Hiroshima Report 2023(3) 核兵器の非人道性
A) 主要な主張
2013年のオスロ会議に始まり、14年のナヤリット会議及びウィーン会議と続いた核兵器の非人道性に関する議論は、2015年NPT運用検討会議以降、オーストリアなど「人道グループ」が主導して、核兵器の非人道性を基盤とした核兵器の法的禁止に向けた積極的な主張及び行動へと展開していった。その結果が、2017年のTPNW採択であった。
TPNW第1回締約国会議の開催と日程を合わせて2022年6月20日に、第4回「核兵器の人道的影響に関する国際会議」がウィーンで開催された。会議には80カ国、国連、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月運動などの国際機関、市民社会組織、学術界から800人以上が参加し、多くの専門家も専門的知見から会議で報告を行った。議長サマリーによれば、会議では、「核兵器の権限に基づく/基づかない、または偶発的な爆発のリスクと可能性、国際的な対応能力、及び適用可能な規範的枠組みとともに、人間の健康、環境、農業と食糧安全保障、移民、及び経済への影響を含む核兵器の非人道的結末を取り上げ、さらなる研究と調査が必要と思われる領域を明らかにした」49。また、議長サマリーでは、会議の報告・議論の主要なポイントとして、以下のようなものを挙げた。
➢ 核爆発がもたらす当面の人道的緊急事態と長期的影響に適切に対処することは不可能であり、準備・対応できないものは、それゆえ防がなければならない。
➢ 「核の冬」は地球規模で長期にわたる影響をもたらしうる。
➢ 核兵器の爆発は、私たちが以前考えていたよりも、より大きく、真にグローバルで、より長く持続する結果をもたらす。
➢ 大気圏内核実験は、数十年前に行われたとはいえ、深刻な健康影響と長期にわたる環境悪化の原因となっている。
➢ 核兵器の影響に関する統合的な全体像が依然として得られていない。知識を深めるためには、短期的・中期的・長期的影響の相互作用について、より学際的な研究、さらなる研究が必要である。事実に基づいた政策を立案できるような、より明確な知見をもたらすために、研究を重ねるだけでなく、より多くの議論と考察が必要である。
➢ より小規模な戦術的でより使用しやすい核兵器の普及に当惑している。いわゆる小型核兵器が1発爆発しただけでも、壊滅的で複合的な影響を及ぼし、さらに限定戦争や全面的な核戦争へのエスカレーションを引き起こす危険性が非常に高くなる。
議長サマリーでは、「ロシアの有力政治家が宣言した核兵器使用の威嚇は、このリスクが今日いかに現実的であるかを示し、核抑止論に基づく安全保障パラダイムのもろさを浮き彫りにしている。ロシアのウクライナ侵略は、核兵器が大規模な戦争を防ぐものではなく、むしろ核武装した国家に戦争を起こさせるものであるという事実を浮き彫りにしている」とも述べて、核抑止の危険性を強調した。
NPT運用検討会議では、145の非核兵器国(オーストリア、ブラジル、エジプト、インドネシア、イラン、日本、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、サウジアラビア、南アフリカ、スイスなど)が核兵器の非人道性に関する共同声明を発表し、「核兵器が人道的に破滅的な結果をもたらすことを深く憂慮している」こと、核兵器の人道的影響に関する国際会議では「いかなる国家、国家グループ、あるいは国際人道システム全体も、核兵器の爆発が引き起こす緊急人道的事態に対応することはできず、被害者に十分な支援を提供することもできない」ことが明らかになったこと、核兵器の壊滅的な結果は、「人類の生存、環境、社会経済的発展、経済、そして将来の世代の健康に深い影響を与える」こと、「核兵器が二度と使用されないことを保証する唯一の方法は、核兵器の完全な廃絶である」ことなどを訴えた50。
2022年の国連総会では、前年に続き、「人道グループ」諸国などが提案し、核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的影響を強調し、すべての国に対して核兵器の使用や拡散を防止し、核軍縮を達成するよう求める決議「核兵器の非人道的結末(Humanitarian consequences of nuclear weapons)」51が採択された。投票行動は下記のとおりであった。
➢ 核兵器の非人道的結末―賛成138(オーストリア、ブラジル、エジプト、インド、インドネシア、イラン、日本、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、サウジアラビア、南アフリカ、スイス、シリアなど)、反対14(フランス、イスラエル、ポーランド、ロシア、英国、米国など)、棄権31(豪州、カナダ、中国、ドイツ、韓国、北朝鮮、オランダ、ノルウェー、パキスタン、スウェーデン、トルコなど)
また、「人道グループ」諸国などが提案し、核兵器の本質的な非道徳性とその廃絶の必要性を強調した決議「核兵器のない世界の倫理的重要性(Ethical imperatives fora nuclear-weapon-free world)」52の投票行動は下記のとおりである。
➢ 核兵器のない世界の倫理的重要性―賛成131(オーストリア、ブラジル、中国、エジプト、インドネシア、イラン、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、サウジアラビア、南アフリカ、シリアなど)、反対38(豪州、カナダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ロシア、スウェーデン、トルコ、英国、米国など)、棄権11(インド、日本、北朝鮮、パキスタン、スイスなど)
核兵器国は、核兵器の非人道的側面に関する議論に当初から積極的ではなかった。それでも英国及び米国は2014年の第3回核兵器の人道的影響に関する国際会議に出席した。しかしながら、人道グループが核兵器の法的禁止を公式に追求し始めると、この問題からさらに距離を置いた。他方、2022年1月の「NPTに関する日米共同声明」では、「厳しい国際的な安全保障環境の下、核兵器の使用の壊滅的で非人道的な結末を認識し、持続的で、実践的で、積極的で、進歩的な不拡散及び軍備管理プロセスを支持することは、これまで以上に喫緊の課題である」53と明記された。
日本が主導してきた核軍縮に関する国連総会決議に関しては、2021年決議では「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的結末を認識」するという一文だったのが、2022年決議では、「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的結末についての深い懸念を繰り返し、この認識が核軍縮に向けた我々のアプローチと努力を支え続けなければならないと再確認し、この観点から指導者や若者などの広島・長崎への訪問を歓迎する」と、大幅に記述量が増えた。
B) 被害者援助・環境修復
核兵器に関連する行為(使用、実験、製造など)で被害を受けた被害者の援助、並びに汚染された環境の修復は、「核兵器の非人道性」の観点からも重要である。TPNW第6条では、核兵器の使用あるいは実験による被害者への援助、並びに汚染された環境の修復が定められている54。また、TPNW未署名・未批准国で、個別に対応しているケースも見られる。
TPNWの下では、共同ファシリテーターであるカザフスタン及びキリバスが条約の第1回締約国会議に作業文書55を提出し、これをもとに、被害者援助・環境修復に関する締約国の今後の取組が「ウィーン行動計画」に概ね以下のようにまとめられた。
➢ 行動19:効果的かつ持続可能な実施を進めるために、国際機関、市民社会、影響を受けるコミュニティ、先住民、若者を含む関連するステークホルダーと関わり、協力的に取り組む。
➢ 行動20:核兵器やその他の核爆発装置の使用や実験を行った条約非締約国との間で、被害者援助や環境修復を目的とした被災国への支援提供について、情報交換を行う。
➢ 行動21:遅くとも第1回締約国会議の3カ月後までに、国別フォーカルポイントを設置する。
➢ 行動22:国内法・政策を採択、実施する。
➢ 行動23:国際協力、並びに技術的・物質的・財政的援助の提供を促進するためのメカニズムを、必要に応じて調整し開発する。
➢ 行動24:国連システム、国際・地域機関、非政府組織、赤十字国際委員会などと協力する。
➢ 行動29:核兵器の使用や実験によって影響を受けた国のための国際信託基金を設立することの実現可能性を議論する。
➢ 行動31:被害者援助・環境修復の義務履行のため、予算と時間枠を含む国家計画を策定する。
また、その締約国会議では、被害者援助、環境修復、国際協力・援助に関する非公式作業グループを設置すること、第1回締約国会議から第2回締約国会議の間はカザフスタン及びキリバスが共同議長となることも決定された。
NPT運用検討会議では、NAM諸国が作業文書で、「核兵器計画に伴うかつての核活動の停止に関連した安全及び汚染の問題への一層の注意の必要性を強調し、適切な場合には、避難した住民の安全な再定住及び影響を受けた地域の経済生産性の修復を含むものとする。この点で、本グループは、過去に行われた核実験の結果として悪影響を受けた旧国連信託統治領の人々を含む、影響を受けた人々や地域に対する特別な責任が存在することを認識する」56とした。また、カザフスタンなど中央アジア5カ国は作業文書で、最終文書に記載すべき事項として、「1995年、2000年、2010年及び2015年(のNPT運用検討)会議が、放射性汚染物質の浄化及び処分の分野で専門知識を有するすべての政府及び国際機関に対して、この点に関するこれまでの努力に留意しつつ、被災地における放射線評価及び修復目的のために、要請され得る適切な支援を行うことを検討するよう呼びかけたことを改めて表明する」(括弧内引用者)ことを提案した57。最終文書案では、「この運用検討サイクルにおいて、核兵器の使用や核実験により影響を受けた人々やコミュニティへの援助、並びに核兵器の使用や核実験後の環境修復に注目が集まったことを歓迎し、締約国に対して、核の被害への対応のためにこうした取組に関与するよう要請する」ことが記載された。
上記のほかに、2022年には被害者援助・環境修復に関して、以下のようなことが報じられた。
➢ バイデン大統領は6月、米国が冷戦期に実施した大気圏内核実験の影響で被曝し、がんなどを患った住民らを対象とする「放射線被曝補償法」の有効期限を2年延長する改正法案に署名し成立した。補償法は核兵器製造に用いるウランの採掘・精製・運搬に携わった作業員や核実験の現場従事者、ネバダ実験場周辺の特定地域で暮らしていた住民らが対象で、5万~10万ドルを補償する内容。司法省によると、これまでに補償法の適用が認められた被ばく者は39,000人超58。
➢ マーシャル諸島、フィジー、ナウル、サモア、バヌアツが国連人権理事会(UNHCR)に、核実験の影響に対処するための技術支援を求める決議案を提出した。しかしながら、核保有国は決議に反対し、このうち米国、英国、インドは、UNHCRはこの問題を提起する適切な場ではないと主張した59。
➢ 米国とマーシャル諸島は、2023年10月の期限を控え、米国による大気圏内核実験に起因する問題について、米国が放射線関連の医療サービスを提供し、影響を受けた環礁のモニタリングと環境評価を継続する責任を負うことを規定する協定を更新するための交渉を2022年初めに開始した60。
➢ 日本は「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」の下で被害者援助を行っているが、被爆者認定や援助の適用範囲に関して、議論や裁判も引き続き行われている。
49 “Chair’s Summary,” Fourth Conference on the Humanitarian Impact of Nuclear Weapons, Vienna, June 20, 2022.
50 “Joint Humanitarian Statement,” 10th NPT RevCon, August 22, 2022.
51 A/RES/77/53, December 7, 2022.
52 A/RES/77/67, December 7, 2022.
53 「核兵器不拡散条約(NPT)に関する日米共同声明」。
54 被害者援助及び環境修復に関しては、Bonnie Docherty, “Implementing Victim Assistance, Environmental Remediation under Nuclear Weapon Ban Treaty,” Human Rights@Harvard Law, July 14, 2021, https://hrp.law. harvard.edu/arms-and-armed-conflict/implementing-victim-assistance-environmental-remediation-under-nuclear-weapon-ban-treaty/ などを参照。
55 TPNW/MSP/2022/WP.5, June 8, 2022.
56 NPT/CONF.2020/WP.21, November 22, 2021.
57 NPT/CONF.2020/WP.39, December 15, 2021.
58 「核実験被ばく者の補償延長 米改正法、期限切れ回避」『日本経済新聞』、2022年6月8日、https://www. nikkei.com/article/DGXZQOCB089GA0Y2A600C2000000/。
59 Emma Farge, “Major U.N. Powers Question Pacific Islanders’ Call for Nuclear Legacy Help,” Reuters, October 6, 2022, https://www.reuters.com/world/major-un-powers-question-pacific-islanders-call-nuclear-legacy-help-2022-10-05/.
60 Daryl G. Kimball and Chris Rostampour, “U.S., Marshall Islands Grapple with Nuclear Legacy,” Arms Control Today, November 2022, https://www.armscontrol.org/act/2022-11/news/us-marshall-islands-grapple-nuclear-legacy.