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国際平和拠点ひろしま

ロシアのウクライナ侵略と核問題の動向(ひろしまレポート2022年版 別冊コラム)

戸﨑 洋史

公益財団法人日本国際問題研究所

軍縮・科学技術センター 所長

令和4年4月14日

1.核の恫喝1

2022年2月24日に勃発したロシアによるウクライナへの軍事侵略という、ルールに基づく国際秩序を無視した力による一方的な現状変更は、核をめぐる問題にも広範にわたって大きな衝撃と影響を与えている。
まず、それは度重なる核の恫喝を伴う侵略行為であった。プーチン大統領は2月7日に開かれた仏露首脳会談後の記者会見で、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、軍事的手段を用いたクリミア奪還を決定すれば、欧州諸国は世界をリードする核兵器国の一つであるロシアとの戦争に自動的に巻き込まれることになり、その戦争に勝者はいないと発言した。この核戦争の示唆を裏打ちするかのように、ロシアは、欧州NATO諸国に到達可能で核・通常弾頭のいずれも搭載可能な短距離弾道ミサイル(SRBM)のイスカンデル、地上発射型中距離巡航ミサイル(GLCM)の9M729、空中発射型弾道ミサイル(ALBM)のキンジャールをウクライナ周辺に展開した。2月19日には、プーチン大統領の指揮下で大規模なミサイル発射演習を実施し、大陸間弾道ミサイル(ICBM)のヤルスに加えて、イスカンデル、キンジャール、海洋発射型極超音速ミサイルのツィルコン、海洋発射型巡航ミサイル(SLCM)のカリブルなどを発射した。
2月24日のプーチン大統領による開戦演説でも、「ソ連が解体し、その能力のかなりの部分を失った後でも、今日のロシアは軍事面で依然として最も強力な核保有国の一つである。しかも、いくつかの最新兵器で一定の優位性を保持している。このような背景から、潜在的な侵略者がわが国を直接的に攻撃した場合、敗北と不吉な結果に直面することは、誰にとっても疑いのないことであろう」と述べ、ウクライナ、ならびにウクライナを支持・支援する米国などNATO諸国に対して、公然と核攻撃の恫喝を行った。27日には、ロシアの核戦力に「特別任務態勢への移行」が命じられ、ショイグ国防相が翌日、戦略ロケット軍、太平洋艦隊、北方艦隊などの核戦力部隊が「戦闘態勢」に入ったと発表した(講じられた具体的な態勢については言及せず)。また同日、ベラルーシでは国民投票の結果、ロシアの核兵器配備を可能にする憲法改正が承認された。
さらに、3月22日には、プーチン大統領はどのような条件で核兵器を使用するかとの問いに対して、ロシアのペスコフ大統領報道官は、「もしそれが我が国への存立の脅威であれば、そうなりうる」と答えた。ウクライナにロシア国家の壊滅的な損害をもたらすような攻撃を行う力はなく、NATOも直接的な軍事介入の可能性を繰り返し否定するなかでのそうした発言に対して、ロシアにとって「国家存立の脅威」がいかなる状況を意味するのか、核兵器使用の敷居を(少なくとも米欧の核兵器国と比べて)かなり低く設定しているのではないかとの疑念が高まった。ペスコフ報道官は同月30日、ロシアの核兵器使用について、改めて「国家存立の脅威がある場合のみ」だとしつつ、ウクライナでの「作戦のいかなる結果も、もちろん核兵器を使用する理由ではない」と補足し、疑念の緩和を試みた。しかしながら、依然としてロシアによる核兵器使用への懸念は続いている。その30日には、核兵器を搭載したとみられるロシアの2機のスホイ24爆撃機が、3月2日にスウェーデンの領空を侵犯していたとも報じられた。
こうしたロシアの核の恫喝は、そもそも国連憲章に違反する侵略行為に伴ってなされたもので、いかなる理由を述べたとしても正当化できるものではなく、ロシアが国際社会に向けて公表してきた核戦略・ドクトリンなど宣言政策2とも大きく乖離するものであった。また、2021年6月の米露首脳会談や2022年1月の5核兵器国共同声明でロシアも確認した「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」という原則について、ロシアが重要な規範として受容しているわけではないことも明らかになった。ロシアがどこまで真剣に核兵器の実際の使用を選択肢として考えているかは定かではないが3、核兵器の使用可能性、すなわち戦略的(あるいは核)リスクを低減するという、5核兵器国が試みてきた取組からも逸脱している。さらに、ロシアによる上述のような核の恫喝は、実際に核攻撃を敢行しなかったとしても、1945年8月以降続いてきた核兵器不使用の伝統、あるいはその間に醸成されてきた規範やタブーの弱体化をもたらしかねない。そうした意味でも、ロシアによるウクライナ侵略と、そこでの核の恫喝は、まったく容認し得ないものであった。

 

2.原子力関連施設への攻撃

ロシアは、核兵器使用の恫喝だけでなく、ウクライナの原子力関連施設に対する攻撃によっても世界を震撼させた。
開戦直後の2月24日、キーウに向けて進軍するロシア軍は、その経路上にあるチョルノービリ原子力発電所を占領した。3月4日には、ザポリージャ原発の6基ある原子炉のうち1号機の関連施設が砲撃を受けて損傷したと報じられた。ロシアは砲撃を否定したが、グロッシ国際原子力機関(IAEA)事務局長は、敷地内の訓練施設に発射体が命中し、局所的に火災が発生し、その発射体はロシア軍から飛来したと理解していると発言した。ウクライナ当局は安全性に問題ないと発表したものの、4日に開催された国連安全保障理事会(安保理)の緊急会合では、稼働中の原発を国家が攻撃したのは初めてで、原発やダムなどへの攻撃を禁じたジュネーブ条約第1追加議定書への違反だとして、米欧の理事国を中心にロシアを強く非難した。また、IAEAは9日、同原発の核物質監視システムからのデータ送信が途絶えたと報告し、IAEA保障措置協定に基づく適切な査察ができなくなるリスクが指摘された。
ロシア軍は3月6日にも、ハルキウの国立物理技術研究所の敷地内にある、ソ連時代に搬入された核物質を保管する施設にロケット弾攻撃を行い、少なくとも変電所などに被害が生じたが、ウクライナ規制当局は放射性物質の数値に異常はないとした。10日には、実験用原子炉がある研究施設にも攻撃が加えられた。この研究所は同月28日にも再びロシア軍からの攻撃を受け、施設に深刻な損傷が生じたと報じられた。
占領されたチョルノービリ原発では、3月9日に電源喪失が伝えられた。IAEAは、「使用済み燃料貯蔵施設のプール内の冷却水量は、電力供給なしに効果的な熱除去を維持するに十分な量で、非常用予備電源もある」とした。13日の修理で送電が再開されたものの、14日には送電線をロシア軍が再び損傷し、9日以降は外部電源からの遮断が続き、非常用のディーゼル発電機での作業を余儀なくされた。この間、10日には、同原発とIAEAとの間ですべての情報通信手段が失われたことがIAEAによって報告された。また、ウクライナ政府は23日に、ロシア軍がチョルノービリ原発近くにある放射性廃棄物監視のために使用されていた研究施設を破壊し、放射性核種のサンプルを持ち出すなど略奪を行ったと発表した。チョルノービリ原発では、ロシアによる占領以降、職員の交替が許されず、過労とストレス過多で運転要員の過誤の可能性が大幅に高まっているとの懸念がIAEAからも発せられた。
さらに、4月6日にはウクライナ当局が、チョルノービリ原発周辺の「赤い森」と呼ばれる放射性物質汚染の最も激しい立ち入り禁止区域でロシア軍により掘られたとされる塹壕などの映像を公開した。ロシア兵が塹壕を掘る間に大量の放射線を浴びで被曝した可能性があると指摘されている。同月10日には、やはりウクライナ当局が、ロシア兵がチョルノービリの研究所2カ所の保管庫から高放射性物質133個を盗取したとも説明した。
この間、IAEAは状況把握、情報発信、事態対処など精力的に取り組んできた。3月29日にはグロッシ事務局長がウクライナを訪問し、専門家の派遣や監視機器などの提供など、原子力発電所の事故回避に向けた技術支援についてウクライナ政府と協議した。また、30日には、ロシア軍のチョルノービリ原発からの撤退を受け、同原発の安全確保に向けた技術支援を開始したと発表した。4月7日には、グロッシIAEA事務局長が声明で、チョルノービリ原発周辺のドローン映像について認識しており、放射線の状況などを評価するために現地を訪問する準備ができているとした。4月7日に発出された主要7カ国(G7)不拡散局長級会合(G7 NPDG)の声明では、「G7 NPDGはすべての国に対して、IAEAの支援に関する取組を支持し、ウクライナに対する技術的支援を促進し、保障措置を回復・維持するために必要なリソースおよび機材をIAEAに利用可能なものとするよう慫慂(しょうよう)する」と記された。
2001年9月の米国における同時多発テロ以降、国際社会は、非国家主体による原子力施設への攻撃を含むテロ行為を防止すべく核セキュリティの強化に取り組んできた。他方、国家間の武力紛争における原子力施設攻撃への対応は、核セキュリティでは必ずしも想定に含まれていない。国あるいは非国家主体いずれの行為でも、攻撃を受ける施設を持つ国が防護や対処に第一義的に責任を持つが、国が持つ破壊力の大きな武器を使用した攻撃に、どこまで十分な防護や対処が可能か、大きな課題を突きつけている。

 

3.軍縮・不拡散体制への挑戦

最後に、軍縮・不拡散体制への影響を挙げておきたい。
第一に、大量破壊兵器(WMD)不拡散体制との関係である。ロシアは、ウクライナが核兵器、生物兵器および化学兵器を開発あるいは取得しているという、根拠のない偽情報を繰り返し喧伝している。ウクライナは、核兵器不拡散条約(NPT)、生物兵器禁止条約(BWC)および化学兵器禁止条約(CWC)の締約国で、IAEA包括的保障措置協定と追加議定書に基づく保障措置および化学兵器禁止機関(OPCW)の査察を受諾しており、両機関からウクライナがNPTやCWCに違反する活動を行っているとの指摘はなされていない。BWCには検証規定はないものの、中満泉国連事務次長兼軍縮担当上級代表は安保理の場で、国連事務局としてウクライナの生物兵器計画なるものは何ら把握していないと明言し、2022年4月のBWC運用検討会議準備委員会でも多くの国が、ロシアが提起するウクライナの生物兵器計画疑惑に対して、偽情報だと主張した4。しかも、ロシアはウクライナ侵略前まで、NPT、BWC、CWC、IAEA、OPCWなどの会議の場で、ウクライナのWMD開発・保有にかかる懸念を表明したこともなかった。
条約に違反した生物・化学兵器の保有は、むしろロシアが強く疑われ、ウクライナ侵略に際してそれらが使用される可能性が強く懸念された。ロシアが実際にウクライナ侵略でのWMD使用も視野に入れているか否かは定かではないが、それを抜きにしても、WMD不拡散体制の構築を主導してきた国の一つであり、また安保理常任理事国でもあるロシアが、他国の条約履行にかかる偽情報を執拗に喧伝したり、そもそも自らが条約違反の活動を強く疑われたりしていることは、同体制への重大な挑戦を突き付けるものである。4月7日のG7外相共同声明でも、以下のように記された。

我々は、化学、生物または核兵器による威嚇やその使用に対して警告する。我々は、ロシアが締約国であり、また我々皆を保護している国際条約の下でのロシアの義務を想起する。そうした兵器のロシアによるいかなる使用も受け入れられず、また深刻な結果をもたらすことになる。我々は、ロシアによるウクライナに対する根拠のない主張と虚偽の申し立てを非難する。ウクライナは、BWCおよびCWCの尊重される締約国であり、それら条約の下での法的義務を完全に遵守している。我々は、ロシアの偽情報キャンペーンを増幅させた他の国や主体に対する懸念を表明する。

さらに、ロシアが核威嚇を伴いつつウクライナを侵略したことで、そうした事態への抑止力とすべく核兵器の取得を真剣に検討したり、これを口実に核兵器取得を正当化したりする非核兵器国が出てくる可能性が指摘されている。また、独自の核兵器取得ではないものの、日本、韓国、ポーランドでは一部の政治家などから、拡大核抑止(核の傘)の信頼性を強化するために、米国の核兵器の共同管理(核共有)や自国配備が必要だという主張も散見されている。
第二に、米露核軍備管理への影響である。2021年2月に新戦略兵器削減条約(新START)の5年間延長が合意された後、両国は同年6月の首脳会談で、新STARTに続く核軍備管理協定などについて議論すべく戦略的安定対話(Strategic Stability Dialogue)を立ち上げ、同年中に2回の会合が開催された。また、2022年に入り、ロシアによるウクライナ侵攻開始が近づくなかで、米国はロシアに対して事態打開策の一つとして、戦略・非戦略および配備・非配備のすべての核兵器の削減や、ロシアの地上発射型中距離ミサイルと米国の欧州配備イージス・アショア弾道ミサイル防衛(BMD)システムに関する信頼醸成措置などを提案した。しかしながら、ロシアの軍事侵略で米露関係が決定的に悪化し、上述の戦略的安定対話も再開の見通しが立たなくなったこととも相まって、米露核軍備管理の進展は少なくとも当面は難しくなった。なお、米国務省が公表した2022年3月時点のデータによれば、米露とも新STARTで規定された戦略核戦力に関する数的規制を遵守している。
第三に、核兵器のない世界に向けた取組に及ぼし得る含意である。ロシアによる核の恫喝を伴う侵略は、一方で、そうした行為を防ぐべく、核を含む抑止力を維持・強化する必要があるという議論と、他方で、核抑止ではそうした行為は防げないばかりか核兵器使用のリスクを高めたとして、核兵器の早期廃絶こそが唯一の解決策だとする議論とを、従前以上に先鋭化させている。以前から指摘されていた両者の間の亀裂は一層拡大し、それは核軍縮・不拡散の再活性化をさらに難しくしている。2022年6月には核兵器禁止条約(TPNW)第1回締約国会合が、また8月にはNPT運用検討会議が開催される。それぞれの締約国は、核兵器のない世界に改めて突きつけられた難題に対して、これらの会議でいかなる言説(ナラティブ)と具体的取組を示すことができるかが問われている。

 

(付記:本稿は、2022年4月10日までの情報に基づくものである。)



[1] ロシアによる核兵器の使用可能性については、拙稿「ロシアのウクライナ侵略と核威嚇」『国問研戦略コメント』2022年3月2日、https://www.jiia.or.jp/strategic_comment/2022-02.htmlなども参照。
[2] ロシアが2020年6月に公表した「核抑止の分野における基本政策」によれば、ロシアの「核兵器はもっぱら抑止の手段で、その使用は極度の必要性に迫られた場合の手段」であり、核抑止の目的には「国家の主権及び領土的一体性、ロシア及び(または)その同盟国に対する仮想敵の侵略の抑止」などを挙げていた。また、「ロシアが核兵器の使用に踏み切る条件」として、(1)ロシア及び(または)その同盟国の領域を攻撃する弾道ミサイルの発射に関して信頼のおける情報を得た時、(2)ロシア及び(または)その同盟国の領域に対して敵が核兵器またはその他の大量破壊兵器を使用した時、(3)機能不全に陥ると核戦力の報復活動に障害をもたらす死活的に重要なロシアの政府施設または軍事施設に対して敵が干渉を行った時、(4)通常兵器を用いたロシアへの侵略によって国家が存立の危機に瀕した時を列挙した。ロシアが第10回核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議(2022年1月に開催予定だったが同年8月に延期に提出した、条約の履行などに関する国別報告では、「ロシアの核抑止政策は厳格な防衛的性格を持ち、国家の主権と領土の保全が目的であることが明確に定義されている」としていた。さらに、「核紛争およびその他の軍事紛争を防止するという観点から、ロシアは、国際・地域レベルでの関係の危険な悪化につながりかねない状況を回避し、核戦争の勃発を回避するように行動し、また核の脅威を減らすために必要な措置をとっている」とも報告した。
[3] プーチン大統領は、2014年のウクライナ侵攻およびクリミア併合の際に、「クリミアの状況がロシアに不利に展開した場合、核戦力を戦闘準備態勢に置く可能性はあったか」との問いに、「その用意があった」と明言していた。
[4] この準備委員会で、ロシアは、ウクライナの行為がBWC違反を構成していると主張し、同条約第5条または第6条を通じて申し立てを提起する権利を留保していると発言した。中国も以下のように述べて、ロシアの主張に理解を示した。「ロシアが公表したウクライナにおける米国の生物軍事活動に関する文書は、国際社会の広範な注目を集めており、締約国が条約の枠組みで協議や協力を行い、条約履行上の懸念に対して明確な説明を行うことの重要性と緊急性を一層際立たせている。米国は、世界で最も多く生物軍事活動を行っている国であり、条約の検証メカニズムの構築に反対している唯一の国でもあるため、国際社会が疑念や懸念を抱くのは筋が通っている。これは、ウクライナ一国における米国の生物学研究所の問題でもなければ、現在の情勢によって生じた新たな問題でもない」。

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