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国際平和拠点ひろしま

(1) 核物質及び原子力施設の物理的防護

(1) 核物質及び原子力施設の物理的防護
IAEA 核セキュリティシリーズ用語集によれば、核セキュリティとは「核物質、その他の放射性物質、関連する施設、関連する活動を含むか、または指し向けられる犯罪または意図的な不正行為の防止、検知、及び対応」と定義される29。また、核セキュリティ上の脅威とは「核物質、その他の放射性物質またはそれらに関連する施設及び活動に対する犯罪行為及び意図的な不正行為、並びに核セキュリティに悪影響をもたらすと国が判断する他の活動を行う動機、意図、能力を持つ個人または集団」30を指す。核物質及び原子力施設に対する物理的防護要件は、区分Ⅰ核物質(表3-1 参照)の不法移転及び、潜在的に深刻な放射線の影響を生じる可能性のある核物質及び原子力施設への妨害破壊行為(サボタージュ)に対しては設計基礎脅威(DBT)を、そしてその他の核物質及び原子力施設については、国が核セキュリティ上の脅威評価か、あるいはDBT を用いて決定することとされている31。セキュリティの要件に関しても、密封線源、非密封線源、使用されていない線源や廃棄物であるか否かを問わず、すべからく適用されるべきとされ、これは輸送においても当てはまることとなっている32。
IAEA によって2011 年に発表された現時点で最新の「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告」INFCIRC/225/Rev.5 は、物理的防護について悪意ある行為を行う側にとっての「魅力度」、さらには核物質などの不法移転や、関連施設に対する妨害破壊行為がもたらす結果を考慮した上で、リスク管理の原則のもとで等級別手法に基づき、国が必要な物理的防護を行うように勧告した33。

こうした物理的防護のシステムは、無許可立ち入りと標的機器への接近を防ぎ、内部脅威者に与える機会を最小化し、スタンドオフ攻撃(※標的となる原子力施設又は輸送から距離を置いて実行され、敵対者は標的に直接触れる必要がないか、あるいは物理的防護システムを乗り越える必要のない攻撃方法の意)に対しても標的を防護できるよう設計される必要がある34とされる。国による核物質防護体制の目的とは、核物質及びその他の放射性物質が関与する悪意のある行為から、人や財産、社会や環境を防護することにあり、その防護の対象は不法移転、行方不明の核物質の発見と回収、妨害破壊行為及びその影響の緩和または最小化35だとされる。なお、稼働可能な原子炉は全世界に442 基、建造中のものが53 基、計画段階にあるものが110 基、建設が提案されているものが330 基存在している36。
以下表3-1 に示すとおり、IAEA では不法移転に対する物理的防護措置を決定づける要素として、核物質の種類、同位体組成、物理的及び化学的形態、希釈度、放射性レベル及び数量に基づき、悪意ある行為を行う側にとって「魅力度」の高い順に、等級別手法の基礎としての位置づけ37のもとに区分Ⅰから区分Ⅲへと分類している。
核兵器を製造しようというテロリストの視点からすれば、兵器利用可能な核分裂性物質は非常に魅力的な存在になり得る。さらに、ウラン濃縮、並びにプルトニウム生産との関連で濃縮施設や再処理施設の存在自体も、テロリストにとって一定の「魅力度」を有するものと推測できる。そのため、核物質や原子炉、再処理施設の存在が必然的に国の核セキュリティ上のリスクを高めることにつながる可能性があることから、国には一層高いレベルでの防護措置を講じることが求められる。こうした防護措置は、各国の地政学上あるいは国内の治安状況によっても異なるものの、一般的に兵器利用可能な核物質の保有量並びにその貯蔵施設の数は、核セキュリティにかかる取組の重要な評価対象となる。各種の公刊資料によれば、本報告書における調査対象国が保有する兵器利用可能な核分裂性物質の保有量は、表3-2 に示すとおりである。こうした核分裂性物質の保有や分布状況は、市民社会も含めた国際社会の関心事項である一方で、核セキュリティの観点からすれば、一般的にそれらの詳細は各国で機微情報として位置づけられており、必ずしも対外的な透明性が確保されている訳ではない。
公開情報としてのこうした制限は厳然と存在するものの、表3-2 で具体的に記載されていない、しかし国内で一定の核分裂性物質の保有が推定されている国として、以下の国々が挙げられる(2019 年10 月時点)38。
➢ 1t 以上のHEU を保有することが推測される国:カザフスタン(10,427~10,777kg*)、カナダ(1,038kg)
➢ 1kg 以上1t 未満のHEU を保有することが推測される国:豪州(2kg)、イラン(6kg、照射済み)、オランダ(550~650kg)、ノルウェー(1~9kg)、南アフリカ(700~750kg、詳細不明)
➢ 1kg 未満のHEU を保有することが推測される国:シリア(1kg 未満)(「*」:2019 年度に新規で確認されたもの)
なお、かつてはHEU を保有していた国々で、近年、地球的規模脅威削減イニシアティブ(GTRI) の成果として完全にHEUを除去した旨の発表をするケースが目立っている。GTRI による直接の成果を含めて、アルゼンチン、オーストリア、ブラジル、ブルガリア、チリ、コロンビア、チェコ、デンマーク、ジョージア、ガーナ、ギリシャ、ハンガリー、インドネシア、イラク、ジャマイカ、韓国、ラトビア、リビア、メキシコ、ナイジェリア、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、セルビア、スロベニア、スペイン、スウェーデン、スイス、タイ、トルコ、ウクライナ、ウズベキスタン、ベトナムなどがこうした完全なHEU の除去を達成した国として挙げられる39。また、本報告書の調査対象国ではないものの、2019 年時点で国内に一定量のHEU を保有している国として、ベラルーシ(80~280kg)、イタリア(100~119kg)が挙げられる40。

核爆発装置の製造目的での不法移転の防止だけでなく、妨害破壊行為の防止という観点からすれば、ウラン-235 の同位体比が90%以上の兵器級HEU やプルトニウムを保有せずとも、ウラン濃縮施設並びにプルトニウム生産に関連する原子炉や再処理施設を設置していること自体も、それぞれ「魅力度」を高める要因になると考えられる。そのため、調査対象国におけるこれら施設の保有もまた、当該国としての核セキュリティ上のリスクに相応に影響する可能性がある。
IAEA が公開する最新の研究炉データベース(Research Reactor Database: RRDB)41によれば、全世界857 の研究炉のうち、稼働状態(Operational)にある研究炉が223 基(先進国で136 基、発展途上国で87基) 、一時的に稼働停止( Temporary Shutdown)している研究炉が14 基(先進国で10 基、発展途上国で4 基)、建設中(Under Construction)の研究炉が9 基(先進国で4 基、発展途上国で5 基)、将来建設が予定されている(Planned)研究炉が14 基(先進国で2 基、発展途上国で12 基)、閉鎖延期(Extended Shutdown)になった研究炉が13 基(先進国で5 基、発展途上国で8 基)、運用停止(閉鎖)状態(Permanent Shutdown)にある研究炉が58 基(先進国で44 基、発展途上国で14基)、廃止・解体(Decommissioned)になった研究炉が443 基(先進国で413 基、発展途上国で30 基)、解体中(Under Decomissioning)の研究炉が67基(先進国で63 基、発展途上国で4 基)、建設がキャンセルされた研究炉が16 基(先進国で12基、発展途上国で4 基)となっている。前
年度比では研究炉数に増減はないものの、稼働状態の研究炉は4 基減少し、一時的に稼働停止している研究炉は2 基増加、運用停止(閉鎖)状態の研究炉が2 基増加となっている。
一方、濃縮度が20%を超える使用済のHEU 核燃料集合体の数は全世界で20,663体と昨年度、一昨年度から変化していない状況が続いている。濃縮度が90%以上のものは9,532 体あり、これも昨年度と同じ数である42。なお、HEU の濃縮度として2 番目のボリュームゾーンとなっているのは濃縮度40%以下のもので、燃料集合体の数が7,485 体ある。使用済HEU 核燃料集合体に関しては、アフリカ・中東地域に572 体、アジア地域に3,492 体、東欧地域に10,627体、西欧地域に4,273 体、南米地域に85 体、北米地域に1,614 体存在する43。分布上、依然東欧地域が過半数を占める状況にある。これらを踏まえれば、改めて核セキュリティ上のリスクとして、研究炉(原子炉)の稼働状況などにかかわらず、不法移転に加えて、施設に対する妨害破壊行為の防止措置の強化がいかに重要かは明らかだと言えよう。
以下、核爆発装置の製造の観点から一定以上の「魅力度」を有するものとして、本報告書の調査対象国における発電用原子炉、研究炉に加えて、核セキュリティ上も機微の度合いが高いウラン濃縮施設及び再処理施設の保有状況を踏まえ、各国の核燃料サイクル関連活動を表3-3 に取りまとめた。
さらに、IAEA は国の判断によって核物質などの量、種類、組成、移動とアクセスの容易度、核物質やその他の放射性物質の特性に基づき、それぞれリスクを定めて盗取に対する防護措置を講じるように勧告している44。また妨害破壊行為についても、原子力施設、放射性物質取扱施設、核物質やその他の放射性物質を念頭に、国がそれぞれ受容できない放射線の影響やリスク評価を行って、リスクを伴う物質、機器、機能を含む区域を枢要区域に特定するとともに、リスクに応じた防護措置を取るよう勧告している45。
他方、放射性同位体(RI)セキュリティについてもIAEA を中心とした取組が進んでいる。具体的には2009 年と2011 年にIAEAから『核セキュリティシリーズNo.11放射線源のセキュリティ』46や『核セキュリティシリーズNo.14 放射性物質及び関連施設に関する核セキュリティ勧告』47が刊行されたほか、2016 年のワシントン核セキュリティ・サミットでは有志国28 カ国と国際刑事警察機構(INTERPOL)から高レベル密封放射線源へのセキュリティ強化に関するバスケット提案が提出された48。このほか、2018 年には『廃棄された放射線源の管理ガイダンス( Guidance on the Management of Disused Radioactive Sources)』がIAEA から刊行されている49。こうしたRI セキュリティに関連した2019年の多国間での取組の例としては、1 月に東欧と中央アジアを対象とする放射性物質のセキュリティのパイロットトレーニングコースが開催された50。また、IAEA 主催の廃棄された密封放射線源(disused sealed radioactive sources: DSRS)の持続可能管理に関する複数地域プロジェクト会合が4 月にウィーンで開催された。同プロジェクトは南米、アフリカ及び太平洋諸国の11 カ国を支援するものであり、長期的なDSRS 管理協力に向けた作業計画が参加各国の規制当局者や貯蔵施設の事業者らによって検討された51。さらに同月、第8 回となる放射線源のセキュリティに関する作業部会(Working Group on Radioactive Source Security)年次会合がやはりウィーンで開催された52。5 月にはロシアのロスアトム技術アカデミー(Rosatom Tech)において、英語とロシア語による初の2 カ国語でのIAEA 地域実践コースが放射性物質を扱う24 の事業者や各国規制当局関係者らの参加のもとに開催された53。同じく5 月には2005 年にIAEA によって刊行された『放射線源の安全とセキュリティにかかる行動規範: 放射線源の輸入・輸出ガイダンス( Code of Conduct on the Safety and Security of Radioactive Sources: Guidance on the Import and Export of Radioactive Sources)』54のレビュー会合が103 カ国から190 名超の専門家を集め、ウィーンで開催された。同行動規範は137 カ国が政治的な関与を明らかにしているものの、法的拘束力はなく、こうしたレビュー会合が行動規範履行の進捗状況報告や教訓の交換、改善策の議論のために貴重な機会を提供すると評価されている55。


29 IAEA, “Nuclear Security Series Glossary Version 1.3 November 2015 Updated,” p.18.
30 Ibid., p.28.
31 INFCIRC/225/Revision 5, 2011, p.13.
32 IAEA, “Nuclear Security Series No.14 Nuclear Security Recommendations on Radioactive Material and Associated Facilities,” 2011, p.14.
33 IAEA, INFCIRC/225/Rev.5, 2011, paragraph 3.37.
34 Ibid., paragraph 5.14.
35 Ibid., paragraph 2.1.
36 “World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements,” World Nuclear Association, January 2020, https://www.world-nuclear.org/information-library/facts-and-figures/world-nuclear-power-reactors-and-uranium-requireme.aspx.
37 IAEA, “Nuclear Security Series No.13 Nuclear Security Recommendations on Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facilities (INFCIRC/225/Rev.5),” 2011, paragraph 4.5.
38 “Civilian HEU: Who Has What?” Nuclear Threat Initiative, October 2019, https://media.nti.org/documents/heu_who_has_what.pdf; “Civilian HEU Dynamic Map,” Nuclear Threat Initiative, November 2018, https://gmap.nti.org/other_maps/heu/index.html.
39 Ibid.; Chuck Messick, et.al., “Global Threat Reduction Initiative: U.S.-Origin Nuclear Fuel Removals,” U.S.Department of Energy, https://www.energy.gov/sites/prod/files/em/GlobalThreatReductionInitiative.pdf.
40 Ibid.
41 IAEA, “Research Reactor Data Base,” https://nucleus.iaea.org/RRDB/RR/ReactorSearch.aspx?rf=1.
42 IAEA, “Worldwide HEU and LEU Assemblies by Enrichment,” https://nucleus.iaea.org/RRDB/Reports/Contain er.aspx?Id=C2.
43 IAEA, “Regionwise distribution of HEU and LEU,” https://nucleus.iaea.org/RRDB/Reports/Container.aspx? Id=C1.
44 IAEA, “Nuclear Security Series No. 14”
45 Ibid., p.14.
46 IAEA, “Nuclear Security Series No. 11 Security of Radioactive Sources,” 2009.
47 IAEA, “Nuclear Security Series No. 14.”
48 “Joint Statement Strengthening the Security of High Activity Sealed Radioactive Sources (HASS),” 2016 Washington Nuclear Security Summit, March 11, 2016.
49 IAEA, “Guidance on the Management of Disused Radioactive Sources 2018 Edition”.
50 “Pilot Course Based on New Guidance Helps to Increase Security of Radioactive Material in Eastern Europe and Central Asia,” IAEA, January 4, 2019, https://www.iaea.org/newscenter/news/pilot-course-based-on-new-guidance-helps-to-increase-security-of-radioactive-material-in-eastern-europe-and-central-asia.
51 “IAEA Kicks Off Multi-Regional Project on Sustainable Management of Disused Sealed Radioactive Sources,” IAEA, June 14, 2019, https://www.iaea.org/newscenter/news/iaea-kicks-off-multi-regional-project-on-sustainable-management-of-disused-sealed-radioactive-sources.
52 “Looking for More: IAEA and National Experts Discuss Security of Radioactive Sources,” IAEA, April 29, 2019,https://www.iaea.org/newscenter/news/looking-for-more-iaea-and-national-experts-discuss-security-of-radioactive-sources.
53 “First Bilingual Regional Course on Security of Radioactive Material Held in Russia,” IAEA, June 14, 2019,https://www.iaea.org/newscenter/news/first-bilingual-regional-course-on-security-of-radioactive-material-held-in-russia.
54 IAEA, “Guidance on the Import and Export of Radioactive Sources.”
55 “Wider Implementation of IAEA Code of Conduct to Enhance Safety and Security: Review Meeting Concludes,” IAEA, June 11, 2019, https://www.iaea.org/newscenter/news/wider-implementation-of-iaea-code-of-conduct-to-enhance-safety-and-security-review-meeting-concludes.

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