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国際平和拠点ひろしま

Hiroshima Report 2023(7) 警戒態勢の低減、あるいは核兵器使用を決定するまでの時間の最大限化

核兵器の警戒態勢に関して、2022年には核保有国の公式の政策に変化は見られなかった256。米国及びロシアの戦略核弾道ミサイルは高い警戒態勢に置かれている257。米国は2022 NPRで、ICBMは「即時発射(hair-trigger)」の警戒態勢にはないとする一方で、「ICBMの警戒態勢解除や警戒レベル低減のための他のステップは、敵対国が攻撃、あるいは強制措置としての核準備態勢の強化といった動機を高め、危機安定性を損ないうる」258として、採用しないという方針を示した。

他方、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ侵略開始直後の2022年2月27日に、国防相及び軍参謀総長と協議し、核戦力を含むロシア軍の戦力を特別任務態勢にするよう命令した259。ロシアは、「特別任務態勢」のもとで講じられた具体的な措置や行動については一切明らかにしなかったが、従事する人員の数の増加、発射命令を伝達するための通信回線の確保、あるいは実際の攻撃時に発動される予備的な権限の発出などがなされたのではないかと分析されている260。

米露以外では、英国の40発及びフランスの80発の核兵器が、SSBNの常時哨戒のもとで、米露のものよりは低い警戒態勢に置かれている261。ロシアのウクライナ侵略後、ロシアとNATOの関係が一気に悪化するなかで、4隻のSSBNを保有するフランスは、母港(ロング島)がロシアの攻撃対象となるリスクに備え、3隻目のSSBNを出港させたとも報じられた262。

中国は、NPT運用検討会議に提出した国別報告で、自国の警戒態勢について以下のように言及した。

中国の核戦力の指揮は高度に中央集権的である。部隊の活動は、中央軍事委員会の命令に従い、極めて厳密かつ正確に行わなければならない。中国の核戦力は平時には中程度の準備態勢にあるが、国内に核の脅威が生じた場合、敵の核兵器使用に対する抑止力として、中央軍事委員会の命令で核反撃に備えた厳重な警戒態勢に入ることになる。実際に核攻撃が行われた場合は、敵に対して断固とした反撃が行われる。263

中国は、米露のような平時からの高い警戒態勢を採用していないと見られるが、「中程度の準備態勢」が具体的にどのようなものであるかは明らかではない。通常は核弾頭と運搬手段を切り離して保管し、即時発射の態勢を採用していないと考えられてきた。しかしながら、米国は近年、中国が新型のMIRV化ICBM、SSBN及びSLBMの導入、さらにはロシアの協力による早期警戒システムの構築に伴い、そうした政策を変更しつつあるのではないかと指摘してきた。米国防総省の「中国の軍事力に関する年次報告書」では、「核戦力の大部分は発射機、ミサイル及び弾頭を切り離す平時の状態にあることはほぼ間違いないが、核・通常の戦略ロケット軍の旅団は『戦闘準備任務』及び『高度警戒任務』を遂行している。この任務には、ミサイル大隊を発射準備態勢に移行させ、不特定の期間、ほぼ月単位で待機態勢におくことが含まれているようだ。中国は、緊張が高まると『高度警戒態勢』に入る部隊の数を増やすと思われる」264との見方を示した。この年次報告書では、「中国人民解放軍(PLA)は、敵の先制攻撃が爆発する前に、ミサイル攻撃の警告が反撃につながる『早期警報反撃』と称される警報即発射(LOW)態勢を実施している。…中国共産党はおそらく、その戦力の少なくとも一部、特に新しいサイロベースの部隊をLOW態勢で維持しようとしており、2017年以降、戦略ロケット軍は核攻撃の早期警報と警報時の発射対応を含む演習を実施している」265との分析も記載した。こうした米国の主張に対して、中国は、警戒態勢を含む核態勢に変化はないことを繰り返し明言している。

他の核保有国の動向は明らかではないが、インドは即時発射の態勢を採用していないと見られる。パキスタンは2014年2月に、核兵器を含むすべての兵器は首相を長とする国家司令部(National Command Autho-rity)の管理下にあり、インドとの危機時にも核戦力使用の権限を前線の指揮官に移譲しないことを確認した266。北朝鮮は2020年5月の朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議で、「核戦争抑止力をさらに高め、軍事力の構築と発展のための一般的な要件に沿って、戦略的軍事力を高度な警戒運用下に置くための新たな政策を打ち出した」267と報じられたが、その具体的な措置や実効性は定かではない。

警戒態勢の低減・解除が提案される目的の1つには、事故による、あるいは偶発的な核兵器の使用の防止が挙げられてきた。そうした核兵器の意図せざる使用のリスクを低減するために緊急の措置を講じることなどを求めた国連総会決議「核兵器の危険性の低減」268は119カ国の賛成で採択されたが、49カ国(豪州、オーストリア、カナダ、フランス、ドイツ、イスラエル、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、スイス、トルコ、英国、米国など)が反対、13カ国(中国、日本、北朝鮮、パキスタン、ロシアなど)が棄権した。

 


256 各国の政策については、『ひろしまレポート2017年版』を参照。
257 Hans M. Kristensen, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons,” Presentation to NPT PrepCom Side Event, Geneva, April 24, 2013; Hans M. Kristensen and Matthew McKinzie, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons,” United Nations Institute for Disarmament Research, 2012.
258 2022 NPR, p. 13.
259 “Putin Orders ‘Special Service Regime’ in Russia’s Deterrence Force,” Tass, February 27, 2022, https://tass.com/ defense/1412575.
260 Pavel Podvig, “Why—and How—the World should Condemn Putin for Waving the Nuclear Saber,” Bulletin of the Atomic Scientists, March 29, 2022, https://thebulletin.org/2022/03/why-and-how-the-world-should-condemn-putin-for-waving-the-nuclear-saber/.
261 Kristensen, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons”; Kristensen and McKinzie, “Reducing Alert Rates of Nuclear Weapons” を参照。
262 Wojciech L, “France Increases Nuclear Force Readiness Amid War in Ukraine,” Overt Defense, March 21, 2022, https://www.overtdefense.com/2022/03/21/france-increasing-its-nuclear-force-readiness-amid-war-in-ukraine/.

263 NPT/CONF.2020/41, November 16, 2021.
264 The U.S. Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2022, p. 95.
265 The U.S. Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2022, p. 99.
266 Elaine M. Grossman, “Pakistani Leaders to Retain Nuclear-arms Authority in Crises: Senior Official,” Global Security Newswire, February 27, 2014, http://www.nti.org/gsn/article/pakistani-leaders-retain-nuclear-arms-autho rity-crises-senior-official/.
267 “Supreme Leader Kim Jong Un Guides Enlarged Meeting of WPK Central Military Commission,” KCNA, May 24, 2020, http://www.kcna.co.jp/item/2020/202005/news24/20200524-01ee.html.

268 A/RES/77/74, December 7, 2022.

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