Hiroshima Report 2023(2) 国際原子力機関(IAEA)保障措置 (NPT 締約国である非核兵器国)
A) IAEA 保障措置協定の署名・批准
核物質が平和的目的から核兵器及び他の核爆発装置へと転用されるのを防止・検知するために、NPT第3条1項で、非核兵器国はIAEAと包括的保障措置協定を締結し、その保障措置を受諾することが義務付けられている。2022年11月の時点で、NPT締約国である非核兵器国のうち、5カ国が包括的保障措置協定を締結していない71。
また、NPT上の義務ではないが、IAEA保障措置協定追加議定書の締結については、NPT締約国である非核兵器国のうち、2022年11月時点で134カ国が批准している。イランは2016年1月に追加議定書の暫定的な適用を開始したが、2021年2月にその適用を停止した。
包括的保障措置協定及び追加議定書のもとでの保障措置を一定期間実施し、その結果、IAEAによって「保障措置下にある核物質の転用」、「申告された施設の目的外使用(misuse)」及び「未申告の核物質及び原子力活動」が存在する兆候がない旨の「拡大結論(broader conclusion)」が導出された非核兵器国(2021年末時点で72カ国)については、包括的保障措置協定と追加議定書で定められた検証手段を効果的かつ効率的に組み合わせる統合保障措置(integrated safeguard)が適用される。2022年に公表され、2021年の状況を記載したIAEAの「2021年版保障措置ステートメント」によれば、2021年には69カ国で統合保障措置が実施された72。
本調査対象国のうち、NPT締約国である非核兵器国に関して、包括的保障措置協定及び追加議定書の署名・批准状況、並びに統合保障措置への移行状況は、表2-1のとおりである。なお、EU諸国は欧州原子力共同体(EURATOM)による保障措置を受諾してきた。また、アルゼンチン及びブラジルは二国間の核物質計量管理機関(ABACC)を設置し、両国、ABACC及びIAEAによる四者協定に基づく保障措置を実施している。
2022年9月のIAEA総会で採択された決議「IAEA保障措置の有効性強化と効率向上」では、NPT締約国で小規模な原子力活動しか実施していない国である少量議定書(SQP)締結国に議定書の改正ないし改定を求めるとともに、同年9月時点で75カ国について改正が発効したことが記された73。他方、原子力導入の意図を表明している国のなかで、サウジアラビアは依然としてSQPの改正議定書を受諾していない74。
B) IAEA保障措置協定の遵守
2022年6月に刊行された「2021年版保障措置ステートメント」によれば、2021年末時点で、包括的保障措置及び追加議定書の双方が適用される132カ国(2021年に追加議定書の暫定的適用を停止したイランは含まれない)のうち、IAEAは、72カ国についてはすべての核物質が平和的活動のもとにあるとして拡大結論を導出し、60カ国については未申告の核物質・活動がないことに関して必要な評価を続けている。また、包括的保障措置協定を締結し追加議定書未締結の45カ国について、IAEAは、申告された核物質は平和的活動のもとにあると結論づけた75。
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、IAEAによる保障措置の実施にも大きな困難を課したが、IAEA事務局長報告書によれば、2021年7月1日~2022年6月30日の間に、「パンデミックに対応して多くの国が導入した渡航制限やその他の安全衛生措置は、ほぼすべてのケースで、報告期間中に完全に終了したか、緩和された。その結果、保障措置活動を実施するIAEAの能力への影響は、この1年間で大幅に緩和された」。上記期間にIAEAは2,262回の査察、676回の設計情報検認(DIV)、140回の補完的アクセスを実施した76。
北朝鮮
北朝鮮は2002年以降、IAEAによる監視を拒否してきた。2022年9月のIAEA事務局長報告「北朝鮮への保障措置の適用」では、「2009年4月以降、IAEAは北朝鮮の寧辺(Yongbyon)サイトや他の場所へのアクセス権を有しておらず、そうしたアクセスがないため、(北朝鮮の)施設や場所の運用状況や構成・設計の特徴、あるいはそこで行われている活動の性質や目的を確認することはできない」77としつつ、公開情報や衛星画像などを通じて把握した北朝鮮の核関連施設などの状況について報告した。このうち、同報告の報告期間(2021年8月~2022年8月)における状況には、以下のようなものが含まれた。
➢ ウラン採掘・精錬:平山(Pyongsan)鉱山及びウラン精錬プラントで、ウランの採鉱、精錬及び精製活動が実施されている痕跡が見られた。
➢ 寧辺のウラン濃縮施設とされる施設:おそらく代替の冷却装置を使用して、施設が稼働し続けているという継続的な兆候があった。2021年9月には、既存施設の床面積の約3分の1相当分を拡張した新しい別建屋の建設が開始された(目的は特定できていない)。
➢ 降仙(Kangson)の(ウラン濃縮に関する)複合施設:運転中である兆候があった。
➢ 建設中の軽水炉:軽水炉の運転の兆候は観察されておらず、現在入手可能な情報に基づいて、原子炉がいつ運転可能になるかを推測することはできない。2022年7月に、冷却装置の試験の可能性を示す兆候が観察された。軽水炉サイト近辺で、おそらく原子炉のコンポーネントの製造または保守を支援するための新しい建屋が2021年12月に完成し、さらに2022年3月から当該建屋に隣接する別の新しい建屋2つが建設中である。
➢ 5MWの実験用黒鉛炉:2021年9月下旬と2022年3月下旬の短期間を除き、冷却水の放出を含む黒鉛炉の運転の兆候が継続している。
➢ 他の黒鉛炉:50MWの黒鉛炉と200MW黒鉛炉の建設を再開するための作業が実施された兆候はない。
➢ 放射化学研究所(再処理):2022年4月下旬から8月まで、蒸気プラントが断続的に稼働している兆候があった。この活動は、廃棄物の処理または保守の期間と一致している。
IAEAは、「関係国間で政治的合意がなされれば、北朝鮮からの要請と理事会の承認を前提として、北朝鮮へ速やかに戻る準備ができている」とし、2021年9月~2022年8月までの間、「IAEAは北朝鮮に戻るための強化された準備を維持し、特に以下のような活動を行ってきた」78とした。
➢ 保障措置に関連する北朝鮮の核計画に関する公開情報の収集及び分析の継続と精緻化。
➢ 北朝鮮の核開発プログラムを監視するため、光学及びレーダーによる高解像度の商業衛星画像の収集と分析の増加。
➢ 北朝鮮における検証・監視活動を速やかに開始できるよう、必要な設備や備品の維持。
➢ 核計画に関連する北朝鮮の最近の動向について職員のアップデートのためのトレーニングセミナーの開催。
➢ 北朝鮮の核開発計画に関するIAEAの知見を文書化し、過去の活動で得た経験を保存してアクセスできるようにすべく、施設の3Dモデル化、地理空間情報システム(GIS)による情報統合、知識管理活動などを継続。
イラン
検証・監視
イランは包括的保障措置を引き続き履行しているが、後述するように過去の未申告活動の有無に関する未解決の問題がある。IAEAは、「イランの保障措置申告の正確性及び完全性に関するIAEAの疑問の解明が進まなかったことは、イランの核計画がもっぱら平和的性格であるとの保障を提供するIAEAの能力に深刻な影響を及ぼした」79と結論付けた。
イランは、2020年12月に制定された国内法に従い、2021年2月にIAEAとの包括的保障措置協定の要件を超えるJCPOAの検証措置の実施を停止した。IAEAは、2022年11月に公表した報告書に、2021年2月23日以降、以下のような検証・監視活動を実施できていないことを記載した80。
➢ オンライン濃縮モニター及び電子封印からのデータへのアクセス、設置された測定装置によって登録された測定記録へのアクセス。2022年6月10日に監視装置が取り外され、動作を停止。
➢ イランで生産されたウラン精鉱(UOC)のウラン転換施設(UCF)への移転に関連する封じ込め及び監視措置からの情報またはデータへのアクセスの提供、または他の情報源からの入手。
➢ UOCの生産を監視するために設置された監視装置によって収集されたデータ及び記録へのアクセス(監視装置が撤去された2022年6月11日以降、運用が停止)。
➢ UOCの生産に関する情報、あるいは他の供給源からUOCを入手したか否かに関する情報の提供。
➢ 追加議定書の暫定的適用(その結果、イランは20カ月以上にわたって最新の申告書を提出しておらず、IAEAはイラン国内のいかなるサイト及び場所に対しても追加議定書に基づく補完的アクセスを実施することができていない)。
➢ イランの保障措置協定の補助的取極の修正コード3.1の実施(保障措置協定のもとでのイランの法的義務であり、一方的に修正することはできず、保障措置協定112には規定の実施を停止する仕組みはない)。
また、この報告では以下のようにも述べて、現状が将来の検証・査察活動にもたらしうる影響への懸念も表明された。
遠心分離機、ローター及びベローズ、重水、UOCの製造及び在庫に関して、JCPOAの検証・監視活動を行うことができなかった。このことは、イランがJCPOAに基づく核関連コミットメントの履行を完全に再開した場合に、必要な知識の連続性を回復し、再確立するためのIAEAの能力に大きな影響を与えるであろう。したがって、…JCPOAの検証・監視活動に関する将来のベースラインは、確立するのに相当な時間を要し、不確実性を伴うものとなる。現状が長引けば長引くほど、その不確実性は大きくなる。
イランがJCPOAに関連して監視・モニタリング活動のためにイランに設置されていたIAEAの機器をすべて撤去すると決定したことも、イランの核計画の平和的性質の保証を提供する同機関の能力にとって有害な影響を及ぼしている81。
この間、イランとIAEAは2022年4月、ナタンズの施設にIAEAが監視カメラを設置することに合意したものの、イランは監視カメラの映像へのIAEAへのアクセスを拒否するとした82。さらに、7月22日のグロッシIAEA事務局長の発言を受けて、イランは、「JCPOAのもとで設置されたIAEAのカメラは、…西側諸国の非難に終止符を打つためのものだった。そのような非難が続くのであれば、JCPOAのカメラの存在はもはや必要ない」83として、27台の監視カメラ、FEPに設置されたオンライン濃縮モニター、重水製造工場(HWPP)に設置された流量無人監視装置を撤去した。これにより、IAEAはイランの遠心分離機の製造について適時の情報を入手できなくなるなど、イランの活動の状況を把握するのがより困難になることが懸念された。また、11月のIAEA報告によれば、イランは2021年2月23日以降、遠心分離機のローター管、ベローズ、ローター組立品の生産と在庫に関する申告をIAEAに提供しておらず、在庫品の検証をIAEAに許可していない84。
IAEAの報告によれば、イランはアラク重水研究炉(IR-40)の建設を行っておらず、再処理に関連する活動も行っていないが、上述のようにイラン国内の重水の在庫とHWPPでの重水生産についてIAEAに報告しておらず、重水在庫量とHWPPでの重水生産量のIAEAによる監視も許可していない。また、IAEAはFEP、PFEP、FFEPに定期的にアクセスできるものの、要求に応じた毎日のアクセスを行うことはできていない85。
イランは9月のIAEA総会で以下のように述べ、JCPOAに基づくIAEAの検証・監視措置を制限した自国の行動を正当化した。
JCPOAは、相互の約束と責任の微妙なバランスからなる集団的努力の成果であり、その内容は以下のとおりである。イランは、核濃縮活動を制限し、その能力を低減し、その勢いを弱め、一定期間強固な検証システムを受け入れ、その見返りとして、イランの国際経済、商業、及び金融協力・交流の道を阻む違法で残虐な制裁と関連する障害を撤廃する必要がある。さらに、JCPOAは、特に信頼醸成の手段として、イランの平和的核計画・活動に対する根拠のない疑惑を防止するものである。
米国は、国際社会の意向に反して、JCPOAと国連安保理決議2231の規定に違反し、協定から離脱し、悪名高い「最大限の圧力政策」を再建したが、これは惨憺たる結果に終わった。
しかし、米国によるイラン経済の様々な部門に対する経済制裁の継続的な拡散と、E3/EUによる公約達成のための実際的な救済措置の欠如が2年半続いた後、イラン議会は「制裁解除とイラン国民の利益保護のための戦略的行動計画」という法案を制定し、特にイラン原子力庁(AEOI)に一定の行動を要求した。
様々な場面で述べてきたように、イランは依然として2015年の合意を遵守している。イランの是正措置は、相手国の義務違反に対応したものである。相手国がすべての障害を取り除くことで義務を回復し、制裁を解除すれば、国会を含む関係当局の法的許可を待って、是正措置の実施を停止することになる86。
未申告活動
IAEA事務局長は、2021年2月23日付の理事会への報告で、1989年~2003年のイランによる秘密裏・組織的な核開発計画(AMADプラン)に関連するものであった可能性のある4つの場所でIAEAに未申告の核物質・活動の存在が疑われる問題について、IAEAによる評価をまとめた。このうち、1カ所(トゥルクザバード〔Turquzabad〕の倉庫であることが他の箇所で報告されている)では、環境サンプリングの結果、ウラン転換が実施された可能性を示す人為的に生成された天然ウラン粒子、並びにウラン236を含む低濃縮ウラン(LEU)及びウラン235の割合が天然よりわずかに低い濃度の劣化ウランが検出された。また、他の2カ所(バラミン〔Varamin〕とマリバン〔Marivan〕)では、環境サンプリングの分析結果として、人為的に生成されたウラン粒子の存在が示唆されたとした。さらに、残る1カ所(ラビサン・シアン〔Lavisan-Shian〕)については、広範囲にわたって痕跡が消され、整地されたため、IAEAは補完的アクセスを行う価値がないと評価した87。
IAEAはイランに対して、補完的アクセスを実施した3つの施設で核物資の粒子が検出された問題について必要な説明を行うよう繰り返し求めたものの、未解決の状況が続くなか、AEOIとIAEAは2022年3月5日、この問題を解決するためのロードマップ88に合意した。このロードマップでは、以下のことが定められた。
➢ AEOIは2022年3月20日までに、Location 1、3及び4に関してIAEAが提起し、イランが対応していない疑義について、関連する補足文書を含む説明を書面でIAEA に提供。
➢ IAEAは、AEOIの書面による説明及び関連する補足文書を受領後2週間以内に、これらの情報を精査し、AEOIに質問を提出。
➢ IAEAがAEOIに質問を提出してから1週間以内に、IAEAとAEOIはテヘランで、Location 1、3及び4ごとに別個の会議を開催。
➢ 上記の活動が完了し、IAEAによる評価の後、IAEA事務局長は2022年6月のIAEA理事会までに結論を報告することを目指す。
イランはIAEAとの合意に従って、未申告活動(疑惑)に関する説明文書を3月20日にIAEAに提出した89。しかしながら、5月30日付のIAEA事務局長報告では、「2022年3月5日の共同声明に概説されたプロセスにおいて、環境サンプリングの結果についてイランが提示した唯一の追加説明は、第三者による妨害行為で汚染された可能性であった。しかし、イランはこの説明を支持する証拠を提供していない」とし、以下のように結論付けた90。
イランは、これらの場所での当局の調査結果に関して、技術的に信頼できる説明を提供していない。また、イランは、2018年にトゥルクザバードから移動された核物質及び/または核物質で汚染された機器の現在の場所について、IAEAに通告していない。さらに、ラビサン・シアンでの核活動、及びそこで使用された核物質は、イランの包括的保障措置協定で要求されているようには、イランからIAEAには申告されていない。
イランがトゥルクザバード、バラミン、マリバンにおける人為的に生成されたウラン粒子の存在について、技術的に信頼できる説明を行い、核物質及び/または汚染された機器の現在の場所をIAEAに通告しない限り、IAEAは包括的保障措置協定に基づくイランの申告の正確性と完全性を確認することはできない。したがって、これら3カ所に関する保障措置上の問題は未解決のままである。
イランの外務省報道官は、「交渉の実態を反映しておらず、不公正でバランスの取れていない報告だ」91と述べて、IAEAを批判した。
6月8日には、この問題で米国、英国、フランス及びドイツがイランの対応を非難する決議案をIAEA理事会に提出し、採択された(中国及びロシアが反対、インド及びパキスタンなどが棄権)。イランは、IAEA事務局長報告及び理事会決議に反発し、イランによるIAEAとの広範な協力が評価されていないとして、IAEAがJCPOAのもとでイランのウラン濃縮施設に設置したカメラ27台や関連機器を撤去する計画をIAEAに伝え、同月9日に作業を開始した。
これ以降も、「未解決の問題」の解決に向けたイランとIAEAの協議は進展しなかった。イランはIAEA総会で以下のように述べてIAEAを批判した。
イランには未申告の核物質や活動は存在せず、すべての疑惑はイスラエル政権が提供する虚偽・捏造の情報に基づいているに過ぎないことを明確にする必要がある。イランは、IAEAがより専門的で公平かつ独立した方法で検証活動の報告を行うことを真に期待している。
2015年に終結した古い疑惑を別の形で浮上させないよう、IAEAがその誠実さと信頼性を維持することが強く期待されている。また、信頼できない情報源からの根拠のない情報に依存することは避けなければならないと考えている。このような観点から、IAEAは、独立性、公平性、専門性を維持し、建設的な役割を果たさなければならない92。
IAEAが11月に公表した報告書では、イランとIAEAが9月末及び11月7日に協議を行ったこと、イランは未解決の保障措置問題の解決に向けて、IAEAとの関与を再開することに合意したことなどが記載された。そのうえで、以下のように状況を概略した。
IAEA事務局長は、本報告期間中、未解決の保障措置問題の明確化と解決に未だ進展がないことを深刻に懸念している。この文脈で、事務局長は、月末までにテヘランでIAEA高官とのさらなる技術会合を開催するというイランの提案に留意しつつ、この会合はこれらの問題を効果的に明確化し解決することを目的とすべきであると強調する。事務局長は、これらの問題はイランとIAEAの間の包括的保障措置協定に基づくイランの義務に起因するものであり、IAEAがイランの核計画がもっぱら平和的目的であるとの保証を提供する立場に立つために解決される必要があると改めて表明する93。
IAEA理事会は、この問題でイランに説明を求める決議を11月17日に採択したが、イラン外務報道官は、イランがこれへの対抗措置として、ナタンズとフォルドにある核施設で「いくつかの活動」を開始したと発表した。IAEAのチームは12月18~19日にテヘランを訪問したが、行き詰まりを打開する進展は報告されなかった94。
シリア
IAEAは、2007年のイスラエルによる空爆で破壊されたシリアのダイル・アッザウル(Dair Alzour)のサイトについて、IAEAに未申告で秘密裏に建設されていた原子炉だった可能性が高いと評価している。IAEAはシリアに、未解決の問題について十分に協力するよう求めているが、シリアは依然として対応していない95。
また、「2021年版IAEA保障措置ステートメント」では、2021年にダマスカス近郊の小型研究炉(MNSR)及びホムス(Homs)市内の施設外の場所(LOF)で査察を実施したこと、並びにシリアが申告した核物質については、平和的活動からの転用を示す兆候はなかったことが記載された96。
非核兵器国による海軍原子力推進(原子力潜水艦)の取得
2022年に注目されたのが、非核兵器国による原子力潜水艦の核燃料に対するIAEA保障措置の実施に関する問題であった。豪州、英国及び米国は2021年9月に新たな安全保障パートナーシップであるAUKUSを創設し、その取組の1つとして、3カ国が協力して豪海軍の原子力潜水艦(原潜)導入を進めることに合意した。
非核兵器国による原潜の導入にあたっては、その核燃料に対していかなる保障措置を実施するかが課題となる。グロッシIAEA事務局長は2022年3月のIAEA理事会で、AUKUSとIAEAが技術的な議論を開始したことを明らかにし、不拡散及び保障措置の最高水準に合致させるとした97。また、6月のIAEA理事会では、AUKUSの「3カ国が示した透明性と関与に満足している」98と述べた。9月には、IAEAが、保障措置に関する技術的観点からの協議の状況を概観する報告書を公表した99。
この問題については、中国が様々な機会にAUKUSへの批判を繰り返した。このうち、中国がNPT運用検討会議に提出した作業文書では、以下のような主張が展開された100。
➢ 原潜に関する三国間協力は、地域の平和と安定を損ない、NPTの目的と趣旨に反する核拡散の深刻なリスクを構成し、南太平洋非核地帯条約、並びに東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国がこの地域に非核兵器地帯を確立する努力を損なうものとなろう。中国は、このような協力に深い懸念と強い反対を表明する。
➢ 米国と英国が豪州に移転する海軍用原子炉とその関連核物質は、現在のIAEAの保障措置制度のもとでは効果的に保障措置を行うことができない。したがって、このようにして移転された核物質が、豪州によって核兵器やその他の核爆発装置の製造に転用されないという保証もない。
➢ 原潜に関する三国間の協力は、核不拡散問題に対する米英豪のダブルスタンダードを完全に暴露するものであり、イランや朝鮮半島の核問題、その他の地域の核のホットスポットに対する進行中の取組に広範囲に悪影響を与えるだろう。このような協力は「パンドラの箱」を開け、他の国々を刺激し、国際的な核不拡散体制を大きく損なうことになりかねない。
➢ 中国は、IAEAの全加盟国に開かれた特別委員会を設置し、非核兵器国の海軍原子力推進及び関連核物質の保障措置に関する政治的、法的及び技術的問題を審議し、IAEA理事会及び総会に勧告を含む報告書を提出することを提案する。上記報告書の採択まで、米英豪は原潜に関する協力を開始すべきではなく、IAEA事務局は当該協力にかかる保障措置の取極について3カ国と関与すべきではない。
他方、AUKUSもNPT運用検討会議に作業文書を提出し、以下のように述べて核不拡散義務に違反せず、また核拡散の懸念もないと主張した101。
➢ AUKUSのもとでの海軍原子力推進協力は、NPTのもとでのそれぞれの義務、及びIAEAとの関連保障措置協定に完全に一致する形で実施される。
➢ 海軍原子力推進は、豪州のNPT及びIAEA保障措置の義務、並びに南太平洋非核地帯条約に基づく義務に合致する。NPTと同様に、IAEAのNPT検証のためのモデル協定である包括的保障措置協定(CSA-INFCIRC/153)は、海軍原子力推進の活動を禁止していない。
➢ 豪州、英国及び米国はIAEAと緊密に連携し、豪州の通常兵器搭載原潜の取得がもたらす前例が、世界の核不拡散体制を強化し、秘密裏に核兵器開発を行う目的でNPTの枠組みのこれらの要素を悪用する可能性への扉を閉ざしてしまうことを確実にしている。
➢ 核燃料サイクルについて、豪州は本イニシアティブに関して、ウラン濃縮及び再処理を行わず、さらにその過程で核燃料の製造を行わない。
➢ 豪州は、完成され溶接されたパワーユニットの供与を受ける。この舶用炉からのいかなる核物質の取出しも極めて困難で、これを行えばパワーユニット及び原潜は稼働しなくなるように設計される。さらに、これら炉内部の核燃料は、さらなる化学的処理を行う施設なくして核兵器に直接利用できない形態であり、そうした施設を豪州は保有しておらず、また保有するつもりもない。
➢ 豪州の原潜から核物質を転用できないような検認アプローチを開発するために、IAEAと定期的に協力している。検認プロセスの詳細を発展させるためには時間を要するが、我々のアプローチは豪州の包括的保障措置協定及び追加議定書のもとで運用可能なことを既に確認した。我々は、潜水艦の全ライフサイクルにおいて核物質の転用ができないことを、IAEAに対して全幅の信頼をもって伝達可能である。このアプローチは海軍原子力推進を希望する他の非核兵器国に対しても、最も強力な先例を確立して貢献するであろう。
➢ 豪州は、自国における未申告の核物質及び活動が存在しないことについて国際的な信頼を維持するために、原潜計画以外の付加的な保障措置の実施についてIAEAとの協力を継続する。これらの措置は透明性の向上、豪州の包括的保障措置及び追加議定書のもとでのアクセス、並びにIAEAとの新しい措置の自発的な開発を含んでいる。豪州で未申告の活動がないことへのIAEAの保証の維持・強化は、豪州の海軍用原子力推進計画に使用される核物質が転用されたり、いかなる施設も目的外に使用されたりしないとの信頼性を高めるものである。
非核兵器国による海軍原子力推進の取得に関しては、インドネシアがNPT運用検討会議に提出した作業文書で、「原子力潜水艦の能力を世界的な不拡散体制と共有することの潜在的な影響に懸念を抱いている」と述べたうえで、「条約の全締約国に対し、非核兵器国の海軍推進用原子炉に指定されたウランが核兵器プログラムに転用されないよう監視措置を強化する保障措置協定を強化するなど、原子力海軍推進計画の検証・監視体制についてIAEA加盟国が建設的アプローチを展開する政治意思と機会を喚起するよう要請する」102とした。
南アフリカも、「2021年9月に発表されたAUKUSと呼ばれる三国間パートナーシップのように、新たな核不拡散上の課題が懸念される。AUKUSは、核軍縮を妨げ、軍拡競争を促す不安定要因になりかねない。したがって、この新たな問題に関して十分な情報を得たうえで意思決定を行うためには、それが何を意味するのか、十分な具体的情報が提供される必要がある」と主張した103。
以前から非核兵器国で初となる原子力潜水艦の保有を目指し、建造を開始したブラジルについては、2022年6月のIAEA理事会でIAEA事務局長が、「もう1つの重要な進展は、ブラジルがIAEA事務局と、原子力推進、潜水艦及び試作品の運用における保障措置下の核物質使用のための特別手続きの取極について議論を開始することを正式に伝えたことである」104と明らかにした。イランは、2012年に原潜建造計画を表明し、2020年にも計画が進行中だと報じられたが、具体的な動向は明らかではない。
NPT運用検討会議の最終文書案では、「海軍原子力推進に関するトピックが条約締約国の関心事であることに留意する。また、本会議は、このトピックに関する透明で開かれた対話の重要性に留意する。さらに、本会議は、海軍原子力推進を追求する非核兵器国は、オープンかつ透明な方法でIAEAに関与すべきであることに留意する」と記載された。
海軍原子力推進問題、特にAUKUSのもとでの豪州による原子力潜水艦の取得は、2022年9月のIAEA総会でも重要な議論のテーマの1一つとなった。中国及びロシアはIAEAに、豪州への原潜の移転に反対するよう強く主張した。しかしながら、中国は総会最終日に、自国の主張を盛り込んだ決議案を最終的に撤回した105。
ウクライナ問題
ウクライナはIAEAと包括的保障措置協定及び追加議定書を締結し、「2019年版保障措置ステートメント」によれば統合保障措置が適用されていた。「2020年版保障措置ステートメント」では、ウクライナには拡大結論が導出されていないと記述されたが、米国及びEUは、これはウクライナの瑕疵ではなく、ロシアによるクリミア占領、あるいはウクライナ東部でロシアが支援する武装勢力の活動により、拡大結論の導出に必要な情報やアクセスをIAEAが得られなかったためだとした106。
2022年になると、ロシアによるウクライナ侵略と、チョルノービリ(Chornobyl)原発やザポリージャ(Zaporizhzhia)原発に対する武力攻撃や占拠を受けて、IAEAによる保障措置の実施はたびたび問題に直面した。IAEAの4月の報告によれば、「ウクライナ国内の非常に厳しい状況にもかかわらず、IAEAは…現地における検認活動を含む保障措置の実施を継続し」、また「ウクライナの規制当局及び原子力事業者は、包括的保障措置協定と追加議定書のもとで求められる報告及び申告のIAEAへの提供を継続してきた」107。他方で、追加議定書のもとでの補完的アクセスなど時間的にさほどクリティカルではない検証活動は、延期されるか、あるいは通告時間が比較的長い他の保障措置活動に置き換えられていること、施設からIAEAへのデータ送信が一時的に数日間中断した事例もあったことなどが報告された108。
ウクライナへの保障措置の適用に関して、NPT運用検討会議の最終文書案では、以下のような記述が盛り込まれていた。
➢ ウクライナの包括的保障措置協定に基づく保障措置の対象となる原子力発電所その他の施設・場所の周辺または場所、特にザポリージャ原発において行われている軍事活動、及びその軍事活動により、ウクライナ当局が当該場所に対する管理を喪失し、核物質の防護を含むセキュリティ・安全及び保障措置に重大なマイナスの影響を与えていることに重大な懸念を表明している。当会議は、核施設及びその他の場所に対する管理の喪失が、ウクライナ当局及びIAEAが保障措置活動を効果的かつ安全に実施できるようにすることを妨げていることを認識する。
➢ ザポリージャ原発を含む武力紛争地域の原子炉及び核物質在庫の状況を検証し、これらの場所における平和活動からの核物質の非転換を確保する緊急保障措置活動をIAEAが実施できるようアクセスを求めるIAEA事務局長の取組を支持する。
➢ 核物質が核兵器または核爆発装置へ転用されないことを確保する目的で保障措置活動を効果的かつ安全に実施するため、ザポリージャ原発を含め武力紛争地域に位置するIAEA保障措置の対象となる原子力施設及びその他の場所に対して、ウクライナ当局による管理を確保し、IAEAに対するアクセスを提供することが最も重要であると強調する。
9月にIAEA理事会で採択された決議「ウクライナ情勢の安全、核セキュリティ及び保障措置への影響」では、「ロシアに対して、…IAEAがウクライナの包括的保障措置協定にしたがって保障措置検証活動を完全かつ安全に実施するために、ザポリージャ原発及びウクライナのその他の原子力施設に対するあらゆる行動を直ちに停止するよう求める」109とした。決議には26カ国が賛成する一方で、中国及びロシアが反対し、エジプト、インド、パキスタン、南アフリカなど7カ国が棄権した。
71 IAEA, “Status List: Conclusion of Safeguards Agreements, Additional Protocols and Small Quantities Protocols,” November 28, 2022, https://www.iaea.org/sites/default/files/20/01/sg-agreements-comprehensive-status.pdf. 2022年にはカーボベルデ、ギニアビザウ及びパレスチナの包括的保障措置協定が発効した。未締結の5カ国は、いずれも少量の核物質しか保有していないか、原子力活動を行っていない。
72 IAEA, “Safeguards Statement for 2021,” 2022.
73 GC(66)/RES/10, September 2021.
74 サウジアラビア初の研究用原子炉が完成間近で、同国はその核燃料を輸入する前に保障措置協定を再交渉し、すべての核物質・活動が適切に保障措置下に置かれるようIAEAと補助取極を締結するなど、SQPを包括的保障措置協定にする必要がある。また、サウジアラビアが締結しているSQPのもとでは、保障措置上の便宜から実施している原子炉の設計・建設段階でのチェックを行うことができない。IAEAはサウジアラビアと保障措置協定の改正に向けた協議を継続しているが、2022年にも進展はなかった。
75 IAEA, “Safeguards Statement for 2021.”
76 GOV/INF/2022/4-GC(66)/INF/2, August 29, 2022.
77 GOV/2022/40-GC(66)/16, September 7, 2022.
78 Ibid.
79 IAEA, “Safeguards Statement for 2021.”
80 GOV/2022/62, November 10, 2022.
81 Ibid.
82 “Iran Agrees to Install UN Monitoring Cameras at Key Nuclear Sites,” The National News, April 14, 2022, https://www.thenationalnews.com/mena/2022/04/14/iran-agrees-to-install-un-monitoring-cameras-at-key-nuclear-sites/.
83 “Iran Nuclear Chief: IAEA Cameras Will Remain Turned off Until JCPOA Fully Restored,” Press TV, July 25, 2022, https://www.presstv.ir/Detail/2022/07/25/686229/Iran-AEOI-Eslami-cameras-JCPOA-Enrichment-IAEA-Grossi-Safeguards-.
84 GOV/2022/62, November 10, 2022.
85 GOV/2022/62, November 10, 2022.
86 “Statement by Iran,” IAEA General Conference, September 26, 2022.
87 GOV/2021/15, February 23, 2021.
88 IAEA, “Joint Statement by HE Mr. Mohammad Eslami, Vice-President and President of the Atomic Energy Organization of Iran, and HE Mr. Rafael Grossi, Director General of the International Atomic Energy Agency,” March 5, 2022, https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/joint-statement-by-he-mr-mohammad-eslami-vice-presi dent-and-president-of-the-atomic-energy-organization-of-iran-and-he-mr-rafael-grossi-director-general-of-the-international-atomic-energy-agency.
89 Nasser Karimi, “Iran Says it Gave Long-sought Answers to UN Atomic Watchdog,” AP, April 7, 2022, https:// apnews.com/article/business-united-nations-iran-middle-east-tehran-9fd59dafca5cb514041433e9abcad76d.
90 GOV/2022/26, May 30, 2022.
91 “Iran Says IAEA Report on Nuclear Material Found at Undeclared Sites Unfair,” RFE/RL, June 1, 2022, https:// www.rferl.org/a/iran-says-iaea-report-nuclear-material-unfair/31878028.html.
92 “Statement by Iran,” IAEA General Conference, September 26, 2022.
93 GOV/2022/63, November 10, 2022.
94 “IAEA Official Leaves Iran, No Sign of Progress on Uranium Traces,” Iran International, 19 December 2022, https://www.iranintl.com/en/202212196506.
95 IAEA, “Safeguards Statement for 2021.”
96 Ibid.
97 IAEA, “IAEA Director General’s Introductory Statement to the Board of Governors,” March 7, 2022, https://www. iaea.org/newscenter/statements/iaea-director-generals-introductory-statement-to-the-board-of-governors-7-march-2022.
98 IAEA, “IAEA Director General’s Introductory Statement to the Board of Governors,” June 6, 2022, https://www. iaea.org/newscenter/statements/iaea-director-generals-introductory-statement-to-the-board-of-governors-6-june-2022.
99 GOV/INF/2022/20, September 9, 2022.
100 NPT/CONF.2020/WP.50, December 29, 2021.
01 NPT/CONF.2020/WP.66, July 22, 2022.
102 NPT/CONF.2020/WP.67, July 25, 2022.
103 “Statement by South Africa,” General Debate, NPT RevCon, August 2, 2022.
104 IAEA, “IAEA Director General’s Introductory Statement to the Board of Governors,” June 6, 2022.
105 “At IAEA, China Withdraws Objection on AUKUS Nuke,” The New Indian, October 1, 2022, https://newindian. in/at-iaea-china-withdraws-objection-on-aukus-nuke/.
106 “Statement by the United States,” IAEA Board of Governors, June 9, 2021, https://vienna.usmission.gov/iaea-bog-2020-safeguards-implementation-report/; “Statement by the EU,” IAEA Board of Governors, June 7-11, 2021,
107 IAEA, “Nuclear Safety, Security and Safeguards in Ukraine: Summary Report by the Director General 24 February – 28 April 2022,” p. 23.
108 Ibid., p. 23.
109 GOV/2022/58, September 15, 2022.