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国際平和拠点ひろしま

Leaning from Hiroshima’s Reconstruction Experience: Reborn from the Ashes vol4Ⅰ いつから,被爆体験継承の重要性は語られたのか

ここであらためて指摘するまでもなく,被爆体験継承の重要性の背景には,被爆者の減少がある。昭和56年3月末(1981年3月末)に372,264人を数えた被爆者は,その後,減少傾向に転じ,平成29年3月末時点で164,621人にまで減少した。平成29年3月末での平均年齢も81.41歳である。

広島市行政がいつ頃から被爆体験継承の重要性を認識し,議論し始めたのか,を平和宣言を手掛かりに考えてみたい。2017年の平和宣言までで,「継承」という言葉が使われたのは過去10回である。以下に,過去10回の「継承」の用例を掲げる。なお,用例は,「継承」の前後文のみを抜粋した(下線は筆者)。

平和宣言における「継承」の用例3)

1971 山田節男

・・・さらに次の世代に戦争と平和の意義を正しく継承するための平和教育が,全世界に力をこめて推進されなければならない。これこそ,ヒロシマの惨禍を繰り返さないための絶対の道である。

1972 山田節男

・・・われわれ人類は平和で生存に適した地球を次の世代に継承するため,地球上に生きる運命共同体であることを深く認識し,思想の相違を乗りこえて,知的および精神的な連帯のもとに,人が人を殺し,人が人に殺されることのない新しい世界秩序を創造しなければならない。

1973 山田節男

・・・世界平和を培う源泉は,平和のための正しい,真しな教育であり,これこそが次の世代への「ヒロシマの心」の継承である。

1976 荒木武

・・・広島市長は,長崎市長とともに国連に赴き,被爆体験の事実を,生き証人として証言し,世界の国々に,これが正しく継承されるよう提言すると同時に・・・

1983 荒木武

国際連合は,第2回軍縮特別総会で採択した軍縮キャンペーンの一環として,今年秋の各国軍縮特別研究員の広島派遣,国連本部での原爆被災資料の常設展示など,被爆実相の普及と継承への新たな努力を始めた。

1987 荒木武

一方,未来を担う青少年への被爆体験の継承がますます重要となっている。

1988 荒木武

本日,ここ広島において,姉妹・友好都市の青年による「国際平和シンポジウム」を開催し,「ヒロシマの体験」を継承すべく,市民とともに討議する。

2000 秋葉忠利

21世紀には,何としてもこの悲願を達成しなくてはなりません。そのためにも今一度,より大きな文脈で被爆体験の意味を整理し直し,その表現手段を確立し,人類全体の遺産として継承していかなくてはなりません。

2005 秋葉忠利

・・・核兵器廃絶と世界平和実現のため,ひたすら努力し続けた被爆者の志を受け継ぎ,私たち自身が果たすべき責任に目覚め,行動に移す決意をする,継承と目覚め,決意の刻でもあります。

2005 秋葉忠利

・・・今日から来年の8月9日までの369日を「継承と目覚め,決意の年」と位置付け,世界の多くの国,NGOや大多数の市民と共に,世界中の多くの都市で核兵器廃絶に向けた多様なキャンペーンを展開します。

 

最初に,被爆体験継承の重要性を指摘したのは,1976年の荒木武市長であった。それ以前の「継承」については,山田節男市長の「・・・戦争と平和の意義を正しく継承・・・」,「平和で生存に適した地球を次の世代に継承・・・」といった表現で,被爆体験そのものの継承を指摘したものではない。続けて,荒木市長は,1983年,1987年,1988年と立て続けに,被爆体験継承の重要性について言及している。平和宣言から推測すると,行政における被爆体験継承の重要性に関する言及は,1980年代から始まったと考えられる。また,平岡敬市長は,「語り継ぐ」という用語を使って,原爆・戦争の悲惨さを「語り継い」でいく必要性を説いている4)。このように,平和宣言では,1980年代から被爆体験継承の重要性が指摘されはじめ,それ以降,継続的に被爆体験継承の重要性が述べられる。事実,その具現化のため,広島市は,長崎市と共同で,1983年にはニューヨーク国連本部で被爆資料,原爆写真パネル等の常設展示を開始した。その後,特に,1995年の被爆50周年を契機に,「被爆資料や被爆証言等の収集に努め,後世において利用しやすいよう整備を図るなど,ヒロシマの被爆体験を国内外の次の世代に継承する」取り組みを進め,現在では,広島平和記念資料館の管理運営をはじめ,修学旅行生への被爆証言講話等の実施,被爆体験伝承者の養成,被爆建物・被爆樹木等の保存・継承,国内外での原爆展の開催,原爆展・平和学習用資料の貸出・提供など多くの事業を積極的に展開している5)。


3) 広島市ホームページより筆者作成。
http://www.city.hiroshlma.lg.jp/www/contents/1110537278566/(2018年1月26日アクセス)。
4) 1993年,1994年,1995年,1996年の各年に,「継承」ではなく,「語り継ぐ」を使用している。たとえば,1993年の平和宣言では,「・・・若い世代へ歴史を通して原爆や戦争を語り継ぐ教育も充実されなくてはならない」と述べている。また,1982年には荒木市長が,ヒロシマの平和の心を語り継ぐ必要性があると指摘している。
5) 詳しくは,広島市HPを参照。なお,これら諸事業の多くは,広島平和文化センターに委託し,実施している。http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110598417580/index.html(2018年2月1日アクセス)。なお,担当は,市民局国際平和推進部平和推進課被爆体験継承担当。

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