(7) 包括的核実験禁止条約(CTBT)
A)CTBT署名・批准
CTBTの署名国は2019年末の時点で184カ国、このうち批准国は168カ国である(新たにジンバブエが署名)。条約の発効に必要な国として特定された44カ国(発効要件国)のうち、5カ国(中国、エジプト、イラン、イスラエル、米国)の未批准、並びに3カ国(インド、パキスタン、北朝鮮)の未署名が続いているため、条約は発効していない(この他に、調査対象国ではサウジアラビア及びシリアが未署名)。これら8カ国による条約への署名あるいは批准に向けた動きは、2019年も見られなかった。2019年NPT準備委員会では、ロシアがCTBTへの米国への対応を強く批判するとともに、条約の暫定適用(provisionalapplication)には反対だと主張した177。
CTBT発効促進に関しては、2019年9月25日に第11回CTBT発効促進会議がニューヨークの国連本部で開催され、核軍縮・不拡散におけるCTBTの重要性を再確認するとともに、発効要件国を中心とする未署名国・未批准国に対する早期署名・批准、並びに核実験モラトリアムの維持などを呼び掛け、さらにCTBTの早期発効促進及び普遍化に向けた具体的かつ実施可能な措置を列挙した最終宣言を採択した178。
このCTBT発効促進会議では、2017年6月から2019年5月に署名国・批准国が行った条約発効促進のための活動(未署名国・未批准国へのアウトリーチなど)の概要を取りまとめた文書が公表され、発効要件国に対する二国間の取組(オーストリア、ベルギー、ドイツ、日本、メキシコ、ニュージーランド、ロシア、英国など)、それ以外の国に対する二国間の取組(オーストリア、ベルギー、日本、メキシコ、ニュージーランド、ロシア、UAE、英国など)、グローバル・レベルでの取組(ベルギー、ブラジル、ドイツ、日本、メキシコ、ニュージーランド、フィリピン、ロシア、UAE、英国など)、地域レベルでの多国間の取組(ベルギー、ドイツ、日本、メキシコ、ニュージーランドなど)が紹介された179。
B)CTBT発効までの間の核爆発実験モラトリアム
5核兵器国、インド及びパキスタンは、核爆発実験モラトリアムを引き続き維持している。核兵器の保有の有無を公表していないイスラエルは、核爆発実験の実施の可能性についても言及していない。
北朝鮮は、2018年5月に核実験(及びICBM発射実験)の凍結を発表し、豊渓里(プンゲリ)核実験場の閉鎖を決定した。2019年末に至るまで、北朝鮮は核爆発実験を実施していない。他方で、核実験場が不可逆的に使用不能になったかは不明であり、復旧作業を行えば一部の坑道は再び使用可能だとの見方もある180。そして、2019年12月末に開催された朝鮮労働党中央委員会総会で、金正恩委員長が核・ミサイル実験の一方的な停止に拘束される理由はなくなったと発言したことが報じられた181。
C)包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会との協力
調査対象国によるCTBTO準備委員会への分担金の支払い状況(2019年12月31日時点)は、下記のとおりである182。
➢全額支払い(Fullypaid):豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ、中国、フランス、ドイツ、インドネシア、イスラエル、日本、カザフスタン、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、フィリピン、ポーランド、ロシア、南アフリカ、スウェーデン、スイス、トルコ、UAE、英国、米国
➢一部未払い(Partiallypaid):なし
➢未払い:チリ、エジプト
➢(未払いにより)投票権停止(Voting rightsuspended):ブラジル、イラン、ナイジェリア
2019年8月のロシア軍の実験場における爆発事故では、その後、爆発地点近くにあるロシアのいくつかの放射能探知ステーションとの回線が遮断され、データが得られなくなったと報じられた183。これについてロシアは、CTBT事務局に対してミサイル事故は核実験監視網の所管事項ではないので、ロシアはあくまで任意でデータを提供するものであると主張した184。
D)CTBT検証システム構築への貢献
CTBTの検証体制は着実に整備が進められてきた。他方で、国際監視制度(IMS)ステーションの設置については、本調査対象国のうち未署名国で検証システムの構築に全く関与していないインド、パキスタン、北朝鮮及びサウジアラビアを除けば、引き続き中国、エジプト及びイランでの進展が遅れている185。
2019年6月には、第5回CTBT科学技術会議が開催され、核実験探知・検証にかかる技術的側面が議論された186。
E)核実験の実施
上述のように、核保有国は核実験モラトリアムを継続しており、2019年に核爆発実験を実施した国はなかった。2017年までに計6回の核爆発実験を実施した北朝鮮は、核戦力が完成したとして、核実験を実施する必要性がなくなったとしている。
核爆発実験以外の活動については、米国が核備蓄管理計画(SSP)のもとで、「地下核実験を行うことなく備蓄核兵器を維持及び評価する」ことを目的として、未臨界実験、あるいは強力なX線を発生させる装置「Zマシン」を用いて超高温・超高圧の核爆発に近い状態をつくり、プルトニウムの反応を調べるという実験を含め、核爆発を伴わない様々な実験を継続してきた。NNSAはその種類及び回数をホームページで公表してきたが、2015年第1四半期を最後に更新されず、2018年以降は過去の情報についての掲載も確認できなかった。米国は未臨界実験を継続しており、2020会計年度より年2回実施するとの方針を明らかにしている187。2019年2月にも未臨界実験「EDIZA」を実施した(1992年の核実験モラトリアム以降、29回目)188。この実験では、核物質封じ込め用容器が破損し、少量のプルトニウム漏れが発生した189。米国はこの他に、NNSAが世界最速のスーパーコンピュータを2023年までに調達して、核兵器のシミュレーション(安全性・信頼性確認)に使用する計画も有している190。
米国以外の核保有国では、フランスが、核兵器の信頼性・安全性を保証する活動として、極端な物理的状況下での物質のパフォーマンス、並びに核兵器の機能をモデル化するシミュレーション及び流体力学的実験(hydrodynamicexperiments)を実施していること、これらは新型核兵器の開発を念頭に置くものではないことを明らかにしたが191、その具体的な実施状況については公表していない。またフランスと英国は2010年11月に、X線及び流体力学実験施設の建設・共同運用に関する協定を締結した192。残る核保有国は、核爆発を伴わない実験の実施の有無に関して公表していない。このうち中国に関しては、次世代核兵器の開発を進めるなかで、2014年9月から2017年12月までの間、約200回(月5回平均)の実験室―実際の核爆発でつくられる超高温、超高圧及び衝撃波を模擬することが可能―での核爆発シミュレーションを実施したと報じられた193。また、2018年12月には、中国が米国のZマシンと同様の施設を建設していると報じられた194。
ロシアに関しては、アシュレイ(RobertAshley)米国防情報局(DIA)局長が2019年5月の会議で、CTBTではゼロ・イールドが定められ、出力を生じる核実験は禁止されているにもかかわらず、ロシアは非常に低出力の核実験を北極圏のノバヤゼムリャ島で秘密裡に実施している可能性があると分析していると発言した195。DIAは翌月、その発言を再確認し、諜報機関全体の評価だとする声明を発表した。また、中国に対しても、その核実験活動に対する透明性の欠如などを挙げ、核実験モラトリアムの実施に対して疑問を呈した196。これに対してロシアは、「完全かつ絶対的に批准した条約、並びに核実験の一方的モラトリアムに従って行動している」として、米国の主張を強く否定した197。またCTBTOは、「CTBTの条項に従って、核爆発実験を探知するIMSの能力に完全な自信を持っている」198との声明を発出した。
CTBTは核爆発を伴わない実験を禁止していないが、NAM諸国はそうしたものを含めて核兵器にかかる実験の即時・無条件の停止、並びに実現可能で、透明性・不可逆性があり、検証可能な方法での核実験場の閉鎖などを求めている199。なお、「核爆発実験」の禁止を定めたCTBTとは異なり、TPNWでは「核実験の禁止」が規定されており、これには核爆発実験以外の実験も含まれると解釈し得る。ただし、これに関する検証措置などはTPNWには規定されていない。
177 NPT/CONF.2020/PC.III/WP42, April 26, 2019.
178 “Final Declaration and Measures to Promote the Entry into Force of the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty,” September 25, 2019.
179 CTBT-Art.XIV/2019/4, September 5, 2019.
180 “(2nd LD) N. Korea Able to Use Punggye-ri Nuke Testing Site after Restoration Work: JCS,” Yonhap News Agency, October 8 2019, https://en.yna.co.kr/view/AEN20191008008652325?section=national/defense.
181 “Report on 5th Plenary Meeting of 7th C.C., WPK,” KCNA, January 1, 2020, http://www.kcna.co.jp/item/ 2020/202001/news01/20200101-01ee.html.
182 CTBTO, “CTBTO Member States’ Payment as at 31-Dec-2019,” https://www.ctbto.org/fileadmin/user_upload/ treasury/53._31_Dec_2019_Member_States__Payments.pdf.
183 Francois Murphy, “Global Network’s Nuclear Sensors in Russia Went Offline after Mystery Blast,” Reuters, August 19 2019, https://www.reuters.com/article/us-russia-blast-ctbto/global-networks-nuclear-sensors-in-russia-went- offline-after-mystery-blast-idUSKCN1V9183.
184 Andrew Osborn, Maria Kiselyova, “Russia to Nuclear Test Ban Monitor: Test Accident Not Your Business,” Reuters, August 20, 2019, https://www.reuters.com/article/us-russia-blast-ctbto/russia-to-nuclear-test-ban- monitor-test-accident-not-your-business-idUSKCN1VA0OL.
185 CTBTO, “Station Profiles,” https://www.ctbto.org/verification-regime/station-profiles/.
186 CTBTO, “CTBT Science and Technology 2019 Conference,” September 24-28, 2019, https://events.ctbto.org/
snt/snt2019.
187 NNSA, Fiscal Year 2020 Stockpile Stewardship and Management Plan, July 2019, p. 8-11.
188 Nolan O’Brien, “Subcritical Experiment Captures Scientific Measurements to Advance Stockpile Safety,” Lawrence Livermore National Laboratory, May 24, 2019, https://www.llnl.gov/news/subcritical-experiment-captures- scientific-measurements-advance-stockpile-safety.
189 Kathy Crandall Robinson, “Subcritical Nuclear Tests Raise New Dangers,” Tri-Valley CAREs, May 9, 2019, http://www.trivalleycares.org/new/Subcritals_in_the_Budget.html.
190 “This New Supercomputer Will be the World’s Most Powerful; Will Simulate Nuclear Explosions,” Computer Business Review, August 13, 2019, https://www.cbronline.com/news/worlds-most-powerful-supercomputer-cray- doe-nuclear.
191 NPT/CONF.2015/PC.III/14, April 25, 2014.
192 NPT/CONF.2015/29, April 22, 2015.
193 Stephen Chen, “China Steps Up Pace in New Nuclear Arms Race with US and Russia as Experts Warn of Rising Risk of Conflict,” South China Morning Post, May 28, 2018, http://www.scmp.com/news/china/society/article/ 2147304/china-steps-pace-new-nuclear-arms-race-us-and-russia-experts-warn.
194 Stephen Chen, “Operation Z Machine: China’s Next Big Weapon in the Nuclear ‘Arms Race’ Could Create Clean Fuel—Or Deadly Bombs,” South China Monitoring Post, December 12, 2018, https://www.scmp.com/news/china/ science/article/2177652/operation-z-machine-chinas-next-big-weapon-nuclear-arms-race.
195 Robert P. Ashley, Jr., “Russian and Chinese Nuclear Modernization Trends,” Remarks at the Hudson Institute, May 29, 2019, https://www.dia.mil/News/Speeches-and-Testimonies/ Article-View/Article/1859890/russian-and- chinese-nuclear-modernization-trends/. また、Daryl G. Kimball, “U.S. Questions Russian CTBT Compliance,” Arms Control Today, July/August 2019, p. 20 も参照。
196 Defense Intelligence Agency, “DIA Statement on Lt. Gen. Ashley’s Remarks at Hudson Institute,” June 13, 2019, https://www.dia.mil/News/Speeches-and-Testimonies/Article-View/Article/1875351/dia-statement-on-lt-gen- ashleys-remarks-at-hudson-institute/.
197 Daryl G. Kimball, “U.S. Claims of Illegal Russian Nuclear Testing: Myths, Realities, and Next Steps,” Arms Control Association, August 21, 2019, https://www.armscontrol.org/policy-white-papers/2019-08/us-claims-illegal-russian- nuclear-testing-myths-realities-next-steps.
198 CTBTO, “Media Statement by the Preparatory Commission for the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty Organization (in response to media reports quoting remarks by U.S. Lieutenant General Robert P. Ashley),” May 29, 2019, https://www.ctbto.org/fileadmin/user_upload/statements/2019/Media_statement_CTBTO_29_May_2019. pdf.
199 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.16, March 21, 2019.