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国際平和拠点ひろしま

Hiroshima Report 2018(1)核物質及び原子力施設の物理的防護

IAEAによれば、核セキュリティ上の脅威とは、核物質、その他の放射性物質またはそれらに関連する施設及び活動に対する犯罪行為及び意図的な不正行為、並びに核セキュリティに悪影響をもたらすと国が判断する他の活動を行う動機、意図、能力を持つ個人または集団55を指す。核物質及び原子力施設に対する物理的防護要件は、区分I核物質(後述)の不法移転及び、潜在的に深刻な放射線影響を生じる可能性のある核物質及び原子力施設への妨害破壊行為に対しては設計基礎脅威(DBT)を、そしてその他の核物質及び原子力施設については、国が核セキュリティ上の脅威評価か、あるいはDBTを用いて決定することとされている56。セキュリティの要件に関しても、密封線源、非密封線源、使用されていない線源や廃棄物であるか否かを問わず、すべからく適用されるべきとされ、これは輸送においても当てはまることとなっている57。

IAEAによって2011年に発表された「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告」INFCIRC/225/Rev.5は、物理的防護について悪意ある行為を行う側にとっての「魅力度」、さらには核物質などの不法移転や、関連施設に対する妨害破壊行為がもたらす結果を考慮したうえで、リスク管理の原則のもとで等級別手法に基づき、国が必要な物理的防護を行うように勧告している58。こうした物理的防護のシステムは、無許可立ち入りと標的機器への接近を防ぎ、内部脅威者に与える機会を最小化し、スタンドオフ攻撃(※標的となる原子力施設又は輸送から距離を置いて実行され、敵対者は標的に直接触れる必要がないか、あるいは物理的防護システムを乗り越える必要のない攻撃方法の意)に対しても標的を防護できるよう設計される必要がある59とされる。国による核物質防護体制の目的とは、核物質及びその他の放射性物質が関与する悪意のある行為から、人や財産、社会や環境を防護することにあり、その防護の対象は不法移転、行方不明の核物質の発見と回収、妨害破壊行為及びその影響の緩和または最小化60だとされる。

表3-1が示すとおり、IAEAでは不法移転に対する物理的防護措置を決定づける要素として、核物質の種類、同位体組成、物理的及び化学的形態、希釈度、放射性レベル及び数量に基づき、悪意ある行為を行う側にとって「魅力度」の高い順から、等級別手法の基礎としての位置付け61のもとに区分Iから区分IIIへと分類している。

核兵器を製造しようというテロリストの視点からすれば、ウラン235の同位体濃度が20%以上の高濃縮ウラン(HEU)や、同位体濃度が80%以上のプルトニウム239といった兵器利用可能な核分裂性物質は、いずれも非常に魅力的な存在になり得る。さらに、ウラン濃縮、並びにプルトニウム生産との関連で濃縮施設や再処理施設の存在自体も、テロリストにとって一定の「魅力度」を有するものと推測できる。そのため、核分裂性物質や原子炉、再処理施設の存在が必然的に国の核セキュリティ上のリスクを高めることにつながる可能性があることから、国には一層高いレベルでの防護措置を講じることが求められる。こうした防護措置は、各国の地政学上あるいは国内の治安状況によっても異なるものの、一般的に兵器利用可能な核分裂性物質の保有量並びにその貯蔵施設の数は、核セキュリティに係る取組の重要な評価対象となる。各種の公刊資料によれば、本報告書における調査対象国が保有する兵器利用可能な核分裂性物質の保有量は、表3-2に示すとおりである。

核兵器に換算すれば、全世界であわせて20万発近くに相当するHEU及びプルトニウムが存在している62ことになり、このうち米露2カ国で全世界の保有量の9割以上を占める状況が続いている。しかし、米露の保有するもの以外にも、テロリストにとって一定の「魅力度」を持つ核分裂性物質の保有国は依然存在している。こうした核分裂性物質の保有や分布は、市民社会も含めた国際社会の関心事項である一方で、核セキュリティの観点からすれば、一般的にそれらの詳細は各国で機微情報として位置づけられており、必ずしも対外的な透明性が確保されている訳ではない。

公開情報としてのこうした制約は厳然と存在するものの、表3-2で具体的に記載されていない、しかし国内で一定の核分裂性物質の保有が推定されているものとして、以下の国々が挙げられる(2017年12月時点)63。

  • 1トン以上のHEUを保有することが推測される国:カザフスタン(10,470~10,770kg)、カナダ(1,038kg*)
  • 1kg以上1トン未満のHEUを保有することが推測される国:豪州(2kg)、イラン(8kg)、オランダ(730~810kg)、ナイジェリア(1kg未満*)、ノルウェー(1~9kg)、南アフリカ(700~750kg、詳細不明*)、シリア(1kg未満*)

(「*」:2017年度で新規に確認されたもの)

なお、かつてはHEUを保有していた国々で、近年、グローバル脅威削減イニシアティブ(GTRI)の成果として完全にHEUを除去した旨の発表をするケースが目立っている。GTRIによる直接の成果を含めて、メキシコ、ジャマイカ、コロンビア、チリ、アルゼンチン、ブラジル、スウェーデン、デンマーク、スペイン、ポルトガル、スイス、オーストリア、チェコ、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、ウクライナ、トルコ、ジョージア、イラク、ウズベキスタン、ラトビア、ガーナ、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピン、韓国などがこうした完全なHEUの除去を達成した国として挙げられる64。また、本報告書の調査対象国ではないものの、2017年時点で国内に一定量のHEUを保有している国として、ベラルーシ(80~280kg)、イタリア(100~119kg)が挙げられる65。

核爆発装置の製造目的での不法移転の防止だけでなく、妨害破壊行為の防止という観点からすれば、ウラン235の同位体濃度が90%以上の兵器級HEUやプルトニウムを保有せずとも、ウラン濃縮施設並びにプルトニウム生産に関連する原子炉や再処理施設を設置していること自体も、それぞれ「魅力度」を高める要因になると考えられる。そのため、調査対象国におけるこれら施設の保有もまた、当該国としての核セキュリティ上のリスクに相応に影響する可能性がある。

IAEAが公開する最新の研究炉データベース(Research Reactor Database :RRDB)66によれば、全世界787の研究炉のうち、稼働状態にある研究炉が221基(先進国で137基、発展途上国で84基)、一時的に稼働停止している研究炉が20基(先進国で11基、発展途上国で9基)、建設中の研究炉が7基(先進国で4基、発展途上国で3基)、将来建設が予定されている研究炉が12基(先進国で3基、発展途上国で9基)、閉鎖延期になった研究炉が10基(先進国で5基、発展途上国で5基)、運用停止(閉鎖)状態にある研究炉が111基(先進国で97基、発展途上国で14基)、廃止・解体になった研究炉が362基(先進国で336基、発展途上国で26基)、建設が中止された研究炉が15基(先進国で11基、発展途上国で4基)となっている。前年度比では研究炉全体が13基増加した一方で、運用停止(閉鎖)状態の研究炉が先進国で24基、発展途上国で6基減少している。また、廃止・解体になった研究炉は全体で6基増大した。他方、建設が中止された研究炉が先進国で7基増大している点が注目される。

研究炉との関連で、IAEAの発表によれば濃縮度が20%を超える使用済のHEU核燃料集合体の数は全世界で20,663体にのぼり、このうち9,532体が濃縮度90%を超えるものだとされる67。使用済HEU核燃料集合体に関しては、アフリカ・中東地域に572体、アジア地域に3,492体、東欧地域に10,627体、西欧地域に4,273体、南米地域に85体、北米地域に1,614体となっており68、依然として東欧地域が全体の過半数を占める状況にある。テロリストにとってこれらの「魅力度」の高い物質の地域分布に鑑みた場合、核セキュリティ上のリスクは研究炉(原子炉)の稼働状況などにかかわらず、不法移転に加えて、施設に対する妨害破壊行為の防止措置の強化そのものが非常に重要だと考えられる。以下、核爆発装置の製造の観点から一定以上の「魅力度」を有するものとして、本報告書の調査対象国における発電用原子炉、研究炉、ウラン濃縮施設及び再処理施設の保有状況と、核燃料サイクル関連活動を表3-3に取りまとめた。

上記との関連で、IAEAは国の判断によって核物質などの量、種類、組成、移動とアクセスの容易度、核物質やその他の放射性物質の特性に基づき、それぞれリスクを定めて盗取に対する防護措置を講じるように勧告している69。また妨害破壊行為についても、原子力施設、放射性物質取扱施設、核物質やその他の放射性物質を念頭に、国がそれぞれ受容できない放射線影響やリスクを定め、リスクを伴う物質、機器、機能を含む区域を枢要区域に特定するとともに、リスクに応じた防護措置を取るよう勧告している70。

他方、放射性同位体に係る核セキュリティ(RIセキュリティ)についても近年様々な取組が進められている。当該分野では、2009年と2011年にIAEAから「核セキュリティシリーズNo.11放射線源のセキュリティ」71と「核セキュリティシリーズNo.14放射性物質および関連施設に関する核セキュリティ勧告」72が刊行されているほか、2016年のワシントン核セキュリティサミットでは、28カ国と国際刑事警察機構(INTERPOL)から、上記のIAEAの各種ガイドライン等を踏まえた内容の、高レベル密封放射線源へのセキュリティ強化に関するバスケット提案が提出された73ことが記憶に新しい。RIセキュリティにかかる個別の取組をみれば、2017年3月、放射線源のセキュリティに関する地域トレーニングコース(ロシア・オブニンスク)74が開催された。4月には放射線源のセキュリティに関する作業部会会合(ウィーン)75が行われ、また7月に放射線源のセキュリティにかかる国際トレーニングコース(ウィーン)76及び、アフリカ諸国(フランス語圏)における輸送中の放射線源のセキュリティにかかる地域トレーニングコース(セネガル・ダカール)77が実施されている。


[55] IAEA Nuclear Security Series No.20, “Objective and Essential Elements of a State’s Nuclear Security Regime,” 2013.

[56] IAEA Nuclear Security Series No.13, “Nuclear Security Recommendations on Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facilities (INFCIRC/225/Revision 5),” 2011, p. 13.

[57] IAEA Nuclear Security Series No.14, “Nuclear Security Recommendations on Radioactive Material and Associated Facilities,” 2011, p. 14.

[58] IAEA Nuclear Security Series No.13, “Nuclear Security Recommendations on Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facilities (INFCIRC/225/Rev.5),” 2011, paragraph 3.37.

[59] Ibid., paragraph 5.14.

[60] Ibid., paragraph 2.1.

[61] Ibid., paragraph 4.5.

[62] Zia Mian and Alexander Glaser, “Global Fissile Material Report 2015: Nuclear Weapon and Fissile Material Stockpile and Production,” NPT Review Conference, May 8, 2015, http://fissilematerials.org/library/ipfm15.pdf. なお、 HEU 在庫量は減少しているが、プルトニウム在庫量は増加している(主に民生用プルトニウム在庫量増加が要因)。

[63] NTI, “Civilian HEU Dynamic Map,” Nuclear Threat Initiative website, December 2017, http://www.nti.org/gmap/ other_maps/heu/index.html.

[64] Ibid.

[65] Ibid.

[66] IAEA, Research Reactor Data Base, IAEA website, https://nucleus.iaea.org/RRDB/RR/ReactorSearch.aspx?rf=1.

[67] IAEA, Worldwide HEU and LEU assemblies by Enrichment, IAEA website, https://nucleus.iaea.org/RRDB/Reports/ Container.aspx?Id=C2.

[68] IAEA, Regionwise distribution of HEU and LEU, IAEA website, https://nucleus.iaea.org/RRDB/Reports/Container. aspx?Id=C1.

[69] IAEA Nuclear Security Series No. 14, “Nuclear Security Recommendations on Radioactive Material and Associated Facilities,” 2011, http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub1487_web.pdf.

[70] Ibid., p. 14.

[71] IAEA Nuclear Security Series No. 11, “Security of Radioactive Sources,” 2009, http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub1387_web.pdf.

[72] IAEA Nuclear Security Series No. 14, “Nuclear Security Recommendations on Radioactive Material and Associated Facilities,” 2011, http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub1487_web.pdf.

[73] “Joint Statement Strengthening the Security of High Activity Sealed Radioactive Sources (HASS),” 2016 Washington Nuclear Security Summit, March 11, 2016, https://static1.squarespace.com/static/568be36505f8e2af8023adf7/t/57 050be927d4bd14a1daad3f/1459948521768/Joint+Statement+on+the+Security+of+High+Activity+Radioactive+Sour ces.pdf.

[74] Regional Training Course on the Security of Radioactive Sources, March 13-17, 2017, https://www.iaea.org/ events/regional-training-course-on-the-security-of-radioactive-sources-0.

[75] Meeting of the Working Group on Radioactive Source Security, April 24-27, 2017, https://www.iaea.org/events/ meeting-of-the-working-group-on-radioactive-source-security.

[76] International Training Course on the Security of Radioactive Sources, July 3-7, 2017, https://www.iaea.org/ events/international-training-course-on-the-security-of-radioactive-sources.

[77] Regional Training Course on Security of Radioactive Material in Transport for French-speaking African Countries, July 3-7, 2017, https://www.iaea.org/events/regional-training-course-on-security-of-radioactive-material-in-transport- for-french-speaking-african-countries.

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