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国際平和拠点ひろしま

Hiroshima Report 2024コラム2 G7広島サミットから核軍縮をどのように導くか

髙見澤 將林

2023年のG7首脳会談は、日本が主催し、最初の被爆地である広島において開催された。G7首脳及び招待国8カ国・7つの国際機関の首脳・幹部を含め多くの関係者が広島の平和記念公園で祈りを捧げ、平和記念資料館を訪問し、被爆者などの話を聞き、被爆の実相についての認識を深めた。また、国内にとどまらず国際的にも被爆地広島や長崎への注目が高まり、資料館への訪問者の増大と広がりが継続している。サミットという場が提供した訪問の意義は大方から高く評価されていると言える。

「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」は、核軍縮に特に焦点を当てた主要7カ国首脳による初の共同文書と位置付けられる。その内容は多様であり、核軍縮はもとより、核不拡散や核の平和利用を含めて包括的に講ずべき措置を示すものとなっている。このなかには、岸田総理が2022年の第10回NPT運用検討会議で提唱した「ヒロシマ・アクション・プラン」の5本柱(①核兵器不使用の継続 ②透明性の向上 ③核兵器数の減少傾向維持 ④核兵器不拡散と原子力の平和的利用 ⑤各国指導者らの被爆地訪問の促進)についてもすべて含まれている。

サミットが被爆地で開催された意義が高く評価される一方で、「広島ビジョン」に対する評価は様々である。核抑止が重要性を増している中でG7のメンバーだけが「核廃絶」を謳うこと自体が非現実的であるという疑問を呈する向きもある。実務者や専門家を中心にG7各国の異なる意見を調整し、「広島ビジョン」を発出したこと自体が成果であるという議論もある。G7レベルで核に関わる軍備管理軍縮の現在地(出発点)を確認し、きちんとしたメッセージを出せた、ビジョンに掲げている個別的な措置を中心にいかに具体化させるかが重要であるというに認識に立つものである。筆者としても、対立が深まっている時期だからこそ、こうした評価には理解できる面がある。

しかし、最もよく見られる受け止め方は、被爆地の名を冠したビジョンと呼ぶに値しないといった厳しい評価である。これは、広島ビジョンにおいて、「我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、 侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている」とされている点に向けられたものである。核抑止論が破綻しているのに核抑止論に固執し、核兵器は役に立つ、核抑止は必要ということを再確認し、G7自身の核保有を正当化しているという批判である。広島市長の「2023年平和宣言」でも、「世界中の指導者は、核抑止論は破綻しているということを直視」すべきであるとし、「為政者に核抑止論から脱却を促すこと」の重要性を強調している。また、TPNW第2回締約国会議でまとめられた政治宣言(2023年12月1日)では、「核抑止論の正当化は核の拡散のリスクを危険なほど高めている」といった認識が示されている。

こうした認識ギャップの存在は深刻なものであって、一見、抑止か軍縮かという二項対立的な議論が先鋭化しているように思われる。実際のところ、「広島ビジョン」では、国際安全保障環境が激変する中で、G7の安全保障政策の基本、すなわち核抑止がいまなおなぜ有効なのか、あるいは核兵器の役割についての「理解」がどのようなものであり、以前とどのように違うのかは明確にされていない。また、核兵器の役割や核兵器への依存を低減させるといった目標はどこにも書かれていない。

しかし、「広島ビジョン」は、「核抑止の永続を傍観するもの」ではなく、「それが存在する限りにおいて」という前提を含んでいる。また、「冷戦終結以後に達成された世界の核兵器数の全体的な減少は継続しなければならず、逆行させてはならない」ということも強調されている。これに加えて、米国の国家安全保障戦略等においては、「戦略における核兵器の役割とその存在感を低減させることが重要な目標となること」や「非核能力が抑止に貢献する能力を特定し、評価し、必要に応じこれらの能力を作戦計画に統合すること」ことも謳われている。さらに、「核兵器への依存度を減らす目標を推進するための措置を講じているが、これに向けてより広範な進展を図るためには、安全保障環境の持続的な改善、主要な核大国間での検証可能な軍備管理への取り組み(コミットメント)、非核能力の開発の更なる進展、そして核武装した競争相手や敵対国がどのように反応するかに関する評価が必要である」としている。

このように、米国はその戦略において、従来の核抑止の考え方に対する様々な挑戦が生じていることを深く認識し、そのための対応策について硬軟両面から検討を行っている。もとよりこの検討の結果がどうなるかは予断できないが、「核抑止に依らない安全保障の構築」には至らずとも、核兵器の先行不使用(NFU)の問題を含めて、「核兵器の役割低減」や「核兵器への依存度の低下」の可能性を追求するための検討が視野に入っていることに留意すべきである。その観点からは、米国自身が広島ビジョンにおける「核兵器数の全体的な減少」にコミットしていることは重要である。

米国の拡大抑止に頼りすぎず、また、核兵器数の増強を図らずにどのように安全を確保していくか。軍事力に限らず、ハード・ソフトを含む様々な分野における施策を講じることにより、いわば「総和としての安全保障力」をどのように高めればよいのか。いかなる環境と時間軸があれば、核兵器への依存を減らしながら平和と安定が保たれるのか。筆者としては、政府間においても、こうした観点を含めて一層幅広い議論が行われることを期待している。

「広島ビジョン」では、「透明性を促進するために、将来のNPT関連会合における、非核兵器国及び市民社会の参加者との双方向の議論とともに行われる国別報告書についての開かれた形での説明を通じたものを含め、非核兵器国と核戦力及び核軍備競争の制限に関する透明性についての有意義な対話を行うこと」が求められている。ここで市民社会が明示されていることは重要な拠り所となるものであり、2023年国連総会における我が国提案の核兵器廃絶決議にも新たにこの趣旨が盛り込まれている。これは、NPTを含む軍縮のプロセスにおいて、5核兵器国すべてとの間において、実質上、抑止論の有効性や崩壊論を含め、関係者が礼節をもって、専門的な対話を行うことを可能とするものである。

このような機会を活かすためには、政府と市民社会がそれぞれの立場から、あるいは共同してこれらの「困難な問題」に対して誠実にかつ真摯に取り組むことが不可欠である。こうした観点からは、「核兵器のない世界」に向けた国際賢人会議、海外の研究機関・シンクタンクに設置される「核兵器のない世界に向けたジャパン・チェア」や核廃絶に向けた若い世代のグローバルなネットワークなどにおける議論を深めていくことが重要である。その際、これまでの政府の取組や各国政府間において行われている様々な協議を踏まえ、必要な情報について、シンクタンクや専門家はもとより、市民社会に対してもできるだけわかりやすく明らかにすることが求められる。「国民の理解や、後押しのある外交・安全保障ほど強いものはない」という岸田総理の言葉は、抑止と軍縮の関係についてもよくあてはまるものであろう。

たかみざわ・のぶしげ:東京大学公共政策大学院客員教授、元軍縮会議日本政府代表部大使

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