第2章 核不拡散 (1)核不拡散義務の遵守
第2 章 核不拡散1
(1) 核不拡散義務の遵守
A) 核兵器不拡散条約(NPT)への加入
2021年末時点で、核兵器不拡散条約(NPT)には191カ国(北朝鮮、並びに国連加盟国ではないバチカン市国及びパレスチナを含む)が加入している。国連加盟国(193カ国)のうち、非締約国は、2011年7月に独立して国連に加盟した南スーダン(核兵器は保有していない)、1998年に核実験を実施し、核兵器の保有を公表したインド及びパキスタン、並びに核兵器を保有していると広く考えられているイスラエルの4カ国である。また、北朝鮮は、2003年にNPTからの脱退を宣言し、国連安全保障理事会決議などで求められている「NPTへの早期の復帰」に応じていない。なお、NPT締約国全体としては北朝鮮の条約上の地位に関する解釈を明確にしていない。
B) NPT第1条及び第2条、並びに関連安保理決議の遵守
北朝鮮
NPT成立以降、締約国のなかで第1条または第2条の義務に違反したとして、国連を含め国際機関から公式に認定された国はない2。しかしながら、NPT脱退を宣言した北朝鮮に関しては、脱退が法的に無効であるとすれば、あるいは脱退の効力発生前に核兵器を保有していたとすれば、その核兵器の取得行為は第2条に違反する行為となる。米国務省の年次報告書「軍備管理・不拡散・軍縮協定の遵守」でも、北朝鮮が、「2003年にNPTからの脱退を通告した時に、NPT第2条及び第3条、並びに国際原子力機関(IAEA)保障措置協定に違反していた」3との判断が明記されてきた。
北朝鮮に対する国連安保理決議1787号(2006年10月)では、国連憲章第7章のもとでの決定として、「北朝鮮が、すべての核兵器及び既存の核計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄すること、核兵器の不拡散に関する条約のもとで締約国に課される義務及びIAEA保障措置協定(IAEA INFCIRC/403)に定める条件に厳格に従って行動すること、並びに、これらの要求に加え、透明性についての措置(IAEAが要求し、かつ、必要と認める個人、書類、設備及び施設へのアクセスを含む。)をIAEAに提供すること」4と規定された。弾道ミサイルについても、その「計画に関連するすべての活動を停止し、かつ、この文脈において、ミサイル発射モラトリアムにかかる既存の約束を再度確認することを決定」した。
しかしながら、北朝鮮は、安保理決議の決定を無視して核兵器及び弾道ミサイルにかかる活動を積極的に継続し(第1章(4)c)を参照)、核戦力を引き続き重視するとの姿勢を繰り返し強調している。
バイデン(Joseph Biden)新政権による米国の対北朝鮮政策見直しは4月末に完了した。その詳細は公表されていないが、サキ(Jen Psaki)大統領報道官は記者会見で、「我々の目標は、朝鮮半島の完全な非核化である。過去4つの政権の努力ではこの目標を達成できなかったことを明確に理解したうえで、我々の政策は、グランド・バーゲンの実現に焦点を当てるものでも、戦略的忍耐に依存するものでもない。我々の政策は、北朝鮮との外交に門戸を開き、模索し、米国、同盟国、展開している軍隊の安全を高めるための実際的な進展を目指す、調整された現実的なアプローチ(calibrated, practical approach)を求めるものである」5と説明した。これは、関与と圧力によって非核化と制裁解除を漸進的・段階的に進め、米国・同盟国に対する脅威を緩和・削減することを目指すアプローチだと見られる。同年6月には米国のキム(Sung Kim)北朝鮮担当特別代表が、「いつでも、どこでも、前提条件なしに」北朝鮮の高官に会う用意があると呼びかけた。
しかしながら、北朝鮮の李承憲(Ri Son Gwon)外相は、「貴重な時間を失うことになる、米国との無意味な接触やその可能性については考えていない」と一蹴した6。金正恩(Kim Jong Un)朝鮮労働党委員長も9月29日に最高人民会議で、「米国が軍事的脅威を与え、北朝鮮への敵対政策を追求することに全く変わりはなく、そのためにより狡猾な方法と手段を用いていることは、新政権発足後の8カ月間に米国が行った行為によって証明されていると指摘した。米国は『外交的関与』や『前提条件なしの対話』を謳っているが、それは国際社会を欺き、敵対行為を隠すための小手先のテクニックにすぎず、歴代の米政権が追求してきた敵視政策の延長にすぎない」7と評した。
10月の国連総会第一委員会でも、北朝鮮は以下のように述べ、米国の「敵視政策」を批判するとともに、核戦力を放棄する意思がないことを明言した。
米韓が過剰な軍備増強と同盟軍の軍事活動により、朝鮮に対する軍事的脅威を増大させていることから、自分たちが保有または開発している兵器システムと同等の兵器システムを北朝鮮が開発、試験、製造、保有する正当な自衛権を否定することは誰にもできない。
…朝鮮半島の平和と安全を維持するために、米国は北朝鮮に対する敵視政策と二重基準を撤回し、攻撃的な軍事演習の実施と朝鮮半島及びその周辺への各種核戦略アセットの導入を永久に控えるべきである8。
イラン
JCPOA履行停止
E3/EU+3(中、仏、独、露、英、米、欧州連合(EU)上級代表)とイランは2015年7月に、包括的共同行動計画(JCPOA)に合意した。しかしながら、トランプ(Donald Trump)前政権下で米国が2018年5月にJCPOAから離脱し、JCPOAに関連して解除されたイランに対する制裁措置を再発動した。これに対して、イランは2019年5月以降、ウランの濃縮度、濃縮ウランの保有量、遠心分離機の数などに関して、JCPOAで定められた義務の履行停止を段階的に実施していった。2021年には、そのレベルを一段と高めた(IAEA保障措置を含む監視・検証措置の履行停止については本章(2)を参照)9。
まず、イランは2020年12月末にIAEAに対して、「国会で可決された法律に従い、フォルド(Fordow)の地下にあるウラン濃縮施設で濃縮度が最大20%のウランを生産する」10と通告したのち、2021年1月4日にこれに着手した。イランは、テヘラン研究炉の核燃料として平和目的に使用するとし、年間120kgの濃縮度20%の高濃縮ウラン(HEU)の生産を目指すとも発表した。10月、イランはこの目標が達成されたと報告した11。12月には、イランがフォルドで166機のIR-6を用いて濃縮度20%のウランの生産を開始したと報告された12。
2月にはハメネイ(Ayatollah Ali Khamenei)師が、「イランのウラン濃縮度は20%に限定されず、必要な水準に引き上げる。60%まで引き上げるかもしれない」13と発言した。4月13日、イラン原子力庁(AEOI)の報道官は「ナタンズ(Natanz)で60%の濃縮を行う実質的な準備を今晩、開始する。濃縮度60%のウランは、様々な放射性医薬品の製造に利用される」と述べた14。同月16日にはサレヒ(Ali Akbar Salehi)AEOI長官が、濃縮度60%のウランを「1時間に9g製造している」と国営テレビで発表した。11月6日までに、濃縮度60%のHEUの貯蔵量は17.7kgに達した15。
イランはさらに、1月13日にIAEAに宛てた書簡で、金属ウランの研究開発のための関連設備を設置したと通知した。金属ウランはテヘランの実験炉で平和目的に使用すると主張した。IAEAは、イランが2月8日にイスファハンの施設で3.6gの金属ウランを生産したことを明らかにした16。7月6日には、濃縮度20%の金属ウランの生産を開始した17。8月16日のIAEA事務局長報告では、イランが濃縮度20%の金属ウランを200g生産したことを明らかにした18。
遠心分離機の質的・数的増強も続いた。2月には、イランのガリババディ(Kazem Gharibabadi)駐ウィーン代表部大使が、フォルドの核施設で高性能の遠心分離機であるIR-6型の設置を開始したことを明らかにした19。4月には、ロウハニ(Hassan Rouhani)大統領が、ナタンズの核施設でIR-6型164機とIR-5型30機を連結したカスケードの稼働を開始したと正式に発表した。イランはまた、IR-9型の稼働テストにも着手した。11月には、イランが8月からカラジ(Karaj)のワークショップでの操業を再開し、高性能遠心分離機170機分の部品を製造したとも報じられた20。
イランは濃縮ウランの保有量も増大させている。米国の専門家の分析21によれば、2021年11月末時点の推計として、イランが核兵器3発分の兵器級HEUを生産可能な量の濃縮ウランを保有しており、ブレイクアウト時間(核兵器1発分の兵器級核分裂性物質の生産に必要な時間)は、1個分に3週間、2個目用に2カ月以内、3個目用に3カ月半、並びに4個目については天然ウランから6カ月程度で生産が可能だとされる。このタイムラインは、公式には確認されていない。
IAEA事務局長報告(11月)
IAEA事務局長による2021年11月17日付のイラン核問題に関する報告書(IAEA査察の実施状況をまとめたIAEA事務局長報告は、四半期ごとに理事会に提出される)では、以下のようなことが報告された22。
➢ イランは、2019年7月8日から濃縮度5%、2021年1月4日から濃縮度20%、2021年4月17日から濃縮度60%で六フッ化ウラン(UF6)の濃縮を進めてきた。
➢ 11月6日時点での濃縮ウランの推定貯蔵量は2,489.7kg。
➢ UF6貯蔵量(推計値)は2,313.4㎏(2%までが559.6kg、5%までが1,622.3kg、20%までが113.8kg、60%までが17.7kg)。
➢ 遠心分離機の設置状況
◇ ウラン濃縮施設(FEP)で、IR-1(31カスケード)、IR-2m(6カスケード)、IR-4(2カスケード)を設置。さらにIR-1(5カスケード)、IR-4(4カスケード)、IR-6(1カスケード)の設置を計画。
◇ パイロットウラン濃縮施設(PFEP)で、60%濃縮用にIR-4(最大164機)及びIR-6(最大164機)、並びにそれぞれ少数のIR-1、2m、4、5、6、6s、7、8、8B、9、sを設置。
◇ フォルド・ウラン濃縮施設(FFEP)で、IR-1(6カスケードを3組の連結カスケードに再編成、最大1,044機)、IR-6(166機の1カスケード)、IR-6(23機の1カスケード)などを設置。
➢ アラク(Arak)の重水研究炉(IR-40)の、オリジナルの設計に基づく建設は行われていない。
➢ 2021年2月23日以降、イランは、重水製造プラント(HWPP)における重水の貯蔵量や生産量を申告しておらず、IAEAによるモニターも許可していない。
➢ テヘラン研究炉などIAEAに申告された施設では、再処理関連の活動は実施されていない。
➢ 2月23日以降、イランは、追加議定書を含むJCPOAの履行を停止。2月にIAEAとイランで暫定合意を締結し、一部の査察・検証は継続。FEP、PFEP及びFFEPへの定期的なアクセス(regular access)は認められているものの、要請に応じた日常的なアクセス(daily access upon request)はできていない。
➢ 2月23日以降、IAEAはオンライン濃縮モニター及び電子封印など、イランの原子力施設に設置されている査察用監視機器の様々なデータにアクセスできていない。
➢ 9月12日に発表された共同声明では、IAEA査察官により特定された機器の保守整備(service identified equipment)、記録メディアの交換、そのイラン国内での保管(IAEA とAEOIが共同で封印)などが認められ、9月20〜22日に、カラジのワークショップを除く必要なすべての施設にて実施された。
➢ 10月にIAEAは、2回にわたってカラジワークショップへのアクセスを要請したが、いずれも拒否された。
JCPOA再建に向けた動向
JCPOA関係国は2021年、核合意再建に向けて活発に議論を展開した。
バイデン新政権は発足直後から、米国のJCPOA復帰に前向きなシグナルを送った。2月18日には、JCPOAに基づき解除された国連安保理の対イラン制裁を「復活」(スナップバック)すると一方的に主張したトランプ前政権の方針を撤回すると安保理に書簡で伝えた。4月7日には米国務省のプライス(Ned Price)報道官が、「米国はJCPOAに復帰するため、JCPOAと一致しない制裁を解除することを含め、必要な措置を講じる用意がある」23とも述べた。他方で、米国による復帰はイランによるJCPOAの遵守(後述するような、合意に反する核活動の是正)が条件であるとも繰り返し強調した。2月18日に開催されたイラン核問題に関する米英仏独の外相会議の共同声明でも、「イランが再びJCPOAのもとでのコミットメントを厳格に遵守するのであれば、米国も同様に行動し、イランとの協議に応じる用意があると、ブリンケン(Antony Blinken)国務長官が改めて表明した」24ことが明記された。
これに対してイランは、米国が遵守するのであれば、イランも核合意の規定を遵守するという主張を繰り返し強調した。たとえばハメネイ師は、「我々は多くの素晴らしい言葉や約束を聞いてきたが、実際にはそれが破られ、反対の行動がとられてきた。…言葉や約束はよくない。今回は相手側の行動のみを求め、我々も行動する」と述べた25。また、アラグチ(Abbas Araghchi)外務次官は、米国によるJCPOA復帰に交渉は必要なく、米国がイランに課した不法な制裁を解除すればよいだけだとも主張した26。さらに、ザリフ外相は以下のように主張した。
バイデン政権が核合意を維持することは可能だが、米国が集団的取組の真のパートナーとなる準備ができていることを示すために、真の政治的意思を結集することができた場合に限られる。新政権はまず、トランプ大統領就任後にイランに課したすべての制裁措置を無条件で完全に解除することから始めるべきである。これを受けて、イランは、トランプ大統領が核合意から離脱した後に行ったすべての対抗措置を撤回する。そのうえで、米国の復帰を認めるか否か、他の合意参加国が判断することになる。国際合意は回転ドアではなく、気まぐれに離脱した後で、交渉済みの合意に復帰したとしても、その特権を享受する権利が自動的に与えられるわけではない27。
2021年4月に、JCPOA関係国による間接交渉(米国とイランは直接対面しない)がウィーンで開始された。初回会合では、2つの専門部会を設置し、イランによる核合意の遵守と、米国による対イラン制裁の解除に向けた措置について議論することが合意された。6月中旬までに、6回の間接協議でJCPOA再建に向けた合意に近づいたとも報じられたが、同月のイラン大統領選挙でハメネイ師が推す保守派のライースィ(Ebrahim Raisi)が勝利した後、交渉は5カ月以上にわたって中断した。大統領選で当選したライースィは6月21日の記者会見で、核合意を巡る協議について「国益を保障するような交渉は、間違いなく支持される」としつつ、「交渉のための交渉は容認しない」とし、交渉はイランにとって「結果」が伴うものでなければならないと指摘した。また、弾道ミサイルや地域問題などについては交渉の余地はないと強調した28。
9月の国連総会では、バイデン大統領が、「米国は、イランの核兵器取得を防ぐことに引き続き関与している。我々はP5+1と協力して、イランと外交的に関与し、JCPOAへの復帰を模索している。イランが同様にすれば、我々は完全な遵守に戻る用意がある」29。これに対して、ライースィ大統領も国連総会での演説で、(米国による)「『最大限の抑圧』という政策はまだ続いている。…我々は、国際的なルールの履行を求めている。すべての当事者は、核合意と国連決議を忠実に実践しなければならない。IAEAが発表した15の報告書は、イランがその約束を守っていることを証明している。しかし、米国は制裁解除という義務を果たしていない。米国は、合意を侵害し、合意から離脱し、わが国民にさらなる制裁を課している」30と述べた。イランはさらに、米国が再びJCPOAから離脱しないとの保証がなければ、合意の再建に向けた交渉は成功しないとも主張した31。
JCPOA関係国による間接交渉は11月29日にウィーンで再開された。再開前には、イランによるJCPOAの再遵守、米国による制裁解除の範囲、米国が再び核合意から離脱しないとの保証、核問題以外のイランを巡る諸問題の取り扱いといった上述のような論点への米国・イラン双方の主張は固く、合意の形成に向けた進展は厳しいとの悲観論が強かった。ブリンケン米国務長官は、イランの核開発が大きく進むなかで、交渉のために「残された時間は少なくなりつつある」とし、交渉が失敗すれば「他の選択肢」を追求するとも明言した32。
会議では、詳細は不明ながら、イランが米国による制裁解除とイランの核開発に関する2つの作業文書を提示し、6月までの交渉で7〜8割方完成していた文書の大幅な変更を提案したとされる33。英仏独はイランの要求にはJCPOA再建と相容れないものもあるとして「失望と懸念」を表明し、米国もイランがさらなる要求を突き付けてきたと批判した。米国のマレー(Rob Malley)イラン担当特使は、「イランがこのままのペースで(核開発を)続ければ、我々に残された時間は数週間しかなく、その時点で再建のためのディールはないとの結論になると考えられる」との危機感を示し、「我々は遠くないうちに、JCPOAは崩壊したとの結論に達し、全く新しい別のディールについて交渉しなければならなくなり、当然ながら危機がエスカレートする時期を経ることになろう」と警告した34。
間接協議は12月27日に再開し、作業部会で調整を続けることで一致した。報道によると、雰囲気が改善され、イランが6月に協議が行き詰まった際の立ち位置に戻ることに合意したという。しかしながら、2021年中にはJCPOA再建の合意は成立しなかった。
脱退問題
NPT第10条1項は条約からの脱退について規定しているが、そのプロセスには明確性に欠けるところがある。北朝鮮によるNPT脱退宣言以降、日本、韓国及び他の西側諸国は、NPT締約国が条約に違反して核兵器(能力)を取得した後にNPTから脱退するのを防止すべく、NPT脱退の権利が濫用されないようにすること、締約国である間に取得された核物質が核兵器に使用されないようにするための施策を講じることなどを行うべきだと提案してきた35。
他方、中国やロシアは脱退要件の厳格化には必ずしも積極的ではなく、ブラジル、あるいはイランなどの非同盟運動(NAM)諸国も脱退は締約国の権利だとして、その厳格化に批判的な主張を行ってきた。
核兵器取得への関心
2010年代半ば以降、サウジアラビアから核兵器取得への関心を示唆した発言が繰り返された。2021年には顕著な発言は見られなかったが、サウジアラビアの核活動に関して完全な透明性に欠けているとの懸念は依然として残っている。イランは2021年9月のIAEA総会で、「サウジアラビアの核活動に関する情報を明確かつ公平に検討してこそ、IAEAの業務の専門性、公平性、独立性が保証される。もしサウジアラビアが平和的な核プログラムを求めているのであれば、非常に透明性の高い方法で行動し、IAEA査察官がその活動を検証できるようにすべきである」36とも発言した。
そのイランについて、たとえば米国の情報機関は、「現在、核兵器を製造するために必要であると我々が判断する主要な核兵器開発活動を行っていない」37という評価を変えていない。他方、イランのアラウィ(Mahmoud Alavi)情報相は2021年2月、「最高指導者はこれまで、核兵器がシャリア(イスラム法)に反するものであると明確に述べている」としたうえで、「もし欧米諸国がイランを(核兵器開発という)方向に追いやるなら、それはイランのせいではない」(括弧内引用者)と発言した38。また、ハメネイ師も同月、イランは核兵器を求めたことはないが、もしイランが望むならば、「誰もテヘランが核兵器を獲得するのを止めることはできない」と述べた39。
C)非核兵器地帯
非核兵器地帯条約は、これまでにラテンアメリカ(ラテンアメリカ及びカリブ地域核兵器禁止条約〔トラテロルコ条約〕:1967年署名、1968年発効)、南太平洋(南太平洋非核地帯条約〔ラロトンガ条約〕:1985年署名、1986年発効)、東南アジア(東南アジア非核兵器地帯条約〔バンコク条約〕:1995年署名、1997年発効)、アフリカ(アフリカ非核兵器地帯条約〔ペリンダバ条約〕:1996年署名、2009年発効)、中央アジア(中央アジア非核兵器地帯条約:2006年署名、2009年発効)で締結された。またモンゴルは、1992年に国連総会で自国の領域を一国非核兵器地帯とする旨を宣言し、1998年の国連総会ではモンゴルの「非核の地位」に関する宣言を歓迎する決議40が採択された。
中東に関しては、新型コロナウイルスの世界的感染拡大によって2年近くにわたって延期されていた第2回「核兵器及びその他の大量破壊兵器のない中東地域の設置に関する会議」(以下、中東会議)が、2021年11月29日から12月3日までの日程で開催され、地域の19カ国、オブザーバー4カ国(米国を除く核兵器国)、並びに国際機関・NGOなどの団体が参加した。イスラエル及び米国は参加しなかった。
会議では、一般討論に続いてテーマ別討論として、核兵器及びその他の大量破壊兵器(WMD)のない中東地域(以下、中東非WMD地帯)に関する法的拘束力のある文書の交渉に関連する中核的な問題について、予備的な意見交換が行われた。テーマ別討論では、議長の非公式ペーパーに基づき、原則と目的、検証を含む核・化学・生物兵器に関する中核的な義務、条約の実施を通じた透明性と安全性、定義、明確化、協議・協力、平和利用と国際協力、制度的取極、発効・紛争解決、安全の保証を含む議定書などが取り上げられた41。また、会議では、年次会合の会期間に非公式の作業委員会を少なくとも2回開催することが合意された42。
国連総会では、「中東地域における非核兵器地帯の設置」決議が1980年以来、投票無しで採択されてきたが、2018年以降は採決がなされている。2021年の投票結果は賛成178、反対1(イスラエル)、棄権1(米国(2020年の決議には反対していた))であった43。米国はこの投票行動について、中東会議の「目的は崇高なものであるが、その進め方は残念ながらその目的を損なうものであった。我々は、この会議が何を達成できるのか、特にすべての地域国家の参加なしに、これまで交渉されたなかで最も野心的な地域軍備管理条約を追求することが可能なのかを疑問に思っている」44と述べた。
北東アジア及び南アジアにおける非核兵器地帯の設置については、研究者などから提案される一方で政府間では具体的な動きは見られない。なお、北東アジアに関しては、モンゴルが2015年NPT運用検討会議に提出した報告で、「北東アジア非核兵器地帯設置の構想を促進する積極的な役割を果たすであろう」45と記載するなど、関心を時折表明している。
1 第2 章「核不拡散」は、戸﨑洋史により執筆された。
2 IAEA によるNPT 第3 条(非核兵器国による包括的保障措置の受諾)の遵守にかかるものを除き、どの国際機関もNPT の各条項の遵守を評価する明示的な権限は与えられていない。
3 The U.S. Department of State, “Adherence to and Compliance with Arms Control, Nonproliferation, and Disarmament Agreements and Commitments,” April 2021, https://www.state.gov/2021-adherence-to-andcompliance-with-arms-control-nonproliferation-and-disarmament-agreements-and-commitments/.
4 S/RES/1718, October 14, 2006. 2009 年4 月の北朝鮮による核実験に対して採択された安保理決議1874 号(2009年6 月)でも、「北朝鮮に対し、関連する安全保障理事会決議(特に決議第1718 号(2006 年10 月))の義務を直ちにかつ完全に遵守すること」などが要求された。
5 “Press Gaggle by Press Secretary Jen Psaki Aboard Air Force One En Route Philadelphia, PA,” White House, April 30, 2021, https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/04/30/press-gaggle-by-press-secretaryjen-psaki-aboard-air-force-one-en-route-philadelphia-pa/.
6 “North Korea Says Not Considering Contact with U.S. That Would Waste Time,” Reuters, June 24, 2021, https://www.reuters.com/world/asia-pacific/nkorea-say-it-is-not-considering-any-contact-with-us-kcna-2021-06-23/.
7 “Respected Comrade Kim Jong Un Makes Historic Policy Speech ‘On the Orientation of Present Struggle for a Fresh Development of Socialist Construction,’” KCNA, September 30, 2021, http://www.kcna.co.jp/item/2021/202109/news30/20210930-01ee.html.
8 “Statement by North Korea,” General Debate, First Committee, UNGA, October 11, 2021.
9 イランは義務の履行停止について、JCPOA 第26 条及び36 条に沿った行動だと主張して正当化している。ザリフ(Mohammad Javad Zarif)外相(当時)は、「イランは2019 年5 月以降、核能力を大幅に向上させているが、それは核合意の第36 条に完全に依拠したものである。他の署名国が核合意のもとでのコミットメントの履行を停止した場合、イランはその履行を『停止』することができる。米国の新政権が軌道修正を望むのであれば、速やかに修正を行う必要がある」として、イランの行動を正当化した。Mohammad Javad Zarif, “Iran Wants the Nuclear Deal It Made: Don’t Ask Tehran to Meet New Demands,” Foreign Affairs, January 22, 2021, https://www.foreignaffairs.com/articles/iran/2021-01-22/iran-wants-nuclear-deal-it-made.
10 “Iran Vows 20 Percent Uranium Enrichment ‘As Soon As Possible,’” RFE/RL, January 21, 2021, https://www.rferl.org/a/iran-uranium-enrichment-20-percent/31029739.html.
11 “Iran Says More Than 120kg of Uranium Enriched to 20%,” Guardian, October 9, 2021, https://www.theguardian.com/world/2021/oct/10/iran-says-more-than-120kg-of-uranium-enriched-to-20.
12 Francois Murphy and Parisa Hafezi, “Iran Makes Nuclear Advance Despite Talks to Salvage 2015 Deal,” Reuters, December 2, 2021, https://www.reuters.com/world/middle-east/iran-starts-enriching-with-advanced-machinesfordow-during-deal-talks-2021-12-01/.
13 “Iran Threatens ‘60% Enrichment’ as US Repeats Readiness for Talks,” Israel Hayom, February 22, 2021, https://www.israelhayom.com/2021/02/22/as-iran-backs-away-us-still-ready-to-revive-nuclear-accord/.
14 Parisa Hafezi, “Iran to Begin 60% Uranium Enrichment after Nuclear Site Incident,” Reuters, April 13, 2021, https://www.reuters.com/world/middle-east/irans-zarif-says-israel-made-very-bad-gamble-by-sabotaging-natanzsite-2021-04-13/.
15 GOV/2021/51, November 17, 2021.
16 GOV/INF/2021/11, February 10, 2021.
17 “Iran Takes Steps to Make Enriched Uranium Metal; U.S., Europe Powers Dismayed,” Reuters, July 7, 2021, https://jp.reuters.com/article/us-iran-nuclear-iaea-idCAKCN2EC21S. 英仏独は共同声明で、「イランには、核兵器開発の重要なステップである金属ウランの研究開発と製造に対する信頼できる民間の必要性はない」として、重大な懸念を表明した。 “UK, France and Germany State ‘Grave Concern’ over Iran Nuclear Work,” Reuters, July 6, 2021, https://www.reuters.com/world/middle-east/uk-france-germany-state-grave-concern-over-iran-nuclear-work-2021-07-06/.
18 GOV/INF/2021/39, August 16, 2021.
19 Francois Murphy, “Iran Deepens Breach of Nuclear Deal at Underground Enrichment Site,” Reuters, February 2, 2021, https://www.reuters.com/article/us-iran-nuclear-iaea/iran-deepens-breach-of-nuclear-deal-at-undergroundenrichment-site-idUSKBN2A21YL.
20 Laurence Norman, “Iran Resumes Production of Advanced Nuclear-Program Parts, Diplomats Say,” Wall Street Journal, November 16, 2021, https://www.wsj.com/articles/iran-resumes-production-of-advanced-nuclear-programparts-diplomats-say-11637079334.
21 David Albright, Sarah Burkhard and Andrea Stricker, “Analysis of IAEA Iran Verification and Monitoring Report -November 2021,” Institute for Science and International Security, November 19, 2021, https://isis-online.org/isisreports/detail/analysis-of-iaea-iran-verification-and-monitoring-report-november-2021/.
22 GOV/2021/51.
23 The U.S. Department of State, “Department Press Briefing,” April 7, 2021, https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-april-7-2021/.
24 “Statement by the Foreign Ministers of France, Germany, the United Kingdom and the United States of America,” February 18, 2021, https://www.diplomatie.gouv.fr/en/french-foreign-policy/news/2021/article/statement-by-theforeign-ministers-of-france-germany-the-united-kingdom-and-the.
25 Parisa Hafezi, “Iran’s Khamenei Demands ‘Action’ from Biden to Revive Nuclear Deal,” Reuters, February 17, 2021, https://www.reuters.com/article/us-iran-nuclear-usa-idUSKBN2AH0UQ.
26 Ellen Knickmeyer and Raf Casert, “‘First Step:’ US, Iran to Begin Indirect Nuclear-Limit Talks,” AP, April 3, 2021, https://apnews.com/article/us-iran-indirect-talks-nuclear-program-a6558ac21b600cb7a3c8542f18a7aece.
27 Zarif, “Iran Wants the Nuclear Deal It Made.”
28 Erin Cunningham and Kareem Fahim, “Raisi Says Iran’s Ballistic Missiles Are ‘Not Negotiable’ — and He Doesn’t Want to Meet Biden,” Washington Post, June 22, 2021, https://www.washingtonpost.com/world/2021/06/21/irannuclear-power-plant-bushehr/.
29 “Remarks by President Biden before the 76th Session of the United Nations General Assembly,” September 21, 2021, https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/09/21/remarks-by-president-biden-before-the-76th-session-of-the-united-nations-general-assembly/. 引用内の「P5+1」は、イラン核合意の他方の当事国である国連安保理常任理事国及びドイツを指す。
30 “Raisi Tells UN: Nuclear Talks Useful Only If They Lead to Lifting All Oppressive Sanctions on Iran,” Tehran Times, September 21, 2021, https://www.tehrantimes.com/news/465334/Raisi-tells-UN-Nuclear-talks-useful-onlyif-they-lead-to-lifting.
31 “Iran Warns Nuclear Talks Would Fail Unless Biden Provides Guarantees,” Reuters, November 3, 2021, https://www.reuters.com/business/cop/iran-warns-nuclear-talks-would-fail-unless-biden-provides-guarantees-2021-11-03/.
32 Joseph Choi, “Blinken: US Looking at Other Options on Iran Nuclear Negotiations,” The Hill, October 31, 2021, https://thehill.com/homenews/sunday-talk-shows/579293-blinken-us-looking-at-other-options-on-iran-nuclearnegotiations.
33 Parisa Hafezi, Francois Murphy and John Irish, “Iran Nuclear Talks on Brink of Crisis As They Adjourn Until Next Week,” Reuters, December 4, 2021, https://www.reuters.com/world/middle-east/iran-nuclear-talks-break-fridaywith-formal-meeting-officials-2021-12-03/.
34 Adam Pourahmadi, “US Special Envoy for Iran Warns of ‘Escalating Crisis’ If Talks Fail to Revive Iran Nuclear Deal,” CNN, December 21, 2021, https://edition.cnn.com/2021/12/21/politics/iran-nuclear-deal-rob-malley/index.html.
35 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.5, March 15, 2019 などを参照。
36 “Statement by Iran,” IAEA General Conference, September 21, 2021.
37 Office of Director of National Intelligence, Annual Threat Assessment of the U.S. Intelligence Community, April 2021, p. 14.
38 “Iran’s Spy Chief Says Tehran Could Seek Nuclear Arms If ‘Cornered’ by West,” Reuters, February 9, 2021, https://www.reuters.com/article/us-iran-nuclear/irans-spy-chief-says-tehran-could-seek-nuclear-arms-if-corneredby-west-idUSKBN2A91OX.
39 “Khamenei Warns If Iran Seeks Nuclear Weapon, ‘No One Could Stop Tehran from Acquiring It,’” i24 News, February 23, 2021, https://www.i24news.tv/en/news/international/middle-east/1614013130-khamenei-warns-ifiran-seeks-nuclear-weapon-no-one-could-stop-tehran-from-acquiring-it.
40 A/RES/53/77D, December 4, 1998.
41 A/CONF.236/2021/4, December 3, 2021.
42 A/CONF.236/2021/DEC.3, December 3, 2021.
43 A/RES/76/20, December 6, 2021.
44 United States, “Explanation of Vote,” First Committee, UNGA, October 27, 2021.
45 NPT/CONF.2015/8, February 25, 2015.