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国際平和拠点ひろしま

Hiroshima Report 2019序章

序章


(1) 2018年の主な動向


 核を巡る動向は、一段と不確実性を高めている。2017年9月20日に署名開放された核兵器禁止条約(TPNW)の署名国及び批准国は増加しており、条約推進派は近い将来の発効を視野に入れつつある。しかしながら、核保有国やその同盟国は引き続き、TPNWに署名しない方針を明確にしている。核態勢見直し(NPR)を公表した米国を含め、いずれの核保有国も宣言政策上は核戦略を大きく変更しているわけではないものの、大国間競争や地政学的競争を巡る緊張が高まる中、核保有国は核抑止力への依存を高めつつあり、核戦力の近代化も続いている。さらに、米国のトランプ大統領は2018年10月に中距離核戦力全廃条約(INF条約)から脱退する意向を宣言した。米露新戦略兵器削減条約(新START)の期限延長問題も進展はなく、冷戦期から続く二国間核軍備管理の将来が危ぶまれている。包括的核実験禁止条約(CTBT)や兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)をはじめとする多国間核軍縮の停滞が解消に向かう兆しも見えない。

 核不拡散に目を転じると、北朝鮮の積極的な外交攻勢と、これがもたらした南北及び米朝首脳会談の開催は、北朝鮮非核化の期待を高めた。北朝鮮は、前年に繰り返した核・ミサイル実験の実施や核兵器使用の威嚇を、2018年には行わなかった。しかしながら、北朝鮮は非核化に向けた具体的かつ実質的な措置に合意したわけではない。国連安全保障理事会決議の下での北朝鮮に対する制裁措置を巧妙に回避した北朝鮮の不法行為も引き続き数多く報告された。また、イラン核問題では、懸念されていたとおり、5月に米国が包括的共同作業計画(JCPOA)からの離脱を発表し、イランに対する制裁措置を再開した。イランは強く反発しつつも、2018年を通じてJCPOAの遵守を継続した。他方で、米国の制裁によりイランの国益が損なわれる場合には合意から離脱する可能性も示唆している。

 2018年は核セキュリティを正面に据えた国際フォーラムが開催されない狭間の年であった。各国の核セキュリティの強化の取組の透明性や対外的アピールは例年より減少傾向が見られた一方で、改めて政治的ハイレベルが集う多国間フォーラムの下で継続的に核セキュリティへと取り組む重要性や、核不拡散・核軍縮・原子力平和利用という核兵器不拡散条約(NPT)の三本柱と核セキュリティとの関係性を問い直そうとする議論も見られた。また、2016年に発効した改正核物質防護条約とその枠組みの活用や、2016年に終了した核セキュリティサミットの総括的評価が焦点となった。テロリストにとり魅力的な高濃縮ウラン(HEU)が撤去される地域が増え、高レベル放射線源の撤去も進展した一方、新たな懸念として、サイバーセキュリティとともにドローンの脅威が注目を集めた。


(2) 調査、分析及び評価する具体的措置


 『ひろしまレポート2019年版』では、以下のような文書に盛り込まれたものを軸に、調査、分析及び評価する具体的措置として、65の評価項目(核軍縮:32項目、核不拡散:17項目、核セキュリティ:16項目)を選定した。

  • 2010年NPT運用検討会議で採択された最終文書に含まれた行動計画と1995年中東決議の実施
  • 2015年NPT運用検討会議の最終文書最終草案
  • 核不拡散・核軍縮国際委員会(ICNND)の提言
  • 2015年NPT運用検討会議に向けた準備委員会で日本が提出した提案
  • 平和市長会議(2013年に「平和首長会議」に改称)の「核兵器廃絶の推進に関する決議文」(2011年)

評価項目の選定にあたっては、核軍縮、核不拡散及び核セキュリティの推進・強化に重要な役割を果たし、「核兵器のない世界」に向けた取組の検討に資すること、並びに客観的な分析及び評価が可能で、各国の取組の状況・態様を明確化することなどを基準とした。


1. 核軍縮

(1)核兵器の保有数(推計)

(2)核兵器のない世界の達成に向けたコミットメント
 A)日本、新アジェンダ連合(NAC)及び非同盟運動(NAM)諸国がそれぞれ提案する核軍縮に関する国連総会決議への投票行動
 B)重要な政策の発表、活動の実施
 C)核兵器の非人道的結末

(3)核兵器禁止条約(TPNW)
 A) TPNW署名・批准
 B)核兵器の法的禁止に関する国連総会決議への投票行動

(4)核兵器の削減
 A)核兵器及び核兵器を搭載可能な運搬手段の削減
 B)核兵器の一層の削減に関する具体的計画
 C)核兵器能力の強化・近代化の動向

(5)国家安全保障戦略・政策における核兵器の役割及び重要性の低減
 A)国家安全保障戦略・政策、軍事ドクトリンにおける核兵器の役割及び重要性の現状
 B)先行不使用、「唯一の目的」、あるいは関連ドクトリンに関するコミットメント
 C)消極的安全保証
 D)非核兵器地帯条約議定書への署名・批准
 E)拡大核抑止への依存

(6)警戒態勢の低減、あるいは核兵器使用を決定するまでの時間の最大限化

(7)包括的核実験禁止条約(CTBT)
 A)CTBT署名・批准
 B)CTBT発効までの間の核爆発実験モラトリアム
 C)包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会との協力
 D)CTBT検証システム発展への貢献
 E)核実験の実施

(8)兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)
 A)条約交渉開始に向けた取組
 B)生産モラトリアム

(9)核戦力、兵器用核分裂性物質、核戦略・ドクトリンの透明性

(10)核兵器削減の検証
 A)核兵器削減の検証の受託・実施
 B)核兵器削減のための検証措置の研究開発
 C)軍事目的に必要ないとされた核分裂性物質に対するIAEA査察の実施

(11)不可逆性
 A)核弾頭及びその運搬手段の廃棄の実施または計画
 B)核兵器関連施設などの解体・転換
 C)軍事目的に必要ないとされた核分裂性物質の廃棄や平和的目的への転換など

(12)軍縮・不拡散教育、市民社会との連携

(13)広島・長崎の平和記念式典への参列

2. 核不拡散

(1)核不拡散義務の遵守
 A)核兵器不拡散条約(NPT)への加入
 B)NPT第1条及び第2条、並びに関連安保理決議の遵守
 C)非核兵器地帯

(2)国際原子力機関(IAEA)保障措置(NPT締約国である非核兵器国)
 A)包括的保障措置協定の署名・批准
 B)追加議定書の署名・批准
 C)統合保障措置への移行
 D)IAEA保障措置協定の遵守

(3)IAEA保障措置(核兵器国及びNPT非締約国)
 A)平和的目的の施設に対するIAEA保障措置の適用
 B)追加議定書の署名・批准・実施

(4)IAEAとの協力

(5)核関連輸出管理の実施
 A)国内実施システムの確立及び実施
 B)追加議定書締結の供給条件化
 C)北朝鮮及びイラン問題に関する安保理決議の履行
 D)拡散に対する安全保障構想(PSI)への参加
 E)NPT非締約国との原子力協力

(6)原子力平和利用の透明性
 A)平和的目的の原子力活動の報告
 B)プルトニウム管理に関する報告

3. 核セキュリティ

(1)兵器利用可能な核分裂性物質の保有量

(2)核セキュリティ・原子力安全に係る諸条約などへの加入、参加、国内体制への反映
 A)核物質防護条約及び改正条約
 B)核テロ防止条約
 C)原子力安全条約
 D)原子力事故早期通報条約
 E)使用済み燃料管理及び放射性廃棄物管理の安全に関する条約
 F)原子力事故援助条約
 G)IAEA核物質防護勧告(INFCIRC/225/Rev.5)
 H)国内実施のための法・制度の確立

(3)核セキュリティの最高水準の維持・向上に向けた取組
 A)民生利用における高濃縮ウラン(HEU)及びプルトニウム在庫量の最小限化
 B)不法移転の防止
 C)国際評価ミッションの受け入れ
 D)技術開発―核鑑識
 E)キャパシティ・ビルディング及び支援活動
 F)IAEA核セキュリティ計画及び核セキュリティ基金
 G)国際的な取組への参加


(3) 対象国


 『ひろしまレポート2018年版』では、NPT上の5核兵器国、NPTに加入せず核兵器を保有している(と見られる)3カ国、非核兵器国の中で核兵器拡散の懸念が持たれている国、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)参加国、新アジェンダ連合(NAC)参加国、「核兵器の非人道的結末」に関する共同ステートメントの参加国などのなかから核軍縮、核不拡散及び核セキュリティの分野で積極的に活動する国、核軍縮、核不拡散及び核セキュリティの今後の推進に重要だと思われる国(地理的要素も勘案)の計36カ国を調査対象とした。『ひろしまレポート2019年版』でも引き続き、これらの国について調査、分析及び評価を行った。対象国は、下記のとおりである(アルファベット順)。

  • NPT上の5核兵器国:中国、フランス、ロシア、英国、米国
  • NPT非締約国:インド、イスラエル、パキスタン
  • 非核兵器国:豪州、オーストリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、チリ、エジプト、ドイツ、インドネシア、イラン、日本、カザフスタン、韓国、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、
    ノルウェー、フィリピン、ポーランド、サウジアラビア、南アフリカ、スウェーデン、スイス、シリア、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE
  • その他:北朝鮮1

(4) 調査、分析及び評価の方法


 調査対象国の核軍縮、核不拡散及び核セキュリティに関する2018年の動向について、各国政府の公式見解(NPT運用検討会議、国連総会、国際原子力機関(IAEA)総会、ジュネーブ軍縮会議(CD)、核セキュリティサミット、TPNW交渉会議などでの演説及び作業文書、その他政府発表の文書)をはじめとする公開資料を用いて調査、分析及び評価を行った。

 評価については、項目ごとに可能な限り客観性に留意した評価基準を設定し、これに基づいて各国の取組や動向を採点した。本事業の研究委員会は、各国のパフォーマンスを採点する難しさ、限界及びリスクを認識しつつ、優先課題や緊急性についての議論を促すべく核問題への関心を高めるために、そうしたアプローチが有益であると考えた。

 各具体的措置には、それぞれの分野(核軍縮、核不拡散、核セキュリティ)内での重要性を反映して、異なる配点がなされた。この「重要性」の程度は、本事業の研究委員会による検討を通じて決定された。他方、それぞれの分野に与えられた「最高評点」の程度は、他の分野との相対的な重要性の軽重を意味するものではない。つまり、核軍縮(最高評点101点)は、核不拡散(最高評点61点)あるいは核セキュリティ(最高評点41点)の2倍程度重要だと研究委員会が考えているわけではない。

 「核兵器の保有数」(核軍縮)及び「兵器利用可能な核分裂性物質の保有量」(核セキュリティ)については、より多くの核兵器、または兵器利用可能な核分裂性物質を保有する国は、その削減あるいはセキュリティ確保により大きな責任があるとの考えにより、多く保有するほどマイナスの評価とした。研究委員会は、「数」あるいは「量」が唯一の決定的な要因ではなく、核軍縮、核不拡散及び核セキュリティにはミサイル防衛、生物・化学兵器、あるいは通常兵器の不均衡などといった他の要因も影響を与えることを十分に認識している。しかしながら、そうした要因は、客観的(無論、相対的なものではあるが)な評価基準の設定が難しいこともあり、これらを評価項目には加えなかった。また、『ひろしまレポート2013年版』に対して寄せられた意見を受け、『ひろしまレポート2014年版』からは、国家安全保障への核兵器への依存、及び核実験の実施に関しては、その程度によってマイナスの評価を行うこととし、『ひろしまレポート2019年版』においても同様の評価手法を採っている。なお、『ひろしまレポート2018年版』より、TPNWの成立を受けてこれへの署名・批准状況を新たに評価項目に加えている。また、『ひろしまレポート2019年版』より、広島だけでなく長崎の平和記念式典への出席状況を評価項目に加えた(当該項目の最高評点は変化なし)。



[1] NPT締約国は、1993年及び2003年の北朝鮮によるNPT脱退宣言に対して同国の条約上の地位に関する解釈を明確にしていない一方で、北朝鮮は2006年、2009年、2013年、2016年(2回)、2017年の6回にわたる核爆発実験を行い、核兵器の保有を明言しているため、「その他」として整理した。


ひろしまレポート2019

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