当サイトを最適な状態で閲覧していただくにはブラウザのJavaScriptを有効にしてご利用下さい。
JavaScriptを無効のままご覧いただいた場合には一部機能がご利用頂けない場合や正しい情報を取得できない場合がございます。

国際平和拠点ひろしま

Hiroshima’s Reconstruction Vol.7広島の復興シリーズ Vol.7:広島平和記念都市建設法の制定過程

1945年8月6日に広島に原子爆弾が投下されて75年。

原子爆弾により壊滅的な被害を受けた広島は,今日,国内外から「復興を成し遂げた街・平和を模索する都市」というアイデンティティが認知されています。

広島の復興の過程をとりまとめた「広島の復興経験を生かすために‐廃墟からの再生‐第1巻」を基に,広島の原子爆弾による被害からの復興を紹介します。

Vol.7では,「広島平和記念都市建設法の制定過程」について紹介します。

広島平和記念都市建設法の制定過程

政府による復興計画が確定し土地区画整理事業を推進する段階になったが,この事業の推進は困難を極めた。特に広島は,ほとんど税収が上がらない中で,緊急に必要な事業や対策が多くあった。この状況を対処する方法として「広島平和記念都市建設法」が見出されたのである。

昭和24年(1949年)2月に広島市関係者が参議院各委員長と協議,陳情を進める中で参議院の寺光忠を訪ねた時にでたアイデアが「広島平和記念都市建設法」の発端となった。それは憲法95条に規定されている特別法の枠組みで対応するというアイデアであった。このときに,「平和記念都市」というキーワードが導かれた。

そして住民投票を経て,広島平和記念都市建設法は昭和24年8月6日に公布・施行された。


参考

https://hiroshimaforpeace.com/fukkoheiwakenkyu/vol1/1-23/

 

このページに関連する情報

広島の復興経験を生かすために‐廃墟からの再生‐第1巻

広島県と広島市が連携して実施した「ひろしま復興・平和構築研究事業」の成果を「広島の復興経験を生かすために‐廃墟からの再生‐」として取りまとめました。

広島の復興経験を生かすために‐廃墟からの再生‐第1巻

この記事に関連付けられているタグ