(2)国際原子力機関(IAEA)保障措置(NPT締約国である非核兵器国)
A) IAEA 保障措置協定の署名・批准
核物質が平和的目的から核兵器及び他の核爆発装置へと転用されるのを防止・検知するために、NPT 第3 条1 項で、非核兵器国はIAEA と包括的保障措置協定を締結し、その保障措置を受諾することが義務付けられている。2020 年9 月の時点で、NPT 締約国である非核兵器国のうち、10 カ国(パレスチナを含む)が包括的保障措置協定を締結していない40。
また、NPT 上の義務ではないが、IAEA保障措置協定追加議定書の締結については、NPT 締約国である非核兵器国のうち、2020 年9 月時点で131 カ国が批准している。イランは未批准だが、追加議定書の暫定的な適用を2016 年1 月に開始した。
包括的保障措置協定及び追加議定書のもとでの保障措置を一定期間実施し、その結果、IAEA によって「保障措置下にある核物質の転用」、「申告された施設の目的外使用(misuse)」及び「未申告の核物質及び原子力活動」が存在する兆候がない旨の「拡大結論(broader conclusion)」が導出された非核兵器国(2019 年末時点で69 カ国)については、包括的保障措置協定と追加議定書で定められた検証手段を効果的かつ効率的に組み合わせる統合保障措置( integrated safeguard ) が適用される。
2019 年には67 カ国で統合保障措置が実施された41。
本調査対象国のうち、NPT 締約国である非核兵器国に関して、包括的保障措置協定及び追加議定書の署名・批准状況、並びに統合保障措置への移行状況は、表2-1 のとおりである。なお、EU 諸国は欧州原子力共同体(EURATOM)による保障措置を受諾してきた。また、アルゼンチン及びブラジルは二国間の核物質計量管理機関(ABACC)を設置し、両国、ABACC 及びIAEA による四者協定に基づく査察を実施している。ブラジルは非核兵器国で初となる原子力潜水艦の保有を目指しており、その核燃料に対するブラジル・IAEA 間の保障措置のあり方について、交渉が行われているが詳細は明らかではない42。
2020 年9 月のIAEA 総会で採択された決議「IAEA 保障措置の有効性強化と効率向上」では、NPT 締約国で小規模な原子力活動しか実施していない国である少量議定書(SQP)締結国に議定書の改正ないし改定を求めるとともに、同年9 月時点で63 カ国について改正が発効したことが記された43。
改正前のSQPでは、ほとんどの保障措置について実施が留保されていた。
原子力導入の意図を表明している国のなかで、サウジアラビアは依然としてSQPの改正議定書を受諾していない。サウジアラビア初の研究用原子炉が完成間近で、同国はその核燃料を輸入する前に保障措置協定を再交渉し、すべての核物質・活動が適切に保障措置下に置かれるようIAEA と補助取極を締結するなど、SQP をフルスコープの保障措置協定にする必要がある。また、サウジアラビアが締結しているSQP のもとでは、保障措置上の便宜から実施している原子炉の設計・建設段階でのチェックを行うことができない。IAEA はサウジアラビアと保障措置協定の改正に向けた協議を継続しているが44、2020 年には進展しなかった。
B) IAEA 保障措置協定の遵守
2020 年に刊行された『2019 年版保障措置ステートメント』によれば、2019 年末時点で、包括的保障措置及び追加議定書の双方が適用される131 カ国(追加議定書を暫定適用するイランを含む)のうち、IAEAは、69 カ国についてはすべての核物質が平和的活動のもとにあると結論付け、62 カ国については未申告の核物質・活動がないことに関して必要な評価を続けている。また包括的保障措置協定を締結し追加議定書未締結の44 カ国について、IAEA は、申告された核物質は平和的活動のもとにあると結論付けた45。
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、IAEA による保障措置の実施にも大きな困難を課したが、IAEA はそうした状況のもとでも検認活動を中断せず、保障措置の効果的な実施を継続していると報告した。IAEA の地域事務所が所在するカナダ及び日本については、他国と比べて困難度は低く、これらの地域事務所により2020 年3〜5 月に71 回の査察などが実施された。また、フランス、ドイツ、英国及び米国からの特別拠出金により、IAEA は史上初めてチャーター便を利用し、上記の期間に78 名の査察スタッフを送り、4 カ国で査察を実施した46。
北朝鮮
北朝鮮は2002 年以降、IAEA による監視を拒否してきた。2020 年9 月のIAEA 事務局長報告「北朝鮮への保障措置の適用」47では、核施設にアクセスできないため運転状況や活動の特徴・目的など詳細は確認できないとしたうえで、公開情報や衛星画像などを通じて把握した北朝鮮の核関連施設などの状況について報告した。その概略は下記のとおりである。
➢ 2018 年12 月以降、寧辺の黒鉛減速炉が稼働している兆候は見られない。使用済燃料が炉心から取り出されたかは不明である。
➢ 再処理活動が行われていないこと、並びに5MW 原子炉での最近の運転で生産されたプルトニウムが分離されていないことは、ほぼ確実である。
➢ ウラン濃縮設備の使用を示す兆候が観察された。
➢ 平山(ピョンサン)鉱山及びウラン製錬プラントで、ウランの採鉱、製錬及びウラン精製活動が実施されている形跡が見られた。
➢ 平壌近郊の降仙(カンソン)に建設されたのがウラン濃縮施設だとすれば、定常的な車両の移動はこの施設が稼働中であることを示している。
➢ 定期的な車両の移動は、降仙(カンソン)での活動が継続していることを示しており、それは寧辺の濃縮施設と共通の特徴を有している。
また「保障措置ステートメント」では、IAEA は2019 年に、「北朝鮮の核計画の検証において重要な役割を果たすための準備体制を強化する取組を強めた。…関係国間で政治的な合意に至り、北朝鮮による要請と理事会の承認が得られた際には、適時に北朝鮮に戻る用意がある」48とした。
イラン
2019 年以降、イランはJCPOA の一部履行停止を続けているが、IAEA による査察については原則として受諾してきた。新型コロナウイルスの感染がイランを含め世界的に拡大するなかでも、IAEA はイランへの査察のためにチャーター機で査察員をイランに派遣した。フランス、ドイツ及び英国は、そのための追加費用をカバーするために、75 万ユーロの自発的拠出を行った49。
2020 年のIAEA 総会では、グロッシ(Rafael Grossi)事務局長が、「IAEA は保障措置協定下で、イランにより申告された核物質の未転用の検証を継続してる。イランに未申告の核物質及び核活動がないとの評価を継続している」50と述べた。イランは、2019 年の1 年間にIAEA が実施した査察総数の22%にあたる432 回の査察と、33 回の補完的アクセスを受け入れたと発言した51。
他方、グロッシ事務局長は2020 年3 月にIAEA 理事会の冒頭で、IAEA がイランに対して、3 カ所における未申告の核物質及び核関連活動の可能性に関して質問し、2カ所へのアクセスを求めたものの、イランはこれを認めなかったことを報告した52。
この問題について、IAEA 理事会は6 月に決議を採択(賛成26、反対2(中国・ロシア)、棄権7)し、イランが追加議定書の下での2 カ所へのアクセスを認めず、またイランにおける未申告の核物質及び核関連活動の可能性に関するIAEA の質問にほぼ1 年間にわたって明確な説明を行っていないことへのIAEA 事務局長による深刻な懸念に呼応しつつ、「イランにIAEA が特定する箇所への迅速なアクセスの提供を含め、IAEA と完全に協力し、その要求を満たすよう求める」53とした。
イランは2 カ所へのアクセスを拒否する理由として、「捏造された」イスラエルの情報に基づくものであり、そのような疑いのある情報に正当性を与えることで悪い前例を与えたくないためだと主張していた54。しかしながら、2020 年8 月にグロッシ事務局長がイランを訪問し、サレヒ(Ali AkbarSalehi)原子力庁長官と会談した結果、両名による共同声明で、「イランは、IAEAが指定した2 施設へのアクセスを自主的にIAEA に提供する」こと、並びに「IAEA は、保障措置協定及び追加議定書で申告された施設以外へのさらなるアクセスは要求しない」ことなどに合意した55。
これを受けて、上記のうち1 つの施設について、イランは環境サンプルを採取するために査察官のアクセスを許可したこと、環境サンプルはIAEA ネットワークの複数の研究所で分析を行うことなどがIAEA によって9 月4 日に報告された56。また2 カ所目についても、IAEA は査察を実施し、環境サンプリングを行ったことを同月末に明らかにした57。
シリア
IAEA は、2007 年のイスラエルによる空爆で破壊されたシリアのダイル・アッザウル( Dair Alzour ) のサイトについて、IAEA に未申告で秘密裏に建設されていた原子炉だったと疑われ、IAEA もその可能性が高いと評価している。IAEA はシリアに、未解決の問題について十分に協力するよう求めているが、シリアは依然として対応していない58。
また、IAEA 保障措置ステートメントでは、2019 年にダマスカス近郊の小型研究炉( Miniature Neutron Source Reactor:MNSR)及びダマスカス市内の施設外の場所(LOF)で査察を実施したこと、並びにシリアが申告した核物質については、平和的活動からの転用を示す兆候はなかったことが記載された59。
40 IAEA, “Status List: Conclusion of Safeguards Agreements, Additional Protocols and Small Quantities Protocols,” September 18, 2020, https://www.iaea.org/sites/default/files/20/01/sg-agreements-comprehensive-status.pdf. その10 カ国は、いずれも少量の核物質しか保有していないか、原子力活動を行っていない。
41 IAEA, Annual Report, pp. 87-88. 拡大結論が導出されたものの統合保障措置が適用されていないのはヨルダン及びトルコ。
42 Leonardo Bandarra, “Brazilian Nuclear Policy under Bolsonaro: No Nuclear Weapons, But a Nuclear Submarine,” Bulletin of the Atomic Scientists, April 12, 2019, https://thebulletin.org/2019/04/brazilian-nuclear-policy-underbolsonaro/.
43 GC(63)/RES/13, September 2020.
44 “IAEA in Wide-Ranging Talks with Saudi Arabia on Tougher Nuclear Checks,” Reuters, September 14, 2020, https://www.usnews.com/news/world/articles/2020-09-14/iaea-in-wide-ranging-talks-with-saudi-arabia-on-tougher-nuclear-checks. イランは国連総会第一委員会で、サウジアラビアを厳しく批判した。“Statement by Iran,” FirstCommittee, UNGA, October 14, 2020.
45 IAEA “Safeguards Statement for 2019,” 2020.
46 GOV/INF/2020/7, June 4, 2020, https://www.iaea.org/sites/default/files/20/06/govinf2020-7.pdf.
47 GOV/2020/42-GC(64)18, September 3, 2020.
48 IAEA “Safeguards Statement for 2019,” 2020.
49 U.K. Government, “E3 Statement on verification and monitoring in Iran (JCPoA) at the IAEA Board of Governors,” June 16, 2020, https://www.gov.uk/government/news/e3-statement-on-verification-and-monitoring-in-iran-jcpoaat-the-iaea-board-of-governors-june-2020.
50 Rafael Mariano Grossi, IAEA Director General, “Statement to Sixty-Fourth Regular Session of IAEA General Conference,” September 21, 2020, https://www.iaea.org/newscenter/statements/statement-to-sixty-fourth-regularsession-of-iaea-general-conference.
51 “Statement by Iran,” IAEA General Conference, September 21, 2020.
52 “IAEA Director General’s Introductory Statement to the Board of Governors,” March 9, 2020, https://www.iaea.org/newscenter/statements/iaea-director-generals introductory-statement-to-the-board-of-governors-9-march-2020. IAEA はアクセスを求めていない1 カ所について、「2003 年と2004 年に大規模な除染及びレベリングが行われた。その結果、この場所で補完的なアクセスを行うことには検証価値がないと判断した」としている。
GOV/2020/30, June 5, 2020.
53 GOV/2020/34, June 19, 2020.
54 “Iran Says IAEA Case for Inspecting Sites Based on Fake Israeli Intel,” Reuters, March 5, 2020,
https://www.reuters.com/article/us-iran-nuclear-sites/iran-says-iaea-case-for-inspecting-sites-based-on-fakeisraeli-intel-idUSKBN20S1M8.
55 “Joint Statement by the Director General of the IAEA and the Vice- President of the Islamic Republic of Iran and Head of the AEOI,” September 26, 2020, https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/joint-statement-by-thedirector-general-of-the-iaea-and-the-vice-president-of-the-islamic- republic-of-iran-and-head-of-the-aeoi.
56 GOV/2020/47, September 4, 2020.
57 “UN Nuclear Watchdog Inspects Second Iran Site,” Aljazeera, September 30, 2020, https://www.aljazeera.com/news/2020/9/30/un-nuclear-watchdog-inspects-second-iran-site.
58 IAEA “Safeguards Statement for 2019,” 2020.
59 Ibid.