(2) 核兵器のない世界の達成に向けたコミットメント
A) 核兵器のない世界に向けたアプローチ
NPT 前文では、「核軍備競争の停止をで きる限り早期に達成し、及び核軍備の縮小 の方向で効果的な措置をとる意図を宣言し、 この目的の達成についてすべての国が協力 することを要請」している。また同条約第6 条では、「各締約国は、核軍備競争の早 期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国 際管理の下における全面的かつ完全な軍備 縮小に関する条約について、誠実に交渉を 行うことを約束する」と定められている。
「核兵器の廃絶」あるいは「核兵器のな い世界」という目標に公然と反対する国は なく、NPT 運用検討プロセスや国連総会第 一委員会などの場で、核兵器(保有)国も 核軍縮へのコミットメントを繰り返し確認 してきた。しかしながら、そうしたコミッ トメントは「核兵器のない世界」の実現に 向けた核軍縮の着実な実施・推進を必ずし も意味するわけではなく、核軍縮は 2019 年も具体的な進展を見ることなく停滞が続 いた。グテーレス(António Guterres)国 連事務総長も、「国際的な軍備管理アーキ テクチャの主要な構成要素が崩壊しつつある。今日の複雑な国際安全保障環境における軍備管理の新しいビジョンが必要である」 6という強い表現で危機感を表した。
核兵器国のアプローチ
5 核兵器国は、2019 年 1 月に北京で開催 された定例の 5 核兵器国会議で、2009 年の 初回会議以来初めて共同声明を採択せず、 中国外務省報道官が記者会見で、以下の 3 点で重要なコンセンサスがあったと発表す るにとどまった7。
➢ 世界の平和と安全保障に対する責任の 共有を約束。それぞれの戦略的意図を 客観的に見ること、核政策・戦略にか かる意見交換を強化すること、相互信 頼を強化すること、共通の安全保障を 守ることに合意。
➢ NPTメカニズムを共同で支えることを 約束。NPTを包括的に履行すること、 核兵器のない世界の目標を漸進的に達 成すること、政治的・外交的手段を通 じて核不拡散問題を解決すべく全力を 尽くすこと、原子力の平和利用におけ る国際協力を促進することに合意。
➢ 対話及び協調を維持するための協力の プラットフォームを十分に活用し続け ることを約束。2020年NPT運用検討会 議の成功のために運用検討プロセスに おける戦略対話を維持し、協調を強化 することに合意。
2019 年の NPT 運用検討会議準備委員会 (以下、NPT 準備委員会)でも 5 核兵器国 を代表して中国が演説し、5 核兵器国会議
以降の成果として、核問題の用語集に関す る作業部会第 2 フェーズを開始したこと、 東南アジア非核兵器地帯条約議定書に関し て東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国と の関与を再開したこと、非核兵器国と積極 的に関与したこと、NPT 体制強化に積極的 に取り組んだこと、並びに第二回首席代表 会合を準備委員会の直前に開催したことを 紹介した。また、その首席代表会合では、 2020 年 NPT 運用検討会議で核政策・ドク トリンに関するサイドイベントの開催を追 求すること、非核兵器地帯問題に関して ASEAN 諸国との関与を刷新すること、核 問題に関する用語集を 2020 年運用検討会 議に提出すべく中国のリーダーシップを支 えること、兵器用核分裂性物質生産禁止条 約(FMCT)関連の技術的問題に関してジ ュネーブ軍縮会議(CD)で実質的な議論 を進めることなどが、協力の次のステップ として合意されたことも紹介された8。
核兵器国はそれぞれ個別でも、NPT 第 6 条のもとでの核軍縮義務を遵守していると いった発言を 2019 年 NPT 準備委員会でも 繰り返した。たとえば、中国は同委員会に 提出した作業文書で、世界的な戦略的安定 の維持、並びにいずれの国にとっても毀損 されない安全保障の原則のもとで、段階的 削減のステップを取ることを求めるととも に、最大の核戦力を保有する国が大幅な削 減を検証可能で不可逆的かつ法的拘束力の ある形で行うことが、他の核兵器国が核軍縮の多国間交渉に参加する必要条件だとい う従来からの主張を繰り返した9。
ロシア及び米国が強調したのは、それぞ れ冷戦のピーク時から85%以上の核戦力を 削減しており、NPT上の核軍縮義務を遵守 しているとの立場であった。そのうえでロ シアは、核軍縮は現実的措置を通じて徐々 に実施していかなければならず、戦略的安 定にネガティブな影響を与えないようにす べきであり、「戦略的現実と正当な安全保 障利益を考慮することなく、無条件に核兵 器を放棄するよう核兵器国に強いる試みは、 逆効果だ」と主張した10。またロシアは、 米国の中距離核戦力全廃条約(INF条約) 脱退問題などを念頭に置きつつ、「数十年 にわたる軍縮アーキテクチャの弱体化の試 みに強く反対しなければならない」、ある いは「世界的なミサイル防衛システムの開 発・配備という米国の一方的行動の、不安 定化を招く影響に高い注意を払うべきであ る」など、対米批判に軸足を置いた主張を 展開した11。ロシアは、国連総会決議「軍 備管理、軍縮及び不拡散条約・協定システ ムの強化及び発展(Strengthening and developing the system of arms control, dis- armament and non-proliferation treaties and agreements)」を提案し、米国を含む賛成179、棄権3(ウクライナ、ジョージア、パ ラオ)で採択された12。
米国は、「核軍縮検証のための国際パー トナーシップ(IPNDV)」を主導するなど 核軍縮への取組を強調する一方、フォード (Christopher A. Ford)米国務次官補は英 議会での公聴会で、NPTの「『三本柱』の 構成はNPTに本来的に内在するものでも、 もともとの理解の一部であったわけでもな い。…NPTの概念的・構造的中核は不拡散 で、これが核軍縮と平和利用の2つの支援 構造に支えられた基礎である」13と述べ、 NPTの三本柱、あるいは(非核兵器国が核 不拡散を遵守する見返りとして核兵器国が 核軍縮をするという)「核の取引」に対す る否定的な見解を示した。
NPT外の核保有国では、インドが国連総 会第一委員会で、「普遍的なコミットメン ト、並びに世界的かつ非差別的な合意され た多国間枠組みによって支持されたステッ プ」14 として、核兵器国及び非同盟運動 (NAM)諸国の双方のアプローチを融合 させるかのようなアプローチを示した。パ キスタンは、「普遍的かつ検証可能で非差 別的な方法で達成される核兵器のない世界 の目標にコミット」しており、「このプロ セスの目的は、可能な限り最小限の軍事力 のレベルで毀損されない安全保障とすべきである」と主張した15。またパキスタン首 相は、インドが核兵器を放棄するのであれ ば、自国も同様に放棄すると発言した16。
核軍縮環境創出アプローチ(CEND)
核軍縮に向けたアプローチとして2019年 に動向が注目されたものの1つが、米国の 提唱する「核軍縮環境創出アプローチ ( Creating an Environment for Nuclear Disarmament: CEND)」―核軍縮の前進 には国際安全保障環境の改善が必要だとし て米国が2018年NPT準備委員会で提示した 「核軍縮条件創出アプローチ(CCND)」 を改称したもの17―である。2019年NPT準 備委員会では、「安全かつ持続可能な核兵 器のない未来に向けた進展を妨げる安全保 障環境を改善する方法を模索する新しい対 話を発展させている」と述べ、冷戦後に軍 縮の進展を「可能にした好条件はもはや当 てはまらないため、これらの挑戦の解決を 助ける新しい軍縮の言説を構築する時が来 た」とした18。また米国は、環境創設作業部会(CEWG)を主催し、その第1回全体 会合を開催すると発表した。会議の目的と して米国が挙げたのは、国際安全保障環境 において軍縮の一層の前進を阻害する要因 を特定すること、並びに2020年NPT運用検 討会議における成功裏の結果に貢献できる ような軍縮のより現実的なアプローチを構 築することであり、議論の焦点には、核へ のインセンティブを低減すべく安全保障環 境を変えるための措置、不拡散努力を強化 し、核軍縮における信頼を構築すべく導入 できる制度やプロセス、並びに核保有国間 の戦争の可能性を低減するための暫定的措 置を挙げた19。
CEWG第1回全体会合は7月2~3日に開催 され、主催の米国に招待された42カ国(5 核兵器国、NPT非締約国、米国の同盟国、 核兵器禁止条約(TPNW)推進国など)20 が参加した。米国政府は会議の模様につい て明らかにしていないが、参加国は上記の 3つの議題のもとで議論を行った21。11月には英国で作業部会が開催され、31カ国が参 加して同じ議題に関して議論がなされた22。
米国によるCENDの提唱には、一部の NAM諸国から厳しい批判も見られた。た とえばイランは、「(NPT)第6条のもと での核軍縮義務に条件(conditionality)を 設定し、その規定、並びに過去の運用検討 会議で合意された核軍縮関連義務を再解釈 することを目的とするCCNDのような米国 の概念に対して、2020年運用検討会議で強 く拒否すべきである。我々は、我々自身の CCND、すなわち包括的核軍縮条約 ( Comprehensive Convention on Nuclear Disarmament)に向けて精力的に進まなけ ればならない」と発言した23。
非核兵器国のアプローチ
核軍縮へのアプローチについて、5核兵 器国がステップ・バイ・ステップ(step- by-step)アプローチを主張するのに対して、 米国と同盟関係にあり拡大核抑止(核の傘) を供与される非核兵器国(核傘下国)が 「ブロック積み上げ(building blocks)ア プローチ」に基づく「前進的アプローチ (progressive approach)」を、またNAM 諸国が「時限的・段階的(time-boundphased)アプローチ」をそれぞれ提唱してきた。
2019年NPT準備委員会では、新アジェン ダ連合(NAC:ブラジル、エジプト、アイ ルランド、メキシコ、ニュージーランド、 南アフリカ)が、すべての締約国は(第6 条を含む)NPTの義務を遵守する責任があ ると繰り返し言及するとともに、核リスク 及び人道的結末、世界的安全保障環境及び 核軍縮について論じ、出発点として過去の NPT運用検討会議でなされたすべてのコミ ットメントの有効性を繰り返すこと、不可 逆性、検証可能性及び透明性という核軍縮 の原則を繰り返し、それらの適切な適用を 求めること、並びに「核戦争に勝者はなく、 決して戦われてはならない」ことを再確認 することなどを2020年のNPT運用検討会議 で行うよう提案した24。
NAM諸国は、改めて「核兵器を特定の 時限付きで完全に廃絶するための段階的な プログラムを交渉し、結論を導く緊急の必 要性」25を主張し、2020~2035年を5年ご とに3フェーズに区分し、核兵器の廃絶に向けて実施されるべき具体的措置を提案し た26。
日本は、以下のように発言した27。 唯一の戦争被爆国として,我が国は誰 よりも核兵器の使用の壊滅的な結末を 深く理解しています。核兵器の廃絶の ために国際社会に被爆の実相を伝えて きた,被爆地・被爆者の長年のたゆま ぬ努力に,この場を借りて敬意を表明 します。 一方で,国民の生命・財産を保護する ことは主権国家の当然の責務です。人 道と安全保障の両方に対する考慮を踏 まえ,日本は,核軍縮と安全保障を同 時に追求する努力をしていきます。 安全保障環境の悪化,核軍縮に関する 見解の相違,核兵器及びその他の大量 破壊兵器の拡散の脅威の増大といった 厳しい状況に,現在直面しています。 このような背景から,核兵器国と非核 兵器国双方の協力を得て,現実的な取 組を再開しなくてはなりません。
また、「核軍縮の実質的な進展のための 賢人会議」による「京都アピール」が、 「議論における礼節と尊重を再構築し,核 軍備管理及び脅威削減に関する協力の慣行 を取り戻すことが,より安定的で,安全で, 繁栄した世界のための確固たる基盤として 求められると強調した上で,13の勧告を提 示した」ことを紹介した28。
飛び石アプローチ
2019年にもう1つ注目されたのが、スウ ェーデンによる「飛び石(stepping stone) アプローチ」の提案であった。スウェーデ ンは2019年NPT準備委員会に提出した作業 文書で、「現状が国際社会の将来の安定に 極めて危険であり、『行動可能な』実施措 置が必要」であり、「飛び石アプローチは 実際的かつ短期間で達成可能な核軍縮のコ ミットメントに対する政治的支持を確立す るためのプロセスを提供する」ものだと位置づけた。そのうえで、核兵器の重要性の 低減、協力の慣習の再構築、核リスクの低 減、及び透明性・管理の強化という4つの 原則のもとで「飛び石」として具体的措置 を列挙した。このうち、核リスク低減に関 しては危機コミュニケーション・チャネル の改善、核・通常運搬手段の明確な分別、 サイバー攻撃に対する指揮統制の脆弱性低 減、非戦略核弾頭の非配備、核兵器使用の意思決定時間の延長を、また透明性に関し ては核戦力やその近代化、核分裂性物質の ストック・余剰の報告などを提言した29。
同年6月にはスウェーデン主催の「核軍 縮とNPTに関するストックホルム会合」が 開催された。会合には16の非核兵器国30が 参加し、2020年NPT運用検討会議に向けて、以下のような主張・議論を記した共同宣言 を採択した31。
➢ 「今後起き得る潜在的な核軍拡競争は、 だれにとっての利益にもならず、回避 されなければならない」。
➢ 「飛び石アプローチは野心的だが現実 的である。我々は2020年に、世界的な 軍縮・不拡散体制の礎石としてのNPT の役割を再確認するという成果を模索 している。特に1995年、2000年及び 2010年の一連の運用検討会議において なされたコミットメントに基づき、条 約第6条の履行のための飛び石を特定 することにより、そのことに真の意味 を与えるべきである」。
➢ 「世界の安全保障環境が一層厳しいものであることを認識し、より透明性が あり責任ある宣言政策、ドクトリン及 び政策における核兵器の役割の低減の ための措置、透明性を強化し、あらゆ る核兵器の使用のリスクを低減する方 途、強化された消極的安全保証、核軍 縮検証措置の取組、核分裂性物質の生 産を扱う重要性を含む、多岐にわたる 問題が議論された」。
B) 日本、新アジェンダ連合(NAC)及び非 同盟運動(NAM)諸国などがそれぞれ提案 する核軍縮に関する国連総会決議への投票行動
2019 年の国連総会では、例年どおり核軍 縮に関する 3 つの決議、すなわち日本がイニシアティブを取る「核兵器のない世界に 向けた共同行動の指針と未来志向の対話 (Joint courses of action and future-oriented dialogue towards a world without nuclear weapons)」32、NAC などが提案する「核 兵器のない世界に向けて:核軍縮コミット メントの履行の加速(Towards a nuclear- weapon-free world: accelerating the imple- mentation of nuclear disarmament commit- ments)」33、及び NAM 諸国による「核軍 縮(Nuclear disarmament)」34がそれぞれ 採択された。これらの 3 つの決議について、 本報告書での調査対象国による 2019 年国 連総会での投票行動は下記のとおりである。
➢ 核兵器のない世界に向けた共同行動の指針と未来志向の対話
提案: 豪州、ベルギー、カナダ、日本、 オランダ、ノルウェー、ポーランド、 スウェーデン、UAE、英国など
賛成 160(豪州、ベルギー、カナダ、 チリ、フランス、ドイツ、インドネシ ア、日本、カザフスタン、オランダ、 ノルウェー、フィリピン、ポーランド、 サウジアラビア、スウェーデン、スイ ス、トルコ、UAE、英国など)、反対 4(中国、北朝鮮、ロシア、シリア)、 棄権 21(オーストリア、ブラジル、エ ジプト、インド、イラン、イスラエル、 韓国、メキシコ、ニュージーランド、 パキスタン、南アフリカ、米国など) ―ナイジェリアは投票せず
➢ 核兵器のない世界に向けて:核軍縮コミ ットメントの履行の加速
提案:オーストリア、ブラジル、エジ プト、メキシコ、ニュージーランド、 フィリピン、南アフリカなど
賛成 137(オーストリア、ブラジル、 チリ、エジプト、インドネシア、イラ ン、カザフスタン、メキシコ、ニュー ジーランド、ナイジェリア、フィリピ ン、サウジアラビア、南アフリカ、ス ウェーデン、スイス、シリア、UAE な ど)、反対 33(ベルギー、中国、フラ ンス、ドイツ、インド、イスラエル、 オランダ、ノルウェー、ポーランド、 ロシア、トルコ、英国、米国など)、 棄権 16(豪州、カナダ、日本、北朝鮮、 韓国、パキスタンなど)
➢ 核軍縮
提案:インドネシア、カザフスタン、フィリピンなど
賛成 120(ブラジル、チリ、中国、エジプト、インドネシア、イラン、カザ フスタン、メキシコ、ナイジェリア、 フィリピン、サウジアラビア、シリア、 UAE など)、反対 41(豪州、ベルギ ー、カナダ、フランス、ドイツ、イス ラエル、韓国、オランダ、ノルウェー、 ポーランド、ロシア、スイス、トルコ、 英国、米国など)、棄権 22(オースト リア、インド、日本、北朝鮮、ニュージーランド、パキスタン、南アフリカ、スウェーデンなど)
日本のイニシアティブによる決議は、昨年までの「核兵器の全面的廃絶に向けた新 たな決意の下での共同行動(United action with renewed determination towards the total elimination of nuclear weapons)」か らタイトルが変わった。内容も、以前の決 議と比べて簡素になり、核兵器国による透 明性及び信頼醸成の向上、核リスクの低減、 兵器用核分裂性物質の生産モラトリアム、 包括的核実験禁止条約(CTBT)署名・批 准、核軍縮検証への貢献、軍縮・不拡散教 育の促進といった、比較的短期的に着手可 能な措置を「共同行動の指針」として挙げ るとともに、核軍縮の前進のために「未来 志向の対話」を求める―「核兵器のない世 界の実現に向けては様々なアプローチが存 在し、すべての国の間の信頼醸成が必要」 ―ものとなった。この決議に対しては、核 兵器国のうちフランス(昨年は棄権)及び 英国が賛成する一方で、米国35は棄権し、 中国36 及びロシアは反対した。また、 TPNW 推進国などの非核兵器国が、核軍縮 の一部の課題のみを確認し、過去の NPT 運用検討会議でなされた合意からの離脱を 示唆するものだとして、棄権した。たとえ ばニュージーランドは投票行動説明で、核軍縮に向けた断固としたアプローチから遠 ざかるとのシグナルを与えた前年の決議の ようにならないことを望んでいたが、そう はならなかったとの強い不満を表明した37。 またメキシコも、「いくつかのパラグラフ で用いられた文言は、特に NPT 第 6 条に ついて、NPT で採択された過去の合意を再 解釈している」38と批判した。日本提案の 決議に対しては、核軍縮の一部の課題のみ を確認し、米露核軍備管理条約や TPNW への言及がないこと、並びに核兵器の非人 道性について「深い憂慮」という表現が削 除されたことなども批判された39。
C) 核兵器の非人道的結末
2015 年 NPT 運用検討会議以降、オース トリアなどが主導する「人道グループ」は、 核兵器の非人道性と、これを基盤とした核 兵器の法的禁止に向けて、NPT 運用検討プ ロセスや国連総会に提出した共同声明、並 びに 2013~14 年に開催した 3 回の核兵器 の人道的影響に関する国際会議などを通じ て、積極的に主張及び行動を展開していっ た。その結果が、2017 年の TPNW 採択で あった。
人道グループは、前年に続いて 2019 年 NPT 準備委員会に核兵器の非人道性に関す る作業文書を提出し(オーストリア、ブラ ジル、チリ、エジプト、インドネシア、メ キシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、 フィリピン、南アフリカなど)、前年と同様に、核兵器の非人道性にかかる認識を一層強化するために取り組むこと、核兵器国は核兵器爆発のリスクを低減するために緊急に暫定的措置を講じることなどを求めるとともに、核兵器の非人道的な結末に関する新たな証拠は、核兵器が国際法に照らして使用できないという見方を強めたこと、並びに核兵器使用のリスクは核兵器の完全な廃絶と核兵器のない世界の維持を通じてのみ回避可能であることといった認識を示 した40。
核兵器国は、核兵器の非人道的側面に関 する議論に当初より積極的ではなかったが (それでも英国及び米国は第 3 回核兵器の 人道的影響に関する国際会議に出席した)、 人道グループが核兵器の法的禁止を公式に 追求し始めると、この問題からさらに距離 を置いた。たとえば、核兵器国は、NPT 運 用検討会議及びその準備委員会に提出した 文書に、「人道的(humanitarian)」とい う言葉を用いていない。
日本が主導してきた核軍縮に関する国連 総会決議に関しては、2016 年までの「核兵器のあらゆる使用による壊滅的な人道的結 末についての深い懸念」という一文から、 2017 年及び 2018 年の決議で「あらゆる」という言葉が削除され、さらに 2019 年の 決議では、「深い憂慮」という表現も削除 された。また、2018 年の決議で記されてい た、「核兵器使用の非人道的結末について の深い懸念が,核兵器のない世界に向けたすべての国による努力を下支えする主要な 要素であり続けている」との一文は、2019 年の決議には盛り込まれていない。
2019 年の国連総会では、人道グループな どが共同提案国となり、前年に続いて決議 「核兵器の非人道的結末(Humanitarian consequences of nuclear weapons)」41が採 択された。投票行動は下記のとおりである。
➢ 核兵器の非人道的結末
提案:オーストリア、ブラジル、チリ、 エジプト、インドネシア、メキシコ、 ニュージーランド、ナイジェリア、フ ィリピン、南アフリカ、スウェーデン、 スイスなど
賛成 144(オーストリア、ブラジル、 チリ、エジプト、インド、インドネシ ア、イラン、日本、カザフスタン、メ キシコ、ニュージーランド、ナイジェ リア、フィリピン、サウジアラビア、 南アフリカ、スウェーデン、スイス、 シリア、UAE など)、反対 13(フラ ンス、イスラエル、韓国、ポーランド、 ロシア、英国、米国など)、棄権 28 (豪州、ベルギー、カナダ、中国、北 朝鮮、ドイツ、オランダ、ノルウェー、 パキスタン、トルコなど)
さらに、南アフリカが主導して採択され た決議「核兵器のない世界の倫理的重要性 (Ethical imperatives for a nuclear-weapon- free world)」42への投票行動は下記のとお りである。
➢ 核兵器のない世界の倫理的重要性
提案:オーストリア、ブラジル、チリ、 エジプト、インドネシア、メキシコ、 ナイジェリア、フィリピン、南アフリ カなど
賛成 135(オーストリア、ブラジル、 チリ、エジプト、インドネシア、イラ ン、カザフスタン、メキシコ、ニュー ジーランド、ナイジェリア、フィリピ ン、サウジアラビア、南アフリカ、シ リア、UAE など)、反対 37(豪州、 ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、 イスラエル、韓国、オランダ、ノルウ ェー、ポーランド、ロシア、トルコ、 英国、米国など)、棄権 13(中国、イ ンド、日本、北朝鮮、パキスタン、ス ウェーデン、スイスなど)
6 “UN: Global Arms Control Architecture ‘Collapsing,’” AFP, February 25, 2019, https://www.voanews.com/europe/ un-global-arms-control-architecture-collapsing.
7 Ministry of Foreign Affairs of China, “Foreign Ministry Spokesperson Geng Shuang’s Regular Press Conference,” January 31, 2019, https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/t1634507.shtml.
8 “Statement by China, on Behalf of the P5 States,” General Debate, the Third Session of the Preparatory Committee for the 2020 NPT Review Conference (2019 NPT PrepCom), May 1, 2019.
9 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.40, April 26, 2019.
10 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.6, March 15, 2019.
11 Ibid.
12 A/RES/74/66, December 12, 2019.
13 Christopher Ford, “The Structure and Future of the Nuclear Nonproliferation Treaty,” International Relations Committee, House of Lord, December 12, 2018, https://www.parliament.uk/documents/lords-committees/ International-Relations-Committee/foreign-policy-in-a-changing-world/Dr-Christopher-Ford-Assistant-Secretary- Bureau-International-Security-Nonproliferation-US-StateDept.pdf.
14 “Statement by India,” First Committee, UNGA, October 22, 2019.
15 “Statement by Pakistan,” First Committee, General Debate, UNGA, October 16, 2019.
16 “Nuclear War is not an Option; Pakistan Would Give Up its Weapons, If India Did: Imran Khan,” APP, July 23 2019, https://www.app.com.pk/nuclear-war-is-not-an-option-pakistan-would-give-up-its-weapons-if-india-did-imr an-khan/.
17 ポッター(William C. Potter)はこの点について、「条件(condition)」が核軍縮の「条件付け」を意味するも のと捉えた多くの非核兵器国からの批判に対応したものであったとしている。William C. Potter, “Taking the Pulse at the Inaugural Meeting of the CEND Initiative,” James Martin Center for Nonproliferation Studies, July 15, 2019, https://www.nonproliferation.org/taking-the-pulse-at-the-inaugural-meeting-of-the-cend-initiative/.
18 “Statement by the United States,” General Debate, 2019 NPT PrepCom, April 29, 2019.
19 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.43, April 26, 2019.
20 米国務省のホームページでは「40 カ国以上」とされているが、ポッターによれば、会合で配布されたリストに は、豪州、オーストリア、ブラジル、カナダ、チリ、中国、エジプト、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、 イスラエル、日本、カザフスタン、韓国、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、パキスタン、 フィリピン、ポーランド、ロシア、 スウェーデン、スイス、トルコ、ウクライナ、UAE、英国、米国などの 42 カ 国が挙げられていた。Potter, “Taking the Pulse at the Inaugural Meeting of the CEND Initiative.”
21 第 1 回全体会合に関しては、Ibid.; Shannon Bugos, “U.S. Hosts Nuclear Disarmament Working Group,” Arms Control Today, Vol. 49, No. 7 (September 2019), p. 37 を参照。3 つのグループではそれぞれ、シンクタンクに所属 する有識者がモデレーターを務めた。
22 Christopher Ford, “Moving Forward with the CEND Initiative,” Creating an Environment for Nuclear Disarmament (CEND) Working Group, Wilton Park, United Kingdom, November 20, 2019, https://www.state.gov/moving- forward-with-the-cend-initiative/ を参照。
23 “Statement by Iran,” Cluster 1, 2019 NPT PrepCom, May 2, 2019. また、同盟国を含む非核兵器国には、米国が CEND を通じて、過去の NPT 運用検討会議で核兵器国を含む締約国が合意してきた核軍縮措置やコミットメント からの離脱を試みているのではないかとの懸念もあると分析したものとして、 Lyndon Burford, Oliver Meier and Nick Ritchie, “Sidetrack or Kickstart? How to Respond to the US Proposal on Nuclear Disarmament,” Bulletin of the Atomic Scientists, April 19, 2019, https://thebulletin.org/2019/04/sidetrack-or-kickstart-how-to-respond-to-the-us- proposal-on-nuclear-disarmament/; Paul Meyer, “Creating an Environment for Nuclear Disarmament: Striding Forward or Stepping Back?” Arms Control Today, April 2019, https://www.armscontrol.org/act/2019-04/features/ creating-environment-nuclear-disarmament-striding-forward-stepping-back を参照。
24 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.35, April 26, 2019.
25 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.12, March 21, 2019.
26 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.10, March 21, 2019.
27 “Statement by Japan,” General Debate, 2019 NPT PrepCom, April 29, 2019.
28 Ibid.
29 NPT/CONF.2020/PC.III/WP33, April 25, 2019.
30 参加したのはアルゼンチン、カナダ、エチオピア、フィンランド、ドイツ、インドネシア、日本、ヨルダン、カ ザフスタン、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、スペイン、スウェーデン(議長)、スイス。
31 “Ministerial Declaration,” The Stockholm Ministerial Meeting on Nuclear Disarmament and the Non-Proliferation Treaty, June 11, 2019, https://www.government.se/statements/2019/06/the-stockholm-ministerial-meeting-on- nuclear-disarmament-and-the-non-proliferation-treaty/.
32 A/RES/74/63, December 12, 2019.
33 A/RES/74/46, December 12, 2019.
34 A/RES/74/45, December 12, 2019.
35 米国は第一委員会での投票行動の説明(explanation of vote)で、決議案を支持できなかったものの、本文を簡 素化し、将来に焦点を当てたことに謝意を表明するとともに、核軍縮と安全保障の関係に関して率直な対話を促し たことに満足しているとした。John Bravaco, Acting Head of U.S. Delegation, “Explanation of Vote, After the Vote on L.47, ‘Joint Courses of Action and Future-oriented Dialogue towards a world without nuclear weapons,’” First Committee, UNGA, November 4, 2019.
36 中国は第一委員会での投票行動に関して、被爆地訪問のアイディアを拒否するとし、広島・長崎の人々に共感す るものの、訪問招請よりも、歴史に学び、いかにして悲劇を防ぐかのほうがより重要だと発言した。United Nations, “First Committee Sends 19 Resolutions, Decisions to General Assembly, Issuing Strong Calls for Clearing Path towards Nuclear-Weapon-Free World,” Meeting Coverage, November 1, 2019, https://www.un.org/press/en/ 2019/gadis3640.doc.htm.
37 New Zealand, “Explanation of Vote on L.47,” November 4, 2019.
38 United Nations, “First Committee Sends 19 Resolutions.” November 1, 2019.
39 川崎哲「合意の反故に手を貸し、非人道性の表現弱める―日本の『核廃絶』国連決議案の問題点」2019 年 10 月 25 日、https://kawasakiakira.net/2019/10/25/2019ungajapanres/ などを参照。
40 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.44, April 26, 2019.
41 A/RES/74/42, December 12, 2019.
42 A/RES/74/47, December 12, 2019.