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国際平和拠点ひろしま

核兵器使用の現実について広島からのメッセージ

原子力科学者会報(The Bulletin of the Atomic Scientists)に湯崎広島県知事の寄稿文が掲載されました。

原子力科学者会報は,核兵器をはじめとする大量破壊兵器や気候変動問題など人間社会への脅威となる化学技術上の問題を扱うアメリカ合衆国の非専門的学術雑誌である。年に1度,終末時計の時刻を公表し表紙に掲載していることでも知られています。(出典:Wikipedia )

全文(英語)はこちらから

日本語(仮訳)

 

核兵器使用の現実について広島からのメッセージ

 

75年前の8月6日,75年前の8月6日,人類史上初めて投下された原子爆弾が,広島の上空で炸裂し,灼熱の閃光と爆風,そして放射線により多くの尊い生命が奪われ,今なお被爆者たちを苦しめ続けています。

 

現在でも広島の街の下には,あるいはその川の中には,一瞬にして焼き尽くされた多くの無辜の人々の骨が,無念の魂が埋まっています。

 

かろうじて生き残っても,父母兄弟を奪われた孤児となり,あるいは街の再生のため家を追われ,傷に塩を塗るような差別にあい,放射線被ばくによる病気を抱え今なおその影におびえる,原爆のためにせずともよかった,筆舌に尽くし難い苦難を抱えてきた多くの被爆者がいます。こうした被爆者にとっては,75年経とうとも,原爆による被害は過去のものではありません。

             

被爆者は広島と長崎で潜り抜けた筆舌に尽くし難い非人道的な経験,また,それらを人類の教訓とするため,長年にわたり命を削りながら,本当は口にしたくもない証言活動を行っています。

 

それにも関わらず,被爆者の核兵器廃絶への願い,広島・長崎の核兵器廃絶に対する思いは,こうも長い間裏切られ続けるのでしょうか。

 

【核兵器を巡る情勢】

世界では,今なお1万3千発以上の核兵器が存在し,核保有国は核戦力の近代化を継続しています。また,核軍縮の停滞が続く中,中距離核戦力全廃条約(INF条約)の失効や,米国による,イランの核開発に関する「包括的共同作業計画(JCPOA)」からの一方的な離脱,イランのJCPOA義務の一部履行停止,来年失効を迎える新STARTの期限延長問題など,昨今の核兵器廃絶を巡る情勢は,極めて厳しい状況です。

 

【核抑止論の打破】

表立って核兵器廃絶という目標に反対する国はどこにもないにも関わらず,核軍縮の実質的な進展に繋がっていないという状況を鑑みると,私は各国政府に本気で核兵器廃絶を進めていただくためには,その元凶である,得体の知れない核抑止論の打破が重要であると考えています。

 

北東アジアや南アジア地域での緊張が高まる中,冷戦期からの長い間,この核抑止論の前提となっている仮定が果たして,現実世界ではどうなのか,という検証はこれまで十分に行われていませんでした。

 

このような点を明らかにし,核抑止論を乗り越え,核兵器廃絶に向けた道筋を論理的に構築することが必要と考え,UNIDIR,SIPRI,チャタムハウスなど,世界的な平和研究機関と連携協定を締結し,核軍縮を実質的に進めていくための方策について研究を進めています。

 

この中で,現在の核抑止をめぐる状況には,抑止の実践の前提となっている仮定,拡大抑止の永続的な価値,台頭する技術の影響,曖昧になる通常兵器と核兵器の境界,という4つの観点から,大きな問題があることが分かってきました。[i]

 

まず,核抑止論は,米国・ソ連間の緊張の高まりによって形成され,二極化した世界構造に基づき,国家は合理的な主体であり,意思決定者は理想的な選択を行う,先制攻撃のインセンティブを減ずることが,戦略的安定性を確実にする,との仮定を支柱としていました。しかしながら,今や私たちは,意思決定プロセスが個人的な経験や価値観に左右されること,技術的な進歩が核兵器の使用や使用の威嚇へのインセンティブを生み出す可能性があることに気づいています。

 

また,近年のNATOや他の同盟諸国への米国の関与の不確実性が同盟国間で疑念を生じさせていることなどによる拡大核抑止への懸念,核の分野における自動化の進展や人工知能の使用,意思決定プロセスに対するこうした新技術の影響,そして極超音速滑空機やクルーズミサイルなどに対する防衛システムの脆弱性などにより,抑止理論の打破の可能性が指摘されています。

 

さらには,その破壊力の大きさから,これまで,ほとんどの国家は核兵器を例外的な兵器として扱ってきましたが,近年,官僚や学者の中には,低出力核使用によるインパクトは大規模な通常の攻撃と全く区別して考えるべきものではないという議論があります。[ii]こうした議論を背景に,核兵器国は競って核兵器の更新や能力向上,さらには「使える核兵器」の開発にまで進もうとしているのです。

 

こうした極めて不確実性の高い前提に立ち,さらに技術革新や地政学的要因により,先の見通しが全く立たない状況に置かれながら,何の疑いも持たずに核抑止論に寄りかかり,思考停止に陥ることは,私達には到底できません。

 

【新しい安全保障論の構築】

このように見てくると,核兵器保有により敵の攻撃を抑止する,という核抑止論は,科学的根拠のない,あくまでも人々が共同で信じている「考え」であって,すなわち「虚構」に過ぎないことが分かります。これは,宇宙の真理とは全く異なるものです。

 

一方で,核兵器の破壊力は,アインシュタインらが提唱したとおり,まさに否定できない宇宙の真理であり,ひとたび爆発すればそのエネルギーから逃れられる存在は何一つありません。したがって,そこから逃れるためには,決して爆発しないよう,つまり,敵が使用しないという虚構を信じるのではなく,物理的に廃絶するしかないのです。

 

幸いなことに,核抑止は人間の作った虚構であるが故に,皆が信じなくなれば意味がなくなります。つまり,人間の手で変えることができるのです。残念ながら,かつて当たり前にあった奴隷制が今や決して許されないように,どのように強固な岩盤であろうと,それが人々の「考え」である限り,我々は核兵器に依存する安全保障の在り方を変えることができるはずです。

 

【国連における核兵器廃絶目標の合意】

また,地球上のすべての人々がステークホルダーであるこの課題について,可能な限り多くの人々を繋ぎ,結集させることで,核兵器廃絶に向けた大きなうねりを生み出していきたいと考えています。

 

そのためには,核兵器廃絶の議論を軍縮・安全保障の専門コミュニティにとどめず,幅広いステークホルダーによる議論を促していくことが重要です。核兵器の課題は,地球温暖化,伝染病,発展途上国における公正かつ持続可能な開発などの地球規模課題と同様に人類に対する明確かつ現存するリスクであり,合意を形成するために国際社会の注目が必要となります。

 

アントニオ・グテーレス国連事務総長による「軍縮アジェンダ」は,今日の国際社会における核兵器を含む軍縮の課題を包括的に示しており,このアジェンダの着実な履行のためにも,全ての国連加盟国や国際機関,NGOとの議論を促進することが求められています。

 

こうしたことを通じ,一刻でも早い時期に核兵器を廃絶することを,全ての国連加盟国が一致し,新たな目標として設定することを目指します。

 

【核兵器廃絶への決意】

核抑止から人類が脱却するためには,ローマ教皇が広島で示唆されたように,世界の叡知を集め,すべての国々,すべての人々が行動しなければなりません。

 

草木も生えないと言われた75年には残念ながら間に合いませんでした。このことについて,我々は真摯に受け止め,そして,改めて,被爆者がまだ存命の間[iii],一刻でも早い時期に,核兵器を廃絶しなければいけません。

 

皆さん,今こそ,後世の人々に,その無責任を非難される前に,叡知を集めて行動しようではありませんか。

[i] https://hiroshimaforpeace.com/en/joint-research-2/

[ii] https://hiroshimaforpeace.com/joint-research-2/sipri-2019/

[iii] 被爆者平均年齢83歳https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000049130.html

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