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国際平和拠点ひろしま

Leaning from Hiroshima’s Reconstruction Experience: Reborn from the Ashes vol1IV 原爆体験と原爆被爆者の平和観

1 原爆被爆者は何を体験し,何を伝えたいのか1)

原爆被爆者は,昭和20年代のいわゆる「空白の10年」を経て2),その後,現在に至るまで,「核兵器廃絶」と「原爆被害への国家補償」を求め続けてきた3)。被爆者援護施策に関しては,現在もなお,いくつかの解決すべき課題を残してはいるが,原爆被爆者と関係諸機関の不断の努力により拡充してきたことは事実であろう4)。

他方,「核兵器廃絶」に関しては,アメリカ,ロシア,フランス,中国をはじめ核保有国が歴然と存在し,それらの国々で計約1万7,000発の核弾頭を保有している5)。多くの原爆被爆者が,その現実に対する憤り,不満,あるいは諦観,そして同時に,核廃絶への大きな期待をもつことは容易に想像がつく6)。

本稿では,平成17(2005)年4月実施の『朝日新聞』「被爆60年アンケート調査」の自由記述式回答(体験記・メッセージ)に注目し,原爆被爆者の原爆体験に対する認識と後世へのメッセージの核心的部分について検討を行う。これは,原爆体験とメッセージの要約でもあるし,原爆被爆者の原爆体験・メッセージ,そして思いの核心的部分の考察でもある。同時に,原爆被爆者の「平和観」そのものを紐解くことでもある。原爆被爆者の「平和観」を分析・考察する方法はもちろんほかにもある。たとえば,松尾雅嗣が昭和58(1983)年に行った連想調査に基づいて「平和観」を分析することも可能であろう7)。しかしながら,本稿で試みる原爆被爆者の体験記・メッセージの分析は,原爆被爆者の「平和観」を探求する方法としては,適切な方法だと考えられる。原爆体験は原爆被爆者の「平和観」の基底であり,原爆被爆者のメッセージは,その「平和観」が表出されたものであると考えられるからである。この意味において,原爆体験記・メッセージ内容を考察することは,原爆被爆者の「平和観」そのものを知ることにもなるであろう。ただ,本稿で明らかにする原爆被爆者の体験記・メッセージは,それらの核心的部分であり,要約である。つまり,ここでの「平和観」もまた,「平和観」の核心的部分であり,要約であるのかもしれない。また,このアンケート調査が,各都道府県の被爆者団体の協力を得て実施する背景から,ある意味,限定的な,あるいはある特定の原爆被爆者の「平和観」であることも否定できない。そういった制約はあるものの,それでもなお,漠然と指摘され続けてきた被爆者の「平和観」を被爆者約7,000人のデータを用い計量解析し,再確認する作業の意味は小さくない。ここで明らかになる「平和観」は,被爆者全体のそれを説明する際にある一定以上の説得力を持つと考えられるからである。

2 対象と方法

『朝日新聞』「被爆60年アンケート調査」は,被爆者健康手帳および第1種健康診断受診者証所持者3万8,061人を対象とし,平成17(2005)年3月~4月に広島大学との共同事業として実施された。調査方法は,調査票の郵送自記方式(各都道府県の日本原水爆被害者団体協議会を通じて郵送)で行われた。アンケートへの総回答数は1万3,453人(回収率35.3%),そのうち,6,782人が自由記述欄に体験記・メッセージを記入した(記入率50.4%)。本稿で分析対象としたのは,この6,782人の原爆体験およびメッセージである。本稿では,その核心的部分の特徴を性別,被爆地別,被爆区分別でそれぞれ検討したい。

解析方法は,それら原爆体験・メッセージのなかで出現頻度の高い単語を抽出し,多次元尺度法,階層的クラスタリング法,テキストマイニング法による計量解析を行った。計量解析には統計解析ソフトRを用い,形態素解析にはMeCabを利用した8)。

○以下のテーマに沿って,ご自由にお書きください。一つだけでも,いずれもでもかまいません。
1. ご自身の被爆体験の中で,今も忘れられないこと
2. 原爆で亡くなった方々や次世代へのメッセージ
3. その他,訴えたいことや知らせたいことなど

3 結果および考察

(1)自由記述式回答者の背景特性について

平均年齢は75.3歳(調査時年齢,以下同),性別は男3,272人(48.2%)に対し,女3,368人(49.7%)であった。年齢階級別では70歳代がもっとも多く55.1%を占め,次いで80歳代(22.2%),60歳代(18.2%)であった。回答者の都道府県別居住地では,広島1,993人(29.4%)がもっとも多く,次いで東京944人(13.9%),長崎815人(12.0%),福岡421人(6.2%)であった。被爆地別では,広島での被爆が4,298人(63.4%),長崎での被爆が2,257人(33.3%),両市被爆が3人(0.04%)であった。被爆状況別では,直接被爆が3,572人(52.7%),入市被爆が1,939人(28.6%),救護活動が467人(6.9%),胎内被爆が56人(0.8%),第1種健康診断受診者証所持者が729人(10.7%)であった。被爆当時の所属別では,学童・学徒が2,694人(39.7%),市民(成人)が1,094人(16.1%),軍人・軍属が1,254(18.5%)であった。

(2)原爆体験記・メッセージの核心的部分

ア全回答者を対象とした解析

表9―1には,6,782人の体験記・メッセージ中で出現頻度の高い上位50単語を示した。抽出単語は,原則として,名詞,副詞,形容詞ならびに原爆被害を表す動詞に限った。次に単語の同時出現頻度をもとに単語間の親疎遠近を与える距離を算出した。続いて,データマイニングの手法の一つである階層的クラスタリング法を用い,これら50単語の分類を行った。その結果が図9―1である。図9―1には単語のまとまりを示すために,筆者の解釈を示す5つの括弧・分類番号・内容を附した。また,図9―2では多次元尺度法を用い,より視覚的に単語間の親疎遠近を示すとともに,筆者の解釈を示す4つの楕円(破線),楕円番号,内容を書き入れた。平面射影に伴う情報損失もあり,幾つかの前提あるいは限界はあるが,本稿では記述内容も吟味し,可能な限り簡素な楕円を描いた。なお,図9―1の分類番号と図9―2の楕円番号はほぼ対応している。ただし,図9―1の(4)・(5)は図9―2の(4)に対応している。

以下,図9―1・2によって,原爆・原爆体験に対する認識と被爆者のメッセージについて解釈を試みる。ごく大雑把にいえば,図9―1における分類(1)と図9―2における楕円(1)は原爆被爆者のメッセージ内容を示し,図9―1の(3)・(4)・(5)と図9―2の(3)・(4)は原爆体験に対する認識を示している。また,図9―1・図9―2のそれぞれの(2)はメッセージと原爆体験に対する認識の両方の要素を含んでいる。

原爆体験に対する認識については,図9―2に示すように,主に,二つの諸単語のグループに区分できる。一つは,図9―2楕円(4)の諸単語の集合である。被爆直後の被爆者の被害状況が「頭」,「顔」,「手」,「火傷」などの単語で表されている。同時に,被爆者が収容された「病院」の様子,至る所に放置された「死体」の様子が語られている。「水」と「声」の親近は,水を求める瀕死の被爆者の声を表している。このように,楕円(4)は,原爆投下後の脳裏から離れない地獄のような原風景の集合であることが理解できる。「水」,「死体」に関する用例の一部を次に示した。

二つ目の諸単語のグループは楕円(3)である。これは,「母」,「父」,「家」といった身内に関係する原爆体験を表すグループであると解釈できる。原爆によって父・母を亡くしたこと,あるいは父・母にまつわる体験が原爆体験に対する認識の中で重要な意味を占めていることがうかがえる。以下は,「父」,「母」に関する用例である。このように,原爆体験に対する認識は,原爆投下後の地獄のような原風景と肉親にまつわる体験という二つの部分から主に構成されていた。

原爆被爆者のメッセージに関しては,とくに詳細な検討は不要であろう。表9―1に示すように「世界」,「平和」,「核兵器」,「核」という単語が高頻度に出現し,「核(兵器)廃絶」による「世界の平和」がその核心的部分であることは明らかである。原爆体験を経て,核兵器のない世界平和を標榜し,核廃絶の言説をリードする原爆被爆者のメッセージがここに凝縮されている。つまり,これが原爆被爆者の「平和観」の核心的部分でもあるといえる。「核兵器」・「核」,「世界(の)平和」に関する用例を次に示した。なお,図9―2における点線は,メッセージと原爆体験に対する認識の境界を示したものである。点線より上部が,ほぼ原爆体験に対する認識の単語群であり,下部がメッセージ内容を示した単語群であると解釈できる。

イ 性別での比較検討

 表9―2は性別における出現頻度上位 30 単語を比較したものである。男女ともに出現した単語は網掛 け太字で示した(以下同)。両者の一致率は 70%であった。

女性の方が圧倒的に「母」に言及する頻度が高く,「父」,「姉」に関しては女性のみに出現している。このように,原爆体験に対する認識では,女性の方が,肉親にまつわる原爆体験を多く語る傾向にあった。30単語に関する多次元尺度法の結果が図9―3であるが,男性は身内に関わる原爆体験をあまり語っていないことが見て取れる。もちろん,「母」の出現が示すように,身内に関する体験を全く語らないということではないが,女性の方がより重点的に身内に関わる原爆体験を語る傾向が強いことは指摘できよう。このように,原爆体験に対する認識は,性別によってその重点の置き所が異なっている。メッセージに関しては,男性の方が,核兵器廃絶による平和を志向する傾向が強い一方で,女性は核兵器廃絶だけではない,絶対非戦による平和志向が強いことが見て取れる。つまり,「平和観」は性別によって異なることを示唆している。

ウ広島被爆者と長崎被爆者での比較検討

表9―3には被爆地別における出現頻度上位30単語を示した。両者は87%と高頻度で一致した。30単語に関する多次元尺度法の結果が図9―4であるが,両者の間にはほとんど違いが認められなかった。「怒りの広島」,「祈りの長崎」と指摘される向きもあるが,ここでは,それを示唆するような傾向は見いだせなかった。被爆60年が経過し,両被爆者の思いの核心は同じになっている可能性も示唆している。

エ 被爆当時7歳以上とそれ未満との比較検討

表9―4は被爆当時7歳以上(回答時67歳以上)と7歳未満における各上位30単語を示したものである。両者の出現単語一致率は70%である。図9―5は30単語に関する多次元尺度法の結果である。表9―4が示すように,7歳未満被爆者の場合,「水」,「死体」といった原爆投下後の原風景を表現する単語は出現していない。図9―5に示されるように,自身の体験部分は表されていない。自身の被爆体験に代わって,「姉」,「兄」,「家族」といった単語によって身内にまつわる原爆体験が重点的に語られている。しかし,自身の体験は希薄でも「核(兵器)」なき「世界平和」というメッセージは7歳以上被爆者と同じであった。

オ被爆区分別での特徴

表9―5は,原爆体験記・メッセージの中で出現頻度の高い上位50単語を被爆区分別に集計したクロス表である。なお,出現頻度の高かった「広島」と「長崎」は意図的に削除した。原爆体験記・メッセージを被爆地別に検討する際に重複すると考えたからである。表9―5に基づき,対応分析を行い,視覚化したものが図9―6である。図9―6には,筆者の解釈を示す5つの楕円(破線),楕円番号を加えた。平面射影に伴う情報損失はあるが,本稿では証言内容も吟味し,可能な限り簡素かつ意味を持ちうる楕円を描いた。

楕円(1)は,直接被爆者が原爆体験を語る際に重点的に用いる単語の集合であると解釈できる。直接被爆者は,原爆体験を語る際,「火傷」,「頭」,「顔」などの単語によって,原爆投下後の地獄のような情景を重点的に語る傾向があった。楕円(2)は,入市被爆者が重点的に用いる単語群であると解釈できる。入市被爆者の場合は,「死体」,「焼ける」などの単語によって,自身が見た「市内」での情景を重点的に語る傾向があった。両区分における違いとしては,直接被爆者の場合は,被災地から郊外へ逃げる途中で目にした,他の被爆者,あるいは自身の様子を語るという特徴があり,他方,入市被爆者の場合は,被爆地(「市内」)に残された死体について重点的に語る特徴があると指摘できよう。この体験内容の相違は,被災地から郊外に向かって逃げる直接被爆者と肉親等を探しに入市した被爆者との時間的差異によるものと考えられる。

楕円(3)は,救護・看護被爆者が重点的に用いる単語のまとまりと理解できる。救護・看護にあたった被爆者の場合は,原爆体験を語る際,「学校」,「病院」という救護・看護の場所での体験を重点的に話す傾向があった。同時に,「火傷」,「頭」,「手」といった単語によって,直接被爆者の傷害の様子を語っていた。つまり,直接被爆者の傷害の様子に関しては,直接被爆者と同様の情景を見たことを示唆している。楕円(4)は胎児被爆者が重点的に用いる単語群だと解釈できる。胎児であった被爆者の場合,「父」,「母」,「姉」という単語を多用する傾向があった。これは,原爆体験がかれらの肉親を通したものであるが故であろう。この傾向は,先に指摘した7歳未満の被爆者と同様の傾向であった。

楕円(5)は,原爆被爆者のメッセージ・思いの共通的部分だと解釈できる。楕円(5)を拡大したものが図9―7である。「核兵器」・「戦争」のない「世界」あるいは「日本」の「平和」を標榜する原爆被爆者の思いが見て取れる。同時にこのメッセージの核心的部分については,被爆区分にかかわらず,共通したものであることが示唆された。つまり,被爆者の「平和観」は被爆区分によらず共通していることを示唆している。

被爆区分以外の要因を検討するために,被爆地,性別についても検討した。その結果を示したものが図9―8である。被爆区分が同じであれば,被爆地・性別に関しては,目立った傾向あるいは特徴は観察されない。筆者の付加した4つの楕円(破線)で示す通り,ほぼ被爆区分別にまとまりを見せている。つまり,原爆被爆者の体験内容の特徴付けに関しては,被爆区分が,被爆地・性別という要因よりも,より影響を与えていることが示唆されるのである。

4 まとめにかえて

本稿では,原爆被爆体験の核心的内容(原爆体験に対する認識構造),原爆被爆者のメッセージの核心的部分,そしてそれらの性別,被爆地別,年齢,被爆区分での特徴について検討してきた。原爆体験に対する認識は,自身が体験した原爆投下後の地獄のような原風景と肉親にまつわる体験という二つの部分から主に構成されていた。性別に関しては,女性の方が,肉親にまつわる原爆体験に,より重点を置いて語る傾向がみられた。他方,男性は,「核兵器廃絶による平和」を志向する傾向が強かった。広島・長崎での比較においては,「怒りの広島」,「祈りの長崎」の傾向は認められなかった。年齢に関しては,被爆当時7歳未満の被爆者では,原爆投下後の情景ではなく,家族にまつわる原爆体験が重点的に語られていた。

また,原爆被爆者が原爆体験を語る際,それぞれの被爆区分によって,重点の置き所が異なることが示唆された。各被爆区分における特徴は以下のようにまとめられよう。

1.直接被爆者:「火傷」,「頭」,「手」によって,自身あるいは周囲の被爆者の傷害の様子を語る傾向がある。

2.入市被爆者:「死体」,「焼ける」によって,自身が見た「市内」での情景を語る傾向がある。

3.救護・看護被爆者:「学校」,「病院」という救護・看護を行った場所での体験を語る傾向がある。同時に,「火傷」,「頭」,「手」によって,直接被爆者の傷害の様子を語る傾向がある。

4.胎児被爆者:「父」,「母」,「姉」を通した体験を語る傾向がある。

このように,被爆区分によって,原爆被爆者が目にした原爆の「原風景」に違いがあることが再確認できた。このことは幾つかの重要な視点をわれわれに提示する。たとえば,入市被爆者は,原爆投下後,時間の経過を経て入市した分,爆心地付近を直接被爆者とは違った視点でつぶさに見ているという点である。このことは,入市被爆者の原爆体験もまた原爆被害理解の深化のためには不可欠であることを示唆するのである。

原爆被爆者の平和観の表出とも言えるメッセージに関しては,その核心的部分は,「核(兵器)廃絶」による「世界の平和」であった。被爆者のメッセージは,性別により若干の違いはあるが,被爆地,年齢,被爆区分における違いは認められなかった。つまり,被爆者の「平和観」の核心的部分は,「核廃絶による世界平和」であったのだ。従来,原爆被爆者の平和運動の両輪の一つは「核兵器廃絶」だと指摘されてきたし,日本被団協もそう認めてきた9)。このことから原爆被爆者の「平和観」の核心的部分は「核廃絶による平和」であり,そのことはある意味自明であったのかもしれない。しかしながら,それは原爆被爆者を中心とした平和運動から発せられる言動から想像できることであり,計量解析などの統計学的手法を用い,指摘されたものではなかった。本稿での統計学的分析は,従来指摘されてきた原爆被爆者の「平和観」を裏付けるものとなった。そして,原爆被爆者の「平和観」の核心的部分は,被爆地,年齢,被爆区分によってその違いは認められず,共通していることも明らかになった。これまで「怒りの広島」,「祈りの長崎」として被爆地を区別する傾向もあったが,両者の「平和観」に違いは認められなかった。年齢,被爆区分,そしてそれに由来する原爆体験の違いはあっても原爆被爆者の「平和観」に大きな違いはなかったのだ。

原爆被爆者の「平和観」の核心的部分は,区分によらず共通して「核兵器のない世界平和」であると指摘して間違いないであろう。ただ,原爆被爆者の「平和観」は性別により,重点の置き所が異なる可能性が示唆された。男性は核廃絶による世界平和を志向し,他方,女性は絶対非戦による世界平和を志向していた。この傾向は一般化できるのか,今後の検討課題としたい。

通常兵器と異なる原子爆弾被害の特徴は,原爆放射線に起因する悪性腫瘍等の晩発性傷害,いわゆる「原爆後障害」であろう。また今日的には,発症リスクを背景とする健康不安もその特徴の一つと指摘できよう10)。人類はなんとむごい「パンドラの箱」を開けたのだろう。厚生労働省によると平成25(2013)年3月末時点で20万1,779人の原爆被爆者が生存している。前年度の21万830人から約9,000人が死没している。被爆者の平均年齢も78歳を超えている。いつしか「歴史としての原爆」になることは抗えない事実であろう。原爆投下から68年が経過し,原爆被害研究はその成果を着実に積み上げ,そのおぞましさを提示し続ける。と同時に,その被害者である生き残った原爆被爆者たちは,悲惨な原爆体験に基づく,「反核兵器」というテーゼを確立し,「唯一の被爆国・日本」の立場を牽引してきた。それも原爆被爆体験を乗り越えてである。

「被爆60年アンケート調査」では,「心の支え」についても聞いている(回答者総数は1万2,323人)。「家族との生活」と回答したものが7,703人(62.5%),「趣味」と回答したものが4,380人(35.5%),「地域や社会での活動」と回答したものが2,799人(22.7%)「,核兵器廃絶運動」と回答したものが2,257人(18.3%),「宗教の信仰」と回答したものが2,057人(16.7%)であった11)。被爆者であるが故の「からだ」と「こころ」の傷を軽減するものは,家族であり,地域社会であり,平和運動であったのだ。こういった支えによって,悲惨な原爆体験を乗り越え,「核兵器のない世界」という「平和観」を確立してきた原爆被爆者の思い,願いに私たち次世代の日本人は如何に応えるべきなのか。今一度,自問したい。

(川野 徳幸)


注・参考文献

1)本稿は,筆者の次の三つの論文に修正・加筆を行い,再構成したものである。川野徳幸「原爆被爆被害の概要」(『平和研究』 第 35 号,2010 年)19 – 38 頁。川野徳幸,佐藤健一,大瀧慈「原爆被爆者は何を伝えたいのか-原爆被爆者の体験記・メッセー ジの計量解析を通して-」(『長崎医学会雑誌』85 巻特集号,2010 年)208 – 213 頁。川野徳幸,佐藤健一「原爆被爆者の体 験記・メッセージに関する被爆区分別特徴について」(『広島医学』第 65 巻4号,2012 年)322 – 326 頁。

2)日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は,この時代を「病苦と貧困と差別に耐えてひっそりと生きていた」空白の 10 年と位置づける。広島県被団協は,2009 年8月『「空白の十年」被爆者の苦闘』を発行した。同書は,7,438 人から回答を得 たアンケートの集計・分析結果,及び就職や結婚での差別,後障害の苦悩などを切実に綴った 71 本の手記によって構成され, 空白の 10 年の実態に迫ろうとしたものである。詳しくは,次の URL を参照。http://www.ne.jp/asahi/hidankyo/nihon/ about/about5-200910.html#anchor-04 (2014 年1月 31 日アクセス)

3)日本被団協ホームページ中の「50 年のあゆみ」を参照。詳しくは,次の URL を参照。http://www.ne.jp/asahi/hidankyo/ nihon/about/about2-02.html (2014 年1月 31 日アクセス)

4)しかし,もちろんそのことが,被爆者援護法に基づく手当等が十分である,あるいは被爆者自身がその手当に満足している ということを意味しているわけではない。事実,『朝日新聞』「被爆 60 年アンケート調査」によると,回答者中約 47%がその 手当に満足していないと回答している。詳しくは,2005 年7月 17 日付け同紙を参照。

5)SIPRI, SIPRI Yearbook 2013(SIPRI, 2013)

6)このあたりの原爆被爆者の思いについては,例えば,『朝日新聞』「被爆 60 年アンケート調査」,『読売新聞』「被爆 65 年 1000人調査」(2010 年7月 30 日)に詳しい。 

7)松尾雅嗣『連想調査による「平和」の意味分析』(広島大学平和科学研究センター,1983 年)。 

8)詳しくは,石田基『テキストマイニング入門』(森北出版,2008 年)と金明哲『テキストデータの統計科学入門』(岩波書店,2009 年)を参照。 

9)両輪のもう一つは,「原爆被害への国家補償」。詳しくは日本被団協ホームページを参照。http://www.ne.jp/asahi/hidankyo/nihon/about/about2-02.html(2014 年1月 31 日アクセス)

10)『朝日新聞』「被爆 60 年アンケート調査」によると,90%以上の回答者が健康不安を感じていた。また,その健康不安の程度は,被爆区分,爆心地からの距離に依存していた。詳しくは,川野徳幸,大谷敬子,佐藤健一,冨田哲治,大瀧慈「原爆被爆者 の不安度における被爆状況依存性について—朝日新聞社アンケート調査に基づく解析—」(『広島医学』63 巻4号,2010 年) 270 – 274 頁を参照。

11)詳しくは,2005 年7月 17 日付け『朝日新聞』,あるいは川野徳幸,平林今日子,大瀧慈「原爆被爆者の「こころ」と「くらし」 における(継続的)被害の実態:朝日新聞「被爆 60 年アンケート調査」結果を手がかりに」(『長崎医学会雑誌』Vol. 81 特集 号,2006 年)195 – 200 頁を参照。

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