当サイトを最適な状態で閲覧していただくにはブラウザのJavaScriptを有効にしてご利用下さい。
JavaScriptを無効のままご覧いただいた場合には一部機能がご利用頂けない場合や正しい情報を取得できない場合がございます。

国際平和拠点ひろしま

「若者たちのピース・キャラバン 」ドイツ・イタリアコース 帰国報告書

 こちらは、2023年11月29日(水)~12月7日(木)に、ドイツ・イタリアに派遣された「若者たちのピース・キャラバン」参加者による帰国報告書の紹介ページです。

 報告書には、現地でのフィールドワークや学生との交流などを通じて実感したことや、今後の活動への意気込みなどが述べられています。

出野 日葵(いでの ひまり)さん

 広島市立舟入高等学校 3年

 このプロジェクトには、もっとG7に関わり、同世代の人と一緒に核についての意見を交わしたい、ホロコーストについて詳しく学びたい、という思いで参加しました。約一週間で自分の期待していた以上の経験をしたり、学びを得たりすることができました。

 実際に、ドイツ・イタリアを訪問して歴史や、当時の状況を学べる資料館などに行くことは、日本で学ぶよりもより詳しく理解することに繋がりました。ホロコーストの歴史を広島であまり学べない中、実際にナチスによる会議が行われた場所や多くの資料が残っている資料館に行くことは、私に多くの衝撃と新しい学びを与えてくれました。特に、イタリア・ミラノで訪れたショア記念館では、どのようにユダヤの人々が強制収容所に運ばれていたのか、また、実際に生き残ることができた数少ない人はどのような感想を持っていたのか、ということを深く知ることができました。訪問を通して、2度とこのようなことが繰り返されてはならない、ということを強く再認識することができました。

 高校や大学でのディスカッションでは、異なる文化、歴史、背景を持つことで、同じ話題で話しても、全く異なる見方ができるということをとても実感することができました。特に、平和教育に大きな違いを見つけました。

 ドイツ、イタリアでは、何が起きたのか、ということを加害者的立場に立って学んでいるのに対し、広島では、被害者の立場に立ちすぎているのではないか、ということに気づきました。過去から学んで、未来の平和な世界を築いていくためには、ある特定の視点からではなく、様々な視点で物事を考えていかなければならないと感じました。異なる文化、環境の中で学んできた人と対話をするというのは、自分にとってとても良い学びの機会になりました。また、現地の学生と原子爆弾について話した時に、原子爆弾への知識の差を実感しました。私たち広島で生まれ育っている若者は、当たり前のように原子爆弾とはどのようなものか、どれだけ破壊力のある兵器なのか、ということを理解していますが、その当たり前は当たり前ではない、ということに気づきました。なぜ原子爆弾の後遺症が数年後に発症するのか、なぜ差別が生まれたのか、などについて質問されてみて、広島という原子爆弾について学べる環境にいるからこそ私たちは知っているのだと気づくことが多くありました。

 加えて、原子力という事を話題とすると、現地の学生は原子力発電を一番に思いつくというのも新たな発見でした。実際に原子力発電が活発に行われているヨーロッパでは、二酸化炭素を排出しないという面で環境に優しい発電方法である原子力発電の安全性について、福島第一原発などの歴史を踏まえてとても関心があるのだと感じました。

フンボルト大学でのパネル展
(ドイツ・ベルリン)
ヴォルダ高校生徒との折り鶴作成後の記念写真
(イタリア・ミラノ)

 約1週間、たくさんの場所でたくさんの方と交流し、とても刺激を受けました。この学びを今後のボランティアなどを通した平和活動や、SNSでの幅広い方々に向けた発信に活かしていきたいと思っています。そのために、大学では学問として平和や国際問題を積極的に学習し、平和についてより深く、多くの視点から考えられるようになりたいと思います。

 このプロジェクトへの参加は、核兵器問題をはじめとした国際課題に興味のある同じ世代の方と出会い、活動内容を知り刺激をもらったり、平和や広島の平和教育について改めて深く考えたりすることのできる、私にとってとても良いきっかけになりました。

小田 珠々乃(おだ すずの)さん

 

  広島市立舟入高等学校 3年

 派遣国での研修を通して、私が抱いていた平和学習・戦争・原爆へのトラウマに対して向き合うことができた。また、私自身の将来について改めて具体的にイメージを持つことができた。

 私はドイツ・イタリアコースへの応募にあたって、一つの問いを持って臨んだ。広島で平和学習を受けているため核兵器が他の兵器や戦争の被害よりも特別恐ろしく感じている人が多いと思っていた。その特別視を取り払い、「他の兵器とはどう違うのか?」という問いに私なりの答えを見つけることができた。兵器を「残酷さ」とは異なるものさし(戦後の環境問題、その後に生まれてくる子どもへの影響など)で比較すると違いは明確にある。しかし、多くの人命を奪う兵器や政策に違いはなく、全て等しく誰かの尊い命を奪い、これまで積み上げてきた文化や歴史、社会を無に等しい状態にするものとして、全ての兵器が残酷であることに違いはないと思った。だから、私は現時点で「他の兵器と核兵器に違いは無い」という答えに辿り着く事ができた。

 フィールドトリップでは、記念館・資料館は目的と対象者に合わせた伝え方の工夫がとても重要であると学ぶ事ができた。ドイツのヴァンゼー会議記念館やテロのトポグラフィーなどでは、道端に遺体が放置されている写真や公衆の面前で髪を剃られる女性の写真など凄惨な写真が多くあった。イタリアのショア記念館ではガイドの方から「ここは博物館ではなく記憶するための場所」と説明を受け、犯してしまった戦争犯罪を決して風化させないという強い意志を感じた。実際の展示方法や建物の構造には意味が込められており、悲惨な歴史を受け入れ繰り返さないために、重要な記憶や想いを留めておく貴重な場所である事が理解できた。「ありのままを伝える展示」の方法に衝撃を受けたのと同時に、その意味にとても感銘を受けた。

 さらに、平和の大切さや原爆を繰り返してはいけないメッセージを、より相手に理解してもらい今後も継続して考えてもらうため、また平和を祈り、伝えるだけでなく、「平和を創る」ために、どのような工夫が大切なのかを考え取り組む必要があると学んだ。そして、平和学習に苦手意識や抵抗感を持つ人もいると思うので、一人ひとりに合った学び方や向き合い方と出会えることが、地球規模課題解決に向けた一歩である「知ること」・「考え行動すること」に繋がっていくと思った。

 最後に派遣国の若者との交流を通して、異なるバックグラウンドや宗教、価値観を持つ人たちと少しずつ歩み寄り課題解決に向けて取り組んでいくことが大切だと改めて感じた。また、私自身のトラウマを踏まえ、将来、国内外の様々な視点から平和を伝える活動と人をつなげる学び方の橋渡しをしたいと思っている。

 そして、今まで目を向けていなかった地球規模課題についても考え、解決に向けた活動の輪を身近な人に広げていきたい。

テロのトポグラフィーの展示写真(ドイツ・ベルリン)
ショア記念館内部(イタリア・ミラノ)

前田 遙夏(まえだ はるか)さん 

 叡啓大学 1年

 約1週間の派遣を通して、現地を訪れ、自分の目で見ることが最も価値のあるものだと再確認することができた。ドイツ、イタリアは日本と同様、戦争の負の遺産が存在し、訪問することで、過去の歴史を深く学ぶだけではなく継承していく大切さを強く感じた。

 学生との交流では、幅広い地球規模課題についての議論から互いを知る機会を設けることこそが平和への一歩であると学ぶことができた。異なる視点から物事を考え、新しい事実を知ることの際限のない学びであり、興味深かった。

 また、育ってきた環境が違う人が交流すると、想像したこともない考えや、意見を聞くことができる。対話をすることで相互作用を引き起こし、互いにとって数えきれない学びが存在した。

 ドイツでは、日本と比較すると、若者の社会に対する関心が高い傾向にあることが印象に残っている。世界では、私たちと同世代の人々が平和や国際関係を深く学ぶ機会があり、自身の意見を持ち、行動に移している事実に強く感化された。私は、様々な分野に焦点を当て、客観的に物事を捉えていきたい。

 また、東西冷戦関連施設であるヴァンゼー会議記念館(House of the Wannsee Conference)ではどの条件を持つ人がユダヤ人としてみなされ、迫害を受ける対象になったのかを示す過程が印象に残っている。訪問前はヴァンゼー会議について知らなかったため、実際の会談場所といわれてもよく見当が付かなかった。しかし、記念館内の写真や資料から、ナチス政権の実相やユダヤ人以外にソ連捕虜や女性、子供の犠牲者が多くいたという事実を学び、この場所がヨーロッパの全てのユダヤ人を意図的に排除する計画の議論に使われたと知った途端に恐ろしいと感じた。実際に保存されている写真から現実感が増し、息苦しさとともに、家族や知り合いがその場にいて経験していたらと考えると過去を絶対に繰り返してはいけないとひしひしと感じた。

ヴァンゼー会議記念館の屋外展示物見学の様子
(ドイツ・ベルリン)

 イタリアの高校でのディスカッションでは、福島第一原発や難民問題まで話が広がり、核兵器や原子力発電に対して私たち以上に知識が豊富であることが印象に残っている。まだまだ自国の学ぶべき課題が山積みであると痛感した。折り鶴を一緒に作る過程で平和の象徴となった経緯やその意味を説明した。平和の大切さを広めていくために折り鶴は重要な役割を果たすだろうと興味を示してくれた学生の様子から、自分で作る経験はより物事を身近に捉える効果があると発見した。

アインシュタイン高校の学生と折り紙作成時の写真
(イタリア・ミラノ)

 国の垣根を超えた交流、訪問は私にとって学校で学ぶことのできない世界を教えてくれた。宗教観の違いや難民問題など、日本ではあまり馴染みのない問題や価値観、文化の違いを受け入れ、互いを尊重し合える関係性をこれからも大切にしていきたい。

 また日本の歴史を世界に伝えていく活動を行い、日本に対する世界の関心が今後も高まるように努めていきたい。

 個人の平和活動においては、被爆の実相という過去のみに目を向けるのではなく、これからどうしていくべきなのか、未来に焦点を当てて行動をしていきたい。過去を学ぶことは避けては通れない道であり、これからも直視するべき課題である。次世代の若者が過去から学び、未来を変えていくことは可能である。私は派遣を通してこれらを学ぶことができたので将来に向けてアクションを起こし続けていきたい。

望月 帆奈(もちづき はんな)さん 

広島県立広島叡智学園高等学校 1年 

 2023年5月19日、第二次世界大戦中に巨大な破壊と絶望をもたらした原爆という兵器が落ちた広島で、 敵同士だった国々が参加し G7サミットが開催されたことは、大きな意味がありました。今回のピース キャラバンでは、現地の若者と一緒にG7広島サミットでの思いを引き継ぎ、地球の未来のために出来ることを考え、異なる文化を持つ人達と交流したことで自分自身が大きく成長できました。

 ドイツ・イタリア両国で、5つの歴史的に重要な博物館や記念碑を訪問しました。特に印象に残っているのは、ドイツのヴァンゼー会議記念館です。ここでは、ホロコーストの計画がどのように始まり、終わったのかについて学ぶことができました。計画の事実を伝えるだけでなく、計画が与えた人々への影響について個人レベルで伝えてくれるのが印象的でした。特に印象に残っているのは、被害者の想いを音声で伝える展示です。これは、”All I wanted is to go home, go home, go home, go home…”という被害者の方が収容所にて残した手記を読み続けるものでした。この音声を聞いて、私は今までホロコーストの歴史をどこか他人事として捉えていたことに気づきました。ですが、私はこの展示を通して、被害者の方々それぞれに本来壊されてはいけなかった幸せと、生活があったことを学びました。同時に、私がこれから活動を続けていく上で忘れてはいけない、被害者の想いを伝えてくれました。

 次に、ドイツ・イタリアの高校での交流イベントで伝えたかったことは、まず原爆とは何か、そして個人レベルでどのような影響を与えたのかという点です。私は、日本以外の国では原爆について学ぶ機会が少ないことを派遣前に認識しました。そのため、今回の交流イベントでは原爆によって引き起こされる破壊の実態や、当時の「ごく普通の人々」にどのような思いがあったのかについて伝えようと考え、実際にそれらを伝え切ることができました。現地の高校生との交流の中では、なぜ?と疑問を持った生徒が多かったです。なぜ広島が狙われたのか?なぜ日本とイタリアで問題への意識が変わるのか?など、ひとりの疑問を全員で考え、答えを見つけるという方法で議論を進めることができ、疑問を持ったことで問題を自分ごととしてとらえ、考えを進めることができました。

 現地の方との交流を通じて新たに感じたことは、原爆の被害を経験していない私たちが、被害について伝える難しさです。交流の中で、単に知識を伝えるだけでは十分でないと感じる瞬間が何度もありました。だからこそ、私たち経験者でない者が知識だけでなく、被爆者の方々が見た情景や想いを理解できる新しい方法を模索することが、紛争や対立などの地球規模課題解決に向けて重要だと考えることができました。その方法の一つとして、文字だけではなく、他の媒体で想いを伝え続けるというアイデアを考えました。私は3Dモデル制作を得意としていて、旧広島陸軍被服支廠をはじめとした歴史的に深い意味を持つ建物や当時の風景の3D画像を製作し、被害者の方の想いと被害を伝え、そこから将来の可能性の認知を広めることをこれから取り組んでいきたいです。

ヴォルタ高校での交流の様子
(イタリア・ミラノ)
同校生徒と折り鶴作成後の記念写真
(イタリア・ミラノ)

山島 雫(やましま しずく)さん 

 広島女学院高等学校 3年

 高校生とのディスカッション、パネル展、フィールドトリップの3つの活動のうち、高校生とのディスカッションとフィールドトリップにおけるホロコースト関連施設の訪問が強く印象に残りました。

 ディスカッションでは、同じ未来を願う人同士でも、国が違えばその方法に対する考え方が正反対であったことが、私の中で最も印象的でした。

 例えば、現地の高校生とウクライナとロシアの戦争における軍事支援についての話題になった時のことです。私は「戦争を長引かせ、負傷者や被害が増えてしまうので有効的な解決策ではない」と答えましたが、「NATOが支援をしなければ、ウクライナはロシアに占領されてしまう」と彼女は答えました。私も彼女もウクライナの人たちを慮った意見なのに、正反対の意見になりました。個人的な意見の違いもあるでしょうが、育ってきた国によって潜在的な意識や常識が違うため、自分の考えうる範囲を超えたところに相手の考えがあることを知り、自分の意見を述べることの大切さや相手の意見を聞くことの重要さを知りました。また、第三者に手を差し伸べる際にも、勝手に考えて行動するのではなく当事者が望んでいることを明確に知って行動することが、本当の意味での支援になるのだと実感しました。

アインシュタイン高校生徒とのディスカッションの様子
(イタリア・ミラノ)

 ホロコースト関連施設訪問ではより多くの史実を知ることができ、特に、ヴァンゼー会議記念館での音声資料とショア記念館の列車に私は大きな衝撃を受けました。ヴァンゼー会議記念館で聞いた“I want to go home. I want to go home.”というユダヤ人の手記を音読した声は、耳から離れることがなく胸が締め付けられました。

 ショア記念館ではユダヤ人を収容所まで送るのに使用した列車の中を見学しました。そこはレストハウスに入った時と同じく外と時の流れが変わり、タイムスリップをしているような感覚になりました。その狭さを肌で知り、大量の人間がトイレ休憩すらない中で一週間近く閉じ込められていた事実を、急に身近な恐怖として感じました。糞尿を垂れ流す以外なかったので、窓やドアのない車両の臭いは相当なものであったそうですが、外の寒さは凍え死ぬほどであったため、外気の流れ込みが無い車両は暖かく人気があったそうです。『虐殺』と習ってきたことの事実は、紙に書かれた熟語二文字から想像することはできず、そこに立った私にとってさえも想像に及ばないものに違いありません。戦争を単に過去の出来事や他人事として終わらせてはいけないと再度強く思いました。

ショア記念館内部
(イタリア・ミラノ)

 また、この研修を通じ、今までとは異なった平和活動の方法を発見できました。それは世界中の人と友達になることです。それを強く感じたことが2点ありました。

 一つ目は、偏見を肌で感じたことです。「放射線の影響で広島はまだ人が住めないのか」と問われた際、広島に対する偏見があることを知り、知識と事実の差異を狭めていく活動をする必要があると痛感しました。また、現地の高校生と話をし、私自身の中に『イタリア人とはこういうもの』という勝手なイメージや偏見があったことにも気が付きました。これらの気づきは、私が現地の人たちと一歩近づけたからこそ得ることができたものだと思います。

 二つ目は、日本で地震があった時のことです。この研修で知り合ったドイツの子が「津波が発生したそうだけれどあなたの家族や友人は大丈夫だった?私はとても心配だった。」と連絡をくれました。心を通わせていれば、他国のことでも自分事として考えることが出来るのだと感じました。

 これらの事から、直接話をし、お互いについて知る機会を設けることが新しい社会の平和への第一歩となると実感しました。その国に直接行って体験することは何にも代えがたいことではありますが、それが叶わなくてもインターネット社会である現代は、知人友人を増やすことは容易だと考えます。重要なのは自発的に行動することだと思いました。

 この研修を通じて新しい事実とたくさんの課題を見つけることができました。私はこの経験を活かし、平和活動を続けていきたいです。

この記事に関連付けられているタグ