(6) 警戒態勢の低減、あるいは核兵器使用を決定するまでの時間の最大限化
核兵器の警戒態勢に関して、2021 年には核保有国の政策に大きな変化は見られなかった170。米国及びロシアの戦略核弾道ミサイルは、警報即発射(LOW)あるいは攻撃下発射(LUA)といった高い警戒態勢に置かれている171。米露以外では、英国の40発及びフランスの80 発の核兵器が、SSBNの常時哨戒のもとで、米露のものよりは低い警戒態勢に置かれている172。
中国は、通常は核弾頭と運搬手段を切り離して保管しており、即時発射の態勢を採用していないと考えられてきた。しかしながら、米国は近年、中国が新型のMIRV 化ICBM、SSBN 及びSLBM の導入、さらにはロシアの協力による早期警戒システムの構築に伴い、そうした政策を変更しつつあるのではないかと指摘してきた。2021 年4月にはリチャード米戦略軍司令官が米上院軍事委員会公聴会で、中国は「戦力の大部分を平時の状態に維持しているが、核戦力の一部をLOW 態勢に移行し、限定的な『厳戒態勢』戦略を採用していることを示唆する証拠が増えている」173と証言した。また、国務省の関係者は、中国が2017 年以降、LOW を含む演習を行っており、現在では少なくとも1 基の衛星を軌道上に展開してLOW 態勢をとっていると述べたと報じられた174。米国防総省の中国の軍事力に関する年次報告書でも、「中国人民解放軍(PLA)は、敵の先制攻撃が爆発する前に、ミサイル攻撃の警告が反撃につながる『早期警報反撃』と称されるLOW 態勢を実施している」175との分析を明記した。こうした米国の主張に対して、中国は、警戒態勢を含む核態勢に変化はないことを繰り返し明言している。
他の核保有国の動向は明らかではないが、インドは即時発射の態勢は採っていないと見られる。パキスタンは2014 年2 月に、核兵器を含むすべての兵器は首相を長とする国家司令部(National Command Authority)の管理下にあり、インドとの危機時にも核戦力使用の権限を前線の指揮官には移譲しないことを確認した176。北朝鮮については2020 年5 月に、朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議で、「核戦争抑止力をさらに高め、軍事力の構築と発展のための一般的な要件に沿って、戦略的軍事力を高度な警戒運用に置くための新たな政策が打ち出された」177と報じられたが、その具体的な措置や実効性は定かではない。
警戒態勢の低減については、多くの非核兵器国が核兵器国に求めてきた。なかでもNPT 運用検討プロセスでチリ、マレーシア、ナイジェリア、ニュージーランド、スウェーデン及びスイスが「警戒態勢解除グループ」を形成し、積極的に提案してきた178。
警戒態勢の低減・解除が提案される目的の1 つには、事故による、あるいは偶発的な核兵器の使用の防止が挙げられてきた。そうした核兵器の意図せざる使用のリスクを低減するために緊急のステップを講じることなどを求めた国連総会決議「核兵器の危険性の低減」179は125 カ国の賛成で採択されたが、50 カ国(豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、スイス、トルコ、英国、米国など)が反対、14 カ国(中国、日本、北朝鮮、パキスタン、ロシアなど)が棄権した。
警戒態勢に関連する問題として、米国ではトランプ政権末期に、核兵器使用の決定に関する権限のあり方が議論となっていた。2021 年1 月、大統領選挙の結果に不満を持つトランプ支持者が選挙の不正を訴えて議会議事堂を襲撃した際に、ペロシ(Nancy Pelosi)下院議長が民主党議員にあてた書簡で、「不安定な大統領が軍事行動を開始したり、(核ミサイルの)発射コードにアクセスして核攻撃を指示したりするのを阻止する予防措置をミリー(Mark Milley)統合参謀本部議長と協議した」ことを明らかにした180。ウッドワード(Bob Woodward)とコスタ(Robert Costa)の著書によると、ミリーは1 月8 日、国家軍事司令センターを担当する軍高官に、自分が関与しない限り誰の命令も受けないように指示したという。トランプ大統領が「暴走」し、核攻撃を命令する可能性があることを、ミリーは心配していたと著者らは記述している181。
米議会調査局の報告書によれば、「米大統領は、米国の核兵器の使用を承認する唯一の権限を持っている。この権限は、最高司令官としての憲法上の役割に内在している。大統領は軍事顧問に助言を求めることができ、その顧問は核兵器使用を許可する命令を伝達し、実行することが求められる。しかしながら、…軍事顧問の仕事は助言を与えることであり、発射を命令する権限は大統領にある」182。また、「核兵器の発射命令に軍事顧問や米国議会の同意は必要なく、軍部も議会もこれらの命令を覆すことはできない」183。米戦略軍のリチャード司令官は、米国が何十年にもわたって導入してきたシステムの変更を推奨するつもりはないと述べるとともに「与えられた合法的な命令には従うが、違法な命令には従わない」184とした。他方、核兵器の使用許可権限を、大統領だけでなく複数の関係者の関与を必要とするプロセスに変更すべきだという意見もある185。
170 各国の政策については、『ひろしまレポート2017 年版』を参照。
171 Hans M. Kristensen, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons,” Presentation to NPT PrepCom Side Event, Geneva, April 24, 2013; Hans M. Kristensen and Matthew McKinzie, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons,” United Nations Institute for Disarmament Research, 2012.
172 Kristensen, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons”; Kristensen and McKinzie, “Reducing Alert Rates of
Nuclear Weapons” を参照。
173 Richard, “Testimony.”
174 Kristensen and Korda, “China’s Nuclear Missile Silo Expansion.”
175 The U.S. Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2021, p. 93.
176 Elaine M. Grossman, “Pakistani Leaders to Retain Nuclear-arms Authority in Crises: Senior Official,” Global Security Newswire, February 27, 2014, http://www.nti.org/gsn/article/pakistani-leaders-retain-nuclear-arms-authority-crises-senior-official/.
177 “Supreme Leader Kim Jong Un Guides Enlarged Meeting of WPK Central Military Commission,” KCNA, May 24, 2020, http://www.kcna.co.jp/item/2020/202005/news24/20200524-01ee.html.
178 2019 年NPT 準備委員会でも、警戒態勢解除の重要性を論じたうえで、核兵器国に対して、核兵器システムの運用態勢を直ちに低減するための措置を採ること、並びに2020〜2025 年の運用検討サイクルの間に核兵器の運用態勢に関する定期報告を提供することを求めた。NPT/CONF.2020/PC.III/WP23, April 12, 2019.
179 A/RES/76/27, December 6, 2021.
180 Connor O’Brien and Jacqueline Feldscher, “Pelosi Asks Top General about Preventing Trump from Launching Nukes,” Politico, January 8, 2021, https://www.politico.com/news/2021/01/08/pelosi-trump-take-away-nuclearcodes-456529.
181 Jamie Gangel, Jeremy Herb and Elizabeth Stuart, “Woodward/Costa Book: Worried Trump Could ‘Go Rogue,’Milley Took Secret Action to Protect Nuclear Weapons,” CNN, September 14, 2021, https://www.cnn.com/2021/09/14/politics/woodward-book-trump-nuclear/index.html.
182 Amy F. Woolf, “Defense Primer: Command and Control of Nuclear Forces,” In Focus, Congressional Research Service, December 3, 2020, p. 1.
183 Ibid.
184 Gina Harkins and Oriana Pawlyk, “The Military Can’t Legally Curb a President’s Access to Nuclear Codes, Experts Say,” Yahoo News, January 9, 2021, https://news.yahoo.com/military-t-legally-curb-president-194354922.html.
185 See, for instance, David S. Jonas and Bryn McWhorter, “Nuclear Launch Authority: Too Big a Decision for Just the President,” Arms Control Today, Vol. 51, No. 5 (June 2021), https://www.armscontrol.org/act/2021-06/features/nuclear-launch-authority-too-big-decision-just-president.