(6) 警戒態勢の低減、あるいは核兵器使用を決定するまでの時間の最大限化
核兵器の警戒態勢に関して、2019 年に核 保有国の政策に大きな変化は見られなかっ た169。米国及びロシアの戦略核弾道ミサイルは、警報即発射(LOW)あるいは攻撃 下発射(LUA)といった高い警戒態勢に置 かれている170。
米露以外では、英国の 40 発及びフランス の 80 発の核兵器が、SSBN の常時哨戒のも とで、米露のものよりは低い警戒態勢に置 かれている171。中国は、通常は核弾頭と運 搬手段を切り離して保管しており、即時発 射の態勢を採用していないと考えられてき たが172、MIRV 化 ICBM や新型 SSBN/ SLBM の導入に伴い、そうした政策が変化 する可能性について注視されている。他の 核保有国の動向は必ずしも明らかではない が、インドは中国と同様に、即時発射の態 勢は採っていないと見られる。パキスタン は 2014 年 2 月に、核兵器を含むすべての 兵器は首相を長とする国家司令部(Na- tional Command Authority)の管理下にあ り、インドとの危機時にも核戦力使用の権限を前線の指揮官には移譲しないことを確 認した173。
警戒態勢の低減に関しては、チリ、マレ ーシア、ナイジェリア、ニュージーランド、 スウェーデン及びスイスが NPT 運用検討 プロセスで「警戒態勢解除グループ」を形成し、警戒態勢解除に関する作業文書を提 出するなど、積極的に提案してきた。2019 年 NPT 準備委員会でも、警戒態勢解除の 重要性を論じたうえで、核兵器国に対して、 核兵器システムの運用態勢を直ちに低減す るための措置を採ること、並びに 2020~ 2025 年の運用検討サイクルの間に核兵器の 運用態勢に関する定期報告を提供すること を求めた174。
警戒態勢の低減・解除が提案される目的 の 1 つには、事故による、あるいは偶発的 な核兵器の使用の防止が挙げられてきた175。 これに対して核兵器国は、そうした使用を 防止するために様々な措置を適切に講じて きたと強調している176。
169 各国の政策については、『ひろしまレポート 2017 年版』を参照。
170 Hans M. Kristensen, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons,” Presentation to NPT PrepCom Side Event, Geneva, April 24, 2013; Hans M. Kristensen and Matthew McKinzie, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons,” United Nations Institute for Disarmament Research, 2012.
171 Kristensen, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons”; Kristensen and McKinzie, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons” を参照。
172 他方、米国防総省による中国軍事力に関する年次報告書では、中国人民解放軍の文書で LOW 核態勢の有用性 が示され、NFU とも整合するものだと強調していること、中国は将来的にそうした体制を支援し得る宇宙配備早 期警戒能力の開発を進めていることが記された。The U.S. Department of Defense, Annual Report to Congress: Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2018, May 2018, p. 77.
173 Elaine M. Grossman, “Pakistani Leaders to Retain Nuclear-arms Authority in Crises: Senior Official,” Global Security Newswire, February 27, 2014, http://www.nti.org/gsn/article/pakistani-leaders-retain-nuclear-arms- authority-crises-senior- official/.
174 NPT/CONF.2020/PC.III/WP23, April 12, 2019. また NPDI も、警戒態勢低減・解除に関する作業文書を 2019 年 NPT 準備委員会に提出した。NPT/CONF.2020/PC.III/WP31, April 24, 2019.
175 たとえばルイス(Patricia Lewis)らは、核兵器が不用意に用いられかけた 13 の事例を概観し、考えられていた よりも核兵器使用の可能性は高かったこと、核兵器の不使用は抑止の効果よりも個々の意思決定者が救ったという 側面が強いことなどを論じた上で、核兵器が存在する限り、不注意、事故、あるいは故意の核爆発のリスクは残る ことから、核兵器廃絶までの間、慎慮ある意思決定が最優先課題だとする報告書を公表した。Patricia Lewis, Heather Williams, Benoît Pelopidas and Sasan Aghlani, “Too Close for Comfort: Cases of Near Nuclear Use and Options for Policy,” Chatham House Report, April 2014.
176 『ひろしまレポート 2017 年版』を参照。