概要―2021 年の主な動向
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、核問題にも様々な側面から大きな影響を与えた。なかでも、2020 年4〜5 月の開催が予定されていた核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議が、2022 年1 月までに4 回の延期に見舞われ、同年8 月の開催が検討されることとなった。このほかにも、様々な会議が延期もしくは中止を余儀なくされたり、オンライン、あるいはオンラインと対面のハイブリッドといった方法での開催となったりした。さらに、世界の官民がコロナ危機対策に追われたことなどとも相まって、核軍縮、核不拡散及び核セキュリティへの関心はともすれば後退したかに見られた。
この間、いくつかの進展はあったものの、総じて見れば、前年に続いて核問題を巡る厳しい状況が続いている。2021 年の核軍縮、核不拡散及び核セキュリティに関する主要な動向は下記のとおりである。
(1) 核軍縮
冷戦終結以降、核兵器の数は削減されてきたものの、依然として世界には約13,080発(推計)の核兵器が存在し、核保有国は核戦力の近代化を継続している。2021 年2月には米露が新戦略兵器削減条約( 新START)の5 年間延長に合意したものの、両国を含む核保有国による核兵器の一層の削減に向けた糸口は見えない。包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効や兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始の見通しも立っていない。核兵器の役割低減にかかる取組への関心が高まる一方で、核保有国はむしろ、核抑止への依存を高めつつある。
この間、核兵器の保有や使用などの法的禁止を定めた核兵器禁止条約(TPNW)の署名・批准国は着実に増加し、2021 年1 月22 日に発効した。しかしながら、核保有国及びその同盟国は条約に署名しない方針を明言している。TPNW を推進する多くの非核兵器国と、これに反対する核保有国・同盟国との間の核軍縮を巡る亀裂は深まっている。
核兵器の保有数(推計)
➢ 総数としては13,080 発(推計)と減少しているものの、削減のペースは鈍化している。他方、解体待ち核弾頭を除く核弾頭数、並びに作戦部隊に配備されている核弾頭数はいずれも増加した。
➢ 中国、インド、パキスタン及び北朝鮮は、10 年以上にわたって核弾頭数を漸増させてきた。2021 年には、英国の核弾頭数も増加したと見積もられた。
核兵器のない世界の達成に向けたコミットメント
➢ 「核兵器の廃絶」あるいは「核兵器のない世界」という目標に公然と反対する国はない。しかしながら、その実現に向けた核軍縮の着実かつ具体的な実施・推進は2021 年もほとんど見られなかった。
➢ 5 核兵器国、あるいはストックホルム・イニシアティブに参加する非核兵器国などは、核リスク低減のための措置について議論を続けている。また、米露は「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との原則を再確認した。
➢ 日本が主導して提案・採択された国連総会決議「核兵器のない世界に向けた共同行動の指針と未来志向の対話」に対して、フランス、英国及び米国など158 カ国が賛成した。他方で、ロシア及び中国などは反対し、TPNW 主導国などは棄権した。
核兵器禁止条約(TPNW)
➢ 2021 年1 月22 日にTPNWが発効した。2021 年末時点で締約国は59 カ国となった。
➢ TPNW 賛同国は、核軍縮の推進と核兵器禁止規範の確立における同条約の重要性を強調している。国連総会では条約のさらなる署名・批准・加入を求める決議が採択された。
➢ 核 保有国及び同盟国は、引き続きTPNW に反対している。他方、2022 年3 月に開催予定の第1 回締約国会議に、ドイツ、ノルウェー、スウェーデン及びスイスがオブザーバー参加する意向を表
明した。
核兵器の削減
➢ 米露は 2 月に新戦略兵器削減条約(新START)の5 年間延長を決定した。両国は、引き続き条約を遵守している。
➢ 米露は、今後の軍備管理などについて議論する「戦略的安定対話」を開始し、2021 年に2 回の会合を開催した。
➢ 中国は、最大の核戦力を持つ米露のさらなる核兵器削減なしには核兵器削減プロセスには参加しないとの立場を繰り返し表明している。
➢ 核保有国は、いずれも核戦力の近代化を継続し、なかでもロシア及び中国は核弾頭搭載可能な各種の運搬手段の新たな開発・配備を積極的に推進している。
国家安全保障戦略・政策における核兵器の役割及び重要性の低減
➢ 国家安全保障戦略・政策における核兵器の役割、「唯一の目的」や先行不使用政策、消極的安全保証、拡大核抑止のいずれについても各国の政策に顕著な変化は見られなかった。米国の同盟国も、米国による先行不使用政策などの採用に賛意を示していない。
➢ 英国は、核弾頭保有数の上限を引き上げつつ、既存の運用態勢は維持するとの核政策を公表した。
➢ 中国の最小限抑止や核兵器先行不使用といった政策に変化が生じつつあるとの指摘に対して、中国はその核政策・態勢に変更はないことを強調した。
警戒態勢の低減、あるいは核兵器使用を決定するまでの時間の最大限化
➢ 核兵器の警戒態勢に関して、核保有国の政策に変化はなく、米露の戦略核兵器は依然として高い警戒態勢のもとに置かれている。
➢ 中国が一部の核戦力を高い警戒態勢に置いているのではないかとの指摘に対して、中国はこれを否定している。
包括的核実験禁止条約(CTBT)
➢ 条約発効要件国44 カ国のうち、5 カ国(中国、エジプト、イラン、イスラエル、米国)の未批准、並びに3 カ国(インド、パキスタン、北朝鮮)の未署名が続いている。
➢ 核兵器の保有を公表している国は、北朝鮮を除いて、核実験モラトリアムを宣言している。2018 年以降、核爆発実験を実施した国はない。米国は、中露が「出力ゼロ」でない核実験を実施していると主張したが、中露はこれを否定している。
➢ 北朝鮮は、2019 年末に核実験の一方的停止という決定にもはや拘束されないと宣言したが、2021 年には核実験は再開されなかった。
➢ いくつかの核保有国は爆発を伴わない核実験を実施していると見られる。2021年にはロシアが未臨界実験の実施を公表した。
兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)
➢ ジュネーブ軍縮会議(CD)では2021 年も、FMCT 交渉を開始できなかった。パキスタンは、兵器用核分裂性物質の新規生産のみを禁止する条約の策定に、依然として強く反対している。
➢ 中国、インド、イスラエル、パキスタン及び北朝鮮は兵器用核分裂性物質生産モラトリアムを宣言しておらず、中国を除き生産を継続していると考えられている。
核戦力、兵器用核分裂性物質、核戦略・ドクトリンの透明性
➢ 英国は、核保有数などに関する意図的な曖昧さの政策を拡張し、透明性に一定の制約を課すとの方針を明らかにした。
➢ 米トランプ(Donald Trump)前政権下で、核問題に関して米国から公表される情報が減少傾向にあったが、バイデン(Joseph Biden)政権は方針を転換し、核弾頭貯蔵数や廃棄核弾頭数を公表した。
核軍縮検証
➢ 米国のイニシアティブで発足した「核軍縮検証のための国際パートナーシップ(IPNDV)」では、仮想演習の実施を含め、検証措置に関するさらなる議論と検討が行われている。
不可逆性
➢ 米露は部分的ながら、戦略核運搬手段、核弾頭、余剰核分裂性物質の廃棄や転換を継続している。
軍縮・不拡散教育、市民社会との連携
➢ 新型コロナウイルスの世界的感染拡大で、多くの制約や困難に直面しつつも、政府関係者、専門家及びNGO など市民社会がオンラインで実施された会合などで活発な議論を行った。
➢ 核兵器の開発・製造などに携わる組織や企業などへの融資の禁止や、引揚げを定める国が出始めている。独自にそうした方針を定める企業も増えつつある。
広島・長崎の平和記念式典への参列
➢ 広島の式典には 83 カ国、長崎の式典には63 カ国から参列がなされた。新型コロナ禍で式典の規模は縮小されたが、例年と同規模の参列国数であった。
(2) 核不拡散
NPT の締約国は191 カ国を数えるものの、核兵器を保有するインド及びパキスタン、並びに核兵器保有を否定しないイスラエルが、非核兵器国としてNPT に加入する見通しは立っていない。また北朝鮮は、核兵器放棄の戦略的決断を行っていない。イラン核問題に関する包括的共同行動計画( JCPOA ) については、米国の離脱(2018 年)などへの対抗措置として、イランは合意で規定された義務の不履行を拡大させた。
国際原子力機関(IAEA)追加議定書を締結する国は漸増しているが、依然として40 以上の非核兵器国が未締結である。輸出管理に関しては、原子力供給国グループ(NSG)メンバーは国内体制の整備を含めて概ね着実かつ適切に実施してきた。他方、北朝鮮による核・ミサイル計画のための不法取引は依然として続いていると見られる。
核不拡散義務の遵守
➢ 北朝鮮の核問題の解決に向けた進展は見られなかった。北朝鮮は積極的な核・ミサイル開発を継続している。
➢ イランは、米国によるJCPOA 離脱及び対イラン制裁強化に反発し、2019 年半ば以降、濃縮ウラン保有量及び濃縮度、稼働する遠心分離機の数・性能など合意の一部履行停止の領域を拡大しており、濃縮度20%及び60%の高濃縮ウラン(HEU)や金属ウランも生産した。
➢ JCPOA 再建に向けた関係国による間接交渉が断続的に開催されたが、2021 年中には合意には至らなかった。
国際原子力機関(IAEA)保障措置
➢ NPT 締約国である非核兵器国のうち、2021 年末時点で132 カ国がIAEA 保障措置協定追加議定書を締結した。他方、ブラジルをはじめとする一部の非同盟運動(NAM)諸国は、追加議定書による保障措置がNPT 上の義務ではないと主張している。
➢ IAEA は2020 年末時点で、66 カ国に対して統合保障措置を適用した。またIAEA は2021 年6 月時点で、135 カ国について「国レベルの保障措置アプローチ(SLA)」を開発・承認した。
➢ イランは 2 月に、IAEA 保障措置協定追加議定書の暫定適用をはじめとするJCPOA 上の検証・監視措置を停止した。IAEA は、イランの核施設に設置された監視カメラ、オンライン濃縮モニター及び電子封印のデータにもアクセスできなかった。
➢ IAEA は、イランによる過去の秘密裏の核開発計画に関連すると疑われる4 つの場所について、申告の正確性・完全性に関する問題が未解決であるとし、イランにさらなる明確化と情報の提供を求めている。
➢ 最初の研究用原子炉が完成間近であるサウジアラビアは、IAEA 包括的保障措置協定を依然として締結しておらず、少量議定書(SQP)の修正も受諾していない。
➢ 豪州、英国及び米国は新たな3 カ国間合意(AUKUS)のもと、豪州の原子力潜水艦導入の推進に合意し、その核燃料に対するIAEA 保障措置の実施について議論が交わされた。中露などからは批判や懸念も示された。
核関連輸出管理の実施
➢ NSG メンバーは、国内体制の整備を含めて概ね着実かつ適切に輸出管理を実施してきた。これに対して、途上国を中心に制度・実施の強化が必要な国も少なくない。
➢ 北朝鮮は、瀬取りやサイバー活動などによる違法調達や不法取引を継続している。
➢ インドを巡ってNSG メンバー国化に関する議論が続いているが、合意には至っていない。NPT 非締約国であるインドとの民生用原子力協力については、より積極的な推進を目指す国、インドに核軍縮・不拡散にかかる一定の明示的な義務の受諾を求める国、あるいは反対する国と立場が分かれている。
➢ 中国はパキスタンへの原子炉の輸出を進めているが、NSG ガイドライン違反が指摘されている。
➢ 北朝鮮やイランなど懸念国間での核・ミサイル開発協力が継続していると懸念されてきた。また、中国によるパキスタンなどへのミサイル開発支援も指摘されている。
原子力平和利用の透明性
➢ 「プルトニウム管理指針」に基づく報告書について、中国及びロシアが2021 年末時点で提出しなかった。
(3) 核セキュリティ
2021 年は、核セキュリティに関する大規模な国際会議は開催されず、各国の核セキュリティ強化に関する取組や成果などについての情報発信は極めて限定的であった。全体としては、核セキュリティの国際的な強化に関する政治的ハイレベルでの取組のモメンタムが低下してきている。サイバー攻撃、ドローン、内部脅威者などの脅威が高まる一方で、その持続的かつ実効性のある措置の実施に欠かせない核セキュリティ文化醸成の取組への強化が必要と見られる状況も発生している。兵器利用可能な核物質の保有量についても全体として増加傾向が止まっておらず、特に民生用プルトニウムの増加が続いている。
東京電力柏崎刈羽原子力発電所で発生した運転員によるID の不正使用が、内部脅威対策の強化や核セキュリティ文化のさらなる醸成の必要性を認識させた。
核セキュリティ関連条約の批准、HEU使用の最小限化、各国及び多国間による核鑑識能力の向上、国内及び地域レベルでの人材育成などの分野で取組が続けられている。2021 年に予定されていた、初の開催となる改正核物質防護条約(CPPNM/A)の運用検討会議が2022 年3 月に延期された。各国による条約の国内実施に関する情報共有や条約の普遍化及び効果的な実施のための議論などが活発に行われることが期待される。
核物質及び原子力施設の物理的防護
➢ 世界の(兵器転用可能な)核物質の在庫量は今年も増加傾向にある。HEU は減少傾向が続いているが、分離プルトニウムについては民生用の増加により、2021年も増加傾向が止まっていない。
➢ 依然として 21 の調査対象国がテロリストにとって魅力的な核分裂性物質を保有している。複数の国でHEU 最小限化の取組が進んでいるが、2021 年にそうした物質を新たに完全になくした国はない。
核セキュリティ・原子力安全にかかる諸条約などへの加入、国内体制への反映
➢ フィリピンが CPPNM/A を批准し、調査対象国で未批准の国は5 カ国のみとなった。そのうち南アフリカでは批准のための国内手続の最終段階にある。すべての関連条約について締約国数が漸増している点を評価できる。
➢ 「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告(INFCIRC/225/Rev.5)」に基づく措置の実施に直接言及した情報発信の減少傾向が一層顕著になっている。原子力施設に対するドローン攻撃やサイバー攻撃の脅威、内部脅威、核セキュリティ文化の醸成について取組の余地がある。
核セキュリティの最高水準の維持・向上に向けた取組
➢ 民生利用の HEU 最小限化について、カナダやカザフスタンでHEU の撤去が進んだほか、複数の国々で代替技術開発の取組が進められている。
➢ 2020 年は0 件だったのに対し、トルコを含む6 カ国がIAEA の「国際核物質防護諮問サービス(IPPAS)」を受け入れた。
➢ 多国間の取組は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響もあり限定的であった。核セキュリティサミット・プロセスでの各種バスケット提案をIAEA の情報文書であるINFCIRC 文書の形にして賛同国を募り、継続的な取組やその強化を図る動きがある。特に内部脅威緩和(INFCIRC/908)への対応を促進する国際作業グループが活発に活動を開始した。