原爆犠牲者の遷延性死について
2020年は広島・長崎に原子爆弾が投下され75年目となります。
「広島県史 原爆資料編」に掲載されている原爆に対する国際的反応:海外の新聞論調を紹介します。1945年8月6日に広島,8月9日に長崎に投下された原子爆弾について海外の新聞はどのように報じたのでしょうか。
本県が進めている国際平和拠点ひろしま構想の趣旨と合致しない論調も含まれますが,原子爆弾投下を海外でどのように伝えたか知っていただくため 「広島県史 原爆資料編」に掲載されている新聞論調をそのまま掲載しています。
原爆犠牲者の遷延性死について
昭和20.8.23 シカゴ・トリビューン紙
[大下応氏蔵]
論議呼ぶ原子爆弾犠牲者の遷延性死
——肺炎説対新型放射線説——
広島・長崎に投下の原子爆弾2発による日本人死傷者・被災者総数48万中の生存者で,軽度な火傷を負うのみで,しかも数日後に,原因不明のまま死亡する者多数,との昨日の日本側東京放送の所説が各種論議を呼んでいる。
日本側放送によれば,「火傷程度の被爆者が,原子爆弾による,正体不明の殺傷効力によって,その傷が治癒せず,そのため引続き死亡者数の増加をみている。火傷軽微で,当初元気に見えた者でも,数日後原因不詳のまま衰弱し,うち多数が死亡する」という。
日本側の同報道について,ノース・ウェスタン大学生理学教室主任教授・アンドルー・C・アイヴィー博士は,これら原子爆弾犠牲者の遷延性の死亡の原因は,爆風性ないしは震盪性の肺炎とすべきものである,と次のように語っている。
——拳闘選手にも起こる——
震盪性の肺炎は職業拳闘選手の間にも,またナチス・ドイツの電撃作戦によるロンドン市民犠牲者間にもみられたもので,同症は空気の急激な収縮とそれに続く膨張の波の一過後発生し,肺に明確な損傷部位を残し,内出血後約60時間に至って化膿を起こすことがある。
震盪性の肺炎は必ずしも死亡に結末しないが,その死亡率は,爆心からの距離,内出血部位の範囲等によって左右される。損傷の比較的軽微な症例ではペニシリンが有効であろうとアイヴィー博士は示唆している。また同博士はこれら「不可解」な遷延性の死が原子爆弾に含まれる放射性物質によるとすることに異論を唱え,「これを放射性物質の長期間曝射による白血病(白血球が冒され破壊される疾患)に帰することも考えられるが,それにしてもその発病には,少くとも広島の場合は8月6日,長崎の場合は同9日以降,それぞれ数週間以上の経過を見込まなければならない」と述べた。
——反対意見——
アイヴィー博士の上記理論に対し,共同通信科学担当論説主筆のハワード・ブラックスリー氏は,この遷延性の死は濃密な中性子流による新型光線がその原因でありうる,としている。
この新型光線は,カリフォルニア大学放射能研究所のサイクロトロン(原子核破壊装置)で現に発生されており,目で見ることもできる。その長さは約5フィート,直径2.3インチで電光状の淡紫色であるという。
同光線は瞬間照射でも殺傷力を持つと考えられ,実験動物では,上記サイクロトロンからの濃密な光線をはるかに下回った中性子流に曝射しただけで数日後には死んでいる。
この実験動物に用いた濃度にまで落とした中性子流と,原子爆弾爆発時に瞬時放出される中性子流とがほぼ対応するものと,同氏は比較説明している。
——白血球の損壊——
サイクロトロンからの濃度の低い中性子流に曝射した実験動物の遷延性の死は,体内白血球の多量損壊によるものであって,東京放送のいわゆる爆弾犠牲者の遷延性の死の説明になりうる,とブラックスリー氏は主張している。氏はさらに,原子爆弾の放出する光線の量について確かなことは何も知られておらず,爆発の照射の結果,中性子放射の能力,ないし二次放射能を帯びるに至った半減期の長い,地表および空中の微粒子の量についても資料を欠く,と語っている。
東京放送は,日本側の国土防衛本部担当技官鳥居捨蔵氏の言を引用しつつ,このたびの原子爆弾の爆発では,その最初の衝撃後,圧力が逐次上昇したもののようである,と報じている。
——爆発音と爆圧——
同放送を通じて鳥居氏は,「爆発音は衝撃圧(the pressure of concussion)と同時に聴取されたもののようで,閃光と圧力衝撃(pressure concussion)そのものはきわめて強烈であったが,その作用は比較的緩慢であった。通常の爆弾であれば,閃光と爆圧(explosion pressure)は爆発時を頂点とするが,原子爆弾の場合は,爆圧は炸裂直後放出され,瞬時に周囲の空気に弾力的なエネルギーを伝播する」としている。
調査によれば,爆発によって火傷を負ったものでは,爆発に面した側の受傷が,反対側に比して顕著である,という。
また,同氏の報告によれば,「家屋の崩壊後火災の発生に至る間約10分の経過があり,爆発後5分ないし10分に黒い驟雨を見たが,これは,原子爆弾から放出された一種の液状物質であろうが,白い衣服に黒いしみを残した」。
——伝えられる惨禍—
東京放送は,広島爆撃についてさらに「原子爆弾の効力は直径30キロメートル(18.6マイル)の地域をおおい,地域内の全家屋を,吹きとばし,おしつぶし,焼きつくし,ために大半の死体は倒壊家屋の下敷きとなり,その総数の確認は困難,とくに婦女子負傷者の姿は言語に絶する」と報じている。
同放送の伝える数字は次のとおり。広島の原子爆弾による死者6万,同負傷者10万,家屋罹災者20万,同長崎,死者1万,負傷者2万,家屋罹災者9万。
(片柳 寛訳)
出典 広島県史 原爆資料編
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