当サイトを最適な状態で閲覧していただくにはブラウザのJavaScriptを有効にしてご利用下さい。
JavaScriptを無効のままご覧いただいた場合には一部機能がご利用頂けない場合や正しい情報を取得できない場合がございます。

国際平和拠点ひろしま

Hiroshima Report 2024第2章 核不拡散1  (1) 核不拡散義務の遵守

第2章 核不拡散1
(1) 核不拡散義務の遵守

A) 核兵器不拡散条約(NPT)への加入

2023年末時点で、核兵器不拡散条約(NPT)には191カ国(北朝鮮、並びに国連加盟国ではないバチカン市国及びパレスチナを含む)が加入している。国連加盟国(193カ国)のうち、非締約国は、2011年7月に独立して国連に加盟した南スーダン(核兵器は保有していない)、1998年に核実験を実施するとともに核兵器の保有を公表したインド及びパキスタン、並びに核兵器保有を肯定も否定もしないものの、核兵器を保有していると広く考えられているイスラエル2の4カ国である。

北朝鮮は、2003年にNPTからの脱退を宣言し、国連安全保障理事会決議などで求められている「NPTへの早期の復帰」に応じておらず、後述のように核保有国の地位を放棄しないと繰り返し主張している。なお、NPT締約国全体としては北朝鮮の条約上の地位に関する解釈を明確にしていない。

 

B) NPT第1条及び第2条、並びに関連安保理決議の遵守

北朝鮮

NPT成立以降、締約国のなかで第1条または第2条の義務に違反したとして、国連を含め国際機関から公式に認定された国はない3。しかしながら、NPT脱退を宣言した北朝鮮に関しては、脱退が法的に無効であるとすれば、あるいは脱退の効力発生前に核兵器を保有していたとすれば、その核兵器の取得行為はNPT第2条に違反する行為となる。米国務省の年次報告書「軍備管理・不拡散・軍縮協定の遵守」でも、北朝鮮が、「2003年にNPTからの脱退を通告した時に、NPT第2条及び第3条、並びに国際原子力機関(IAEA)保障措置協定に違反していた」4との判断が明記されてきた。

北朝鮮に対する国連安保理決議1718号(2006年10月)では、国連憲章第7章のもとでの決定として、「北朝鮮が、すべての核兵器及び既存の核計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄すること、NPTのもとで締約国に課される義務及びIAEA保障措置協定(IAEA INFCIRC/403)に定める条件に厳格に従って行動すること、並びに、これらの要求に加え、透明性についての措置(IAEAが要求し、かつ、必要と認める個人、書類、設備及び施設へのアクセスを含む。)をIAEAに提供すること」と規定された。弾道ミサイルについても、その「計画に関連するすべての活動を停止し、かつ、この文脈において、ミサイル発射モラトリアムにかかる既存の約束を再度確認することを決定」した5。

北朝鮮は2023年も、核兵器を放棄しないと繰り返し明言した。7月17日には金与正(Kim Yo Jong)党副部長が談話で、「仮に米朝対話が開始されても、米現政権が交渉のテーブルに載せるのは『CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)』に過ぎないことは火を見るより明らかだ。いまや、『非核化』は死語辞典にしか掲載されていない時代遅れの言葉である」(括弧内引用者)と主張した。また、米国が軍事演習の縮小や戦略兵器の展開中止を交渉カードに使うと予想し、「そのような小手先の時間稼ぎが、我々に通用するはずがない」と述べ、対話に応じない意思を鮮明にした6。9月末の最高人民会議では、金正恩(Kim Jong Un)総書記が演説で、「核保有国の地位は絶対に変えたり譲歩したりしてはならず、むしろ一層強化しなければならない」7と発言し、この点が定められた憲法の修正案も採択された。

そうした北朝鮮に対して、2023年のNPT準備委員会では、豪州、オーストリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、韓国、スウェーデン、スイス、トルコ、英国、米国を含む74カ国が共同声明を発出し、「北朝鮮に対して、完全かつ検証可能で不可逆的な方法で、すべての核兵器、弾道ミサイル、及び関連計画を放棄するための具体的な措置を講じ、すべての関連する活動を、すべての関連する国連安保理決議に従って直ちに停止する」こと、並びにNPT及びIAEA保障措置に早期に復帰することなどを求めた8。

他方、中国やロシアは、北朝鮮のミサイル・ロケット発射に対する安保理による非難声明の発出に反対するなど、北朝鮮の核・ミサイル活動を擁護あるいは黙認するかのような対応を繰り返した。ロシアはNPT準備委員会で、以下のように発言した。

長年にわたり、北朝鮮がNPTに違反し、朝鮮半島の非核化が進んでいないことを非難するのが一般的であった。実際には、NPTにいう非核兵器国である韓国を核戦略の軌道に引き込むことで、核不拡散の目的とは相容れない措置をとっているのは米国である。韓国の大統領は、米国との同盟関係は「核同盟に格上げされた」と公言している。7月18日には、米国の核兵器を搭載した大陸間弾道ミサイル潜水艦が釜山港に寄港した。こうした行動は、朝鮮半島情勢解決の見通しを無効にし、国連安保理の関連決議に裏打ちされた非核化という目標を台無しにする。その責任はワシントンにある9。

国連安保理では12月19日にも、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射したことを受けた緊急の公開会合を開催し、日本や米欧諸国などは北朝鮮を非難したが、中国及びロシアは、朝鮮半島周辺での米国の軍事活動が緊張を高めていると批判し、安保理として一致した対応は取れなかった。

 

イラン:核活動

E3/EU+3(中、仏、独、露、英、米、欧州連合(EU)上級代表)とイランは2015年7月、包括的共同行動計画(JCPOA)に合意した。しかしながら、トランプ(Donald Trump)前政権下で米国が2018年5月にJCPOAから離脱し、JCPOAに関連して解除されたイランに対する制裁措置を再発動した。これに対して、イランは2019年5月以降、ウランの濃縮度、濃縮ウランの保有量、遠心分離機の数などに関して、JCPOAで定められた義務の履行停止を段階的に実施してきた(IAEA保障措置を含む監視・検証措置の履行停止については本章(2)を参照)10。

 

遠心分離機

JCPOAでは、JCPOAでは、イランはIR-1遠心分離機5,060機を使用し、ナタンズのウラン濃縮施設(FEP)のみでウラン濃縮するよう制限されていた。2019年9月以降、イランはこれらの制限に違反している。

2023年11月のIAEA報告書では、遠心分離機の設置状況を以下のように報告した11。

➢ FEP:JCPOAで規定されたIR-1の30カスケードに加えて、さらに36カスケード(IR-1、IR-2m、IR-4、IR-6)を設置
➢ パイロットウラン濃縮施設(PFEP):IR-4、IR-6及びIR-4・IR-6を各1カスケード設置
➢ フォルド・ウラン濃縮施設(FFEP):IR-1を6カスケード、IR-6を2カスケード設置

 

濃縮ウラン

JCPOAでは、イランが保有する濃縮ウランについて、六フッ化ウラン(UF6)に換算して濃縮度が最大3.67%のものを300kg以下に制限した。IAEAは、2023年10月28日時点のイランの濃縮ウラン総備蓄量を4,486.8kg、このうちUF6の形態でイランが保有する濃縮ウランの総量を4,130.7kg(2%までが1,217.2kg、5%までが2,218.1kg、20%までが567.1kg、60%までが128.3kg)と推計した12。イランは着実に20%まで及び60%までの濃縮ウランを増加させてきた。濃縮度20%以上は高濃縮ウラン(HEU)とされ、理論的には核兵器に使用可能なレベルである。実際には、60%濃縮のHEUは兵器として使用可能であり、90%以上は兵器級と考えられている。

2023年2月のIAEA報告では、「2023年1月22日の月次中間在庫確認(IIV)において、FFEPの製品サンプリングポイントから環境サンプルを採取し、その分析結果から、最大83.7%のウラン235を含むHEU粒子の存在が示された」13ことが報告された。これについて、イランは、60%濃縮ウラン「製品の工程試運転時(2022年11月)の移行期間中、または供給シリンダーを交換している間に発生した」14と説明した。5月のIAEA報告では、「2023年3月30日付の書簡において、IAEAは、その評価に基づき、提供された情報は、これらの粒子の起源に関するイランの説明と矛盾するものではなく、IAEAは、その段階において、この問題に関してこれ以上質問することはないと評価した。また、IAEAは、FFEPにおいて60%ウラン235以上に濃縮された核物質の蓄積及び収集の兆候を発見していない。同施設において核物質の転用が行われていないことを確認できるのは、次回の実在庫検認(PIV)の結果に基づいてのみである」15と報告した。

12月末にはグロッシ(Rafael Grossi)IAEA事務局長が、イランが2023年6月から実施していた60%濃縮ウランの減産(月3kg)を撤回し、11月以降、月9kgまで増産したことを確認したと報告した16。これは、後述するように、凍結されていた60億ドルの石油収入へのイランのアクセスを認めるという取り決めが崩れたことに関連していると思われる。

 

その他の活動

11月のIAEA事務局長報告によれば、アラク(Arak)の重水炉(IR-40)の建設、あるいはIAEAに申告された施設での再処理に関連する活動は行われていない。他方、イランは、包括的保障措置協定下では義務ではないがJCPOAに基づきイランとIAEAが合意した検証手順で規定された重水の貯蔵量や重水製造プラント(HWPP)における生産量の申告を行っておらず、それらのIAEAによるモニターも許可していない17。

7月にはイラン原子力庁(AEOI)のエスラミ(Mohammad Eslami)長官が、「現在、イラン国内では8つのウラン鉱山が操業している。(2024年3月20日のイラン暦年末までに)さらに6つの鉱山が操業を開始する予定である」18(括弧内引用者)と明らかにした。

 

ブレイクアウト時間

JCPOAのウラン濃縮に関する制限は、イランのブレイクアウト時間(核兵器1個分の兵器級核分裂性物質を生産するのに必要な時間)を12カ月以上確保することを目的として制度設計がなされたものである。イランがHEUを含め濃縮ウランの保有量を増加させたことにより、ブレイクアウト時間は1週間未満にまで短縮された19。米国の専門家からは、2023年11月のIAEA報告に基づく濃縮ウラン保有量から、「イランは、60%濃縮ウランのごく一部を使って、わずか7日間で25キロの最初の兵器級ウランを製造することができる。イランの濃縮ウラン在庫は、1カ月で核兵器6発分、2カ月で核兵器8発分、3カ月で10発分、4カ月で11発分、5カ月で12発分の兵器級ウランを製造するのに十分である」20との推計が示された(公式には確認されていない)。

 

イラン:核合意再建に向けた動向

イランとの核合意の再建を目指す間接交渉は、時折進展が伝えられながらも、そのたびに新たな難題が浮上し、合意には至らなかった。

2023年2月には、イランに収監されている米国人の釈放を確保するため、囚人交換の可能性について米国とイランが間接的な協議を行っていると報じられた21。4月には、イランによる核計画の一部凍結に対して制裁を一部緩和することを含むイランとの暫定合意案について、米国が欧州諸国やイスラエルと協議したと報じられた22。議論での公式な確認はなかったが、オフレコでは、各国の高官がイランとのエスカレーションを止めるための輪郭を描いていた23。

米国とイランの囚人交換に関する合意は8月に成立したと報じられた。これに続いて9月、イランは拘束されていた5人の米国人を釈放し、米国政府は米国の制裁違反で告発された5人のイラン人に対する告発を棄却し、韓国におけるイランの石油収入60億ドルの凍結を解除した。この資金はカタールが管理し、その使用は人道支援目的に限定され、米国による厳重な監視を受けることが合意された。

イランが濃縮プログラムの制限を受け入れるという公式の言及はなかったが、6月以降、イランは60%濃縮ウランの生産を削減した。この削減は、ハマスによる10月7日のイスラエル市民への殺傷事件を受けて、米国がカタールの管理下にある60億ドルの資産へのイランのアクセスを凍結する措置を再び講じたため、12月に撤回された。

JCPOAに直接関与した国に加えて、他の国もイランとの核合意の回復を促進しようと試みた。2023年9月、イランのアブドラヒアン(Hossein Amir-Abdollahian)外相はインタビューで、日本が仲介案を提示したことを明らかにし、「イランの関心を満たすことができる。注目に値し前向きに検討できる」24と述べた。同月、カタールは、イランがウラン濃縮度を20%まで下げる代わりに、米国がイラン産原油の輸出を日量200万バレルまで認めるという暫定案を提案したと報じられた25。こうした取組にもかかわらず、2023年末までに核合意を再建させることはできなかった。

この間、イランは米国批判を続け、NPT準備委員会では以下のように述べた26。

JCPOAの悲惨な状況の責任は米国にある。イランがJCPOAに基づく核の約束を完全に履行している間に、米国はJCPOAに関連する正当な理由もなく一方的に協定から離脱し、国連安保理決議2231号に重大な違反を犯して、米国のすべての対イラン制裁を違法に再発動し、JCPOA違反に加担するよう他国に強制しようとした。イランは責任ある行動をとり、戦略的忍耐と最大限の抵抗によって合意を維持した。しかし、欧州のJCPOA参加国は、米国の制裁再発動の結果としてイランが被った損失を補償するという約束を守らなかった。したがって、イランはJCPOA第26項及び第36項に基づく権利を行使し、是正措置を適用しており、JCPOAの核関連措置にもはや拘束されない。
2021年4月から2022年3月にかけて、イランはJCPOAの完全実施の再開と米国の完全遵守への復帰について、他の参加国と善意で交渉した。しかしながら、米国がいまだにJCPOA遵守への復帰を決定していないため、この目標の達成は遅れている。米国がJCPOAに基づく制裁解除の約束の完全な履行を再開する正しい決断をしたとき、イランもまた、2015年の合意に基づき、是正措置を中止し、核関連措置の完全な履行を再開するであろう。

9月の国連総会でも、ライシ(Seyyed Ebrahim Raisi)イラン大統領は、「米国のJCPOA離脱は、イスラム教の信義誠実の原則に反するものだ。…米国は、自国に善意があり、約束を履行し、最終的な道筋をつける真の意思があることを、信頼を築くことで証明する必要がある」27と発言した。

 

脱退問題

NPT第10条1項は条約からの脱退について規定しているが、そのプロセスには明確性に欠けるところがある。北朝鮮によるNPT脱退宣言以降、NPT締約国が条約に違反して核兵器(能力)を取得した後にNPTから脱退するのを防止すべく、日本、韓国及び他の西側諸国は、条約脱退要件の厳格化を提案してきた。軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)は第10回NPT運用検討会議(2022年)で、「条約からの脱退を決定した締約国は、第10条の手続きに完全かつ厳格に従わなければならないことを再確認する。条約は脱退の権利を行使するための要件を定めており、これらの要件を満たさない脱退の通告は有効ではないことを意味する」としたうえで、脱退に際して留意すべき原則や要件を提案した28。2023年のNPT準備委員会では、ウィーン10カ国グループがNPDIと類似の提案を行った29。

他方、中国やロシアは脱退要件の厳格化には必ずしも積極的ではなく、非同盟運動(NAM)諸国やブラジルなども、脱退は締約国の権利だとして、脱退要件の厳格化に批判的な主張を行ってきた。NPT準備委員会では、イランが、「NPTの第10条の脱退の権利に関する文言は非常に明確である。第10条は極めて明瞭であり、いかなる曖昧さもない。それは、締約国が国家主権を行使するうえで、この条約から脱退する無条件の権利の存在を認めている。イランは、条約から脱退する締約国の主権的権利に異議を唱えたり、制約したり、条件を付けたりするようないかなる提案にも決して同意しない」と発言した。また、イランは北朝鮮によるNPT脱退宣言について、「これまでのところ、米国の北朝鮮に対する威嚇、圧力、敵対政策の結果として、脱退の権利は一度しか行使されていない。核兵器国による圧力と脅迫が、非核兵器国を条約から脱退させたのである」と述べて米国を批判した30。

 

核兵器取得への関心

北朝鮮の核・ミサイル開発が急速に進展し、攻勢的な核態勢に繰り返し言及するなど脅威が高まるなかで、韓国からは時折、核兵器取得にかかる関心を示唆した発言が見られた。2023年1月11日には、尹錫悦(Yoon Suk Yeol)大統領が韓国外交部及び国防部との会合で、「北朝鮮の核問題がさらに深刻になった場合」を前提に、「韓国は戦術核兵器を配備、あるいは独自の核兵器を保有することもできる。もしそうなれば韓国の科学技術でより短期間に(核兵器を)持てるだろう」31(括弧内引用者)との考えを示したが、大統領府は直後に、韓国が実際に核兵器を保有する計画はないとも明言した32。

韓国はその後も、同盟国である米国との核共有(米国の核兵器を韓国に配備し、韓国の運搬手段で使用することを含む)の可能性に関心を示したが、米国はそうした意思や計画はないと否定している。2023年4月の米韓首脳会談で発出されたワシントン宣言では、拡大(核)抑止の強化を謳うと同時に、「尹大統領は、世界的な核不拡散体制の礎石であるNPT、並びに原子力平和利用に関する米韓協力協定に基づく韓国の義務に対する長年のコミットメントを再確認した」ことが明記された33。

サウジアラビアからは2010年代半ば以降、核兵器取得への関心を示唆した発言が繰り返されており、2023年9月にもムハンマド(Muhammad bin Salman)皇太子がインタビューで、イランが核兵器を保有した場合には「中東におけるパワーバランスを保つため、我々も保有しなければならないが、我々はそのようになりたくない」と述べた34。この間、2023年には、原子力発電所の建設に関して、サウジアラビアによる濃縮・再処理活動の制限を求めていない中国による入札も検討されていること、サウジアラビアは中国にウラン濃縮技術の移転を合わせて求めていることが報じられた35。

米国の原子力技術へのアクセスを認める原子力協力協定をめぐる米国とサウジアラビアの交渉は、サウジアラビアによるウラン濃縮とプルトニウム再処理能力の獲得を禁止するとの条件を米国が主張したため、数年間停滞していた。2023年には、サウジアラビアがイスラエルを承認し、米国が安全保障と米国の管理下にあるウラン濃縮施設を提供するという、より広範な合意を双方が検討していると報じられた。一方で、10月7日のハマスの攻撃とイスラエルの対応をめぐる動揺が、この協議を中断させたと報じられている36。

イランについては、最高指導者ハメネイ(Ayatollah Ali Khamenei)師が6月11日、「イランが核兵器を求めているという非難は嘘であり、彼らはそれを知っている。我々は宗教的信条から核武装を望んでいない。そうでなければ、彼らはそれを止めることはできなかっただろう」37と述べて、核兵器取得の意思を否定した。ライシ大統領も国連総会で、「イランの防衛ドクトリンに核兵器の場所はない。関連する国際当局の公式報告書や西側の情報機関でさえ、この主張の正しさを繰り返し強調している」38と発言した。

 

C) 非核兵器地帯

非核兵器地帯条約は、これまでにラテンアメリカ(ラテンアメリカ及びカリブ地域核兵器禁止条約〔トラテロルコ条約〕:1967年署名、1968年発効)、南太平洋(南太平洋非核地帯条約〔ラロトンガ条約〕:1985年署名、1986年発効)、東南アジア(東南アジア非核兵器地帯条約〔バンコク条約〕:1995年署名、1997年発効)、アフリカ(アフリカ非核兵器地帯条約〔ペリンダバ条約〕:1996年署名、2009年発効)、中央アジア(中央アジア非核兵器地帯条約:2006年署名、2009年発効)で締結された。またモンゴルは、1992年に国連総会で自国の領域を一国非核兵器地帯とする旨を宣言し、1998年の国連総会ではモンゴルの「非核の地位」に関する宣言を歓迎する決議39が採択された。

このうち、東南アジア非核兵器地帯(SEANWFZ)に関しては、2022年8月にSEANWFZ委員会が「東南アジア非核兵器地帯条約の履行強化のための行動計画(2023~2027年)」を採択し、2023年のSEANWFZに関する国連総会決議でも、その採択と実施を同委員会が決定したことを記載した40。

2023年のNPT準備委員会では、アラブ諸国やイランなどがイスラエルに対して、非核兵器国としてNPTに加入し、IAEA包括的保障措置を受諾するよう求めるとともに、イスラエル及び米国による「核兵器及びその他の大量破壊兵器(WMD)のない中東地域の設置に関する会議」(以下、中東会議)への不参加を批判し、2023年11月に開催される第4回中東会議に参加するよう求めた。エジプトは、「地帯の設置に関する法的拘束力のある条約の策定を目的とするこの国連会議が、1995年の決議をその条件としており、完全にコンセンサスと自由な合意に基づくものであることを、改めて強調する。したがって、イスラエル側がこの会議への関与を一方的に拒否することは、このプロセスの包括性を疑問視する手段として利用されるべきではない。この論理を前提とした議論は、私たちの見解では成り立たない」41と述べた。イランは、「イスラエルの核兵器製造を援助したフランス、ドイツ、ノルウェー、米国、英国を含むNPT締約国の中には、この点で特別な責任を負っている国もある」と述べ、特にドイツに対しては核兵器を運搬可能な潜水艦の供与などイスラエルへの支援を打ち切るよう求めた42。

ロシアは、「米国が(中東)会議に参加しないことで、1995年の中東決議の共同提案国の1つとしての責任を引き続き放棄していることを遺憾に思う。さらに、不拡散のリーダーであることを言葉巧みに主張しようとする米国が、中東非WMD地帯の設置を目的とした会議をこれ以上妨害する真の理由は見当たらない」(括弧内引用者)43と述べて、米国を批判した。

そうした批判に対して、米国は以下のように述べて反論した。

米国は、大量破壊兵器とその運搬システムのない中東地帯という目標に引き続きコミットしている。我々は、信頼醸成とすべての当事国の正当な安全保障上の懸念への対処を目的とした、直接的かつ包括的な対話のみが進展への道であると確信している。我々は、1995年決議の履行を促進するため、地域のコンセンサスを得たイニシアティブに関与する用意がある。 米国は、このような地帯の設置に関する国連会議の最初の3会期中の進展に留意したが、その国連会議がすべての地域国家間の対話のための効果的な場として機能しうるか否かについては、引き続き疑問を抱いている。また、この会議にオブザーバーとして参加しないという米国の決定が、1995年決議の履行を妨げるものであるとか、米国の過去の公約を後退させるものであるといった主張を拒否する。2010年行動計画で呼びかけられた中東非WMD地帯会議の準備のための地域協議、イスラエルが上級レベルで参加した協議を終了させたのは米国ではなかった44。

イスラエルは、国連総会第一委員会で以下のように述べた。

非核兵器地帯設立のためのガイドラインと原則に関する1999年の軍縮委員会報告書では、非核兵器地帯は「当該地域の国家間で自由に合意され」、「当該地域のすべての国家によって追求される」取極に基づいて設立されるべきであると明確に述べている。
国連中東会議のような誤った動機によるイニシアティブは、非核兵器地帯のガイドラインや確立された原則に反するものであり、何の役にも立たない45。

2023年11月13~17日には第4回中東会議が開催され、地域の23カ国、オブザーバー4カ国(中国、フランス、ロシア及び英国)が参加した。前回同様、イスラエル及び米国は参加しなかった。会議の報告書によれば、一般討論では、1995年のNPT運用検討・延長会議で採択された中東決議の実施の重要性、一般原則と中核的義務、平和目的に限って核・化学・生物技術や物質を受領・使用する締約国の不可侵の権利、WMDのない世界の実現へのコミットメント、平和利用と技術協力など、多様な問題が取り上げられた。また、参加国はイスラエルに対して、NPTへの速やかな加入、並びにIAEA包括的保障措置の実施を求めるとともに、イスラエルによる中東会議の参加の必要性を強調した。テーマ別討論では、(a)平和利用と技術協力、(b)核検証、(c)前回の会議で特定された、さらなる議論が必要なテーマが議論された。会議では、2023年の会期間に開催された作業委員会(「用語集」及び「核兵器やその他のWMDのない中東地帯のための一般原則と義務」に関して議論)についても報告がなされた46。

国連総会では、決議「中東地域における非核兵器地帯の設置」47が1980年以来、投票なしで採択されていたが、2018年以降は投票による採決がなされている。2023年の投票結果は賛成179、反対1(イスラエル)、棄権3(米国など)であった。

北東アジア及び南アジアにおける非核兵器地帯の設置については、研究者などから提案される一方で政府間では具体的な動きは見られない。なお、北東アジアに関しては、モンゴルがNPT運用検討会議に提出した報告で、「北東アジア非核兵器地帯設置の構想を促進する積極的な役割を果たすであろう」48と記載するなど、関心を時折表明している。


1 第2章「核不拡散」は、戸﨑洋史により執筆された。
2 イスラエルの極右閣僚エリヤフ(Amichai Eliyahu)遺産相はインタビューで、ガザ地区への核攻撃の可能性について「それも選択肢のひとつだ」と発言し、これに対してネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)首相が、「エリヤフ氏の発言は現実とかけ離れている」との声明を発表した。 “Netanyahu Rushes for Damage Control, Suspends Minister for Gaza Nuclear Bombing Remark,” Wion, November 5, 2023, https://www.wionews.com/world/netany ahu-rushes-for-damage-control-bans-minister-over-nuclear-bombing-remark-on-gaza-655362.

3 IAEAによるNPT第3条(非核兵器国による包括的保障措置の受諾)の遵守にかかるものを除き、どの国際機関もNPTの各条項の遵守を評価する明示的な権限は与えられていない。
4 The U.S. Department of State, “Adherence to and Compliance with Arms Control, Nonproliferation, and Disarmament Agreements and Commitments,” April 2023, p. 13.

5 S/RES/1718, October 14, 2006. 2009年4月の北朝鮮による核実験に対して採択された安保理決議1874号(2009年6月)でも、「北朝鮮に対し、関連する安全保障理事会決議(特に決議第1718 号(2006年10月))の義務を直ちにかつ完全に遵守すること」などが要求された。なお、安保理決議1718号は国連憲章第7章のもとでの義務的決定としてはいるが、同時に非軍事的措置を規定した「憲章第41条に基づく措置」をとるとしているので、この決議を根拠として軍事的措置を取ることはできない。
6 “Press Statement of Kim Yo Jong, Vice Department Director of C.C., WPK,” KCNA, July 17, 2023, http://www.kcna.co.jp/item/2023/202307/news17/20230717-12ee.html.
7 “Respected Comrade Kim Jong Un Makes Speech at 9th Session of 14th SPA,” KCNA, September 28, 2023, http://www.kcna.co.jp/item/2023/202309/news28/20230928-01ee.html.

8 “Joint Statement addressing the North Korean nuclear challenge,” First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 9, 2023.

9 “Statement of Russia,” Cluster 2, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 7, 2023.
10 イランは義務の履行停止について、JCPOA第26条及び36条に沿った行動だと主張して正当化している。ザリフ(Mohammad Javad Zarif)外相(当時)は、「イランは2019年5月以降、核能力を大幅に向上させているが、それは核合意の第36条に完全に依拠したものである。他の署名国が核合意のもとでのコミットメントの履行を停止した場合、イランはその履行を『停止』することができる。米国の新政権が軌道修正を望むのであれば、速やかに修正を行う必要がある」として、イランの行動を正当化した。Mohammad Javad Zarif, “Iran Wants the Nuclear Deal It Made: Don’t Ask Tehran to Meet New Demands,” Foreign Affairs, January 22, 2021, https://www.foreignaffairs.com/articles/iran/2021-01-22/iran-wants-nuclear-deal-it-made.

11 GOV/2023/57, November 15, 2023.
12 Ibid. イランはオンライン濃縮モニターなどを停止しており、IAEAはリアルタイムの濃縮ウラン保有量を把握できないとして、推計値を示している。

13 GOV/2023/8, February 28, 2023.
14 Patrick Wintour, “Pressure on West to Act Grows After Report on Iranian Uranium Enrichment,” The Guardian, February 28, 2023, https://www.theguardian.com/world/2023/feb/28/pressure-on-west-to-act-grows-after-report-on-iranian-uranium-enrichment.
15 GOV/2023/24, May 31, 2023.
16 「イラン、高濃縮ウラン増産 IAEAが確認」『日本経済新聞』2023年12月27日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB271C30X21C23A2000000/。
17 GOV/2023/57.
18 “AEOI Chief: Iran to Run 6 More Uranium Mines,” Fars News Agency, July 24, 2023, https://www.farsnews.ir/en/news/14020502000632/AEOI-Chief-Iran-Rn-6-Mre-Uranim-Mines.

19 Kelsey Davenport, “Iran in 2022: Cusp of Nuclear Threshold,” The Iran Primer, US Institute of Peace, December 21, 2022, https://iranprimer.usip.org/blog/2022/dec/21/iran-2022-cusp-nuclear-threshold.
20 David Albright, Sarah Burkhard, Spencer Faragasso and Andrea Stricker, “Analysis of IAEA Iran Verification and Monitoring Report — November 2023,” Institute for Science and International Security, November 20, 2023, p. 17.
21 Dan De Luce and Abigail Williams, “The U.S. and Iran Are Holding Indirect Talks on a Possible Prisoner Exchange, With the Help of the U.K. and Qatar, Sources Say,” NBC News, February 15, 2023, https://www.nbcnews.com/politics/national-security/us-iran-indirect-talks-prisoner-exchange-uk-qatar-rcna70645.
22 Barak David, “Scoop: U.S. Discussing Freeze-for-Freeze Approach to Iran Nuclear Program,” Axios, April 3, 2023, https://www.axios.com/2023/04/03/iran-biden-proposal-freeze-nuclear-activity-deal.
23 Mark Fitzpatrick, “Iran-US Diplomacy Trudges on As Hopes of New Nuclear Understandings Grow,” Al-Monitor, June 25, 2023, https://www.al-monitor.com/originals/2023/06/iran-us-diplomacy-trudges-hopes-new-nuclear-understandings-grow.

24 「イラン核合意再建へ日本が仲介案 8月に、外相『前向き検討』」『共同通信』2023年9月25日、https://www.47news.jp/9905862.html。
25 「イラン核合意再建へ暫定案 濃縮度引き下げで原油輸出」『共同通信』2023年9月24日、https://www.47news.jp/9901875.html。
26 “Statement of Iran,” Cluster 2, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 7, 2023.
27 “Statement by Iranian President Seyyed Ebrahim Raisi,” UN General Assembly, September 19, 2023.
28 NPT/CONF.2020/WP.58, June 3, 2022.

29 NPT/CONF.2026/PC.I/WP.17, June 15, 2023.
30 “Statement of Iran,” Cluster 3 Specific Issues, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 9, 2023.
31 Chae Sang-Hun, “In a First, South Korea Declares Nuclear Weapons a Policy Option,” New York Times, January 12, 2023, https://www.nytimes.com/2023/01/12/world/asia/south-korea-nuclear-weapons.html.
32 Jon Herskovitz, “South Korea’s Flirtation With Nuclear Arms Piles Pressure on US,” Bloomberg, January 18, 2023, https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-01-17/south-korea-s-flirtation-with-nuclear-arms-piles-pressure-on-us.
33 “Washington Declaration,” April 26, 2023, https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/04/26/washington-declaration-2/.
34 Sarah Fortinsky, “Saudi Crown Prince on Iran Acquiring Nuclear Weapons: ‘If They Get One, WeHave To Get One,’” The Hill, September 20, 2023, https://thehill.com/policy/international/4215594-saudi-crown-prince-on-iran-acquiring-nuclear-weapons-if-they-get-one-we-have-to-get-one/.
35 Summer Said, Sha Hua and Dion Nissenbaum, “Saudi Arabia Eyes Chinese Bid for Nuclear Plant,” Wall Street Journal, August 25, 2023, https://www.wsj.com/world/middle-east/saudi-arabia-eyes-chinese-bid-for-nuclear-plant-e4a56f.
36 Sharon Squassoni, “Nuclear Mirage: U.S. Nuclear Cooperation with Saudi Arabia,” Arms Control Today, December 2023, https://www.armscontrol.org/act/2023-12/features/nuclear-mirage-us-nuclear-cooperation-saudi-arabia.
37 Parisa Hafezi, “Iran’s Khamenei Says ‘Nothing Wrong’ with a Nuclear Deal with West,” Reuters, June 12, 2023, https://www.reuters.com/world/middle-east/irans-khamenei-says-nothing-wrong-with-nuclear-deal-with-west-2023-06-11/.
38 “Statement by President Raisi.”
39 A/RES/53/77D, December 4, 1998.

40 A/RES/78/39, December 4, 2023.
41 “Statement of Brazil,” Cluster 2 Specific Issue, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 7, 2023.
42 “Statement of Iran,” Cluster 2 Specific Issues, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 7, 2023.
43 “Statement of the United States,” Cluster 2 Specific Issues, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 7, 2023.
44 “Statement of Russia,” Cluster 2 Specific Issues, First PrepCom for the 11th NPT RevCon, August 7, 2023.

45 “Statement of Israel,” Nuclear Weapons Cluster, First Committee, UN General Assembly, October 16, 2023.
46 A/CONF.236/2023/2, November 17, 2023.
47 A/RES/78/17, December 4, 2023.
48 NPT/CONF.2020/18, March 20, 2020.

< 前のページに戻る次のページに進む >

 

目次に戻る