Hiroshima Report 2018序文
『ひろしまレポート2018年版―核軍縮・不拡散・核セキュリティを巡る2017年の動向』(以下、『ひろしまレポート2018年』)は、平成29年度に広島県から委託を受け、(公財)日本国際問題研究所が実施した「ひろしまレポート作成事業」1の調査・研究の成果である。核軍縮、核不拡散及び核セキュリティに関する具体的措置・提案の2017年の実施状況を取りまとめ、日本語版及び英語版を刊行した。核兵器廃絶の見通しは依然として立たないばかりか、核兵器を巡る状況は複雑化している。核兵器不拡散条約(NPT)上の5核兵器国(中国、フランス、ロシア、英国、米国)及び他の核保有国(インド、イスラエル、パキスタン)からは、核兵器保有の放棄に向けた具体的な動きは見られない。逆に、程度の差はあれ、核戦力の近代化や運搬手段の更新などといった核抑止の中長期的な維持を見据えた施策を講じている。こうした状況に不満を強める非核兵器国は核兵器の法的禁止を追求し、2017年7月7日に核兵器禁止条約(TPNW)を採択した。しかしながら、これに消極的な核保有国、並びに核保有国と同盟関係にある非核兵器国(核傘下国)は条約への署名を拒否しており、TPNW賛同国との間の亀裂が深まっている。イランの核問題については解決に向けて進展も見られるが、NPT脱退を表明した北朝鮮はこれまでに6回の核爆発実験を実施し、活発な弾道ミサイル開発を続けるとともに、核威嚇を繰り返してきた。さらに、原子力の平和利用はNPT締約国の奪い得ない権利だが、それに対する関心の高まりは核不拡散や核セキュリティへのリスクを高めかねず、新たに核兵器の取得に関心を持つ国が出現する可能性、さらにはグローバル化の進展とも相まって、非国家主体による核兵器の取得・使用が現実となる可能性も排除できない。核軍縮、核不拡散、核セキュリティの一層の強化・推進が求められているにもかかわらず、それらに関する多くの措置が停滞を余儀なくされている状況が続いている。こうしたなか、核兵器の廃絶に向けた取組を進めるにあたっては、まずは核軍縮、核不拡散、核セキュリティに関する具体的な措置と、これらへの各国の取組の現状と問題点を明らかにすることが必要となる。これらを調査・分析して「報告書」及び「評価書」にまとめ、人類史上初の核兵器の惨劇に見舞われた広島から発信することにより、政策決定者、専門家及び市民社会による議論を喚起し、核兵器のない世界に向けた様々な動きを後押しすることが、『ひろしまレポート』の目的である。各対象国の核軍縮などに向けた取組の状況を調査・分析・評価し、「報告書」及び「評価書」を作成する実施体制として、研究委員会が設置され、平成29年度内に会合を開催し、議論を行った。研究委員会のメンバーは下記のとおりである。
主査:樽井澄夫(日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長)研究委員:一政祐行(防衛省防衛研究所主任研究官)
川崎哲(ピースボート共同代表)
菊地昌廣(核物質管理センター理事)
黒澤満(大阪女学院大学教授)玉井広史(日本原子力研究開発機構核不拡散・核セキュリティ総合支援センター特別嘱託)水本和実(広島市立大学広島平和研究所副所長)戸﨑洋史(日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター主任研究員)(兼幹事)
作成された「報告書」のドラフトに対して、核軍縮、核不拡散及び核セキュリティの分野において第一線で活躍する、下記の国内外の著名な研究者や実務家より貴重なコメント及び指摘を頂いた。
阿部信泰前内閣府原子力委員会委員
マーク・フィッツパトリック(MarkFitzpatrick)国際戦略研究所(IISS)ワシントン事務所長兼不拡散・軍縮プログラム部長
ジョン・シンプソン(JohnSimpson)サウサンプトン大学名誉教授鈴木達治郎長崎大学核兵器廃絶研究センター・センター長
また、『ひろしまレポート2018年』では国内外の有識者より、TPNWなど核軍縮・不拡散問題の動向、並びに展望と課題に関するご寄稿を得た2。
英語版の作成に当たっては、ゴードン・ジョーンズ氏(GordonWynJones、キングス・カレッジ大学院)より編集、並びに内容面でのコメントを得た。記して謝意を表する。
[1]本事業は、広島県が平成23年に策定した「国際平和拠点ひろしま構想」に基づく取組の1つとして行われたものである。
[2]それらの論考は執筆者個人の見解をまとめたものであり、広島県、日本国際問題研究所、及び執筆者の所属する団体などの意見を表すものではない。各論考は、長田大輝、佐藤崇成、佐藤真央、田中啓太、村松俊の各氏に翻訳を、また向和歌奈・亜細亜大学講師に翻訳・監修を行って頂いた。