(3) 核兵器禁止条約(TPNW)
2017 年9 月20 日に署名開放されたTPNW の署名国・批准国は着実に増加してきた。2019 年末時点では署名国が80 カ国、このうち批准国が34 カ国であったのに対して、2020 年末には署名国が86 カ国、批准国が51 カ国となった。調査対象国のうち、批准国はオーストリア、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、南アフリカ、署名のみの国はブラジル、チリ、インドネシア、フィリピンである。
TPNW は2020 年10 月24 日に批准国が50 カ国に達したことで、条約第15 条に従って、2021 年1 月22 日に発効することとなった。グテーレス国連事務総長のステファン・デュジャリック(Stéphane Dujarric)報道官は声明で、TPNW の発効は「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的影響に注意を喚起する世界的な運動の集大成である。これは、核兵器の全面的廃絶に向けた意義のあるコミットメントを意味するものであり、それは依然として国連の軍縮の最優先事項である」45と述べた。条約では発効後、1 年以内に締約国会議を開催すると規定されている。
条約の発効確定に先立って開催された国連総会第一委員会では、多くの条約賛同国からTPNW の重要性、並びに署名・批准国のさらなる増加の必要性が述べられた。たとえばオーストリアは、「この条約を採択し、署名・批准することで、核兵器は人類にとって現存の脅威であり、その全面的廃絶のみが安全保障をもたらすとの明確なメッセージを各国が発信している。意図的なものであれ、事故あるいは誤算によるものであれ、核爆発による壊滅的な非人道的結末を防止するためには、他に選択肢はない。TPNW はNPT、並びに核兵器使用禁止の規範を強化するものである。国連事務総長は、まさに正しくこの条約を『軍縮体制のさらなる柱』と呼んでいる。…条約の発効が間近に迫っており、オーストリアはウィーン国連事務局での第1 回締約国会議を楽しみにしている」46と発言した。また、南アフリカはNPT との関係について、「TPNW は、核廃絶の核心的目標をNPTと共有するという点で、核軍縮にとって歴史的な一里塚である。我々が以前に述べたように、これら2 つの条約は完全に両立するものであり、実際に補完的なものである」47と述べた。
条約賛成派が重要な目標の1 つとしているのが、核保有国と同盟関係にあり、拡大核抑止力を供与される非核兵器国のTPNWへの署名である。2020 年9 月には核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の取りまとめにより、米国と同盟関係にある非核兵器国の元首脳・外相や北大西洋条約機構(NATO)元事務総長など56 名が公開書簡を公表し、「すべての責任ある指導者は、1945 年の恐怖が二度と繰り返されないように、今すぐ行動しなければならない」、また「遅かれ早かれ、私たちの運は尽きる。TPNW は、この究極の脅威から解放され、より安全な世界への基盤を提供する」などと論じ、TPNW への参加を求めた48。
他方、核保有国は、条約に署名する意思がないとの立場を変えていない。2020 年10 月には、米国が複数のTPNW 批准国に対して、同条約を「批准する国家主権は尊重するが、それは戦略的な誤りであり、批准を取り下げるべきだと考える」とする書簡を送付していたとも報じられた49。
日本やNATO諸国など米国の同盟国も、条約に署名しないとの方針を改めて明確にした。NATO 諸国の中では、2020 年10 月に発足したベルギーの連立政権が、その7党による新政府の合意書のなかで、「2021年のNPT 再検討会議で積極的な役割を果たし、欧州のNATO加盟国とともに、多国間の核不拡散の枠組みをいかに強化するか、また国連のTPNW がいかに多国間の核軍縮に新たな弾みをつけることができるかを探っていく」50ことを明記したとして注目された。連立政権にはTPNW を支持する政党が含まれており、上述のような合意がなされた。しかしながら、条約への署名を含め、連立政権として何らかの関与を示唆したとも言い難い。また、NATO は12 月に声明を発表し、TPNW は「ますます厳しくなる国際安全保障環境を反映したものではなく、既存の不拡散・軍縮構造とは相反するものであるため、この条約に改めて反対を表明する」51とした。
条約の採択(2017 年7 月)には賛成したものの、NATO との戦略関係にも影響を与えかねないことなどを挙げ、総合的判断として現在の内容では条約に署名すべきではないとの判断を2019 年1 月に明らかにしたスウェーデン52は、2020 年の国連総会第一委員会で、現在の内容では条約に署名できないとの立場を変えていないが、条約が発効すればオブザーバー国になることを明言した53。また、核保有国との同盟・連携関係については、アイルランド及びオーストリアから、「署名国が核兵器に関する計画や運用上の問題に関与しない限り、NATO への加盟や、平和のためのパートナーシップ(partnership for peace)を通じたNATO との連携を妨げるものではないとの考え方が示されている」54。
国連総会では前年に続き、TPNW の成立を歓迎し、条約への署名・批准などを求める決議「核兵器禁止条約(Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons)」55が採択された。投票行動は下記のとおりである。
➢ 核兵器禁止条約
提案:オーストリア、ブラジル、チリ、インドネシア、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、フィリピン、南アフリカなど
賛成 130(オーストリア、ブラジル、チリ、エジプト、インドネシア、イラン、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、フィリピン、サウジアラビア、南アフリカ、UAE など)、反対42(豪州、ベルギー、カナダ、中国、フランス、ドイツ、インド、イスラエル、日本、韓国、北朝鮮、オランダ、ノルウェー、パキスタン、ポーランド、ロシア、トルコ、英国、米国など)、棄権14(スウェーデン、スイスなど)-シリアは投票せず
また、核兵器の法的禁止に関連して、国連総会では前年と同様に、決議「核兵器の威嚇または使用に関する国際司法裁判所(ICJ) の勧告的意見のフォローアップ(Follow-up to the advisory opinion of the Inter-national Court of Justice on the legality of the threat or use of nuclear weapons)」56、及び「核兵器使用禁止条約(Convention on the prohibition of the use of nuclear weapons)」57が採択された。その投票行動は、それぞれ以下のとおりである。
➢ 核兵器の威嚇または使用に関するICJ の勧告的意見のフォローアップ
提案:エジプト、フィリピンなど
賛成 136(オーストリア、ブラジル、チリ、中国、エジプト、インドネシア、イラン、カザフスタン、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、サウジアラビア、南アフリカ、スウェーデン、スイス、シリア、UAE など)、反対33(豪州、ベルギー、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ロシア、トルコ、英国、米国など)、棄権15(カナダ、インド、日本、北朝鮮など)
➢ 核兵器使用禁止条約
提案:インドなど
賛成 120(チリ、中国、エジプト、インド、インドネシア、イラン、カザフスタン、メキシコ、ナイジェリア、サウジアラビア、南アフリカ、シリア、UAE など)、反対50(豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、スイス、トルコ、英国、米国など)、棄権14(ブラジル、日本、北朝鮮、パキスタン、フィリピン、ロシアなど)
45 “UN Secretary-General’s Spokesman: On the Occasion of the 50th Ratification of the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons,” October 24, 2020, https://www.un.org/sg/en/content/sg/statement/2020-10-24/un-secretary-generals-spokesman-the-occasion-of-the-50th-ratification-of-the-treaty-the-prohibition-of-nuclear-weapons.
46 “Statement by Austria,” First Committee, UNGA, October 14, 2020.
47 “Statement by South Africa,” First Committee, UNGA, October 12, 2020.
48 “Open Letter in Support of the 2017 Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons,” September 21, 2020, https://d3n8a8pro7vhmx.cloudfront.net/ican/pages/1712/attachments/original/1600624626/TPNW_Open_Letter.pdf. 和訳は、中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターによる(http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=101105)。
49 Edith M. Lederer, “US Urges Countries to Withdraw from UN Nuke Ban Treaty,” Associated Press, October 23,
2020, https://apnews.com/article/nuclear-weapons-disarmament-latin-america-united-nations-gun-politics-4f109626a1cdd6db10560550aa1bb491.
50 Alexander De Croo and Paul Magnette, “Verslag van de formateurs,” September 30, 2020. 該当部分の英訳は以下を参照。ICAN, “Belgian Government Shifts Stance on TPNW,” https://www.icanw.org/belgium_tpnw_shift.
51 “North Atlantic Council Statement as the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons Enters into Force,” December 15, 2020, https://www.nato.int/cps/en/natohq/news_180087.htm.
52 “Inquiry into the Consequences of a Swedish Accession to the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons,” January 2019, https://www.regeringen.se/48f047/contentassets/55e89d0a4d8c4768a0cabf4c3314aab3/rapport_l-e_lundin_webb.pdf.
53 “Statement by Sweden,” First Committee, UNGA, October 14, 2020.
54 “Leading on Nuclear Arms Control,” Irish Times, August 7, 2020, https://www.irishtimes.com/opinion/editorial/the-irish-times-view-leading-on-nuclear-arms-control-1.4324082.
55 A/RES/75/40, December 7, 2020.
56 A/RES/75/66, December 7, 2020.
57 A/RES/75/75, December 7, 2020.
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