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国際平和拠点ひろしま

Hiroshima Report 2023コラム6  原子力施設に対する武力攻撃

鈴木 達治郎

2022年2月24日、ロシアはウクライナへの武力侵攻直後に、すでに廃炉措置中のチョルノービリ原発サイトを攻撃・占拠して、世界に衝撃が走った。さらに、その後も同月27日にキーウ郊外の放射性廃棄物処分施設にミサイル攻撃を実施。3月4日には、欧州最大の原発サイトであるザポリージャ原発を攻撃、そして占拠した。原発サイト周辺へのミサイル攻撃などで原発への電源供給が途絶えるなど、一つ間違えば大量の放射性物質が放出され、ウクライナのみならず、周辺国に深刻な放射能汚染をもたらすリスクに世界は直面した。戦争時において、稼働中の原発に対し武力攻撃を行い占拠するという未曽有の非常事態であり、世界は「戦時下の原子力施設」という新たなリスクを再認識することとなった。

国際原子力機関(IAEA)は、侵攻直後からウクライナ原子力当局とのコミュニケーションを通じて現状把握に努めた。8月末には、ロシアとウクライナ両政府と協議のうえ、ザポリージャ原発サイトを訪問して、現状把握をしたうえで、安全確保のための「7つの柱」に基づく提言を行った。とくに原子力施設周辺の非武装地帯化の提言を強く訴えたが、その後も周囲へのミサイル攻撃が継続するなど、実現していない。2023年1月現在、いまだにザポリージャ原発はロシアの支配下にあって、原状復帰がされておらず、危険な状態が続いている。

ロシアによる原子力発電所への攻撃は、国際人道法に基づく戦争行為に関するジュネーブ諸条約第一追加議定書の第56条に違反すると多くの国が指摘した。第56条の第1項にはダム、堤防と並んで、原子力発電所は「(攻撃の結果)文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない」と規定されているからである。しかし、この問題は8月に開催された核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議においても、最終文書案に含まれた記述をめぐってロシアが反対に回ることにもつながり、ロシアは今回の原子力施設への攻撃の違法性を認めていない。

さらに、第56条の対象は原子力発電所のみであり、その他にも深刻な影響をもたらしかねない使用済み燃料貯蔵プール、放射性廃棄物貯蔵施設、再処理施設などは対象となっていない。そのような点も考慮して、IAEAでは、第53回総会(2009年)において、民生用原子力施設に対するいかなる武力攻撃も国連憲章、国際法、及びIAEA憲章の違反要件を構成するとして、総会議長声明「稼働中ないし建設中の核施設に対する軍事攻撃ないし攻撃の威嚇の禁止」を全会一致で採択している。

また、今回の武力攻撃により、通常の核セキュリティ対策についても、新たな見直しが必要ではないか、との議論も起きている。日本でも2022年3月に全国知事会が政府に対し「原子力発電所に対する武力攻撃に関する緊急要請」を提出しており、原発防護対策への関心が高まった。12月に発表された新たな国家安全保障戦略においても原発を含む重要インフラの防衛が強調されており、原発への軍事攻撃が現実のリスクとして検討される時代となったのである。

実際には、原発への軍事攻撃に対する防衛は極めて困難である。そこで、今後の対策として、(1)原子力施設を保有する国が戦争に巻き込まれた場合、当事国が速やかに適応できるよう、関係国は稼働停止を含む「モデル安全確保対策」を作成する(その場合、エネルギー供給に支障が出ないよう関係国が支援する枠組みを作る)、(2)戦争下でもIAEAが安全に現地に派遣され、当事国と協力して安全確保の支援ができるよう国連や関連国が関与する枠組みを作る、(3)民生用原子力施設への軍事行動を一切禁止するよう、既存の原子力安全条約や核物質管理条約などに追加するなど、法的拘束力のある国際規範を確立する、といったような対応も考えるべきである。

 

すずき・たつじろう:長崎大学核兵器廃絶研究センター副センター長・教授

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