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国際平和拠点ひろしま

コラム5 豪州の原潜取得問題

菊地 昌廣

豪州、英国、米国は2021年9月15日に、インド・太平洋地域の安全保障強化を目的としてAUKUSと称する安全保障枠組みを立ち上げ、この一環として米英が豪州海軍の攻撃型原子力潜水艦(以下、原潜)保有を支援することとなった。11月22日には豪州の少なくとも8隻の原潜導入に関し、米英からの建造、運用及び支援に関する訓練や教育を目的とした高度な技術供与に関する合意書が署名された。豪州は2016年にフランスと交わした通常型潜水艦の購入契約を破棄し、原潜取得の道を選択した。
核兵器不拡散条約(NPT)では、核兵器及びその他の核爆発装置の非核兵器国による取得や核兵器国からの譲渡や援助を禁止しているが、原子力を推進機関とする軍用艦艇(たとえば原潜)についてはそれらを禁止していない。NPTから検証を付託されている国際原子力機関(IAEA)の包括的保障措置協定においても、第14条で、核兵器以外の軍事利用核物質を検証の適用対象外としている。1970年の包括的保障措置協定成立時点でも、核兵器以外の軍事利用が、非核兵器国による核兵器取得に繋がる可能性が懸念されていた。しかしながら、軍用艦艇の核燃料の検証が軍事機密に抵触する可能性があることや、原潜などを保有する非核兵器国がなかったことから、軍事利用の境界を明確にし、核物質が軍事利用に入った段階で保障措置を停止し、軍事利用が終了して従来の平和利用に回帰した段階で保障措置を再適用することとして、IAEAと当事国の間で保障措置が適用されていない期間及び状態について別途取極を締結することとした。
これまでに協定第14条が適用された事例はないが、カナダやブラジルが原潜保有に関連する同条の適用可能性について言及したことはある。カナダは1980年代の後半に、自国産のウランを原潜燃料に濃縮・加工するために核兵器国へ輸出し、原潜燃料として再輸入するにあたって、第14条の適用除外をIAEAに要請した。しかしながら、適用除外とする時点について、輸出される核物質が国内に存在する時点とするカナダの主張と、国内の在庫量に不一致が生ずることから輸出された時点とすべきとするIAEAの主張とが調整できず、協議が中断した。一方、原潜の取得を模索してきたブラジルは、IAEA保障措置適用下で地上での原子力推進炉開発計画を推進中であるが、原潜に搭載すべき核物質の転換、濃縮及び燃料製造工程が遅延していることから、核燃料の軍事利用に関するIAEAとの協議は開始されていない。
豪州が原潜保有を目指すことになると、包括的保障措置協定第14条適用期間、すなわち保障措置が停止されている原潜運用期間内に核物質が核兵器等に転用されるのではないかという核拡散が懸念される。一般に、原潜搭載用の小型原子炉では、運転効率の向上や運用期間の延長の要請から、核燃料として高濃縮ウラン(HEU)が使用される。豪州がHEUを用いる8隻の原潜を取得する場合、その燃料となるHEUを安定して供給すべく、一定規模のウラン濃縮施設の建設が必要となる。現時点で、豪州はウラン濃縮施設を保有していない。ウラン濃縮施設は、民生利用施設として既に複数の非核兵器国で建設され運用されており、そこでの技術は基本的に核兵器国の原潜燃料製造のためのウラン濃縮施設と大きな相違はない。生産されるウラン燃料の濃縮度が目的によって異なることと、非核兵器国のウラン濃縮施設で生産されるHEUは、IAEA保障措置の対象となっていることが異なる点である。もし、豪州が自国に原子力発電計画(平和目的の核燃料サイクル)を持たず、原潜燃料製造のみを目的としたウラン濃縮軍事施設を建設することになれば、協定第14条によってこの施設で生産されるHEUはIAEA検証の対象外となってしまう。
仮に豪州とIAEAとの間で原潜利用の核物質を検証の対象外とする保障措置取極が合意された場合には、これをスタンダードとして、ウラン濃縮施設を有する非核兵器国が協定第14条の適用をIAEAに要請し、原潜を含む原子力戦闘艦を保有するというNPTで禁止されていない核兵器以外への核物質の新たな軍事利用の道を開いてしまうことになりうる。さらに、保障措置が適用されていない期間に核物質が原潜燃料以外の目的(核爆弾の構成要素)に転用されるというシナリオは、非核兵器国による包括的保障措置実施の抜け道(loophole)になりかねない
IAEA事務局は、現時点で有効な法的枠組みのなかで実施可能な保障措置について協議する準備があるとして、AUKUSを構成する豪州、英国及び米国に対し、それぞれの保障措置協定と追加議定書に基づく情報提供の義務を果たすように要請している。議論の動向が注視される。

きくち まさひろ:前核物質管理センター理事

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