debt-to-French-Polynesia-over-nucleartesting.
54 「核なき世界基金」のホームページ(https://nuclear-free.net/news.html#point17)を参照。

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