Hiroshima Report 2018第 1 章 核軍縮 1
(1) 核兵器の保有数(推計)
核兵器の保有を公表しているのは、2017年末時点で8 カ国である。このうち、中国、フランス、ロシア、英国及び米国は、核兵器不拡散条約(NPT)第9条3項で「1967年1月1日前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国」と定義される「核兵器国」(nuclear-weaponstates)である。これら5核兵器国の他に、NPT非締約国のインド及びパキスタン、並びにNPTからの脱退を1993年及び2003年に宣言した北朝鮮が、これまでに核爆発実験を実施し、核兵器の保有を公表した。もう1つのNPT非締約国であるイスラエルは、核兵器の保有を肯定も否定もしない「曖昧政策」を維持しているが、核兵器を保有していると広く考えられている(イスラエルによる核爆発実験の実施は、これまでのところ確認されていない)。本報告書では、NPT上の核兵器国以外に、核兵器の保有を公表しているか、あるいは核兵器を保有しているとみられる上記の4カ国を「他の核保有国」(other nuclear-armed states)と称する。また、核兵器国と核保有国を合わせて表記する場合は、「核保有国」とする。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の推計によれば、2017年1月時点で世界に存在する核兵器の総数は依然として1万4,935発(うち4,150発が配備核弾頭)にのぼり、このうちの90%以上を米露が保有している2。また、核兵器の総数は2010年からは約7,600発、前年からは460発削減されたが、そのペースは鈍化傾向にある。さらに、中国、インド及びパキスタンの核弾頭数は、ここ数年にわたって、それぞれ年10発程度のペースで漸増してきたと見積もられている(表1-1、表1-2を参照)。核保有国のうち、フランスは核兵器保有数を300発と公表し3、英国は2020年代半ばまでに核兵器保有数の上限を180発の規模まで削減するとしている。これ以外の核保有国はいずれも、自国の核兵器の総数(配備、非配備、廃棄待ちなど含む)や上限を公表していないが4、米国は近年、核兵器の配備数などを積極的に公表してきた。オバマ政権は任期終了直前の2017年1月、2016年の約500発を含め、また2009年以来では2,226発の核兵器を廃棄したこと、並びに核兵器保有数(廃棄待ちの核弾頭を含まない)が4,018発であることを明らかにした 5。
(2)核兵器のない世界の達成に向けたコミットメント
A)核兵器のない世界に向けたアプローチ
NPT前文では、「核軍備競争の停止をできる限り早期に達成し、及び核軍備の縮小の方向で効果的な措置をとる意図を宣言し、この目的の達成についてすべての国が協力することを要請」している。また同条約第6条では、「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」と定められている。「核兵器の廃絶」あるいは「核兵器のない世界」の目標に公然と反対する国はなく、NPT運用検討プロセスや国連総会第一委員会などの場で、核兵器(保有)国も核軍縮へのコミットメントを繰り返し確認してきた。2017年1月には中国の習近平国家主席が世界経済フォーラム(ダボス会議)で、「核兵器のない世界に向けて、核兵器が時間をかけて完全に禁止及び廃絶されるべきである」とも発言した6。しかしながら、核保有国のそうしたコミットメントは「核兵器のない世界」の実現に向けた核軍縮の着実な実施・推進を必ずしも意味するわけではなく、核軍縮は2017年も停滞した。また、米国は新政権の発足により、核軍備管理や核態勢を含め政策の見直しが進められているが、国家安全保障会議(NSC)のフォード(Christopher Ford)上級部長(大量破壊兵器・拡散対抗担当)は3月、「核兵器のない世界の目標が、国際安全保障環境における現下の動向の中で短・中期的に現実的な目標であるか否か」もその対象になると発言した7。
核軍縮へのアプローチについては、5核兵器国及びインドがステップ・バイ・ステップ(step-by-step)アプローチ、米国と同盟関係にあり拡大核抑止(核の傘)を供与される非核兵器国(核傘下国)が「ブロック積み上げ(buildingblocks)」アプローチに基づく「前進的アプローチ(progressive approach)」、並びに非同盟運動(NAM)諸国が時限的・段階的
(Phased)アプローチをそれぞれ提唱してきた8。また日本は、「異なるアプローチを持つ国々が建設的な態度で現実的な核軍縮措置に関する議論に従事するよう、努力し続ける」とし、その第一歩として日本が採る3つの行動として、核軍縮に関する賢人会議の開催9、CTBT発効への貢献を見据えた東南アジア・太平洋・極東地域(SEAPFE)地域会議の主催、並びに核兵器の非人道性に係る認知拡大のためユース・コミュニケーター及び包括的核実験禁止条約(CTBT)ユース・グループの国際的なネットワークの確立を挙げた10。
B)日本、新アジェンダ連合(NAC)及び非同盟運動(NAM)諸国などがそれぞれ提案する核軍縮に関する国連総会決議への投票行動
2017年の国連総会では、例年通り核軍縮に関する3つの決議、すなわち日本がイニシアティブを取る「核兵器の全面的廃絶に向けた新たな決意の下での共同行動(United action with renewed determination towards the total elimination of nuclear weapons)」11、新アジェンダ連合(NAC)が 提案する「核兵器のない世界に向けて:核軍縮コミットメントの履行の加速(Towardsanuclear-weapon- free world: accelerating the implementation of nuclear disarmament commitments)」12、及びNAM諸国による「核軍縮(Nucleardisarmament)」13がそれぞれ採択された。これらの3つの決議について、本報告書での調査対象国による2017年国連総会での投票行動は下記のとおりである。
- 「核兵器の全面的廃絶に向けた新たな決意の下での共同行動」
- 提案:豪州、ドイツ、日本、ポーランド、トルコ、UAE、英国、米国など
- 賛成156、反対4(中国、ロシア、北朝鮮、シリア)、棄権24(オーストリア、ブラジル、エジプト、インド、インドネシア、イラン、イスラエル、韓国、ニュージーランド、ナイジェリア、パキスタン、南アフリカなど)
- 「核兵器のない世界に向けて:核軍縮コミットメントの履行の加速」
- 提案:ブラジル、エジプト、メキシコ、ニュージーランド、南アフリカなど
- 賛成137、反対31(ベルギー、中国、フランス、ドイツ、インド、イスラエル、北朝鮮、ポーランド、ロシア、トルコ、英国、米国)、棄権16(豪州、カナダ、日本、韓国、オランダ、ノルウェー、パキスタンなど)
- 「核軍縮」
- 提案:インドネシア、フィリピンなど
- 賛成119、反対41(豪州、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ロシア、スイス、トルコ、英国、米国など)、棄権20(オーストリア、インド、日本、北朝鮮、ニュージーランド、パキスタン、南アフリカ、スウェーデンなど)
日本のイニシアティブによる「核兵器の全面的廃絶に向けた共同行動」決議に対しては、前年に棄権したフランス及び英国が賛成票を投じる一方で、昨年の共同提案国のいくつかが2017年の決議には共同提案国とはならず(オーストリア、ベルギー、カナダ、チリ、ナイジェリア、ノルウェー、フィリピン、スウェーデン、スイスなど)、また全体の賛成国数も前年より11少なくなった。日本はこの決議案を、
「核軍縮・不拡散に関する幅広い問題の共通点を提供するものである」と位置づけた14。しかしながら、核兵器禁止条約(TPNW)の推進国、NGO、被爆者団体などからは、条約の成立に関する言及がないこと、下記のような点15に関して前年の決議の文言から核軍縮に係る表現が後退していることなどが厳しく批判された。
「核兵器の廃絶を達成するという核兵器国の明確な約束を再確認する」という一文を、「核兵器のない世界に向けた、核兵器国によるNPTの完全な履行という約束を再確認する」と変更
「核兵器のあらゆる使用による壊滅的な人道的結末についての深い懸念」という一文から、「あらゆる」という言葉が削除
C)核兵器の非人道的結末
2015年NPT運用検討会議以降、核兵器の非人道性に係る主張は、核兵器禁止の法的拘束力を持つ文書の交渉開始を求める主張や行動へと重心を移していった。その結果が、TPNWの成立であった。
2017年の国連総会では、オーストリアなどが共同提案国となり、前年に続いて決議「核兵器の非人道的結末(Humanitarianconsequencesofnuclearweapons)」が採択された16。投票行動などは下記のとおりである。
提案:オーストリア、ブラジル、チリ、エジプト、インドネシア、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、サウジアラビア、南アフリカ、スウェーデン、スイスなど
賛成141、反対15(フランス、イスラエル、韓国、ポーランド、ロシア、トルコ、英国、 米国など)、棄権 27(豪州、ベルギー、カナダ、 中国、ドイツ、北朝鮮、オランダ、ノルウェー、 パキスタンなど)
さらに、南アフリカが主導して採択された決 議「核兵器のない世界の倫理的重要性(Ethical imperatives for a nuclear-weapon-free world)」17 へ の投票行動は下記のとおりである。
提案:オーストリア、ブラジル、カザフス タン、メキシコ、ナイジェリア、南アフリ カなど
賛成 130、反対 36(豪州、ベルギー、カナ ダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、 オランダ、ノルウェー、ポーランド、ロシア、 トルコ、英国、米国など)、棄権 15(中国、 北朝鮮、インド、日本、パキスタン、スウェー デン、スイスなど)
(3)核兵器禁止条約(TPNW)
2016年の国連総会で採択された決議「多国間核軍縮交渉の前進(Taking forward multilateral nuclear disarmament negotiations)」18に基づき、2017年3月および6~7月に「核兵器の全面廃絶に向けた核兵器禁止のための法的拘束力のある文書を交渉する国連会議(」以下、交渉会議)がニューヨークで開催された。交渉会議の開催に向けてイニシアティブを取った国の一つであるオーストリアは、初日の演説で、「会議場に数多くの国が集結していることを誇りに思う。それは、核兵器禁止への幅広い、世界的な支持を示すものだ」19と述べた。条約策定を支持する国々及びNGOなど市民社会の代表が大多数を占めた交渉会議では、条約に規定される具体的な義務や措置を巡り意見の相違―核兵器の使用に加えて使用の威嚇も明示するか、CTBTに規定された核爆発実験の禁止だけでなく他の実験も包摂すると解釈できる「核実験」の禁止とするか、核兵器の「通過」も禁止の対象に含めるか否かなど―もみられた。それでも、核兵器の非人道性を重視し、核兵器の禁止規範を条約の形で具現化することが核兵器廃絶に向けた重要なステップであるとの信念、並びに交渉会議期間内に条約を採択するとの目標について、条約推進派の総意は揺るがなかった。交渉会議議長を務めたホワイト(ElayneWhyteGómez)コスタリカ大使の強いリーダーシップもあり、TPNWは会議最終日の7月7日に賛成122、反対1(オランダ)、棄権1(シンガポール)で採択された20。
前文および20箇条からなるTPNWは、まず前文で、「核兵器のいかなる使用によってももたらされる壊滅的な非人道的結末を深く懸念し、核兵器がいかなる状況下でも二度と使用されないよう保証するための唯一の方法である核兵器の完全な廃絶が必要であることを認識し」、「核兵器使用の被ばく者(hibakusha)及び核実験により影響を受けた人々にもたらされる容認し難い苦しみと損害に留意し」、「核兵器のいかなる使用も武力紛争に適用可能な国際法の規則、特に国際人道法の原則及び規則に違反することを考慮し」、「核兵器の法的拘束力のある禁止は、核兵器の不可逆的、検証可能、かつ透明性のある廃絶を含む、核兵器のない世界の達成及び維持に向けた重要な貢献となることを認識し、この目的に向けて行動することを決意」することなどが記された。
条約第1条では、推進派が目指した禁止規範を具現化するものとして、締約国による核兵器その他の核爆発装置(以下、核兵器)の(a)開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵、(b)移転、(c)受領、(d)使用または使用の威嚇、(e)禁止された活動の援助、奨励、勧誘、(f)かかる援助の要求・受諾、(g)領域内などへの配置、設置または配備の禁止が規定された。これに続いて、条約では以下のような措置が規定された。
申告(第2条):締約国は、(a)条約が当該国について発効する前に、核兵器を保有などしていたか、並びに核兵器計画を廃止したか、(b)核兵器を保有などしているか、(c)他国が保有する核兵器が自国領域内に存在するかを国連事務総長に申告
保障措置(第3条):締約国は、既存の国際原子力機関(IAEA)保障措置協定を維持すること(1項)、また包括的保障措置協定の未締結国はこれを締結すること(2項)
核兵器廃棄の検証(第4条)
国内実施措置(第5条)
被害者援助・環境回復(第6条)及び国際協力・支援(第7条)
締約国会議及び運用検討会議(第8条)
費用(第9条)、改正(第10条)、紛争の解決(第11条)
普遍性達成のための非締約国への加入奨励(第12条)
2017年9月20日に国連本部で署名開放され(第13条)、50カ国が批准書を寄託した後、90日で発効(第15条)
留保(第16条)、有効期間及び脱退(第17条)、他の協定との関係(第18条)、寄託者(第19条)、正文(第20条)。
条約が署名開放された9月20日には、51カ国が署名した。2017年末時点で、オーストリア、ブラジル、チリ、インドネシア、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、フィリピン、南アフリカなど56カ国が署名し、このうち3カ国が批准した。TPNWの策定を主導した国のうち、オーストリアは、大多数の国がその安全保障に核兵器が不要だと考え、「核兵器爆発の重大な非人道的結末の知見に基づき、より多くの国が、核兵器の存続が有利なものでも望ましいものでもなく、国家安全保障や共通の安全保障、さらには人類の生存に脅威を与えるものであるとの結論に至った。この確信が、TPNWにおいて核兵器を禁止するための、必要な大多数の国の政治的意思を涵養した」と述べた21。
上述の2016年の国連総会決議に反対または棄権した核保有国・核傘下国は、オランダを除き条約交渉会議に参加しなかった22。米国のヘイリー(Nikki Haley)国連大使は、2017年3月の交渉会議初日に会議場の外で、「私の家族のために、核兵器のない世界以上に望むものはない。しかしながら、我々は現実的でなければならない。北朝鮮が核兵器の禁止に合意すると信じる者がいるだろうか」23と述べ、フランス、英国、韓国などの大使らとともに条約交渉への反対を表明した。また中国は、「核兵器の最終的な包括的禁止及び完全な廃絶を一貫して支持している」ものの、同時に「核軍縮の実現は一夜にして実現できるわけではなく、世界的な戦略的安定を保全し、どの国の安全保障も損なわないとの原則に沿った、漸進的な方法で行われなければならない」とし、条約交渉への不参加という「選択は、既存の国際軍備管理・軍縮レジームを維持し、漸進的な方法で核軍縮を進めるためになされたもので、世界的な戦略バランス及び安定の維持に向けた中国の責任ある態度を示したものだ」24と述べた。
2017年NPT準備委員会でも、5核兵器国は条約交渉を批判した。たとえばロシアは、条約交渉プロセスを推進する国々は禁止条約がNPTを補完、さらには強化することを期待しているが、そのような論理を受け入れることはできないと述べた25。また英国は、「核軍縮に関する生産的な結果は、世界的な安全保障の文脈を考慮した、コンセンサス・ベースのアプローチを通じてのみ達成が可能である。核兵器の国際的な禁止の交渉は、核兵器のない世界という目標に我々を近づけるものではない。その禁止は、国際安全保障環境を改善せず、信頼も透明性も向上させない。核軍縮検証の技術的・手続き的挑戦にも対応しないであろう。…多国間軍縮に対するコンセンサス・ベースのステップ・バイ・ステップ・アプローチの追求が、核兵器のない世界という共通の目標に向けた最も現実的で効果的な道のりを提供する」26とした。核傘下国のなかでは、たとえば豪州は、「提案されている核兵器禁止条約は効果的な軍縮や強化された安全保障の現実的な道筋を示していない」として、交渉会議に参加しないと言明した27。また日本は、3月の交渉会議初日に以下のようなステートメントを行った。
禁止条約を作っても,実際に核兵器国の核兵器が1つでも減ることにつながらなければ意味はありません。それどころか,核兵器国が参加しない形で条約を作ることは,核兵器国と非核兵器国の亀裂,非核兵器国間の離間といった国際社会の分断を一層深め,核兵器のない世界を遠ざけるものとなります。また,禁止条約が作成されたとしても,北朝鮮の脅威といった現実の安全保障問題の解決に結びつくとも思えません。そうした考えから,我が国は,国連総会の決議に対して反対票を投じました。これまでの議論や検討の結果,現時点において,この条約構想について,核兵器国の理解や関与は得られないことが明らかとなっています。また,核兵器国の協力を通じ,核兵器の廃絶に結びつく措置を追求するという交渉のあり方が担保されておりません。このような現状の下では,残念ながら,我が国として本件交渉会議に建設的かつ誠実に参加することは困難と言わざるを得ません28。
交渉会議に参加しなかった核保有国および核傘下国は、条約に署名しない方針を明らかにした。このうち、フランス、英国および米国は条約が採択された7月7日に以下のようなステートメントを発表した。
このイニシアティブは、国際安全保障環境の現実を無視している。禁止条約への加入は、欧州及び北アジアにおける70年以上にわたる平和の維持に枢要であった核抑止政策と両立しない。核抑止を必要とする安全保障上の懸念に対応しない核兵器禁止は、1発の核兵器も廃絶せず、国家の安全保障も国際の平和と安全保障も強化しない。…禁止条約はまた、国際の平和と安全保障の維持に貢献する既存の国際安全保障アーキテクチャを損なうリスクもある29。
また国連総会では、NPT非締約国などがTPNWに関して以下のような発言を行った。
インド:「インドは条約に参加せず、拘束もされない」30
パキスタン:「このイニシアティブは、核軍縮を支える根本的な安全保障上の考慮を無視することにより揺らいだ。…コンセンサス・ベースではなく、すべての重要なステークホルダーが不在であるジュネーブ軍縮会議(CD)外でのそのようなイニシアティブの開始は、どれだけよく意図され正当なものであったとしても、真の変化はもたらさない」31
イスラエル:「条約は条約の内容に関連する慣習法の発展に寄与するものではなく、その存在を示すものでもない」32
北朝鮮:「核兵器の完全な廃絶に関する条約の主要な焦点に同意するが、北朝鮮に核の脅威とブラックメールをもたらす米国が条約を拒絶しているため、北朝鮮も条約に加入する立場にはない」33
さらに、条約採択に賛成したにもかかわらず、これに署名しない可能性を示唆する国もある。スウェーデンは、問題の複雑性にもかかわらず前例も時間もない中で条約の採択に賛成したが、自国の目的に合致しない重要な要素が条約にあるとの認識を明らかにし34、またスイスも条約が既存の規範や協定を弱体化させ、核軍縮に係る二極化を招き得るような二重プロセス・構造を作り出すリスクがあるとして35、両国とも条約に署名していない。条約署名開放後の動向としては、TPNWの成立に向けてイニシアティブをとってきた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が、「核兵器使用の破滅的な非人道的結末に注意を喚起するという取り組み、並びにそうした兵器の条約ベースの禁止を達成するという画期的な努力」36により、ノーベル平和賞を受賞したことが挙げられる。12月10日の受賞講演では、ICANのフィン(Beatrice Fihn)事務局長が、核兵器が使われた際にもたらされる「想像を超える規模」の非人道的影響について、最も問題視するべきだと強調するとともに、「核兵器が使われるリスクは、今日、冷戦が終わった時よりも大きくなって」37おり、核兵器使用の「恐怖」の下での生活を避ける「自由」を取り戻し、今とは違う「未来」が可能だと述べた。また被爆者のサーロー節子は、核兵器は「必要悪ではなく、絶対悪」38であると強調した。また、ノルウェー、スウェーデン及びイタリアでは、議会が政府に対して、条約への署名を検討するよう求める決議を採択し、政府は条約に加入した場合の影響などについて報告書を作成し、議会に提出することとなった。
2017年国連総会では、TPNWの重要性を再確認し、条約への署名・批准を要請する決議「多国間核軍縮交渉の前進(Taking forward multilateral nuclear disarmament negotiations)」が下記のとお り採択された39。
提案:オーストリア、ブラジル、チリ、インドネシア、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、フィリピン、南アフリカなど
賛成125、反対39(豪州、ベルギー、カナダ、中国、フランス、ドイツ、インド、イスラエル、日本、韓国、オランダ、ノルウェー、パキスタン、ポーランド、ロシア、トルコ、英国、米国など)、棄権14(北朝鮮など)※シリアは投票せず
また、核兵器の法的禁止に関しては、国連総会では例年、「核兵器禁止条約の早期締結を導く多国間交渉の開始によって」NPT第6条の義務を実行するよう求める決議「核兵器の威嚇または使用に関する国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見のフォローアップ(Follow-upto the advisory opinion of the International Court of Justice on the Legality of the Threat or Use of Nuclear Weapons)」40が採択されてきた。2017年国連総会での投票行動は下記のとおりである。
提案:インドネシアなど
賛成131、反対31(豪州、ベルギー、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ロシア、トルコ、英国、米国など)、棄権18(カナダ、インド、日本など)※北朝鮮は投票せず
同年の国連総会では、前年に続いて「軍縮会議に、いかなる状況でも核兵器の使用または使用の威嚇を禁止する国際条約に関して合意に達するため交渉を開始するよう求める」との「核兵器使用禁止条約(Convention on the Prohibition of the Use of Nuclear Weapons)」決議案が提出され、採択された41。その投票行動は下記のとおりである。
提案:インドなど
賛成123、反対50(豪州、オーストリア、
ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、スイス、トルコ、英国、米国など)、棄権10(日本、北朝鮮、ロシアなど)
[1] 第 1 章「核軍縮」は、戸﨑洋史により執筆された。
[2] Stockholm International Peace Research Institute, SIPRI Yearbook 2017: Armaments, Disarmament and International Security (Oxford: Oxford University Press, 2017), chapter 11.
[3] さらにフランスは、非配備の核兵器を保有せず、すべての核兵器は配備され運用状況にあるとしている(NPT/ CONF.2015/10, March 12, 2015)。
[4] この点について、テルトレ(Bruno Tertrais)は、「核兵器保管数には核兵器としての機能を果たさないものや非 破壊実験に用いられるものなど、『核兵器』とは呼べないようなものが含まれており、正確な数を提示することは難し く、ミスリーディングであり、また提示された日にのみ正しい数字でしかない」ということが理由にあると説明してい る(Bruno Tertrais, “Comments on Hiroshima Report of March 2013,” Hiroshima Report Blog: Nuclear Disarmament, Nonproliferation and Nuclear Security, October 29, 2013, http://hiroshima-report.blogspot.jp/2013/10/op-ed-bruno- tertrais-comments-on.html)。
[5] “Remarks by the Vice President on Nuclear Security,” Washington, DC., January 11, 2017, https:// obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2017/01/12/remarks-vice-president-nuclear-security.
[6] “China’s Xi Calls for a World without Nuclear Weapons,” South China Morning Post , January 17, 2017, http://www. scmp.com/news/china/diplomacy-defence/article/2063383/chinas-xi-calls-world-without-nuclear-weapons.
[7] “Trump Administration to Review Goal of World without Nuclear Weapons: Aide,” Reuters, March 21, 2017, https://www.reuters.com/article/us-usa-trump-nuclear/trump-administration-to-review-goal-of-world-without-nuclear- weapons-aide-idUSKBN16S1M6.
[8] それぞれのアプローチに関しては、『ひろしまレポート 2017 年版』を参照。
[9] 国内外の有識者 16 名をメンバーとする賢人会議の初回会合は、2017 年 11 月に広島で開催された。
[10] “Statement by H.E. Mr. Fumio Kishida, Minister for Foreign Affairs,” General Debate, First Session of the Preparatory Committee for the 2020 NPT Review Conference, May 2, 2017.
[11] A/RES/72/50, December 4, 2017. [12] A/RES/72/39, December 4, 2017.
[13] A/RES/72/38, December 4, 2017.
[14] “Statement by Japan,” Thematic Debate on Nuclear Disarmament, United Nations General Assembly, October 12, 2017.
[15] Masakatsu Ota, “Japan Waters Down Text of Annual Anti-nuclear Resolution to Imply Acceptable Use of Nukes,” Japan Times, October 21, 2017, https://www.japantimes.co.jp/news/2017/10/21/national/politics-diplomacy/u-s- pressure-japan-waters-text-anti-nuclear-resolution/#.We6Dqlu0OUl などを参照。
[16] A/RES/72/30, December 4, 2017.
[17] A/RES/72/37, December 4, 2017.
[18] A/RES/71/258, December 23, 2016.”
[19] “Statement by Austria,” United Nations Conference to Negotiate a Legally Binding Instrument to Prohibit Nuclear Weapons, Leading towards Their Total Elimination, March 27, 2017.
[20] 交渉会議の意思決定方法は、「コンセンサス達成に最大限努力する」としつつ、コンセンサス達成のためのすべて の努力が尽きたと議長が判断する場合には、実質事項に関する会議の決定は、会議に参加し投票する国の 3 分の 2 の 多数でなされると手続き規則に定められた。
[21] “Statement by Austria,” General Debate, UN General Assembly, October 3, 2017.
[22] 交渉会議の手続き事項を議論するために 2 月 18 日に開かれた組織会合(Organizational Meeting)には、中国 及びインドが参加した(交渉会議には参加せず)。インドは、核軍縮への「非包括的アプローチ」や国際検証措置の 不在について懸念を表明した。Allison Pytlak and Ray Acheson, “States Discuss Rules for Nuclear Ban Negotiations,” Reaching Critical Will, February 16, 2017, http://www.reachingcriticalwill.org/disarmament-fora/nuclear-weapon- ban/reports/11377-states-discuss-rules-for-nuclear-ban-negotiations.
[23] Michelle Nichols, “U.S., Britain, France, Others Skip Nuclear Weapons Ban Treaty Talks,” Reuters, March 27, 2017, https://www.reuters.com/article/us-nuclear-un/u-s-britain-france-others-skip-nuclear-weapons-ban-treaty-talks- idUSKBN16Y1QI.
[24] “Foreign Ministry Spokesperson Hua Chunying’s Regular Press Conference,” Ministry of Foreign Affairs of China, March 20, 2017, http://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/t1447146.shtml.
[25] “Statement by Russia,” General Debate, First Session of the Preparatory Committee for the 2020 NPT Review Conference, May 2, 2017.
[26] “Statement by the United Kingdom,” General Debate, First Session of the Preparatory Committee for the 2020 NPT Review Conference, May 3, 2017.
[27] “Australia to Boycott Global Summit on Treaty to Ban Nuclear Weapons,” Guardian , February 17, 2017, https:// www.theguardian.com/world/2017/feb/17/australia-to-boycott-global-summit-on-treaty-to-ban-nuclear-weapons.
[28]「核兵器禁止条約交渉第1回会議ハイレベル・セグメントにおける髙見澤軍縮代表部大使によるステートメント」 2017 年 3 月 27 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000243025.pdf。
[29] “Joint Press Statement from the Permanent Representatives to the United Nations of the United States, United Kingdom, and France Following the Adoption of a Treaty Banning Nuclear Weapons,” July 7, 2017, https://usun.state. gov/remarks/7892.
[30] “Statement by India,” General Debate, UN General Assembly, October 9, 2017.
[31] “Statement by Pakistan,” Thematic Debate on Nuclear Weapons, UN General Assembly, October 13, 2017.
[32] “Statement by Israel,” General Debate, UN General Assembly, October 3, 2017.
[33] “Statement by North Korea,” General Debate, UN General Assembly, October 6, 2017.
[34] Alicia Sanders-Zakre, “States Hesitate to Sign Nuclear Ban Treaty,” Arms Control Today , Vol. 47, No. 7 (September 2017), p. 32.
[35] Ibid.
[36] Norwegian Nobel Committee, “The Nobel Peace Prize for 2017,” October 6, 2017, https://www.nobelprize.org/ nobel_prizes/peace/laureates/2017/press.html.
[37] “International Campaign to Abolish Nuclear Weapons (ICAN): Nobel Lecture,” the Nobel Peace Prize 2017, December 10, 2017, https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/peace/laureates/2017/ican-lecture_en.html.
[38] Ibid.
[39] A/RES/72/31, December 4, 2017.
[40] A/RES/72/58, December 4, 2017.
[41] A/RES/72/59, December 4, 2017.