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国際平和拠点ひろしま

Hiroshima Report 2023コラム5  北朝鮮「モラトリアム」解除と 「戦略的課題」

倉田 秀也

2018年4月の南北首脳会談を前に、金正恩(Kim Jong Un)朝鮮労働党委員長は「もはやいかなる核実験や中長距離、大陸間弾道ロケットの発射実験も必要なくなり」、「北部の(豊渓里)核実験場もその使命を終えた」として、核実験と「中長距離」以上の弾道ミサイル発射について、一方的に「モラトリアム」を宣言した。金正恩は「モラトリアム」を示すことで、南北首脳会談の後に予定されていた米朝首脳会談でトランプ(Donald Trump)大統領からそれに相応する措置を求めた。シンガポールでの第1回米朝首脳会談で発表された米朝共同声明(2018年6月12日)では、金正恩が「朝鮮半島の完全な非核化に取り組む揺るぎない意思」を再確認したのに対し、トランプが北朝鮮に「セキュリティ・ギャランティーズ」を与えることを確約し、その年の米韓合同軍事演習「乙支フリーダム・ガーディアン」を中止すると明言した。ここでの「セキュリティ・ギャランティーズ」とは、少なくとも北朝鮮の認識において、核不拡散上の消極的安全保証(NSA)よりも、拡大抑止を無力化に導く措置を指していた。
ハノイでの第2回米朝首脳会談(2019年2月29日)が文書不採択に終わった後、北朝鮮はロシアの「イスカンデル」改良型のKN-23と呼ばれる短距離ミサイルなどの発射実験を繰り返し、「乙支フリーダム・ガーディアン」再開が決定されると、さらに発射実験を加速させていった。しかし、それは「モラトリアム」を破るものではなかった。核実験、大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験に加えて「モラトリアム」に含まれた「中長距離」の弾道ミサイルとは、グアムを標的とする射程3,200~5,000kmの「火星-10」(「ムスダン」)、「火星-12」を指すが、北朝鮮はその種の弾道ミサイルの発射を控えていたからである。

北朝鮮が「モラトリアム」を破ることを示唆したのは、バイデン政権の発足と同時期に行われた2021年1月の朝鮮労働党第8回大会の金正恩報告であった。金正恩はここで、トランプ再選が実現せず、韓国を含む同盟関係の修復を掲げるバイデン(Joseph Biden)政権の発足を受け、トランプとの第1回米朝共同声明でうたわれた「セキュリティ・ギャランティーズ」が実践に移されることはないと判断し、核抑止力の拡充を図った。ここで金正恩は、次回党大会までに達成すべき「戦略的課題」(後に「国防5カ年計画」とも呼ばれた)として、戦術核を筆頭に、多弾頭化、15,000kmの射程を持つICBMを挙げた。ここに挙げられた兵器は、「モラトリアム」を破らない限り実験は不可能である。

実際、その1年後の2022年1月19日、金正恩が党政治局会議で「暫定的に中止していたすべての活動を再稼働させる問題を迅速に検討すること」を指示したことを受け、同月30日に「中長距離」弾道ミサイル「火星-12」を発射し、3月24日には「火星-17」と呼ばれる「新型ICBM」を発射した。「モラトリアム」はこれらの弾道ミサイル実験で破られ、「戦略的課題」の一部は達成された。たしかに、「新型ICBM」は「火星-17」ではなく、2017年11月に発射された「火星-15」であるとの疑義もあったが、通常軌道であれば、15,000km以上の射程を持つことが観測された。北朝鮮から最短距離で15,000kmは米東海岸を越えてカリブ海以東に達する。「戦略的課題」の1つでもある多弾頭化で弾道の総重量が増加して射程が縮んでも、15,000kmの射程距離を持てば米東海岸を射程に収めることができる。しかも、北朝鮮は同年11月18日に再び「火星-17」と呼ぶICBM実験を行ったが、これについては、「火星-15」との疑義は呈せられなかった。金正恩が「戦略的課題」として挙げた15,000kmの射程を持つ大陸間弾道ミサイルの発射実験は、「火星-17」として成功したと考えてよい。

 

くらた ひでや:防衛大学校教授

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