概要―2020 年の主な動向
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、核問題にも様々な側面から大きな影響を与えた。なかでも、2020 年4〜5 月の開催が予定されていた核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議が、まず「状況が許す限り早期に、しかしながら2021 年4 月よりも遅くない時期」1に延期され、さらに10 月には再度延期して2021 年8 月2〜27日に開催する計画であることが発表された2。この他にも、様々な会議が延期もしくは中止を余儀なくされた。また、国連総会など多くの会議が、オンライン、あるいはオンラインと対面のハイブリッドといった方法での開催となった。
さらに、世界の官民がコロナ危機対策に追われるなか、核軍縮・不拡散問題についての関心はともすれば後退したかに見られた。
この間、2017 年に成立した核兵器禁止条約(TPNW)は、2021 年1 月の発効が確定した。2020 年2 月に開催された国際原子力機関(IAEA)の核セキュリティに関する国際会議(ICONS 2020)では、前回2016年の開催以降の各国の核セキュリティの強化に関する個別の取組や成果などについて情報発信が行われた。
しかしながら、総じて見れば、核問題を巡る状況は前年に続いて好転の兆しは見えず、停滞・悪化のスパイラルに陥っている。2020 年の核軍縮、核不拡散及び核セキュリティに関する主要な動向は下記のとおりである。
(1) 核軍縮
冷戦終結以降、核兵器の数は削減されてきたものの、依然として世界には約1万3,400 発(推計)の核兵器が存在し、核保有国は核戦力の近代化を継続している。核軍縮の停滞が続くなか、米露をはじめとする核保有国による核兵器の一層の削減に向けた糸口は見えず、2021 年2 月に期限を迎える米露新戦略兵器削減条約(新START)の期限延長問題も、2020 年中には合意に至らなかった。包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効や兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始の見通しも立っていない。核兵器の役割低減にかかる取組にもほとんど進展はみられず、核保有国はむしろ、核抑止への依存を高めつつある。
他方、2017 年に策定され、核兵器の保有や使用などの法的禁止を定めた核兵器禁止条約(TPNW)の署名・批准国は着実に増加し、2020 年10 月24 日に批准国が50 カ国を超えたことで、2021 年1 月22 日に発効することとなった。しかしながら、核保有国及びその同盟国は条約に署名しない方針を明言している。TPNW を推進する多くの非核兵器国と、これに反対する核保有国・同盟国との間の核軍縮を巡る亀裂は深まっている。
核兵器の保有数(推計)
➢ 総数としては1万3,400発(推計)と減少しているものの、削減のペースは鈍化している。
核兵器のない世界の達成に向けたコミットメント
➢ 「核兵器の廃絶」あるいは「核兵器のない世界」という目標に公然と反対する国はない。しかしながら、その実現に向けた核軍縮の着実かつ具体的な実施・推進は2020年も見られなかった。
➢ 日本が主導して提案・採択された国連総会決議「核兵器のない世界に向けた共同行動の指針と未来志向の対話」に対して英国及び米国などが共同提案国となった。
他方で、ロシア及び中国などは反対し、フランス、従来は賛成していた西側諸国の一部、並びにTPNW主導国などは棄権した。
核兵器禁止条約(TPNW)
➢ 2020年10月24日、TPNWの批准国が50カ国に達し、2021年1月22日の条約発効が確定した。2020年末時点で86カ国が署名し、このうち51カ国が批准した。
➢ TPNW賛同国は、核軍縮の推進と核兵器禁止規範の確立における同条約の重要性を強調している。国連総会では条約のさらなる署名・批准を求める決議が採択された。
➢ 核保有国及び同盟国は、引き続きTPNWに反対している。他方、現時点での署名を拒否するスウェーデンは、TPNWのオブザーバー国となる意向を表明した。
核兵器の削減
➢ 米露は新戦略兵器削減条約(新START)の履行を継続している。他方で、2021年2月に期限を迎える条約の期限延長問題に関して、両国は相互に様々な提案を行ったが、2020年中には合意に至らなかった。
➢ 米国は、米露だけでなく中国の軍備管理協議への参加が必要だと主張し、その参加を求めたが、中国は、「最大の核戦力を持つ米露のさらなる核兵器削減なしには参加しない」との立場を繰り返し、参加を拒否した。
➢ 核保有国はいずれも核戦力の近代化を継続し、なかでもロシア及び中国は核弾頭搭載可能な各種の運搬手段の新たな開発・配備を積極的に推進している。中国、インド、パキスタン及び北朝鮮は、核弾頭数を漸増させていると見られる。
国家安全保障戦略・政策における核兵器の役割及び重要性の低減
➢ 国家安全保障戦略・政策における核兵器の役割、「唯一の目的」や先行不使用政策、消極的安全保証、拡大核抑止のいずれについても各国の政策に顕著な変化は見られなかった。
➢ フランス及びロシアが核抑止政策を新たに公表したが、いずれも国家安全保障における核抑止の重要性を強調するものであった。
警戒態勢の低減、あるいは核兵器使用を決定するまでの時間の最大限化
➢ 核保有国の政策に変化はなく、米露の戦略核兵器も依然として高い警戒態勢の下に置かれている。
包括的核実験禁止条約(CTBT)
➢ 条約発効要件国のうち、5カ国(中国、エジプト、イラン、イスラエル、米国)の未批准、並びに3カ国(インド、パキスタン、北朝鮮)の未署名が続いている。
➢ 核兵器の保有を公表している国は、北朝鮮を除いて、核実験モラトリアムを宣言している。2018年及び2019年に続き、2020年も核爆発実験を実施した国はなかった。米国は、中露が「出力ゼロ」でない核実験を実施していると主張したが、中露はこれを否定している。
➢ 北朝鮮は2019年末に、核実験の一方的停止という決定にもはや拘束されないと宣言したが、2020年には核実験は再開されなかった。
➢ いくつかの核保有国は爆発を伴わない核実験を実施していると見られる。2020年11月には米国が未臨界実験を実施した。
兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)
➢ ジュネーブ軍縮会議(CD)では2020年も、FMCT交渉を開始できなかった。パキスタンは、兵器用核分裂性物質の新規生産のみを禁止する条約の策定に、依然として強く反対している。
➢ 中国、インド、イスラエル、パキスタン及び北朝鮮は、兵器用核分裂性物質生産モラトリアムを宣言しておらず、中国を除き生産を継続していると考えられている。
核戦力、兵器用核分裂性物質、核戦略・ドクトリンの透明性
➢ 核保有国から、核に関する透明性について、顕著な取組は見られなかった。
➢ 核問題に関して米国から公表される情報が、トランプ政権下で減少傾向にある。
核兵器削減の検証
➢ 米国のイニシアティブで発足した「核軍縮検証のための国際パートナーシップ(IPNDV)」は、2020年にフェーズ3が開始され、実践的演習の実施を含め、検証措置に関するさらなる議論と検討が行われている。
不可逆性
➢ 米露は部分的ながら、戦略核運搬手段、核弾頭、余剰核分裂性物質の廃棄や転換を継続している。
軍縮・不拡散教育、市民社会との連携
➢ 新型コロナウイルスの世界的感染拡大で、多くの制約や困難に直面しつつも、政府関係者、専門家及びNGOなど市民社会がオンラインで実施された会合などで活発な議論を行った。
➢ 核兵器の開発・製造などに携わる組織や企業などへの融資の禁止や、引揚げを定める国が出始めている。独自にそうした方針を定める企業も増えつつある。
広島・長崎の平和記念式典への参列
➢ 広島の式典には83カ国、長崎の式典には68カ国から参列がなされた。コロナ禍で式典の規模は縮小されたが、例年と同規模の参列国であった。
(2) 核不拡散
NPT の締約国は191 カ国を数えるものの、核兵器を保有するインド及びパキスタン、並びに核兵器保有を否定しないイスラエルが、非核兵器国としてNPT に加入する見通しは立っていない。また北朝鮮は、核兵器放棄の戦略的決断を行っていない。イランの核問題に関する包括的共同行動計画(JCPOA)については、米国が2018 年に離脱した翌年に、イランは合意で規定された制限の遵守を低下させはじめた。
IAEA 追加議定書を締結する国は漸増しているが、依然として40 以上の非核兵器国が未締結である。輸出管理に関しては、原子力供給国グループ(NSG)メンバーは国内体制の整備を含めて概ね着実かつ適切に実施してきた。他方、北朝鮮による核・ミサイル計画のための不法取引は依然として続いているとみられる。
核不拡散義務の遵守
➢ 北朝鮮の核問題の解決に向けた進展は見られなかった。北朝鮮は積極的な核・ミサイル開発を継続している。
➢ イランは、米国によるJCPOA 離脱及び対イラン制裁強化に反発し、2019 年半ば以降、濃縮ウラン保有量及び濃縮度、稼働する遠心分離機の数・性能など合意の一部履行停止の領域を拡大してきた。
➢ サウジアラビアから、核兵器取得への関心を示唆する発言が見られた。
国際原子力機関(IAEA)保障措置
➢ NPT 締約国である非核兵器国のうち、2020 年末時点で131 カ国がIAEA 保障措置協定追加議定書を締結した。他方、ブラジルをはじめとする一部の非同盟運動(NAM)諸国は、追加議定書による保障措置がNPT 上の義務ではないと主張している。
➢ イランは保障措置協定及びJCPOA の履行に関してIAEA の検証・監視活動を受諾している。2020 年8 月・9 月、イランは過去に核活動が行われたと疑われる2つの施設へのIAEA による立ち入りを認めた。他方でIAEA は、イラン国内の未申告の場所で人為起源の天然ウランレベルの濃縮度の粒子を検出した問題で、イランにさらなる明確化と情報の提供を求めている。
➢ イランは追加議定書の暫定的な適用を受諾し、補完的アクセスも実施されてきたが、11 月制定の国内法で、2021 年2 月の追加議定書暫定適用終了の可能性が規定された。
➢ IAEA は2019 年末時点で、67 カ国に対して統合保障措置を適用した。またIAEA は2020 年6 月時点で、131 カ国について「国レベルの保障措置アプローチ(SLA)」を開発・承認した。
➢ サウジアラビアは、最初の研究用原子炉が完成間近であるが、IAEA 包括的保障措置協定を依然として締結しておらず、少量議定書(SQP)の修正も受諾していない。
核関連輸出管理の実施
➢ NSG メンバーは、国内体制の整備を含めて概ね着実かつ適切に輸出管理を実施してきた。これに対して、途上国を中心に制度・実施の強化が必要な国も少なくない。
➢ 北朝鮮は、核関連品目などの違法調達・不法取引を継続している。
➢ インドを巡ってNSG メンバー国化に関する議論が続いているが、合意には至っていない。NPT 非締約国であるインドとの民生用原子力協力については、より積極的な推進を目指す国、インドに核軍縮・不拡散にかかる一定の明示的な義務の受諾を求める国、あるいは反対する国と立場が分かれている。
➢ 中国はパキスタンへの原子炉の輸出を進めているが、NSG ガイドライン違反が指摘されている。
原子力平和利用の透明性
➢ 「プルトニウム管理指針」に基づく報告書について、中国、ロシア、英国及び米国が2020 年末時点で提出しなかった。
(3) 核セキュリティ
2020 年には、IAEA のICONS 2020 が開催され、各国の核セキュリティ強化に関する取組や成果などについて情報発信が行われた。取組の詳細を報告や冊子にまとめ、積極的な公表に努めた国の存在が際立った一方で、具体的な新たな取組の表明は限定的であった。各国の核セキュリティ措置の実施状況に関する透明性向上が一層重視されてきており、今後より多くの国々による情報発信が期待される。
全体としては、核テロの脅威への警戒感を持つ国や原子力導入に熱心な国々などを中心に核セキュリティの水準向上の取組や支援強化が進んでいる。一方、サイバー攻撃、内部脅威者などに対する取組は依然として限定的であり、さらなる重点的な取組が必要である。また、持続的かつ実効性のある核セキュリティの確保に欠かせない核セキュリティ文化醸成の取組も強化の余地がある。
さらに核セキュリティ関連条約の批准や核鑑識における各国及び多国間による取組も進展しているほか、人材育成のための取組も国内及び地域レベルで重層的に進んでいる。2021 年には改正核物質防護条約(CPPNM/A)運用検討会議の初開催が予定されており、各国による条約の国内実施に関する情報共有や条約の普遍化及び効果的な実施のための議論などが活発に行われることが期待される。
核物質及び原子力施設の物理的防護
➢ 依然として 21 の調査対象国がテロリストにとって魅力的な核分裂性物質を保有している。2020 年にそうした物質を新たに完全になくした国はない。
核セキュリティ・原子力安全にかかる諸条約などへの加入、国内体制への反映
➢ フィリピンのCPPNM/A 批准のための国内プロセス再開、及びパキスタンの核テロ防止条約加入の検討に関する発表以外は、調査対象国による関連条約加入を巡る動向に変化は見られなかった。他方、すべての関連条約で加入国数が漸増した点は評価できる。
➢ 「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告(INFCIRC/225/Rev.5)」に基づく措置の実施に直接言及した情報発信は依然減少傾向にある。内部脅威対策やサイバーセキュリティ分野では一部の調査対象国で取組が強化されているが、多くの調査対象国においてさらなる取組の余地がある。
核セキュリティの最高水準の維持・向上に向けた取組
➢ 民生利用における高濃縮ウラン(HEU)の最小限化について、カナダやカザフスタンでHEU の撤去が進んだほか、代替技術開発の取組に進展が見られる。
➢ 国境での放射性物質の検知措置の導入・強化における調査対象国の取組に前進が見られた。特に検知能力向上のための機器の提供や訓練などの支援が積極的に行われている。
➢ IAEA の「国際核物質防護諮問サービス(IPPAS)」などの国際評価ミッションやフォローアップミッションは実施されなかったが、2021 年または将来の受け入れへの関心を表明した国があった。受け入れ国の数は概して減少傾向にある一方で、フォローアップミッションを活用した継続的な改善への取組も見られる。
➢ 多国間の取組は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響もあり限定的であったが、ICONS 2020 では、核セキュリティサミット・プロセスで構築された各種バスケット提案をIAEA の情報文書であるINFCIRC 文書として賛同国を募り、継続的な取組やその強化を図る動きが見られた。他方で、賛同国の増加は限定的であり、今後こうした枠組みのさらなる積極的な活用の工夫と取組の強化が期待される。また、核鑑識に関する国際技術ワーキンググループ(ITWG)が核鑑識分野で取組を進めており、2021 年7 月に開催予定の第7 回協同物質比較演習(CMX)にはより多くの国々の参加が期待される。
1 “Note Verbale on Documentation for the NPT Review Conference,” March 30, 2020, https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/20-137nve-note-verbale.pdf.
2 Gustavo Zlauvinen, “Tenth Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons,” October 28, 2020, https://mcusercontent.com/b24250dac623a8bc5da1b0664/files/c954f86f-1a89-40a7-abda-77af8a10308b/npt_president_designate_letter_28_oct_2020.pdf.