Leaning from Hiroshima’s Reconstruction Experience: Reborn from the Ashes vol44 若干の提言
非体験者であるわれわれ次世代は,何を継承するのか。多分に,継承できないものもある。たとえば,「あの日のこと」は,如何に当事者に語られ,伝えられようとも,被爆者と同様の「あの日」の地獄のような情景を,臨場感をもって理解することは不可能である。とすれば,ありきたりのことであるが,「あの日のこと」に関しては,映像,写真,証言,手記から,想像力を駆使して理解するしかない。継承にとって,最も肝要なことは,第一義的に理解することに尽きる。「その後のこと」と「思い・願い」に関しても同様の指摘をせざるを得ない。
とすれば,如何に理解する取り組みを行うのかが肝要ということになる。また,取り組みということにおいては,個人と組織という二つのレベルがあると考えられる。一つの試みであるが,次の図は被爆体験継承に対する取り組みをまとめた略図である。第一世代である被爆者は,被爆体験,原爆放射線に起因する様々な健康障害,それに関連する心的影響,また,思いを語り,伝え,残すという作業に傾注いただく。組織としては,それら被爆証言・手記,被爆資試料等を貧欲に収集・整理(データベース化)・公開する。
先に触れたように,広島市・広島平和文化センターは,現在,被爆体験継承・伝承のために様々な事業を展開している。たとえば,「被爆体験伝承者養成事業」である。平成24年度に開始された本事業には,初年度,137名の応募があり21),現在,3年間の研修期間を経て,88名が被爆体験伝承者として活動している。その活動支援のために,広島市は平成29年度より予算化を図り,伝承者講話の定時開催事業を開始した22)。これは,被爆体験継承者を育成するという意味以外にも,原爆被害の理解者を拡充するという意味において有益である。また,広島平和記念資料館が長年取り組んできた被爆資料,証言,遺影等の収集も重要であるし,同館の主目的の一つである原爆被爆の実相に関する展示・公開,また被爆体験講話,被爆体験伝承講話,ヒロシマ・ピース・ボランティア等の諸事業は今後も継続が望まれる。
被爆体験記・手記に関しては,特に,国立広島原爆死没者追悼平和祈念館が取り組んでいる。被爆体験記・遺影等の収集・データベース化を着実に進め,平成29年3月31日現在で,体験記に関しては135,747点を整理し,氏名・遺影に関しては,21,629点を収集している。それぞれ,順次,公開を行っている。その他,広島平和記念資料館が主に行っている修学旅行生などへの被爆証言活動,ヒロシマ・ピース・ボランティア,被爆者証言ビデオ制作(国立原爆死没者追悼平和祈念館との共同事業),あるいは,平和に関するデータベースの構築・公開など,被爆体験継承のための事業は多岐にわたる。それら全ての活動内容・具体例については,枚挙に遑がない。これら諸活動の継続は必要であるが,同時に,如何にこういった諸事業に多くの人がアクセスするかも重要な視点である。
広島平和文化センターの報告によると平成28年(2016年)の広島平和記念資料館への入館者数は過去最高の約174万人である。また,同年の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館への入館者数も34万1千人を数える。しかしながら,同年の広島市観光客総数が,対前年比で5.1%増加し,1,261万1千人である23)ことと,同年の宮島来島者が約430万人であることに鑑みれば24),それら両機関への入館者数は,決して多いとは言えない。原爆ドームを見て,その後,平和記念公園一帯に足を運び,広島平和記念資料館,国立広島原爆死没者追悼平和祈念館,そして公園一帯に点在する様々なモニュメントを観光するという,いわば「平和観光」のための動線づくりも必要ではないかと考える25)。
他方,研究者の役割も小さくない。「その後」の原爆後障害の解明に関しては,医科学分野を中心にこれまで貪欲に行われ,放射線被爆による発症リスクも明らかになってきた。また,研究の途上ではあるが,原爆放射線による発癌の分子生物学的発症メカニズムの研究も大きく進展した。被爆者の心的影響,社会的影響,あるいは思いに関しては,新聞各紙のアンケート結果などを援用し,筆者らを中心に取り組んでいる。これらの研究成果は,教育の場で発信するばかりではなく,公開市民講座のような場を作り,広く市民に向けて提供することが肝要である。
筆者らが所属する広島大学では,平成23年度より平和科目を設け26),全学選択必修化を開始した。これにより,すべての入学生約2500名はこの平和科目を履修することとなった。平成29年度には29科目の平和科目を開講した。この29科目の内,約7割に該当する20科目が,「原爆」,「被爆(放射線を含む)」,「核兵器」をテーマにする講義を一回以上盛り込んでいる。中には,被爆者を招聘し,体験を講話してもらう内容のものもある。広島県市の小中高で展開される原爆をテーマにした平和教育も重要であるし,このように大学といった高等教育機関でより専門的に,原爆被害について学ぶことも有益である。教育の場で,原爆被害をある程度理解し,その知識をもって,被爆者からの講話を聴き,証言・手記を読み,被爆資料を観察する。あるいは,証言を聞き,その後,原爆被害を学術的に学ぶ。そういったことにより,原爆被害への理解は確実に深化するはずである。こういった自明の作業を地道に行うことのみが,被爆体験継承を担保するであろう。
行政,大学がそれぞれにそれぞれの役割を十全に果たし,同時に,連携し,被爆体験に対する個人の理解度を深める「場」を提供する必要がある。その際,行政と大学の連携も重要である。広島平和文化センターと広島大学は,2016年12月に包括的連携協定を締結した。その協定の一環として,今後,市民向けの公開講座を行う予定である。原爆被爆に関する学術的研究成果と様々な被爆資料の提示・解題の組み合わせにより,原爆被害に対する理解は深化するはずである。冒頭述べたように,多くの被爆者が,被爆体験継承に対して,十分に継承されていないと考えている。投下当時の「あの日」の体験に加え,長期にわたる原爆後障害,それを起因とする健康不安,社会的な被害など複合的な原爆被害を理解するのは困難だという思いがあるからだ。そういった複合的かつ継続的な被害の全体像を,学術的に研究し,その成果を行政と連携しながら,如何に市民に提供するか,これも大学,行政に課せられた使命の一つであろう。
最後に,被爆体験に基づく,「核なき世界」への思いを重く受け止めることも継承には不可欠である点を指摘しておきたい。被爆者が被爆体験を継承されていないと感じることは,「空白の10年」を経て,これまで展開してきた「核なき世界」を軸とする平和運動が結実していないと感じていることと関係している。別稿(川本ら 2016)で議論したが,「核なき世界」の実現には半数以上の被爆者が懐疑的である。それが実現されない,あるいはそれが期待できない現状は,やはり被爆体験が十全に伝わっていないという思いと関連している。「核なき世界」を標榜する「ヒロシマ」はその担い手であった被爆者に頼ることが出来ない時代を迎える。今後,どのように「核なき世界」の実現に取り組んでいくのか,あるいは「平和」の聖地としてさらに大きな役割を担うのか。今後の「ヒロシマ」のあり方,役割をあらためて考え,それを明示することも被爆体験継承には不可欠な要素であるように思えてならない。
21)その内訳は,被爆者15名(内,胎内被爆者2名),被爆二世50名,被爆三世4名,その他68名となっている。
22)平成29年度当初予算において359万1千円を計上。広島平和記念資料館にて,休館日を除く毎日開催。詳しくは,次のURLを参照。http://hpmmuseum.jp/modules/info/index.php?action=PageView&page_id=148(2018年1月26日アクセス)。
23)広島市観光局発表。http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1496238527600/files/kankokyaku.pdf(2018年1月26日アクセス)。
24)廿日市市発表。https://www.city.hatsukaichi.hiroshima.jp/uploaded/attachment/20634.pdf(2018年1月26日アクセス)。
25)筆者らは,広島平和記念公園一帯の原爆ドーム,広島平和記念資料館などを見学し,いわば「平和」を学ぶ,感じることを「平和観光」と位置付け,その可能性を既述の北海道大学主催の国際シンポジウムで発表した。その内容については,今後,別稿にてまとめる予定である。
26)平和科目では,広島県・市が主導する「国際平和拠点ひろしま構想」事業の一環でまとめられた『広島の復興の歩み』を副読本として推奨している。