フィジーからのお便りvol3:JICA海外協力隊 2023 1次隊 古谷 優衣
フィジーからのお便り3回目の記事は、古谷隊員がフィジーでの生活を通じて不思議に感じたことや、派遣から半年が経過し感じたことや、今後の隊員としての活動についての思いなどについて紹介していただきました。
※隊員から収受した原稿をそのまま掲載
1 フィジーの不思議
フィジーにきて不思議を感じることが日常的に多くあります。これをいくつか紹介したいと思います。
その1 ローカルバス
日本のバスはバス停で止まるのが普通ですよね?しかしここでは、バスが止まらないバス停があったり、バス停でないところがバス停になっていることもざらにあります。なのでフィジーのあまり知らない土地でローカルバスに乗るのは少しレベルが高いこと、、、
ちなみに、降りる時はバスの高いところについている紐を引っ張りベルを鳴らすのですが、運転手さんによって引っ張った場所で停まる人もいれば、バス停でしか止まらない人もいるのでこれもまたタイミングが難しい、、、。
その2 文字の書き方
日本では、多少斜めに紙を置いて文字を書く人もいますが、ここではほぼ100%の確率で横向きに紙を置いて自分から遠のいていくように文字を書きます。
同僚に理由を聞いたところ、小学校の頃からこのように字を書くように習っているそうです。なので違和感を持っている人は逆にいないようです。横向きに文字を書いても字は綺麗に真っ直ぐです。
その3 フィジーの人の裸足率
なぜか多い裸足の人。熱いはずのコンクリートでも、痛いはずの芝生の上でも、真剣にラグビーをしている最中でも裸足。
この習慣があるために、バスや公園・街中でさえもビーチサンダルや靴の忘れ物はよく見る光景です。履いてきたことを忘れて裸足で帰っちゃうんでしょうね(笑)。
糖尿病患者が多いフィジーにおいて、この習慣が足の切断に繋がっていないか少し心配にはなります。
その4 水着を着ない
フィジーは島国です。そして、小さい国なので海へのアクセスが比較的簡単です。しかし、海に入る際に日本のように水着のみで入る人はほとんど見かけません。
みんな、Tシャツと半ズボンを着たまま海に浸かっています。
もはや、水着を買おうと思っても私の住んでいる首都では数着しか水着を見かけることができませんでした。(しかもとても大きいサイズ)少し沖縄と似た感覚なのかもしれませんね。
2 派遣から半年たって思うこと
JICA海外協力隊には、派遣前訓練というものが約2か月あります。
そこでは何度も「活動開始から半年間は大体みんな一度メンタルが落ちる」といった説明があります。私もここへきてやっと半年。その言葉通り何度も語学の壁にぶつかり、価値観の違いも経験しました。これは、過去形ではなく、未だに続いています。「来たくて来た。」これは間違いありません。私の場合、自分の体の問題で派遣国変更になり、様々な人に助けてもらい、現在のフィジーにいます。しかし、日々フィジーで過ごせている今に感謝しながらも、いつも前向きでいられるわけではなく、涙が止まらなくなることや、私がここにいる意義が分からなくなり逃げ出したくなること、どうしようもなく孤独を感じてしまう日は少なくありません。そんな時、同じ国の協力隊仲間や世界中に散らばっている仲間からの支えはとても大きいものです。
フィジーに来てから、日本で感じることの無かった「マイノリティー」を日々感じつつ、日本では感じることのなかった様々な強い感情と向き合い、きっと既に何回も自分の殻を割って過ごしているのだと思います。
これは、違う職種の隊員、違う国の隊員にも共通して言えることだと思います。しかし、しんどい思いを経験しながらも、なぜかフィジーに来たことに後悔する日はありません。きっと周りの人からの支えのおかげですよね。そして、この経験はきっとこれから先も、私の人生に役立つ瞬間だと確信が持てています。
そして半年経ち、徐々にフィジーの中での私の居場所が増えてきました。友達もできました。少しずつ、呼吸をすることが自然にできるようになってきました。そんな今です。
これまでの半年は、フィジーの人に助けてもらうことが断然多かったので、これから徐々に恩返ししていけばいいなと思っています。
JICA海外協力対秋募集についての詳細は以下リンクから!!
JICA海外協力隊2024年度秋募集開始!国際平和拠点ひろしま〜核兵器のない世界平和に向けて〜 (hiroshimaforpeace.com)
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