2018年5月,アントニオ・グテーレス国連事務総長は新たな軍縮アジェンダを発表されました。この軍縮アジェンダには,軍縮に特に関わりの深いSDGsとして,目標3「すべての人に健康と福祉を」,目標4「質の高い教育をみんなに」,目標5「ジェンダー平等を実現しよう」,目標8「生きがいも経済成長も」,目標11「住み続けられる街づくりを」,目標16「平和と公正をすべての人に」が挙げられています。
【要約(仮訳)】
【アジェンダ提示の動機・総論】
○ 「軍縮アジェンダ」は,不安定な国際安全保障環境への対処を目的として,軍縮・不拡散を国連の業務の中心に位置づけ,国連加盟国その他ステークホルダー(市民社会を含む。)に対して共に行動することを呼びかけた,国連によるノンペーパー(non-paper)。
○ このアジェンダの内容は,核兵器や大量破壊兵器の範囲にとどまらず,軍縮はあらゆる国,また,手榴弾から水素爆弾に至るまで,全ての兵器に関わる問題であることを述べている。
○ 世界は多極化し,国際関係はより複雑で予測できなくなっている。かつては緊張を緩和し,偶発的な事件が大規模な紛争に発展しないように寄与してきた“交流と対話のメカニズム”は,今ではうまく機能していない。
○ 同時に,化学兵器や強力な破壊力を持つ爆弾が今では一般市民の居住区で使われたり,また,既存の法律や条約の枠組みを越えかねない人工知能や自律型システムを用いた新型兵器の誕生などがある。
○ 世界的に軍事費は増大し軍備競争が加速しており,昨年の軍事支出はベルリンの壁崩壊後の最高の1兆7,000億ドルを超え,全世界の人道援助に必要な金額の約80倍にもなる。他方で,貧困に終止符を打ち,健康と教育を促進し,気候変動に対処し,地球を保護するための取組に必要な支出は不足している。
【3つの優先課題】
○ 私の軍縮アジェンダには3つの優先課題がある。それは,「人類を守るための軍縮」「人命を救うための軍縮」「未来世代のための軍縮」の3つ。
1.人類を守るための軍縮(大量破壊兵器について)
○ 人類を守るための軍縮とは,核兵器,化学兵器,生物兵器などの大量破壊
兵器の削減と全廃をねらいとする。
○ 各国政府は,旧型の兵器システムの最新化を図り,新たなシステムを開発し,量ではなく質に基づく「新たな軍拡競争」に入っており,私たちは,たったひとつの機械的,電子的,人為的エラーが,一つの都市全体を地上から跡形もなく消し去る大惨事を引き起こすリスクに直面している。
(核兵器)
○ 非締約国を含むすべての国に対し,NPTに基づく不拡散と核軍縮の義務と確約を遵守するよう訴える。特に,ロシアと米国は,他の核兵器保有国とともに,多くの重要な分野で“具体的な行動”を取ることにより,核兵器がもたらす危険の削減に向けた努力を至急復活させるべきである。
○ この“具体的な行動分野”とは,「あらゆる核兵器の総保有量の削減,核兵器の不使用の確保,軍事的な戦略および政策における核兵器の役割と重要性の減少,核兵器システムの即応能力の低下,高度な新型核兵器の開発の抑制,核兵器プログラムの透明性の向上,信用と相互信頼醸成措置」を含んでおり,私はこうした努力を全力で支援する。
○ 私たちは,核兵器に関する新たな理解と合意を形成していく一方,これまでに達成した貴重な成果(NPT,CTBTなど)を維持する必要がある。 成功への唯一の道は“対話と交渉”であり,これを私たちの努力の指針としなければならない。リスク削減と信頼醸成を図る新たなアプローチや措置を模索するために,非公式な対話の場の設置を含め,加盟国に直接働きかけて,政府間の対話を促進する。
○ 私たちは専門家との技術的なレベルの作業をさらに推進し,核兵器のない世界に向けた道を切り開くための実際的な措置を講じる。これには,非核兵器地帯の強化から,兵器用核物質の生産中止,戦略的核兵器運搬システムの制限,核軍縮を検証するためのアプローチへの合意に至るまで,部分的軍縮措置が含まれるべきである。
(化学兵器,生物兵器)
○ 化学兵器の使用を終結,防止するための対策を施していく。具体的には,化学兵器の使用者を特定する新たな中立的メカニズムを創設する。そのため,化学兵器禁止条約とその制度を強化し,確実にこの画期的な条約を全面的に履行するために努力する。
○ 生物兵器の禁止を堅く守り,そのための能力をさらに向上させる。現在は,生物兵器禁止条約を支える組織も査察機関も存在しない。よって,加盟国と協力しすべての生物兵器使用の申し立てを調査するための中核となる常設メカニズムの設立に努める。
2.人命を救うための軍縮(通常兵器ついて)
○ 通常兵器の被害を削減,軽減することにより,人命を救う軍縮を進める。
○ 武力紛争の主戦場が市街地に波及し,一般市民の間で多くの死者を生み出している。私は,小型武器の不法な流通と取引に対処する新たなイニシアティブを発表する。それは,武器の回収と破壊を含め,不法な小型武器に取り組む政府の対策及び法的・政策的枠組みを支えるための資金を平和構築基金から充当するというもの。
○ 兵器への過度の支出は,持続可能な開発の資源を枯渇させる。安定した包摂的な社会,強力な行政・司法制度,効果的なガバナンスと民主主義,そして人権尊重の文化の創出とも相容れない。
○ この問題は,ジェンダーとも強い関連がある。銃は男性的な特性を象徴しており,小型武器の所有者と使用者の圧倒的多数は男性で,女性は銃による暴力の実行犯になるよりも犠牲者になる確率のほうが何倍も高い。このように,小型武器が過剰に氾濫する状況は,性的暴力を助長し,伝統的な男女の性別に基づく役割分担と力関係を固定化させるものである。私たちはこの悪循環を断ち切り,暴力と流血の文化を防がなければならない。
3.未来世代のための軍縮(新兵器技術のリスクについて)
○ 科学技術の進歩は,新たな戦争の領域を切り開き,更なる軍拡競争の発端になりかねないリスクがある。中には,既存の法的,人道的,倫理的規範を犯すおそれのある進展も見られる。自律型兵器が誕生する可能性はすでに,相当の社会不安を生んでいる。人間はいつでも武力の使用を統制できる立場にいなければならない。
○ 例えば,遺伝子編集や合成生物学が進歩すると新しいタイプの生物戦を可能にし,極超音速弾道ミサイルや宇宙兵器の開発,重要インフラへのサイバー攻撃は,国際関係や平和と安全保障に深刻な影響を及ぼしかねない。新兵器技術のリスクが重なれば,私たちの将来の安全保障の仕組みを一変させるような衝撃を与えるおそれさえある。
○ 私は,サイバー空間でなされた行為に起因する紛争を予防するための仲介を行う用意がある。また,人間が常に確実に武力の行使を統制することができるよう,法的拘束力のある取極めを含め,新たな措置を創案するために加盟国を支援する。
○ 私は,平和目的のための科学技術の発展に努める科学者と技術者を呼び集める。また,民間セクターによる責任あるイノベーションを促す機会も模索する。各国政府に対しては,多国間の予防・統制措置を引き続き模索するよう訴える。
【最後に】
○ 政府や専門家,市民社会,個人を含め,私たちみんなが力を合わせて行動した時に,軍縮や安全な世界の創出は最もうまくいく。私たちの軍縮に対する見方が変わる中で,こうしたパートナーシップも変化しなければならない。軍縮会議と国連軍縮委員会については,ここ最近の20年間は成果を上げることができなかったが,これらを再活性化すべき時がきた。
○ そのためには,両者間の調整を進め,重複を排除し,専門知識をよりよく活用すべきことはもちろん,何よりも必要なのは,これまでの政治的な立場を変える勇気であり,私は加盟国と協力しながら,これを達成できる方法を探っていく。その一つの方法として,新しい声を取り入れ,二つの機関をできるだけ包摂的かつ多様化させることが挙げられる。
○ 究極的には,国連内の軍縮関連組織の地位や機能に関して議論するため,国連総会の軍縮問題に特化した第4次特別セッション設置が望まれる。
○ 世界の平和と安全のためのあらゆる活動において,女性が果たすべき指導的役割がある。事実,画期的な軍縮条約を達成したり,国際世論を結集させる役割を担ったことで,何人もの女性がノーベル平和賞を受賞している。女性はすべての軍縮プロセスに,意思決定者として参加しなければならない。私はそのためにあらゆる支援を行う固い決意がある。
○ 軍縮にかかる様々な活動が各国の首都ベースで行われる傾向があるが,取組をより効果的にするため,リージョナル又はサブリージョナルな広がりを持った活動への展開が必要。(注:ひろしまラウンドテーブルはこれに相当する活動に位置づけられる。)
○ 若者世代の役割も非常に大きい。実際,ノーベル平和賞を受賞したICANのメンバーは35歳以下だったことに示されるように,軍縮の進展における若者の力は証明済み。軍縮分野への参画を促すため,より多くの軍縮教育の機会が必要。
○ 市民社会の役割もきわめて重要。弁護士,医師,科学者,エンジニアの貢献は大きい。各国政府内の知見は往々にして持続的に継承されない一方で,市民団体の有する知見はより永続的と言える。また,民間セクターや産業界からの軍縮分野への参画も促進すべき。併せて,各種軍縮フォーラムはより市民社会に対して開かれたものになるべき。同時に,市民社会は,自らの投融資等が軍事支出につながらないよう,留意すべき。
軍縮アジェンダ全文
https://www.un.org/disarmament/sg-agenda/en/
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