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国際平和拠点ひろしま

【コラム5】核兵器禁止条約と核廃絶の将来

【コラム5】核兵器禁止条約と核廃絶の将来

アントン・フロプコフ

私が初めて広島と長崎を訪れたのは、核物理学を学び始めてから約20年後の2016年のことであるが、もっと早く訪れるべきだったと思う。核問題や核軍備管理に関わる者にとって、広島平和記念資料館と長崎原爆資料館は訪れるべき必須の場所である。そこでは誰もが無関心でいられず、核兵器の破壊的な力と、核エネルギーが軍事目的でも使われることを思い出させてくれる。また、それらの場所は、今日われわれが直面している核不拡散の危機と、そうした危機の歴史や起源を深く理解させてくれる。たとえば、私が広島の資料館を訪れた際、1945年8月6日の原爆投下によって、12万もの人々が亡くなり、このうち2万が朝鮮の人々であったことに衝撃を受けた。

近年、広島・長崎の両県が核軍備管理・不拡散や国際安全保障の専門家を招聘し、数多くのセミナー、フォーラムあるいは会議を開催していることを、とても素晴らしく思う。2つの資料館を訪れ、被爆者の人々と実際に会うことは、そうしたイベントと一体のものである。これらの努力は、平和と安全を維持し、核廃絶を目指すための、先を見据えた重要な取組である。

核軍縮の目標を一朝一夕に成し遂げることは不可能である。なぜならば、核兵器のない世界は、「私たちが知っている世界マイナス核兵器」ではないからだ。残念なことに、核兵器禁止条約の起草者は、そうしたアプローチ、すなわち核兵器の即時かつ機械的な放棄という考え方を追求している。

核兵器は、核兵器国とその同盟国の複雑で多層的かつ多面的な国家安全保障システムと深く一体化している。構造全体の動揺、さらには崩壊のリスクを冒すことなく、多層構造のピラミッドの基礎から重要なブロックの1つを機械的に除去することはできない。私たちにできることは、構造における特定のブロックへの依存を低減するために、段階的、ステップ・バイ・ステップのアプローチを用いることである。長期的には、私たちが現在持っているものと同じぐらい安定しているが、重要なブロックの一つとしては核兵器に依存しないという構造へと再設計することを試みるべきである。そこでは、核兵器というブロックは、別の何かに置き換えられる。

過去30年にわたり、米国とロシアは核兵器を85%まで削減してきた。さらに、両国は核兵器削減に関する法的拘束力のあるコミットメントを交渉し、履行するという豊かな経験を積み重ねてきた。十分な政治的意思によって、その経験は核兵器の一層の削減に向けた進展だけでなく、交渉の促進を可能にするものとなろう。1992年に署名された第一次戦略兵器削減条約(STARTI)交渉は、完了までに6年を超える歳月を要したが、2010年にプラハで署名された新戦略兵器削減条約(新START)では、交渉にわずか10か月の期間しか要しなかった。

予見し得る将来において、核軍縮に係る優先事項は何だろうか。最大の核兵器国である米露には、戦略的安定性を維持し核のリスクを低減する特別の責任がある。しかしながら、これは米露だけの課題ではない。NPT上の5核兵器国だけのものでもない。この課題は、特定の問題に応じて共同または並行してなされる多国間の努力を必要としている。

米露に関して言えば、第一の目標は、既存の軍備管理の構造を維持しつつ、さらに強化していくことが優先事項である。新STARTは2021年には期限切れとなる。中距離核戦力(INF)条約は困難な時期に直面している。これら、並びに他の関連する多くの問題は、両国の政府代表間の定期的かつ体系的な対話を、省庁をまたいで構成される代表団の形で再開することが必要となるだろう。このような対話により、米露は既存の合意を維持し、核軍縮へ向けた新たなステップのための基盤を築くことが可能になるだろう。

また、他のすべての核兵器国とNPT外の核保有国にとっては、核軍縮のプロセスに実質的に貢献する時である。たとえば、核兵器を削減する最初の、おそらく象徴的なステップの一方的宣言を行うことから始めることができる。

非核兵器国もまた、一層の核軍縮を行う環境を作り出すために、目に見えるステップを取るべきである。特に核の傘の下にある国について言えば、彼らの安全保障において、他国の核兵器が果たしてきた役割を低減すべきである。自国内に他国の核兵器を設置させている国々は、そうした兵器の撤去を着実に進めていくべきである。核兵器に利用可能な核物質を国内に保有している国は、それらの不可逆的な廃棄―経済的に持続可能な技術を用いて(言い換えれば核燃料として)―の可能性を検討すべきである。

完全な核軍縮は、核兵器禁止条約の起草者が提案するように、一気に成されることはない。それには長い時間をかけた投資と多国間での努力が必要であり、戦略的安定を低下させるのではなく高めていくことを基礎にして進められるべきである。

(ロシア・エネルギー安全保障研究センター長)

 

 

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