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国際平和拠点ひろしま

第3章 核セキュリティ  (1) 核物質及び原子力施設の物理的防護

第3 章 核セキュリティ1
(1) 核物質及び原子力施設の物理的防護
A) 核物質
国際原子力機関(IAEA)核セキュリティシリーズ用語集によれば、核セキュリティとは、「核物質、その他の放射性物質、関連施設または関連する活動が絡むか、あるいはそれらに向けられた犯罪または意図的な不正行為の防止、検知、及び対応」と定義される2。核セキュリティにおける中心的な措置の1 つである物理的防護について、IAEA が2011 年に発表した「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告(INFCIRC/225/Rev.5)」は、悪意ある行為を行う側にとっての「魅力度」、さらには核物質などの不法移転や、関連施設に対する妨害破壊行為がもたらす結果を考慮した上で、リスク管理の原則のもとで等級別手法に基づき、国が必要な物理的防護を行うように勧告した3。
具体的には、不法移転については表3-1に示すとおり物理的防護措置を決定する際の基本的要素を核物質そのものとし、その種類、同位体組成、物理的及び化学的形態、希釈度、放射性レベル及び数量に基づき、悪意ある行為を行う側にとって「魅力度」の高い順に区分Ⅰから区分Ⅲへと分類している4。
核爆発装置を製造しようとするテロリストの視点からすれば、兵器利用可能な核物質は非常に魅力的な存在になりうる。そのため、兵器利用可能な核物質の保有量並びにその貯蔵施設の数は、核セキュリティにかかる各国の取組の重要な評価対象となる。各種の公開情報によれば、本報告書における調査対象国が保有する兵器利用可能な核物質の保有量は、表3-2 に示すとおりである。
表3-2 には記載されていないものの、高濃縮ウラン(HEU)の保有が推定されている調査対象国には以下の国々がある(2020年11 月時点)。

➢ 1t 以上:カザフスタン(約10,000kg(照射済))5
➢ 1kg 以上:カナダ(<838kg)6、豪州(2.726kg(未照射)、0.02kg(照射済))7、イラン(6kg(照射済))、 オランダ(約600kg)、ノルウェー (1kg 未満(未照射)、3kg(照射 済))8、南アフリカ(約700kg(未照射))9
➢ 1kg 未満:シリア(1kg 未満)
(「*」は2020 年に新規に詳細が確認されたもの)

かつてはHEU を保有していたものの、近年、地球的規模脅威削減イニシアティブ(GTRI)の成果として完全にHEU を除去した国は少なくない。GTRI による直接の成果を含めて、HEUの完全な除去を達成した本調査対象国として、オーストリア、ブラジル、チリ、インドネシア、韓国、メキシコ、ナイジェリア、フィリピン、ポーランド、スウェーデン、スイス、トルコが挙げられる10。

B) 放射性物質
核物質に加えて、近年、放射性同位体のセキュリティについても取組の強化が重視されている。2020 年2 月にウィーンで開催されたIAEA の「2020 年核セキュリティに関する国際会議(ICONS 2020)」の閣僚宣言では、「放射線源の安全とセキュリティにかかる行動規範」及びその補足ガイダンス文書と整合性のある形でのライフサイクル全体を通じた放射線源の効果的なセキュリティ維持へのコミットメントが表明された11。2004 年にIAEA で策定されたこの行動規範には、2020 年8 月時で140 カ国が政治的なコミットメントを表明しており、本調査対象国については、北朝鮮以外のすべての国がこれまでにかかるコミットメントを表明している12。この行動規範には法的拘束力はないものの、履行の進捗状況の報告や教訓の共有、改善策の議論を目的として3 年ごとにIAEA 主催の国際会合が開催されている13。前回の会合は2019 年に開催されており、IAEA は改善が必要な分野として、独立した規制機関、放射線源の管理及び規制を外れた放射線源の問題を挙げた14。

放射線源のセキュリティに関する国際的な取組としては、ICONS 2020 開催中に、ドイツ、フランス及び米国が「高レベル密封線源のセキュリティ強化」に関するサイドイベントを共同で実施したほか15、2020年3 月にはIAEA がラテンアメリカ諸国を対象とした放射線源の国家登録制度の確立に関する地域トレーニングコースを開催した16。
各国による取組に関しては、本調査対象国がICONS 2020 の公式声明で以下の内容の発言を行った。

➢ 米国17:「使用されなくなった放射線源の管理に関する行動規範の補足ガイダンス(The Supplemental Guidance to the Code of Conduct on the Management of Disused Radioactive Sources)」の趣旨に合致した政治的なコミットメントを2 月初めに表明した。また、2016 年以降、138 の高レベル線源を非放射性同位体のもので代替し、かかる代替についての最良慣行に関する情報を公開した。
➢ 豪州18:使用されなくなった放射性物質の廃棄についての解決策及び技術にかかるIAEA 加盟国への支援を含め、放射線源の効果的な管理を促進する作業を支援し続けている。
➢ 英国19:保健及び研究部門のセシウムガンマ線照射装置について、放射線源を用いないものへの置き換えを模索している。放射線源の廃棄及びその需要の低減に取り組むことによって、代替技術に向けて高まっている国際的な動きに加わることを目指している。
➢ フランス20:2016 年のICONS 以降、進化する脅威に対し、立法及び規制の枠組みを適応させてきているが、なかでも特に放射線源のセキュリティに適用可能な規制の枠組みを強化してきた。
➢ 日本21: 新たな法律の下、事業者に放射線源の防護措置を講じることを求めている。
➢ カナダ22:アフリカ、ラテンアメリカ及び太平洋地域の19 カ国における放射線源のセキュリティ強化のために965万ドルを提供している。

C) 原子力施設
潜在的に深刻な放射線影響が生じうる妨害破壊行為の対象となる核関連施設には、発電用原子炉、研究炉、ウラン濃縮施設及び再処理施設が挙げられる。
発電用原子炉については、2020 年11 月時点で稼働可能なものが全世界に442 基(±0)あるほか、建造中が52 基(-1)、計画段階が100 基(-10)、建設が提案されているものが326 基(-4)ある(括弧内は前年度比の増減)23。
研究炉については、2020 年11 月時点で全世界に846 基(-11)あり、その内訳は以下のとおりである。

➢ 稼働状態(Operational):222 基(-1)
➢ 一 時的に稼働停止中( Temporary
Shutdown):14 基(±0)
➢ 建設中:11 基(+2)
➢ 計画中:17 基(+3)
➢ 閉鎖延期(Extended Shutdown):13基(±0)
➢ 運 用停止( 閉鎖) 状態(PermanentShutdown):58 基(±0)
➢ 廃止・解体(Decommissioned):446基(+3)
➢ 解体中:65 基(-1)(括弧内は前年度比の増減)24

なお、研究炉のセキュリティについてICONS2020 の共同議長報告は、研究炉のリスク評価のアプローチに関する議論ではサイバー及び内部脅威にかかるリスクの詳細な検討が有益となりうると指摘している25。
一方、研究炉用のHEU 使用済核燃料集合体について、濃縮度が20%を超えるものの数は全世界で20,663 体あり、昨年度から変化していない。濃縮度が90%以上のものは9,532 体あり、これも昨年度と同じ数である26。なお、HEU の濃縮度として2 番目に数量が多いのは濃縮度が40%以下の燃料集合体であり、7,485 体ある。地域別にみると、東欧に10,627 体、西欧に4,273 体、アジアに3,492 体、北米に1,614 体、アフリカ・中東に572 体、南米に85 体ある27。こうした状況は、研究炉に対する妨害破壊行為の防止措置の強化が重要であることを示している。
また、ウラン濃縮施設及び再処理施設については核爆発装置の製造の観点からテロリストにとって一定以上の「魅力度」を有する核関連施設でもあると考えられる。発電用原子炉、研究炉、ウラン濃縮施設及び再処理施設の本調査対象国の保有状況は、表3-3 のとおりである。
なお、妨害破壊行為については、2020 年7 月にイランのナタンズにある遠心分離機組立工場において火災事案が発生し、イラン原子力庁は翌月に妨害破壊行為によるものであったと発表した28。本事案が発生した建物は、放射性物質が直接関係しておらず放射線影響は生じなかったものの妨害破壊行為に対する核セキュリティ強化の必要性を改めて認識させる事案であったと言えよう。
また、妨害破壊行為に関連して、近年ドローンの脅威を巡る議論がなされている。2019 年9 月にはサウジアラビアの石油施設が軍用ドローンによる攻撃を受け、同様の攻撃手法でテロリストが枢要なインフラに大きな打撃を与えうることを示した29。米国原子力規制委員会(NRC)が2019 年10月に公表した報告書によると、原子力発電施設は、現在市販されている商業用ドローンによる攻撃に対して放射線影響を伴う妨害破壊行為や、特定核燃料物質の盗取につながる重大なリスクを伴うような脆弱性はないと評価する一方で、ドローン技術がもたらす影響の評価を継続する必要性についても指摘している30。

 

 


1 第3章「核セキュリティ」は、堀部純子により執筆された。本章の執筆にあたっては、『ひろしまレポート2020年版』の本章(一政祐行氏執筆)を参考にした。
2 IAEA, “Nuclear Security Series Glossary Version 1.3 (November 2015)Updated,” p.18.
3 IAEA, “Nuclear Security Series No.13 Nuclear Security Recommendations on Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facilities(INFCIRC/225/Rev.5),” 2011, paragraph 3.37.
4 INFCIRC/225/Rev.5, 2011, paragraph 4.5.

5 “Materials: Highly Enriched Uranium,” International Panel on Fissile Material, May 22, 2020, http://fissile materials.org/materials/heu.html; National Nuclear Security Administration, “Kazakhstan and U.S. Cooperate to Eliminate Highly Enriched Uranium in Kazakhstan,” September 22,2020, https://www.energy.gov/nnsa/articles/kazakhstan-and-us-cooperate-eliminate-highly-enriched-uranium-kazakhstan; “Civilian HEU: Who Has What?” Nuclear Threat Initiative, October 2019,https://media.nti.org/documents/heu_who_has_what.pdf; “Statement of Canada,” ICONS 2020, February 2020.
6 “Civilian HEU: Who Has What?” Nuclear Threat Initiative, October 2019, https://media.nti.org/documents/heu_who_has_what.pdf; “Statement of Canada,” ICONS 2020, February 2020; “Canada, USA Complete Used Fuel Return,” World Nuclear News, February 13, 2020, https://world-nuclear-news.org/Articles/Canada,-USA-completeused-used-fuel-return.

7 INFCIRC/912/Add.4, March 5, 2020.
8 INFCIRC/912/Add.3, August 19, 2019, p. 3.
9 “Civilian HEU: South Africa,” Nuclear Threat Initiative, July 1, 2019, https://www.nti.org/analysis/articles/civilianheu-south-africa/.
10 “Materials: Highly Enriched Uranium,” International Panel on Fissile Material, May 22, 2020, http://fissilematerials.org/materials/heu.html.

11 “Ministerial Declaration,” ICONS 2020, February 2020, p. 2.
12 IAEA, “List of States Expressing a Political Commitment,” August 27, 2020, https://nucleus.iaea.org/sites/ns/code-of-conduct-radioactive sources/Documents/Status_list%2027%20August%202020.pdf.
13 “Wider Implementation of IAEA Code of Conduct to Enhance Safety and Security: Review Meeting Concludes,” IAEA, June 11, 2019, https://www.iaea.org/newscenter/news/wider-implementation-of-iaea-code-of-conduct-toenhance-safety-and-security-review-meeting-concludes.
14 Ibid.
15 “Statement of Germany,” ICONS 2020, February 2020, p. 5.
16 IAEA, Nuclear Security Report 2020, GOV/2020/31-GC (64)/6, August 12, 2020, p. 15.
17 “Statement of United States of America,” ICONS 2020, February 2020, p. 4.
18 “Statement of Australia,” ICONS 2020, February 2020, p. 4.

19 “Statement of United Kingdom,” ICONS 2020, February 2020, p. 15.
20 “Statement of France,” ICONS 2020, February 2020.
21 “Statement of Japan,” ICONS 2020, February 2020.
22 “Statement of Canada,” ICONS 2020, February 2020, p. 2.
23 “World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements,” World Nuclear Association, November 2020, https://world- nuclear.org/information-library/facts-and-figures/world-nuclear-power-reactors-and-uranium-requireme.aspx.
24 IAEA, “Research Reactor Data Base,” https://nucleus.iaea.org/RRDB/RR/ReactorSearch.aspx?rf=1.

25 “Co-Presidents’ Report,” ICONS 2020, February 2020, p. 11.

26 IAEA, “Worldwide HEU and LEU Assemblies by Enrichment,” https://nucleus.iaea.org/RRDB/Reports/Container.aspx?Id=C2.
27 IAEA, “Regionwise Distribution of HEU and LEU,” https://nucleus.iaea.org/RRDB/Reports/Container.aspx?Id=C1.
28 “Iran Nuclear: Fire at Natanz Plant ‘Caused by Sabotage,’’’ BBC, August 23, 2020, https://www.bbc.com/news/world-middle-east-53884701; Parisa Hafezi, “Iran Official Says Sabotage Caused Fire at Natanz Nuclear Site-TV,” Reuters, August 23, 2020, https://www.reuters.com/article/us-iran-nuclear-natanz-idUSKBN25J0M1.
29 “Saudi Arabia Oil Facilities Ablaze after Drone Strikes,” BBC News, September 14, 2019.
30 Kelsey Davenport, “NRC Will Not Require Drone Defenses,” Arms Control Today, December 2019, https://www.armscontrol.org/act/2019-12/news-briefs/nrc-not-require-drone-defenses; “Drones and Nuclear Power Plant Security,” United States Nuclear Regulatory Commission, November 4, 2020, https://www.nrc.gov/ reading-rm/doccollections/fact-sheets/fs-drone-pwr-plant-security.html.

 

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