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国際平和拠点ひろしま

Leaning from Hiroshima’s Reconstruction Experience: Reborn from the Ashes vol4Ⅱ 被爆体験継承の難しさ

後述するが,被爆体験継承のための様々な事業が展開されながらも,被爆体験継承にはいくつもの困難がある。その困難さの最たるものは,端的に言えば,継承する側の次世代が非被爆者・非体験者であるということに尽きる。非体験者である次世代のわれわれが,体験者と同様に原爆被爆の実態を理解することは,いかように考えても困難であり,全ての被爆体験を継承することはできない。このことは,被爆体験の継承の過程で,失うものがあるということをも意味する。それ故に,被爆体験継承に関しては,如何にその喪失に抗うかが特に重要となる。

さて,そもそも継承する側の被爆者は,継承についてどう考えているのか。図1は,朝日新聞社が2005年と2015年に実施した被爆実態調査における継承に関する設問「被爆体験は次世代に伝わっていると思うか」に対する回答結果である6)。2005年調査では,伝わっていると回答したものが約半数であったが,他方,10年後の同調査では,伝わっていないとする回答者が半数を超え,回答結果が逆転している。これは,現在,約半数の被爆者が被爆体験は次世代にあまり継承されていないと考えていることを示すとともに,被爆体験継承が,期待通り進んでいないと感じている実態を示している。

また,同様の質問を設けた被爆者意識調査を2015年読売新聞が筆者所属の広島大学平和科学研究センターと共同で実施しているが7),設問項目「被爆体験が十分に継承されているか」に対して,「はい」が13%,「いいえ」が51%,「わからない」が31%であった。2010年同調査8)では,「体験が引き継がれると思うか」という設問に対して,「そう思う」という回答者が61%であったことを勘案すれば,やはり多くの被爆者が期待通りに継承されていないと感じている実態が見えてくる。そこには,被爆の実相を伝えきれないという思いがあることは自明であろうが,それ以外では,「つらい」,「思い出したくない」,「理解してもらえるとは思えない」といった感情もある。2015年朝日新聞アンケート調査では,「なぜ伝えないのか」という設問に対し,「体験があいまいで思い出せない」が20%,「つらくて思い出したくない」が21%,「被爆体験を理解してもらえるとは思えない」が19%,「話す機会がなかった」が20%,「差別や偏見にさらされるのを恐れた」が14%であった。また,2015年読売新聞アンケート調査の「なぜ,子どもに伝えていないのか」という設問に対し,「尋ねられたことがない」が55%,「つらく,思い出したくない」が39%,「離れて暮らし,話す機会が少ない」が38%,「理解してもらえるとは思えない」が37%であった。

このように,伝えるべき当事者である被爆者にとって,被爆体験は,つらく,思い出したくないものであるとともに,非体験者に理解できるものではないという思いもある。被爆証言などで多用される「筆舌に尽くしがたい」,「地獄」のような被爆体験であるが故に,語ること,伝えることを困難にしている。原爆被害が如何に重く深刻であるかをあらためて提示している。

被爆者には,伝えなければならないという思いがありながらも,それを阻む複雑な感情も同居する。しかしながら,被爆者は,その努力を継続する。少々古い数字であるが,広島で被爆体験の証言活動をする21団体が,昭和62年度から平成23年度までの25年間で,51,635件の被爆体験証言活動を行っている9)。また,宇吹(1999:390)は,戦後50年間における「原爆手記」の掲載書誌数3,542件を確認し,その中への収録手記数は37,793件であったと報告している。被爆体験は確実に,着実に語られ,残されているのである。

同時に,多くの被爆者が「核なき世界」の実現を熱望し,被爆者団体は「核なき世界」をテーゼとする。また,標榜するばかりではなく,「核なき世界」というメッセージを発信し続ける。それは何故か。それは,三発目の原子爆弾が使われなかったのは,広島・長崎の悲惨な原爆体験があるからだと考える被爆者が多いことと関係があるのかもしれない。2010年朝日新聞アンケート調査における10)「広島・長崎以降,核兵器が使われなかったのは,広島・長崎の原爆体験が世界に伝わったことと関係があると思うか」という設問に対し,66%が「そう思う」と回答している。また,同調査では,「原爆体験を語り伝えることは,核兵器を使わせない力になると考えるか」という質問も設けているが,76%が「そう思う」と回答した。つまり,被爆者の多くが,被爆者の存在そのものと原爆体験を世界に知らしめることが,核兵器使用の回避に寄与すると考えているのである11)。


6)  2005年調査は,朝日新聞が広島大学・長崎大学と共同で実施,回答者13,204人。調査結果の詳細は,2005年7月17日付朝刊。2015年調査の回答者は5,762人。調査結果の詳細は,2015年8月2日付朝刊。なお,筆者らは,特に2005年調査結果を用い,多くの論文を執筆している。川野徳幸の広島大学研究者総覧を参照。http://seeds.office.hiroshima-u.ac.jp/profile/ja.46e7692a7122dc23520e17560c007669.html。
7) 回答者1,943人。調査結果の詳細は,2015年7月29日付朝刊。
8) 広島大学平和科学研究センターと共同実施。回答者1,015人。調査結果の詳細は,2010年7月30日付朝刊。
9) 広島平和文化センターによるまとめ。それによると,各証言の会に累計5,772,121名が参加している。しかしながら,証言者実人員は228名であり,限られた証言者が,語り部として活動する実態もここにある。なお,21団体には,広島平和文化センターも含む。
10) 回答者1,006人。調査結果の詳細は,2010年7月29日付朝刊。
11) 詳細は,川本ら(2016)に詳しい。

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