コラム 5 今後の NPT体制―2020 年からの運用 検討プロセスを視野に入れつつ
秋山 信将
2020 年は、核兵器不拡散条約(NPT) が発効して 50 周年という記念すべき年であ る。その 50 周年の運用検討会議は、かつて ない危機感の中での開催となる。
5 年前の前回の運用検討会議では、核軍 縮及び中東の非大量破壊兵器地帯をめぐっ て紛糾し、以降、未だ議論の収斂がみられ ない。このことからも、核軍縮、不拡散、 原子力の平和的利用という三本柱を中心と した条約の履行のレビュー評価を盛り込ん だ実質的な内容を伴う最終文書の採択は、 おそらく不可能であろうと予想される。
一方、核軍縮をめぐって国際社会の対立 が深刻化する中、核兵器禁止条約(TPNW) が間もなく発効することは確実である。そ の中で NPT 運用検討会議が何ら成果を残 すことができなければ、TPNW 加盟国は核 軍縮推進活動の軸足を TPNW に移す可能 性も小さくない。その場合、核保有国が入 っていない TPNW を通じて核軍縮を働き かけることの実効性ついての疑問は残るが、 同時に国際社会における核不拡散をめぐる 国際秩序の礎石としての NPT の役割に対 して信頼性の低下を招く懸念もある。
NPT は、国際原子力機関(IAEA)の保 障措置や輸出管理制度をはじめとして、 様々な核不拡散制度設計のための基礎と規 範的な正当性を提供している。現在の輸出 管理体制は、原子力に係る機微な技術を保 持するサプライサイドの規制によって核兵器開発につながるような機微技術の拡散を 抑制する制度設計になっている。しかし、 今後機微技術保有の敷居が下がっていけば、 現行の「サプライサイド」対「ディマンド サイド」という構図が変化し、輸出管理制 度の実効性が低下する懸念もある。核のリ スクを低レベルに抑制し続けていくために は、不拡散制度下の規則や規制の履行及び 履行確保のための強制力に依拠するだけで は不十分であり、各国の核不拡散体制への たゆまざる自発的なコミットメントが一層 重要になってくる。それは、基本的に NPT に対するコミットメントと置き換えても良 いであろう。
もし NPT 運用検討会議が国際社会の多 数から失敗とみなされ、もはや加盟国の多 くが NPT を通じた普遍的な価値(すなわ ち核のリスクの削減を究極的な核兵器の廃 絶)の実現をあきらめてしまえば、NPT へ のコミットメントが低下し、核軍縮だけで なく、核不拡散の分野における政策の実施 にも支障をきたすようになるであろう。まさにそこが、「核兵器不拡散」条約であり ながらも、不拡散に加え核軍縮と原子力の 平和的利用を含む「三本柱」が条約の礎石 として認識されているゆえんである。
そのためにも、今回の運用検討会議では、 1)すべての NPT 加盟国が核不拡散のみならず、核軍縮、原子力の平和的利用を含 めた NPT のグランドバーゲンに改めて強 いコミットメントを示す何らかの目に見え る形の成果(ハイレベルでのステートメン トになるだろうか)と、2)次の運用検討 サイクルの間に核軍縮及び核不拡散におい て内容の伴う前向きな議論ができるように なるための検討課題のあぶり出し作業といった、実質的な議論をすることが最低限の成果として求められるであろう。
(一橋大学国際・公共政策大学院院長)