Hiroshima Report 2019コラム
コラム
コラム1
2020年NPT運用検討会議に向けて
ー2017年核兵器禁止条約(TPNW)の進展の評価ー
ティム・コーリー
(2010年NPT運用検討)会議は、条約の目的に従い、すべての人々にとってより安全な世界を追求すること、並びに核兵器のない世界の平和及び安全保障を実現することを決意する。
2010年NPT運用検討会議で条約加盟国がコンセンサス合意した最終文書(NPT/CONF.2010/50 (Vol. I))に記載された行動計画1
このコラムでは、(a)TPNWの発効に向けた進展と、(b)TPNWが2020年NPT運用検討会議に与え得る影響という2つのテーマを取り上げる。
(a)TPNWは2017年7月7日、全193加盟国に開かれた国連会議の最後に、122カ国によって採択された。2018年末までに、19カ国がTPNWを批准した。このことは、条約が「法的」に効力を有するのに必要な50カ国の批准という目標に向けて、着実に進展していることを表している。もちろん、「規範的」な影響を考えるならば、TPNWは他の2つの大量破壊兵器(WMD)禁止条約―生物・毒素兵器禁止条約(BTWC)及び化学兵器禁止条約(CWC)―とすでに肩を並べていると広く認められている。また、TPNWは国連事務総長の新たな軍縮アジェンダの3つの優先課題の1つ―人類を守るための軍縮―とも、合致したものである。
(b)TPNW発効までの間、核兵器廃絶を実現する推進力としてこの条約の影響力を評価することは、どうしても推論的にならざるを得ない。当面は、TPNWの有効性に関する議論はかなり論争的なものになる(ただし、TPNW交渉は、核軍縮に係る積年の行き詰まりによるものであって、その原因ではないことに留意する必要がある)。核保有国とその多くの同盟国からすれば、同条約の影響は唯一条約の外に置かれているWMDとしての核兵器に対して、彼らが与えている正統性に疑問を投げかけるものとして映る。彼らから見れば、核兵器は敵対国からの侵略を抑止する能力を通じて、世界的な安全保障を支えているのである。こうした理由により、彼らはTPNW交渉には参加しなかった。
これに対して、NPTの下で決して核兵器を保有しないと約束する国の大多数は、世界的な安全保障がそうした非人道的な兵器の存在に依拠しているとの考えを認めない。これらの国々は、NPTの衰弱しつつある核軍縮の柱を強化するものとしてTPNWを捉えている。彼らの主張は以下の通りである。
(i) 近年、核兵器の近代化により、それらが紛争で実際に使用され、甚大な非人道的結果を招く可能性が高まっている。広島・長崎への原爆投下によって被った人命の犠牲と、放射能汚染の現在も続く健康や環境への影響をいかなる形であれ繰り返すことは受け入れ難い。さらに、現行の核態勢は、世界的な安全保障を「保証する」というよりも、「危険に晒す」ものだとして広くみなされている。
(ii) NPT発効から約50年間、核兵器国による核軍縮に向けた進展は、遅々として進んでおらず、また折に触れて不承不承になされてきた。
(iii) 核兵器国とその同盟国が安全保障目的のために核兵器に依存し続けていることが、そうした国々と、NPTの下で核兵器を持たないと誓約する国々との間の根本的な緊張を長期化させている。
これら相反する見解が激しく対立している。仮にTPNWが2020年NPT運用検討会議までに発効したとしても、この構図は変わらず、進展も容易ではないであろう。しかしながら、前回の2015年運用検討会議が失敗に終わったことを考えれば、NPTのすべての加盟国は核兵器国であれ非核兵器国であれ、2020年の会議が続け様に膠着状態に陥ることは誰の得にもならないことを、少なくとも認めるはずである。理性的で落ち着いた議論を受け入れることが、解決策を見出す鍵となるだろう。
運用検討会議で構築し得る基盤には、以下のようなものが挙げられよう。
- 核ドクトリンのさらなる理解をもたらすこと
- 核兵器を一触即発的な警戒態勢(hair-trigger alert)から外すこと
- 核のリスクを低減するための他の手段を探ること
- 核兵器がより低いレベルにある状況での安全保障を模索すること
TPNWへの将来的な支持に向けて慎重に構成された同条約のメカニズムを核保有国が拒否し続けるか否かは重要ではない。重要なのは、2020年NPT運用検討会議でNPT再活性化の緊急性が認識され、核軍縮への機運が高まることであり、同時に、冒頭に引用した2010年NPT運用検討会議で合意された行動計画の精神の下、核兵器の拡散を防止することである。
(国連軍縮研究所(UNIDIR)シニアフェロー)
コラム2
核兵器禁止条約と核軍縮検証の課題
ティティ・エラスト
2017年に成立した核兵器禁止条約(TPNW)への主要な批判の1つは、同条約の軍縮検証に係る曖昧性である。この条約は、検証方法だけでなく、条約によって禁止される活動、物質及び施設の活動範囲(scope)といった重要な問題を未解決のままに残している。同時に、この点は、核兵器国が議論に加わる用意ができる時まで、複雑な検証の問題に係る重要な決定を先送りすることができるという、より柔軟なアプローチを可能としてきた。
実際に、核軍縮検証に関連する技術的、政治的及び制度的な挑戦に取り組むためには、膨大な量の作業が求められる。これらの作業には、既存の検証手段と解決策をいかに1つの包括的な枠組みに統合するかという決定と同様に、最終的には核保有国と非核兵器国の双方によって行われなければならない。短・中期的にはTPNWの発効が現実性を増すなかで、包括的な核軍縮検証レジームがどのようなものになるのかを真剣に考えるために、核兵器不拡散条約(NPT)加盟国間の分断を架橋する必要性が高まっている1 。
核兵器禁止条約における検証についての規定
NPTが掲げる軍縮の側面を強化する目的で交渉が開始されたTPNWは、核兵器の開発、配備、保有、使用または使用の威嚇を禁止する、初の法的拘束力を有する条約である。この条約の禁止事項の中核には、条約により禁止されるいかなる活動も支援、奨励、誘導することだけでなく、加盟国の領土内に核兵器を配置することも含まれている。
TPNWは、新たな検証レジームを構築しておらず、非核兵器国は「追加的な関連文書を採択することを妨げることなく」既存のIAEA保障措置義務を維持すると規定している。TPNWに加盟する核保有国は、核兵器計画の検証可能で不可逆的な廃棄に向けて、条約が呼ぶところの「権限のある国際的な当局」と協力しなければならない。さらには、検証下での核兵器の廃棄がなされたのち、核保有国は「申告された核物質が平和的な原子力活動から転用されないこと、及び当該締約国全体において申告されていない核物質または活動が存在しないことについての確証を与える」IAEA保障措置協定も締結しなければならない。
包括的な軍縮検証レジームはどのようなものとなり得るか
核兵器廃棄後の元核保有国による再軍備を防止するという課題は、既存の不拡散保障措置と類似している。それゆえに、TPNWでは核兵器のない世界を維持するという中心的な役割をIAEAに担わせていることはなんら不思議なことではない。監視や査察分野での確実かつ多くの経験を踏まえると、原則的には、IAEAが包括的な核軍縮検証に求められる作業の多くを遂行することは可能だろう。
他方で、TPNWの遵守を検証することは、IAEAの役割の大幅な拡大を意味する。核兵器のない世界へ向けた取組においては、IAEAの活動範囲は拡大され、緊要物質と未申告の施設を検知するという最大限の業務が求められることになるだろう。それまでの元核保有国による兵器化の経験を考えれば、適時に検知する必要性も高まるだろう。
同時に、TPNWは、既存の核兵器の廃絶を検証するためには、別の(しかし特定されていない)国際的な当局が必要であるとしている。核兵器には秘匿性の問題や議論が絶えない特殊な課題が数多くあり、それらへの対応はIAEAのみでは難しいともいえる。新たな当局はそれゆえに、核兵器関連インフラの廃棄や平和利用への転換だけでなく、核弾頭の解体も検証するために必要となる2 。
新たな当局とIAEAによって共有されるであろう1つの重要な役割は、平和利用のための核物質のみならず、解体された核弾頭から取り出される高濃縮ウランやプルトニウムを含む核分裂性物質を管理することだろう。保障措置適用外での兵器利用可能な核分裂性物質の生産には上限を設けなければならず、加えて隠匿されるリスクを最小限化するためには、核分裂性物質の過去の生産も精査されなければならない。過去に核兵器の設計に携わった人物の専門知識は核兵器の再開発を容易にし得るため、彼らの存在にも注意を払う必要がある3 。
IAEAと新たな当局の間の役割分担に加えて、包括的な軍縮検証レジームは、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)、包括的核実験禁止条約(CTBT)もしくは包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会、そして関連する二国間条約などの諸機関や取極との確実な連携を図る必要もあるだろう。
未解決の政治的課題
機能的な核軍縮検証レジームを構築するために乗り越えなければならない技術的・制度的課題は決して小さくない。しかしながら、これらの課題に取り組むためになされてきた多くの作業が、機能的な軍縮検証レジームの構築のための有効な基盤となっていることには疑う余地がない。
最も重要な課題は、より政治的性質を帯びている。結局のところ、核兵器のない世界―核兵器を放棄した元核保有国が侵入度の高い検証レジームに従い、相互を信頼し、そして不正を探知する同レジームの有効性をも信頼する世界―は、今よりも協調的な国際社会への大きな変革を意味するからだ。
また、核兵器のない世界が達成されることは、信頼のおける実施機関の存在をも意味する。TPNWの違反にどう対処するのかという問題は、国際規範の主要な執行者としての国連安保理常任理事国である5核兵器国の特権的役割を再考する必要を示しているともいえるだろう。これはつまり、国連における力関係の根本的な再構築を提案することでもある。
TPNWがこのような5核兵器国の特権的地位に関する前提について根深い留保を包含していることこそが、同条約に対する懐疑論を生み出す主な源泉の1つとなっていると考えられる。しかしながら、NPT第6条でも是認されているとおり、これと同様の前提は核兵器の完全な廃絶というほぼ普遍的に受け入れられた目標にも組み込まれている点は、特筆に値するだろう。
結論
核軍縮検証に関する技術的課題に取り組むべく、ここ数年の間に多くの作業が行われてきた。これらの作業は、これまでの軍備管理及び不拡散検証に係る経験とともに、TPNWを補完する包括的な検証システムの基盤として活用できる膨大な知識を提供する。これと同時に、とりわけ包括的な核軍縮という共通の目標に資する既存の検証方法やイニシアティブを機能させるという点においては、なすべき作業はいまだに多く残っている。
TPNWの真価に関する意見―特に核軍縮の進捗の度合いや核兵器の全面的な廃絶のための政治的状況が得られる可能性に関して―に相違があるとはいえ、包括的な核軍縮レジームを構築する過程は核兵器を「持つ者」と「持たざる者」双方による共同作業でなければならない。このような状況において、TPNWの検証条項をより明確にすると同時に補完することによって、全面的な核廃絶という長期目標をより現実的なものとして捉えることが可能となるだろう。
(ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)研究員)
[1] TPNWは50カ国が批准あるいは加盟した後、90日後に発効する。2019年3月現在、70カ国が署名し、そのうち22カ国が批准している。
[2] Shea, T., Verifying Nuclear Disarmament (Routledge: New York, 2018), p. 9-12.
[3] Scheffran, J., ‘Verification and security in a nuclear-weapon free world: elements and framework of a nuclear weapons convention’, UNIDIR Disarmament Forum 2010, p. 54.
コラム3
INF条約の廃棄と日本の安全保障
浅田 正彦
トランプ大統領の「衝撃的」な決定はもはや日常的なものといっても過言ではない。その意味ではこの決定はさほど「衝撃的」ではないのかもしれない。しかし、長く続いた冷戦の終結を象徴するともいえる中距離核戦力全廃条約(INF条約)の廃棄をめぐる報道は、少なからぬ人々にとって衝撃をもって受け止められた。2018年10月には、ボルトン米大統領補佐官が訪ロしてロシアのINF条約違反などを指摘しつつその廃棄の方針を伝達し、12月にはポンペオ米国務長官が、ロシアが60日以内にINF条約を遵守しなければ義務履行を停止するとして「最後通牒」を突きつけた。こうした動きについては、専門家の間にも「軍縮に逆行する」として危ぶむ声が少なくない。しかし、事はそう単純ではない。
INF条約は、米ソ間で1987年12月に署名された条約で、射程500~5500キロメートルの地上配備の弾道ミサイルと巡航ミサイルを全廃するというものである(1988年6月発効、91年5月廃棄完了)。INF条約は米ソ間の条約であるが、その主要な舞台は欧州であった。
1970年代、ソ連は移動式中距離弾道ミサイルSS-20の配備を進めた。この「欧州には届くが米国には届かない」核ミサイルの配備は、欧州諸国の間に米国の拡大抑止に対する不安感を惹起した。欧州がソ連の限定核攻撃を受けた場合に、米国は自らへの核攻撃の危険を冒してまで欧州のために核反撃をしてくれるのかという不安である(米欧間のデカップリング)。この問題に対して西側諸国は、1979年12月、NATOのいわゆる「二重決定」をもって対応した。すなわち、ソ連とのINF軍縮交渉の追求と、米国の中距離弾道ミサイル・パーシングIIおよび巡航ミサイルの西欧配備を決定したのである。最終的にソ連は交渉に応じ、INF条約の締結へとつながった。
しかし、INF条約との関係で忘れてはならないのがINFと日本との関係である。日本政府は、INF条約が単に欧州のINFのみをカバーする地域的な条約となり、さらには欧州のINFがアジア部に移転されることになることを危惧して、INFのグローバル・ゼロを粘り強く米国に働きかけ、最終的にそのような条約となるに当たって極めて重要な役割を果したのである。
今日、INFをめぐる状況は、とりわけアジアにおいて1970年代~80年代とは全く異なる様相を呈している。冷戦後のミサイル技術の拡散の結果、アジアには、数百基ともいわれる中国のINFを始めとして、北朝鮮、韓国、インド、パキスタン、イラン、シリアなど多数の国がINFを保有している。米国によるINF条約廃棄の方針は、表向きはロシアによる違反を主な理由としているが、真の理由が中国のINFにあることは明らかである。そして同じ懸念はロシアも抱いているはずである。そのことは、ロシアがINF条約に代わる核管理の新たな枠組みについて中国に参加を働きかけていることにも表れている。このように、軍縮は安全保障と密接に結びついているのであって、軍縮には複眼的思考をもってアプローチすることが重要である。1980年代のINF交渉時に強く認識されたように、核軍縮交渉が日本の安全に直結しうることも忘れてはならない。もちろんこのことは、朝鮮半島の非核化に関する米朝交渉にも当てはまる。
(付記)2019年2月2日、米国政府はINF条約第15条に従い、ロシアに対して正式に同条約から脱退する意図を通知した。脱退は通知から6ヵ月後に発効する。
(京都大学大学院法学研究科教授)
コラム4
21世紀の核抑止を検討する様々な見方
ベイザ・ウナル
1.はじめに
核抑止は、数十年にわたり核軍縮・不拡散の議論の中心であり、今後の数十年もその位置を維持し続けるであろう。核抑止に関して、政策立案者や専門家の間で意見が一致しない点は何か。冷戦期と同様の方法で、21世紀の核抑止を考えることは可能なのか。
核抑止をこれまでの政治の延長であるかのように考える危険が高まっている。21世紀の核抑止を検討するにあたっては様々な見方、とりわけ核抑止の役割に関しては対立した見方がある。すなわち、核抑止は安全保障を高めるのか、それとも妨げるのかという見方だ。NPT運用検討会議及び準備委員会においては、抑止は重要ではあると理解されていながら誰もが触れようとしない話題である。そうであれば、21世紀における抑止の議論の中で、慎重な検討を要する問題は何なのであろうか。
2.抑止理論の根底にある前提
シェリング(Thomas Schelling)やブロディー(Bernard Brodie)、ウォルシュテッター(Albert Wohlshetter)ら抑止理論の大家は、冷戦という要因に基づき抑止理論を概念化した。当時の前提は、二極構造によって形成された。たとえば、合理性は意思決定の支柱であり、それは第一撃の誘因を減らすことが戦略的安定性を確実にすると考えられた。一部の前提は今もなお妥当であるかもしれないが、当時の前提を当然のように受け入れ、現在における有用性(value)に疑問を投げかけずにいることは、国際安全保障、そして国家が危機時にいかに振舞うかについての我々の理解を妨げることになろう。
今日、核抑止は危機安定性に立脚してはいない。この数十年間、大国間の平和は保たれてはきた。しかし、国家が通常兵器、核兵器そして新技術の領域で互いに挑戦し合うにつれて、そうした平和は徐々に損なわれている。技術的な進歩により抑止は再考を余儀なくされ、危機時には核兵器の使用または使用の威嚇を行う傾向が一層高まりかねない。実際、核兵器の使用に関するこのような考えは、すでに定着したタブーに反して、新たな常識(new normal)となりつつある。このことは、米国が新たな核態勢見直し(NPR)にサイバーの観点を組み込んだことからも窺い知ることができる。
また抑止理論は、国家が合理的なアクターであること、そして政策決定者は計算された費用対効果に基づき最適な選択をするものだと仮定している。すなわち、ある国家にとって第一撃の費用(costs)が効果(benefits)を上回るのだとしたら、国家は現状の維持という合理的な選択をするはずだという仮定である。ただ、今や意思決定過程は個人的な価値によって導かれることも知られている。核兵器の使用または使用の威嚇という決定は、政策決定者が核兵器に与えている価値に基づいてなされた計算であり、そのような計算は、一国のリーダーが核兵器の保持や使用に見出す利益や価値によって変化する。たとえば、米国との会談に先立ち、金正恩は世界を破滅へと導く可能性があるリーダーの一人だと見なされていた1。現在も、米国の世論には米朝関係への懐疑論が存在する2。
3.拡大抑止
現在の拡大抑止もまた、冷戦期に構想されてきたものとは異なる。拡大抑止は地域ごとに異なった形態を取る。たとえば、韓国と日本を守る米国の核の傘は、紛争時には機能し得ない象徴的な傘としてしばしば言及される。金正恩とトランプの間で行われている協議は、前向きなものではあるが、韓国の安全保障にとって予期せぬ結果をもたらしかねない。また、地域の力関係を揺るがし、新たな安全保障上の懸念を惹起しかねない。
同様に、米国のNATO、並びに他の安全保障や経済同盟へのコミットメントの不確実性が、核同盟国の間で懸念を引き起こしている。ロシアが紛争の敷居を低下させるような行動(サイバー攻撃や、英国における暗殺目的での化学剤の使用など)によってNATOと米国の限界を試している現在、同盟国間の信頼のレベルも低下してきた。さらに悪いことに、米国とロシアは互いに核の敷居を低下させている3。
4.新技術
現在そして将来の技術の発展(たとえば、無人機、サイバー攻撃、対衛星兵器、極超音速ブーストグライド兵器(hypersonic glide vehicles)など)は、核の分野でリスクと機会の両方をもたらす。新技術が既存の抑止態勢を再度意味あるものにすると主張する専門家がいる一方、新技術によって抑止は損なわれかねないと考える専門家もいる4。核の分野において自動化や人工知能の利用が進んでいることに関する研究や、これらが意思決定過程に与える影響に関する研究が発表されてきている5。
極超音速ブーストグライド兵器や極超音速巡航ミサイル能力の獲得をめぐり、特に中国、ロシア、米国の間で軍拡競争が進行している。極超音速ミサイルは、既存のミサイル防衛システムでは迎撃不可能な速さで飛翔する。この技術を得ようとする関心は、他の国の間でも高まってきている。極超音速ブーストグライド兵器や極超音速巡航ミサイルを発射時に探知すること、飛行する軌道を割り出すこと、迎撃目的で標的を特定すること、そして既存のミサイル防衛システムで阻止することはいずれも困難であることから、ひとたび運用されれば、抑止のロジックは揺らぎ、エスカレーションの可能性も高まるであろう6。
5.結論
本稿では、21世紀の抑止を考える際に検討を要する3つの分野を概観した。新たな問題を説明するために、抑止のような古い戦略を当てはめることは比較的容易にできる。抑止はある時機能しなくなるかもしれないこと、そしてそのようなことが起こった時、いかなる緩和措置が紛争のエスカレーションを防ぐために必要なのかを今こそ考える時だということを、受け入れることの方が難しい。しかし、このことは抑止の価値を信じる国家が核態勢・政策を全面的に変更すべきだということを意味するものではない。まず、核政策において抗堪性(resilience)を強化できるようにすべく、国家は抑止を補完する代替手段を探ることが可能だということを意味している。
今日の抑止に関する議論では、いずれの国も互いに紛争を開始し、あるいは戦争に向かうことを意図的には目指していないとの共通の理解が欠如している。そうした共通の理解は、すべての議論の土台でなければならない。核兵器のない安全な世界を構築する方法や、そのような世界がどのようなものであるかを探ることが、価値のあることかもしれない。しかし、仮にそのような世界でも抑止と同程度に問題のある政策が抑止の代わりとなるのだとすれば、平和で安定的な世界にはならないだろう。同様に、もし抑止理論の根底にある前提や抑止政策における新技術の役割が注意深く検討されなければ、現実にはもはや合致しない歴史的類推や事例によって、意思決定者は不意打ちを食らうことになるだろう。そのような状況では、危機のエスカレーションや紛争は避けがたいものとなるかもしれない。
(英国王立国際問題研究所シニアリサーチフェロ―)
[1] Friedhoff, K., “The American Public Remains Committed to Defending South Korea,” The Chicago Council on Global Affairs, October 2018, https://www.thechicagocouncil.org/sites/default/files/brief_north_korea_ccs18_181001.pdf.
[2] Rasmussen Reports, “Nuclear Fear Falls, But Democrats More Scared of North Korean Threat,” June 1, 2018, http://www.rasmussenreports.com/public_content/politics/current_events/north_korea/nuclear_fears_fall_but_democrats_more_scared_of_north_korean_threat; Friedhoff, “The American Public Remains Committed to Defending South Korea.”
[3] Bruusgaard K., “The Myth of Russia’s Lowered Nuclear Threshold,” War on the Rocks, September 22, 2017, https://warontherocks.com/2017/09/the-myth-of-russias-lowered-nuclear-threshold/.
[4] Unal B., Lewis P., Cybersecurity of Nuclear Weapons Systems, Chatham House, January 2018を参照。また、 Bidwell C., MacDonald B., “Emerging Disruptive Technologies and their Potential Threat to Strategic Stability and National Security,” Federation of American Scientists, September 2018, も参照。
[5] Sharre P., Army of None: Autonomous Weapons and the Future of War, W. W. Norton & Company, 2018.
[6] 極超音速ブーストグライド兵器については、 Speier R.,. Nacouzi G., Lee C., Moore R., Hypersonic Missile Nonproliferation: Hindering the Spread of a New Class of Weapons, RAND Corporation, 2017 を参照。
コラム5
2020年NPT運用検討会議に向けて
ジョアン・ロルフィング
歴史上世界で最も成功した国際協定である核不拡散条約(NPT)が、2020年のNPT運用検討会議で50周年を迎える。世界で最も成功した普遍的な条約の1つであるNPTの歴史における、画期的な出来事である。しかしながら、2020年に近づくにつれ、祝賀的な雰囲気に包まれる代わりに、不満や衝突、さらにはNPTとその加盟国が何十年にもわたって苦悩しながら形成してきた核の秩序(nuclear order)が崩壊するかもしれないという警告が、国家間で高まってきている。いかにしてこの危機的な状況に至ったのか、そしてより安全な状況へと向かうためにはどうすればよいのか。
現在の好ましくない政治的背景には、2つの重大な要因が作用してきた。それは、核軍縮の進展が遅れていることに関して核兵器国と非核兵器国の間の分断が拡大していること、これに関連して核兵器国間の政治的関係が危険なまでに悪化していることである。この2つの動向のうち、米露関係はNPTの成功を一層脅かしている。両国は、核リスクを管理する軍備管理条約と手順に関する50年間続いた対話を打ち切ってしまった。より厄介なことに、米露はともに中距離核戦力全廃条約(INF条約)脱退の意思を表明している。また、両国間に残る唯一の核軍備管理条約である新STARTの延長、あるいは別の条約への転換にも合意していない。もし、2021年2月までになんらの行動も取られなければ、米国とロシアは1950年代と60年代のような核軍拡競争の規制がなかった時代に逆戻りすることになる。
こうした困難な状況に対して、私たちは何ができるだろうか?
第一に、2020年NPT運用検討会議が近づくなかで、各国の共通の努力により、条約とその中核的な取引を強化し、再活性化することができる。これには2方面での取組が必要である。1つは、米露が核兵器及び核兵器がもたらすリスクを低減するプロセスに改めてコミットすることであり、もう1つは、軍縮に向けた具体的な措置が「すべての」国家によって目に見える形で進められることである。
米国とロシアはNPTの三本柱のすべて、とりわけ軍縮に対するコミットメントを再確認しなければならない。新STARTの後継となる協定に向けて交渉を再開するだけでなく、同条約の延長を表明することが、重要な第一歩となるだろう。両国はまた、冷戦期に発せられたレーガン大統領とゴルバチョフ書記長の言説に同意するかたちで、「核戦争において勝者はなく、決して行ってはならない」と宣言するべきだ。これらの行動をともに取ることで、危機的な状況でもNPTへコミットするという重要なシグナルを送ることができるだろうし、重要なコミュニケーション・チャネルを再構築することにもつながるはずだ。
第二に、すべての国家は軍縮に向けて、目に見える進展を達成すべく努力しなければならない。言葉だけでなく、行動を起こす時である。各国の共通の努力によって、NPTの究極的な目標により近づくことのできるいくつかの分野がある。
- 核兵器の先行不使用:核兵器国は「先行不使用」政策を採用することで、安全保障政策における核兵器の役割を低減するよう努めるべきだ。現在行われている5核兵器国間の対話でも、この問題を共同で検討する必要がある。加えて、5核兵器国は非核兵器国との定期的な対話に参加することで、核兵器の使用に関する政策をよりよく理解してもらえるよう努めるべきである。
- 「ベースキャンプ」に向けて:NPT加盟国は「ベースキャンプ」―軍縮への最後のステップに到達できる達成可能でより安全な足場―へ向けたロードマップを策定するプロセスを構築すべきである。「ベースキャンプ」は、すべての核保有国が実施する一連の合意原則―たとえば、最小限抑止や先行不使用政策、指導者が核兵器使用の決定を下すまでの時間をより増やすための態勢や即応レベル(readiness level)など―により構成されるだろう。
- 検証:核兵器のない世界に向けた検証措置の開発に関する進展は、「核軍縮検証のための国際パートナーシップ(IPNVD)」と国連政府専門家会合(GGE)を通じて続けられている。これら2つのグループの取組は、暗雲が立ち込める将来に、一筋の光を照らしている。各国は両グループに対する努力を一層強化し、軍縮検証措置を制度化する方法について考え始めるべきである。
- 核分裂性物質の管理の強化:核兵器のない世界を実現するためには、いかなる核分裂性物質も兵器計画に転用できないという確信を生む方法で、すべての核分裂性物質を計量し、存在場所を追跡確認し、安全を確保することが重要になる。そのためには必然的に、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)を含むより強固な法的仕組みだけでなく、現在以上の透明性、保障措置そして検証が必要となる。次のステップとして、各国は軍縮会議において補助機関を立ち上げ、FMCT交渉を前進させる方法を模索し続けるとともに、核分裂性物質の透明性、保障措置及び安全性を当面の間向上させるため、いかなる措置が各国の自発的意思によって取ることができるのか検討すべきだ。
- 最後に、すべての国家は、核兵器国と非核兵器国が定期的な関与と双方向の対話のためのメカニズムを構築するよう模索すべきである。見解や情報の共有は、理解と目標の共有を再構築するうえで重要である。
これらの分野での行動は、NPT加盟国間の信頼と機運を再構築する後押しにもなるであろう。それにより、進展に必要な前向きな政治的状況を生み出す助けとなる。NPT50周年に向けて、次の50年もNPTによって核の脅威を切り抜けることができるようにしよう。私たちの集団安全保障には、まさにそれが必要なのである。
(核脅威イニシアティブ(NTI)会長兼最高執行責任者)
コラム6
2020年NPT運用検討会議に向けて
アントン・フロプコフ
私が『ひろしまレポート2018年版』にコラムを寄稿してから1年近くが経過した。この間、核不拡散レジームの状況は一層悪化している。2018年5月に米国は、イランの核開発計画を巡る状況の解決を目指した包括的共同作業計画(JCPOA)からの脱退を発表した。このイラン合意は、核不拡散体制において過去20年間で最も大きな成果であった。そして2019年の2月には、新STARTとともに軍備管理の中核をなす中距離核戦力全廃条約(INF条約)からの脱退も発表した。
この間、2021年2月5日に失効する新STARTの将来に関して、米国は対話を避け続けている。このことは、米露の戦略的安定に関する対話が18カ月前の2017年9月以来開催されていないことを示すだけで十分だろう。2019年1月末に北京で開かれた5核兵器国会合では、各国は共同声明に合意することに失敗し、相違がどれほど大きくなっているかが明らかになった。こうしたことにより、核不拡散体制は最近直面してきた挑戦に対して、より一層脆弱なものとなっている。
こうした状況では、2020年4~5月にニューヨークで開催されるNPT運用検討会議の結果が、現在の核不拡散の悲観的なトレンドを鈍化させ―理想的には逆転させ―、また不拡散体制の強化を確実にするためには、特段の努力を要するであろう。では、まさに何がなされるべきなのか。
第一に、関係国が講じるすべてのステップは、「害を及ぼさない」という原則に立脚すべきである。換言すれば、既に実施されている取極を維持し、守る必要がある。そうでなければ、核不拡散分野での持続可能で前向きな力学は得られないであろう。最優先課題の1つは新STARTの5年間の延長であり、条約にもそうした選択肢が明確に規定されている。
第二に、新しい機会を利用して地域的な不拡散問題を進展させる必要がある。2019年2月に予定されているトランプ大統領と金正恩委員長の二度目の会談は、朝鮮半島におけるさらなる緊張の緩和に向けた足がかりとなり、これにより最終的な非核化に一歩近づくことができる。言うまでもなく、この問題に対する手軽な解決策はないが、ベトナムでの米朝首脳会談がもたらす好機を活用することが重要である。
2019年11月には、中東非大量兵器地帯の設置に関する会議がニューヨークで開催される。この会議は、1995年にNPTが無期限延長されて以来最も複雑な問題の1つであり続けた、中東地域での進展に向けた機運を醸成するだろう。この目的のためには、会議の成功に向け貢献すべき国連安保理常任理事国(P5)だけでなく、NPT非締約国も含めたすべての中東諸国の参加を確実にすることが重要である。
第三に、2020年NPT運用検討会議に先立ち、新たな共通努力に向けた基礎を築くために、P5間での定期的な対話が再開されるべきである。このような共通努力は長い間当然だと考えられており、図らずも1995年のNPT無期限延長に貢献した。しかしながら、2015年に米国と英国が最終文書の採択を阻止したとき、こうした努力は暗礁に乗り上げた。
第四に、NPT非締約国は責任ある政策を行動で示し、既存の核不拡散メカニズムおよび取極にいかなる損害も加えてはならない。また、2020年NPT運用検討会議にオブザーバーとして参加する代表団を派遣すべきである。2015年には、イスラエルだけが実際に代表団を派遣した。
最後に、ニューヨークに代表団を送るすべての国は、NPT運用検討会議を政治的鬱憤を晴らす場として利用してはならない。すべての国家を含む実践的で、脱政治的な共通の外交努力によってのみ、望ましい結果、すなわち国際安全保障システムの中核である核不拡散体制の悲観的なトレンドを押しとどめ、あるいは逆転させることが可能となる。この体制が崩壊することになれば、我々の文明社会は核の惨事に瀕することになるだろう。
(ロシア・エネルギー安全保障研究センター長)
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