Hiroshima Report 2024(3) 核兵器の非人道性
A) 主要な主張
2013年のオスロ会議に始まり、14年のナヤリット会議及びウィーン会議と続いた核兵器の非人道性に関する議論は、2015年NPT運用検討会議以降、オーストリアなど「人道グループ」が主導して、核兵器の非人道性を基盤とした核兵器の法的禁止に向けた積極的な主張及び行動へと展開していった。その結果が、2017年のTPNW採択であった。
NPT準備委員会では、多くの非核兵器国が核兵器の非人道的側面に関して発言した。このうちNAM諸国は、「核兵器のいかなる使用または使用の威嚇も、人道に対する犯罪であり、国連憲章及び国際法、特に国際人道法の原則に違反するものである」33と主張した。また、TPNW締約国・署名国は、「核兵器のいかなる使用も、無差別の破壊、死、移住をもたらすだけでなく、環境、生態系、持続可能な開発に長期にわたる深刻なダメージを及ぼし、世界経済、食糧安全保障、女性と女児に与える不均衡な影響も含む現在と将来の世代の健康に影響を与える」34と指摘した。NACも、「電離放射線の男女間の不均衡な影響、あるいは太平洋やその他の地域における核実験の広範な影響など、核兵器がもたらす壊滅的な人道的結果について、引き続き理解を深めるよう各国に求める」35とした。
オーストリアは、ヨーク大学に委託し、核兵器の非人道的影響とリスクに関する近年の査読済み科学的知見の概要を作成したことを紹介した36。日本は、「唯一の戦争被爆国として、核兵器の使用が破滅的な非人道的結末をもたらすことを十分に認識している。そのような悲劇を二度と繰り返してはならない」37と強調した。
2023年の国連総会では、前年に続き、「人道グループ」諸国などが提案し、「核兵器の爆発がもたらす壊滅的な影響に…十分に対処することはできない」と強調したうえで、核兵器の使用を防止し、核軍縮を達成するよう求める決議「核兵器の非人道的結末」38が採択された。投票行動は下記のとおりであった。
➢ 賛成141(オーストリア、ブラジル、エジプト、インド、インドネシア、イラン、日本、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、サウジアラビア、南アフリカ、スイス、シリアなど)、反対11(フランス、イスラエル、ポーランド、ロシア、英国、米国など)、棄権33(豪州、カナダ、中国、ドイツ、韓国、北朝鮮、オランダ、ノルウェー、パキスタン、スウェーデン、トルコなど)
また、「人道グループ」諸国などが提案し、核兵器の本質的な非道徳性とその廃絶の必要性を強調した決議「核兵器のない世界の倫理的重要性」39の投票行動は下記のとおりである。
➢ 賛成135(オーストリア、ブラジル、エジプト、インドネシア、イラン、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、サウジアラビア、南アフリカ、シリアなど)、反対38(豪州、カナダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ロシア、スウェーデン、トルコ、英国、米国など)、棄権12(中国、インド、日本、北朝鮮、パキスタン、スイスなど)
日本が主導してきた核軍縮に関する国連総会決議に関しては、2022年の決議に続いて、「核兵器の使用がもたらす壊滅的な非人道的結末についての深い懸念を繰り返し、この認識が核軍縮に向けた我々のアプローチと努力を支え続けなければならないと再確認し、この観点から指導者や若者などの広島・長崎への訪問を歓迎する」と記載された。
B) 被害者援助・環境修復
核兵器に関連する行為(使用、実験、製造など)で被害を受けた被害者の援助、並びに汚染された環境の修復は、「核兵器の非人道的結末」の観点からも重要である。TPNW第6条では、核兵器の使用や実験による被害者への援助、並びに汚染された環境の修復が定められている。また、TPNW未署名・未批准国で、個別に対応しているケースも見られる。
TPNWの下では、共同ファシリテーターであるカザフスタン及びキリバスが、条約の第2回締約国会議に「被害者支援・環境修復、国際協力・支援に関する非公式作業部会の共同議長報告書」を提出した。会議で、採択された決定4では、「被害者援助と環境修復のための国際信託基金設立の実現可能性とガイドラインの可能性について、焦点を絞った議論が行われる」こと、並びに「第3回締約国会議において、被害者援助及び環境修復のための国際信託基金の設立を優先的に検討するため、その実現可能性とガイドラインの可能性に関する勧告を盛り込んだ報告書を第3回締約国会議に提出する」ことが規定された。
これに先立つNPT準備委員会では、カザフスタン及びキリバスが共同声明で以下のように述べた40。
➢ 「核兵器国は、核兵器の被害者を援助し、汚染された環境を修復する必要性を認識しなければならない。この観点から、我々は核兵器国とその同盟国に対して、過去の核兵器の開発、実験、使用による核被害に対処するため、核正義イニシアティブ(nuclear justice initiatives)を支援するよう求める」。
➢ 「核兵器による物理的な被害や長期にわたる遺伝的障害だけでなく、核実験や維持管理の結果として、被害者が心的外傷後ストレス障害やその他のトラウマ、文化的慣習の破壊、移住、環境破壊を長期的あるいは永続的に経験し続けていることを認識するよう、核兵器国に求める」。
➢ 「核兵器国に対して、適切な金銭的補償を提供すること、実験場となった領土を持つ締約国と情報交換を行うことを要請する」。
➢ 「科学技術情報の交換は、いかなる協力の枠組みにおいても重要な要素である。締約国や他のアクターは、核汚染の潜在的な影響や対応の種類について、影響を受ける締約国と情報を共有すべきである。これらの措置は、核爆発実験によって引き起こされた人道的被害と環境的被害の両方に対処するのに役立ち、核兵器の被害者を救済することになる」。
NAM諸国は、「過去に実施された核兵器実験の結果、悪影響を受けた旧国連信託統治領の人々を含め、影響を受けた人々と地域に対する特別な責任が存在することを認める」41とした。米国の同盟国のなかでは、たとえばドイツが、「核実験の長期的被害を受けた被害者への援助及び環境の修復は、より広範な注目と関与に値する。ドイツは、これらの問題に関して対話に関与し、協力したい」42と述べた。また、豪州は、「核兵器実験の影響は、世界の他の地域と同様に、豪州及び太平洋地域において、先住民族の土地と人々に不釣り合いな負担をもたらしたことを認識している」43と発言した。
カザフスタン及びキリバスが主導して提案し、初めて採択された国連総会決議「核兵器の遺産への取組:核兵器の使用や核実験の影響を受けた加盟国への被害者援助・環境修復の提供」44では、被害者援助・環境修復のための国際的な協力と議論を奨励するとともに、「核兵器または他の核爆発装置の使用や実験を行った加盟国に対して、その使用や実験が人道的・環境的にもたらす結果に関する技術的・科学的情報を、必要に応じて、核兵器または他の核爆発装置の使用や実験によって影響を受ける加盟国と共有するよう求めるとともに、そうできる立場にある加盟国に対して、必要に応じて技術的・財政的援助を提供するよう求める」とした。決議は賛成161(豪州、オーストリア、ブラジル、カナダ、エジプト、ドイツ、インドネシア、イラン、日本、カザフスタン、韓国、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、サウジアラビア、南アフリカ、スウェーデン、スイス、シリア、トルコなど)、反対4(フランス、北朝鮮、ロシア、英国)、棄権6(中国、インド、イスラエル、パキスタン、米国など)で採択された。
上記のほかに、2023年には被害者援助・環境修復に関して、以下のようなことが報じられた。
➢ 2023年10月、米国はマーシャル諸島と20年間の経済援助協定に調印し、米国の過去の核実験に対する補償問題を巡る膠着状態を最終的に克服した。合意された23億ドルの支援パッケージには7億ドルの信託基金が含まれ、マーシャル諸島政府は核実験プログラムの影響を受けた人々のニーズに対処するために使用されるとしている45。
➢ 米上院は7月末、国防権限法案を採決し、冷戦時代の核兵器実験やウラン採掘による被曝で病気になった人々への補償制度を大幅に拡大することを承認した。…この条項は、核兵器実験中に被曝したいわゆるダウンウィンダーの医療保障と補償を、グアムから1945年に世界初の原爆実験が行なわれたニューメキシコ州まで、いくつかの新たな地域に拡大するものである。上院が支持する計画では、さらに多くの元ウラン産業労働者にも補償を拡大することになっている。ニューメキシコ州、コロラド州、アイダホ州、ミズーリ州及びモンタナ州、並びにネバダ州、ユタ州及びアリゾナ州の従来の適用除外地域にも補償範囲が拡大される46。下院が同様の条項を採択しなかったため、補償プログラムの拡大は2023年12月に可決された最終的な国防権限法には盛り込まれなかった47。
➢ スペインは、約60年前に空中衝突によってスペイン南部の村の近くに投棄された4発の米国製水素爆弾の放射能で汚染された土壌を除去する手続きを開始するよう米国に要請したと発表した48。
➢ ユタ州、ネバダ州、アリゾナ州の核実験による放射性降下物の被害者への補償を定めた放射線障害賠償法(RECA)が、2024年7月に失効することに対して、米国市民が警鐘を鳴らした。RECAが延長されなければ、このプログラムの終了により、放射性降下物の被害者だけでなく、大気圏内核実験によって発病したネバダ州の実験場の労働者や、ウランの採掘、粉砕、運搬に従事した人々への補償も終了することになる49。
➢ 日本は「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」の下で被害者援助を行っているが、被爆者認定や援助の適用範囲に関しては、議論や裁判が引き続き行われている。
33 NPT/CONF.2026/PC.I/WP.8, June 14, 2023.
34 “Joint Statement of the States Parties and Signatory States to the TPNW,” Cluster 1, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 2, 2023.
35 NPT/CONF.2026/PC.I/WP.5, June 13, 2023.
36 “Statement by Austria,” General Debate, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, July31, 2023.
37 “Statement by Japan,” Cluster One Specific Issue, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 3, 2023.
38 A/RES/78/34, December 4, 2023.
39 A/RES/78/41, December 4, 2023.
40 “Joint Statement on behalf of Kiribati and Kazakhstan,” First PrepCom for the 11th NPT RevCon, July31, 2023.
41 NPT/CONF.2026/PC.I/WP.8, June 14, 2023.
42 “Statement by Germany,” Cluster, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 3, 2023.
43 “Statement by Australia,” General Debate, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 1, 2023.
44 A/RES/78/240, December 22, 2023.
45 Congressional Research Service, “The Compacts of Free Association,” Updated November 23, 2023, https://crsreports.congress.gov/product/pdf/IF/IF12194.
46 Morgan Lee, “US Senate Votes to Expand Radiation-Exposure Compensation, from Guam to Original A-Bomb Test Site,” AP News, July 28, 2023, https://apnews.com/article/us-senate-radiationexposure-compensation-b3e256163f1d0aaefec04642233a6d20.
47 Mike Crapo, U.S. Senator for Idaho, “Crapo Delivers Remarks Expressing Disappointment in Lack of Radiation Compensation in Defense Bill,” News Release, December 13, 2023, https://www.crapo.senate.gov/media/
newsreleases/crapo-delivers-remarks-expressing-disappointment-in-lack-of-radiation-compensation-in-defense-bill.
48 Ciarán Giles, “Spain Asks U.S. to Begin Cleanup of Nuclear Accident Site,” AP, March 7, 2023, https://apnews.com/article/spain-us-b52-hydrogen-bomb-plutonium-accident-palomares-dd5e024d2cd5247a1dba0195600b188d.
49 “Time Running out for Utah Downwinders Seeking Compensation for Exposure to Radioactive Fallout,” Salt Lake Tribute, November 1, 2023, https://www.sltrib.com/news/2023/11/01/time-running-out-utah-downwinders/.