(7) 包括的核実験禁止条約(CTBT)
A) CTBT 署名・批准
CTBT の署名国は2021 年末の時点で185カ国、批准国は170 カ国であり、2021 年にはキューバ及びコモロが新たに批准した。
条約の発効に必要な国と特定された44 カ国(発効要件国)のうち、5 カ国(中国、エジプト、イラン、イスラエル、米国)の未批准、並びに3 カ国(インド、北朝鮮、パキスタン)の未署名が続き、条約は発効していない(このほかに、調査対象国ではサウジアラビア及びシリアが未署名)。これら8 カ国による条約への署名あるいは批准に向けた動きは、2021 年も見られなかった。このうち米国は、2021 年10 月の国連総会第一委員会で、「CTBT を支持し、その発効に向けて尽力している」186と発言した。他方、インドは国連安保理で、「CDでの条約交渉に参加したが、インドが提起した多くの中核的な懸念に対応しなかったため、CTBT に参加できなかった」187と発言した。
9 月23〜24 日には、CTBT 発効促進会議がオンラインで開催され、発効要件国を中心とする未署名国・未批准国への早期の署名・批准の呼びかけ、核実験モラトリアム維持の呼びかけ、検証体制構築に関する支援の確認などを盛り込んだ最終宣言が採択された188。
その直後の国連安保理では、未批准の中国が、CTBT の早期発効を促進するための以下のような4 つの提案を行った189。
➢ 多国間主義を堅持し、条約の発効を可能にする安全保障環境を整える。
➢ 条約の目的と趣旨を支持し、その発効に向けた強い政治的モメンタムを構築する。…核兵器国は、核実験モラトリアムの約束を守り、先行不使用を誓約すべきである。
➢ 国際的な軍備管理体制を維持し、条約の発効に向けてより強固な制度的保障を提供する。
➢ 条約の実施に向けた準備を進め、発効に向けた能力の強固な基盤を強化する。国際社会は、条約発効後の検証体制の運用に向けた完全な技術的準備を視野に入れ、国際データセンター、国際監視システム、現地査察メカニズムの開発を包括的かつバランスのとれた方法でさらに推し進め、途上国の能力開発を支援する。
2021 年の国連総会では、条約の早期発効のために遅滞なく無条件での署名及び批准の重要性と緊急性を強調した決議「核実験禁止条約」190が賛成182、反対1(北朝鮮)、棄権3(インド、シリアなど)で採択された。前年に反対票を投じた米国も賛成した。
2021 年9 月のCTBT発効促進会議では、2019 年6 月から2021 年5 月に署名国・批准国が行った条約発効促進のための活動(未署名国・未批准国へのアウトリーチなど)の概要を取りまとめた文書が公表され、発効要件国に対する二国間の取組(豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ、チリ、日本、カザフスタン、ニュージーランド、ロシア、スイス、英国など)、それ以外の国に対する二国間の取組(豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ、チリ、日本、カザフスタン、ニュージーランド、ロシア、英国など)、グローバル・レベルでの取組(豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ、チリ、日本、カザフスタン、ニュージーランド、ロシア、スイス、英国など)、地域レベルでの多国間の取組(豪州、ベルギー、チリ、ニュージーランド、ロシアなど)が紹介された191。
B) CTBT 発効までの間の核爆発実験モラトリアム
5 核兵器国、インド及びパキスタンは、核爆発実験モラトリアムを引き続き維持している。核兵器の保有の有無を公表していないイスラエルは、核爆発実験の実施の可能性についても言及していない。
北朝鮮は、2018 年4 月20 日に核実験(及びICBM 発射実験)の凍結を発表し、その翌月には豊渓里(プンゲリ)核実験場の入り口を爆破した。2021 年末までに、北朝鮮は核爆発実験を再開していない。他方で、2019 年12 月末に開催された朝鮮労働党中央委員会総会で、金正恩委員長が核・ICBM 実験の一方的な停止に拘束される理由はなくなったと発言した192。また、核実験場が不可逆的に使用不能になったか否かは不明であり、復旧作業を行えば一部の坑道は再び使用可能だとの見方もある193。
C) 包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会との協力
調査対象国によるCTBTO 準備委員会への分担金の支払い状況(2021 年12 月31 日時点)は、下記のとおりである194。
➢ 全額支払い(Fully paid):豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ、中国、エジプト、フランス、ドイツ、インドネシア、イスラエル、日本、カザフスタン、韓国、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、フィリピン、ポーランド、ロシア、南アフリカ、スウェーデン、スイス、トルコ、UAE、英国、米国
➢ ( 未払いにより) 投票権停止(Voting right suspended):ブラジル、チリ、イラン、ナイジェリア
D) CTBT 検証システム構築への貢献
CTBT の検証体制は着実に整備されてきた。他方で、国際監視制度(IMS)ステーションの設置については、本調査対象国のうち未署名国で検証システムの構築に全く関与していないインド、北朝鮮、パキスタン及びサウジアラビアを除けば、エジプト及びイランでの進展が遅れている。中国については、半数近くの施設でCTBTO 準備委員会による認証が完了していない195。
E) 核実験の実施
2021 年に核爆発実験を実施した国はなかったが、米国は前年に続き2021 年版「軍備管理・不拡散・軍縮合意遵守報告書」で、中国196及びロシアが出力を伴う核爆発実験の禁止(「出力ゼロ〔zero yield〕」)を定めたCTBT に違反して、出力を生じる核実験を実施した可能性があると指摘した197。中露はその実施を否定している198。
核爆発実験以外の活動については、米国が核備蓄管理計画(SSP)のもとで、「地下核実験を行うことなく備蓄核兵器を維持及び評価する」ことを目的として、未臨界実験、あるいは「Z マシン」(強力なX 線を発生させる装置)を用いて超高温・超高圧の核爆発に近い状態をつくり、プルトニウムの反応を調べるという実験を含め、核爆発を伴わない様々な実験を継続してきた。米国は、年1 回程度のペースで未臨界実験を実施してきたが、2021 年末時点で、同年中の実施は報じられなかった。NNSA はその種類及び回数をホームページで公表してきたが、2015 年第1 四半期を最後に更新されず、2018 年以降は過去の情報についての掲載も確認できなかった。
米国以外の核保有国では、ロシア国防省が2021 年6 月、既存の核兵器の信頼性を検証することを目的として未臨界実験を実施したと公表した199。また、2021 年中の実施の有無は定かではないが、フランスは核兵器の信頼性・安全性を保証する活動として、極端な物理的状況下での物質のパフォーマンス、並びに核兵器の機能をモデル化するシミュレーション及び流体力学的実験(hydrodynamic experiments)を実施していること、これらは新型核兵器の開発を念頭に置くものではないことを明らかにしている200。フランスと英国は2010 年11 月に、X 線及び流体力学実験施設の建設・共同運用に関する協定を締結した201。
残る核保有国は、核爆発を伴わない実験の実施の有無に関して公表していない。2020 年には、中国が米国のZ マシンを上回る能力を持つ施設が近く完成すると報じられたが202、その後の動向は定かではない。
CTBT は核爆発を伴わない実験を禁止していないが、NAM 諸国はそれらを含めて核兵器にかかる実験の即時・無条件の停止、並びに実現可能で、透明性・不可逆性があり、検証可能な方法での核実験場の閉鎖などを求めている203。なお、「核爆発実験」の禁止を定めたCTBTとは異なり、TPNWでは「核実験の禁止」が規定されており、これには核爆発実験以外の実験も含まれると解釈しうる。ただし、これに関する検証措置などはTPNW には規定されていない。
186 “Statement by the United States,” General Debate, First Committee, UNGA, October 6, 2021.
187 Dipanjan Roy Chaudhury, “CTBT Doesn’t Address India’s Core Concerns: Harsh Vardhan Shringla,” Economic Times, September 28, 2021, https://economictimes.indiatimes.com/news/india/ctbt-doesnt-address-indias-coreconcerns-harsh-vardhan-shringla/articleshow/86567642.cms?from=mdr.
188 “Final Declaration and Measures to Promote the Entry Into Force of the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty,” September 24, 2021.
189 “Remarks by Ambassador Zhang Jun at Security Council Briefing on the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty,” Foreign Ministry of China, September 28, 2021, https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/wjb_663304/zwjg_665342/zwbd_665378/t1910387.shtml.
190 A/RES/76/66, December 6, 2021.
191 CTBT-Art.XIV/2021/4, September 22, 2021.
192 “Report on 5th Plenary Meeting of 7th C.C., WPK,” NCNK, January 1, 2020, https://www.ncnk.org/resources/publications/kju_2020_new_years_plenum_report.pdf/file_view.
193 “(2nd LD) N. Korea Able to Use Punggye-ri Nuke Testing Site after Restoration Work: JCS,” Yonhap News Agency, October 8, 2019, https://en.yna.co.kr/view/AEN20191008008652325?section=national/defense.
194 CTBTO, “CTBTO Member States’ Payment as at 31-Dec-2021,” https://www.ctbto.org/fileadmin/user_upload/treasury/52_31_Dec_2021_Member_States_Payments.pdf.
195 CTBTO, “Station Profiles,” https://www.ctbto.org/verification-regime/station-profiles/.
196 2021 年7 月には、中国のロプノール核実験場で新たなトンネルの掘削など、施設の拡張作業が実施されていることが衛星画像から明らかになったとも報じられた。“Satellite Photos Show China Expanding Its Mysterious Desert Airfield,” NPR, July 1, 2021, https://www.npr.org/2021/07/01/1011806020/satellite-photos-show-chinaexpanding-its-mysterious-desert-airfield; “A New Tunnel Is Spotted at a Chinese Nuclear Test Site,” NPR, July 30, 2021, https://www.npr.org/2021/07/30/1022209337/a-new-tunnel-is-spotted-at-a-chinese-nuclear-test-site.
197 The U.S. Department of State, Adherence to and Compliance with Arms Control, Nonproliferation, and Disarmament Agreements and Commitments, June 2021. この報告書では、「『核爆発実験』という言葉には、超臨界状態の実験、すなわち核分裂エネルギーの放出をもたらす限定的な増殖核分裂連鎖反応を伴う実験が含まれる。…米国が独自のモラトリアムで採用している『出力ゼロ』基準では、このような核爆発実験を行うことはできない」とも言及している。
198 “Foreign Ministry Spokesperson Zhao Lijian’s Regular Press Conference,” April 16, 2020, https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/2511_665403/t1770510.shtml; “Statement by Russia,” First Committee,UNGA, October 9, 2020.
199 Isaac Evans, “Russia Conducts Non-Nuclear Tests, Adhering to UN Treaty,” The Organization for World Peace, June 29, 2021, https://theowp.org/russia-conducts-non-nuclear-tests-adhering-to-un-treaty/.
200 NPT/CONF.2015/PC.III/14, April 25, 2014.
201 NPT/CONF.2015/29, April 22, 2015.
202 Michael Peck, “China Will Soon Have Its Own Z Machine to Test Mock Nuclear Explosions,” National Interest, August 15, 2020, https://nationalinterest.org/blog/reboot/china-will-soon-have-its-own-z-machine-test-mocknuclear-explosions-166995.
203 NPT/CONF.2020/PC.III/WP.16, March 21, 2019. また、未臨界実験に際しては広島県、広島市、長崎県、長崎市も抗議を行ってきた。