(3) 核セキュリティの最高水準の維持・向上に向けた取組
(3) 核セキュリティの最高水準の維持・向上に向けた取組
A) 民生利用におけるHEU 及びプルトニウム在庫量の最小限化
今日において、HEU及びプルトニウム在庫量の最小限化は核セキュリティの最高水準を目指す上で重要な要素の1つに数えられる。そもそも、HEUは核爆発装置の製造にも用いることができるため、その存在自体が兵器用と民生用という「コインの表裏」であると言われてきた。テロリストにとっての「魅力度」という観点からも、こうした核分裂性物質が実際に相応の核セキュリティ上のリスクをもたらす可能性は否定し得ない。2004 年のGTRI69に始まり、2010年以降の一連の核セキュリティ・サミット・プロセスで確認された、HEU及びプルトニウム利用の最小限化への取組の結果、今日では南米、中央ヨーロッパ諸国、東南アジアがリスクの高い核物質が存在しない地域となった。
こうした経緯を踏まえ、以下、第63 回IAEA 総会でのステートメントなどを中心に、民生利用におけるHEU 及びプルトニウム在庫量の最小限化に資する取組に公に言及されたケースを列挙する。
➢ 豪州:他の生産国とともに、世界のモリブデン-99 のサプライチェーンに存在するHEU の75%を除去することで、こうしたアプローチが技術的にも商業的にも実行可能であると証明したと発表した70。
➢ ベルギー:国内のHEU の削減に取り組んでいること、また技術的・経済的に可能であるならば、高レベル密閉線源の使用を代替する技術の早急な適用が必要であると認識している旨、発表があった71。
➢ ナイジェリア:同国第1 研究炉用HEU 燃料の低濃縮ウラン(LEU)燃料への転換の取組が中国にHEUを送還することによって完了したと報告した72。
➢ ノルウェー:HEU 利用最小限化を推進する一環として、2019 年8 月に民生用HEU の在庫に関する国別報告書を発表した73。
B) 不法移転の防止
核検知、核鑑識、法執行及び税関職員の執行力強化のための新技術の開発、IAEA移転事案データベース(ITDB)への参加は、核物質の不法移転防止のための取組として重要である。特にITDB は、核物質及びその他の放射性物質の不法な所有、売買・取引、放射性物質の不法散布、行方不明の放射性物質の発見などに関係した事例を情報共有するためのデータベースとして、IAEA の核セキュリティ計画を支える要素74であるのみならず、核セキュリティ上の脅威の存在を現実のものとして広く受け止めるのにも役立つ統計的資料として、近年その存在感を一層高めている。
ITDB 参加国数は138 カ国(2018 年12月末時点)であり75、これはベナンとコンゴが新たに参加したことにより、昨年度比で2 カ国の増加となっている。本報告書執筆時点で最新となる2018 年のIAEA 年次報告書によれば、2018 年には253 件の事案がITDB に報告されており、2017 年の件数が166件76であったことと比べれば、報告件数上は87 件の増大となっている。また、IAEA の2019 年の核セキュリティ報告77によれば、1993 年のITDB 開始以来、2019年6 月末までに3,565 件の事案が報告されており、2018 年7 月から2019 年6 月までの1 年間に区切れば、117 件の事案がITDBに報告されている。なお、2018 年7 月以前で、過去の報告でカバーされていなかったものを加えると、2018 年から2019 年までの報告期間中に合計186 件の事案が報告されたこととなる。当該区切りで新たに報告された186 件の内訳として、まず移転にかかる事案が7 件、信用詐欺事案が4 件であった。これらのいずれもHEU やプルトニウム、あるいはIAEA の原子力安全基準で区分Ⅰに分類された放射線源ではなく、また事案を報告した国で管轄権を有する当局によって、すべての放射性物質及び放射線源が押収されている。他方で、移転や悪意ある使用の意図が不明な事案は33 件あり、その内訳としては放射線源の盗難が18 件、許可を受けていない所持が1 件、紛失が14件であった。これらすべてが上記基準における区分Ⅲの放射線源にかかる事案であり、その27 件において放射線源は元に戻っていない。このほかに規制の管理を外れたものの移転や悪意ある使用、あるいは詐欺には該当しない核物質にかかる事案として、146 件が報告されている。これらの大半は、許可を受けていない廃棄や積み出し、そして過去に遺失した放射線源の予期せぬ発見などであったとされる。
IAEA の2019 年版ITDB ファクトシートによれば、1993 年から2018 年12 月31 日までの間にITDB に報告された事案の総件数は3,497 件にのぼり、その内訳としては、グループⅠ(移転及び悪意ある使用に関する確認済みの事案、あるいはほぼ確実と思われる事案)が285 件、グループⅡ(移転や悪意ある使用に関係するか否かを確定するための情報が不足している事案)が965件、そしてグループⅢ(移転や悪意ある使用に関連していない事案)が2,247 件あった78。なお、ITDBでは締約国の機微情報の保護という観点から、報告された事案や不法な取引の詳細については公開されていない79。そのため、報告された事案や個別の対応などで各国の取組を直接評価することは実質的に不可能である。
こうした背景のもと、2018 年から2019年にかけて公表された不法移転の防止措置、輸出管理を巡る法令整備、国境での放射性物質の検知装置設置、核鑑識に関する能力の強化(詳細は後述する)などに関する各種の取組は以下のとおりである。
➢ チリ:沿岸国や運輸会社との非公式協議を積極的に進め、関係当事者間での恒常的な協力と情報交換を実施。2019 年10 月、チリとIAEA との協力のもとに放射性物質の輸出入及び通行における要求事項と手続きの調整にかかる地域会合を開催した。また、チリ原子力エネルギー委員会のもとに、放射性物質輸送時の物理的防護にかかる規制・規範を審議しており、2021 年にこれを採択する見通しであると発表した80。
➢ UAE:CPPNM/A 第14 条1 項に基づく義務の履行として、UAE はIAEA に関連する同国法律及び規制に関する情報を提出したと発表した81。
➢ イラン:2019 年7 月、IAEA との共催で核セキュリティ検知アーキテクチャの導入に関する統合ワークショップ( Interregional Workshop on Introduction to Nuclear Security Detection Architecture, in cooperation with the IAEA)を主催した82。
➢ インドネシア:IAEA との協力のもとに、入国地点や国境での放射能ポータルモニター(RPM)や放射線データ監視システム(RDMS)の設置と同様に、能力構築プログラムを含め、関連するステークホルダーとの調整を改善することで、核セキュリティ関連のインフラを継続的に整備及び強化した83。
他方、国際機関の取組にも目を向ければ、核テロ防止に関するデータ収集、捜査支援、各国法執行機関間の信頼醸成と協調のためのフォーラムを提供するINTERPOL では、2019 年4 月にIAEA が主催した「核鑑識にかかる技術会合」において、規制の管理を外れた核物質及びその他の放射性物質の脅威と戦うために、核鑑識が果たすべき役割について報告を行い、その知見を明らかにした84。また、7 月にヨルダン内務大臣とINTERPOL 事務総長が会合を行い、同国との核セキュリティを含む対テロ訓練の調整について協議する85など、ハイレベルでの注意喚起も行われた。
また、国連薬物犯罪事務所(UNODC)テロ防止部局(TPB)は、2019 年6 月に核テロ防止条約、CPPNM及びCPPNM/A の普遍化と効果的な履行の促進を念頭に、南米及びカリブ諸国に対する地域ワークショップを開催し、これらの地域から25 名の専門家が参加して情報交換を実施した86。
一方、IAEA も2019 年1 月、放射線検知装置の維持・修理及び較正のための新たな共同研究プロジェクト(CRP)をアルバニア、ブルガリア、ブルキナファソ、ギリシャ、インド、ケニア、タイとともに開始した。同プロジェクトは不法移転防止のために用いられる放射線検知装置の効率性向上とコスト削減を目的として、2022 年まで実施される予定である87。
以下の表3-6 では、平和目的のHEU を最小限化する取組、ITDB への参加、及び核物質・その他の放射性物質の不法移転の防止のための措置の実施について、各種の公式声明において取組の意思表示があったケースを示した。
C) 国際評価ミッションの受け入れ
核物質防護の対象施設、及び輸送の物理的防護システムの評価に焦点を置く国際評価ミッションのIPPAS とは、加盟国の要請に基づき、IAEA 主導で各国の核物質防護専門家から構成されるチームが当該国の政府及び原子力施設を訪問し、施設の核物質防護措置の内容の確認、並びに政府関係者及び原子力事業者へのヒアリングなどを通して、IAEA 核物質防護勧告(INFCIRC/225)に準拠した防護措置を実施する上での必要な助言などを行うものである。2019年にIAEA が発表したところでは、国際評価ミッションに関わるイベント数は5 件であった88。IPPAS 関連イベントは2017 年に14 件、2018 年が5 件であり、その数は近年減少傾向にある。
調査対象国における実績としては、2019年中にはベルギー、レバノン、マダガスカル、ウルグアイ、パラグアイがそれぞれIPPAS ミッションを受け入れた。なお、ウルグアイもパラグアイも2016 年にCPPNM/A を批准しており、IPPAS ミッションの受け入れは、これらの国々における核セキュリティの水準向上を目指す取組の一環として実施された89。
他方、IAEA では核セキュリティ体制整備・強化を支援するべく、IPPAS 以外にも要請ベースで実施される国際核セキュリティ諮問サービス(INSServ)や統合核セキュリティ支援計画(INSSP)なども実施している。INSServ は要請国に求められる核セキュリティ体制の要件全般を検討し、改善が必要な点をIAEA が助言するサービスである。INSSP は長期間にわたって持続可能な、核セキュリティに関連する作業のためのプラットフォームを提供しており、IAEA、関係国及び資金を提供するドナーがリソースを最適化し、重複を避け、技術的・財務上の観点からも核セキュリティ関連活動を可能にせしめるものである。
これらの諮問サービスに関して、ナイジェリアは2019 年にINSSP レビューミッションを受け入れたほか、IAEA の協力のもとに核セキュリティのための注意喚起ワークショップを開催した90。また、この関連でIAEA は7 月にINSSP の履行にかかるグッドプラクティスの共有と、共通する核セキュリティ上のニーズを同定するためのシナリオベースの欧州地域ワークショップをルーマニアで開催した91。
D) 技術開発―核鑑識
核鑑識は2016 年のIAEA 閣僚宣言でその重要性が指摘されるなど92、核物質及び放射性物質が用いられた犯罪などに対して、当該物質の押収現場から分析ラボまでの切れ目ない管理を行うための技術と体制の整備に関し、IAEA などがガイダンスや研修を通じて各国を支援する重要な核セキュリティ技術となっている93。こうした核鑑識の多国間協力の取組として重要な位置づけにあるのが「核鑑識に関わる国際技術ワーキンググループ(旧名称:核物質の不法移転に関わる国際技術ワーキンググループ、ITWG)」である。2019 年におけるITWG関連の会合としては、6 月に「第6 回ITWG 協同物質比較演習( ITWG 6th Collaborative Materials Exercise(CMX-6))データレビュー会合」がポーランドで行われたほか、同月、ITWG 第24 回年次会合がルーマニアで開催された94。なお、CMXはその取組の開始当初(CMX-1)、参加する分析ラボは僅か6 機関であったものの、現在(CMX-6)では豪州、オーストリア、アゼルバイジャン、ブラジル、カナダ、チェコ、中国、欧州委員会(共同研究センター、Joint Research Centre: JRC)、フランス、ドイツ、ハンガリー、イスラエル、日本、カザフスタン、リトアニア、モルドヴァ、オランダ、ポーランド、ルーマニア、ロシア、韓国、シンガポール、南アフリカ、スウェーデン、スイス、トルコ、ウクライナ、英国、米国が参加しており、その規模は顕著な増大を見せている95。
核鑑識にかかるもう1 つの重要な多国間協力の枠組みが、後述する核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ( Global Initiative to Combat Nuclear Terrorism: GICNT)のなかに設置された核鑑識作業部会(NFWG、議長国はカナダ96)である。多国間協力を通じた核鑑識能力の強化という観点で、NFWG においても多数のワークショップや机上演習が実施されている97。2019 年4 月にはIAEA との共催でGICNT 核鑑識作業部会専門家会合がフィンランドで実施され、2019 年から2021 年に向けたNFWG の作業計画が議論されたほか、核鑑識の自己診断ツールの利用や、今後のNFWG 関連演習の検討などが行われた98。また、6 月には第11 回GICNT シニアレベル総会がアルゼンチンで開催された99。
なお、IAEA も2018 年に核鑑識にかかる協力プロジェクトの発足を発表した100。この関係で、2019 年4 月には科学者、警察官、検察官、原子力規制当局、政策決定者らの参加のもとに、盗取され、あるいは紛失した放射性物質を追跡する能力の強化と法的手続き遂行の支援を目的とする「核鑑識に関するIAEA 技術会合:科学を超えて」がウィーンで開催された101。また11 月には、アルメニアで放射性物質犯罪の現場管理ワークショップをIAEA が開催102するなど、活発な取組が続いている。
E) キャパシティ・ビルディング及び支援活動
核セキュリティ・サミット・プロセスの開始に前後して、核セキュリティにかかる国内でのトレーニングコースの設置といった教育・研修機能の強化、あるいは地域諸国の専門家を対象とした中心的拠点(COE)の発足など、多くの国や地域において核セキュリティに関するキャパシティ・ビルディングなどの国際支援活動の取組が継続的に実施されてきた。2019 年における関連の事例としては、中国は9 月10 日、アジア太平洋地域及び世界における核セキュリティ能力構築をさらに強化するために、IAEAと核セキュリティ技術協力センター設置にかかる協力協定を締結した103。イランは核セキュリティ協力について、原子力安全の強化と緊急事態対処のための地域ネットワークの構築について強調しつつ、すべての地域諸国と知見を共有する用意があると発表した104。日本は東京電力の福島第一原子力発電所事故の経験に基づき、福島のIAEA 対応と緊急時対応援助ネットワーク(RANET)への支援を通じて、世界的な原子力安全の強化に貢献しているほか、原子力発電導入国におけるインフラと人的資源の開発を支援している105。
他方、核セキュリティを基軸とする関係各国でのCOE の動向について、第63 回IAEA 総会や2019 年NPT 準備委員会などにおける声明で言及があったものは以下のとおりである。
➢ ロシアのロスアトム技術アカデミーとIAEA は、原子力エネルギー及び核セキュリティに関する知識マネジメントと人材育成のための協力協定を2019 年に締結し、同アカデミーはIAEA 共同センターに指定された106。また、ロシアは原子力安全文化について、同アカデミーで常設訓練を実施しているほか、原子力安全文化教育のデジタル化に取り組んでいると発表した107。
➢中国の中国原子力 エ ネ ル ギ ー 庁(CAEA)とIAEA も放射線検知装置や物理的防護システムの機能強化に向けて、開発、試験及び訓練を行うための協力協定を2019 年に締結し、同国の核セキュリティ技術センター(SNSTC)と中国原子力エネルギー研究所(CIAE)がIAEA 共同センターに指定された108。
➢ メキシコは、IAEA も協力する放射線及び原子力規制機構イベロアメリカフォーラム(FORUM)への活動支援を通じて、メンバー国における最高水準の原子力安全、放射性及び物理的安全、核セキュリティ強化に貢献したと発表した109。
➢ 日本はIAEA と日本原子力研究開発機構核不拡散・核セキュリティ総合支援センター(JAEA-ISCN)との協力を軸に地域の人材育成活動を将来的にも継続して実施する予定であると表明した110。
この他のキャパシティ・ビルディング関連の取組として、2019 年2 月、IAEA とブルガリアのソフィア総合経済大学による核セキュリティ教育及び人材育成にかかる2015 年以来の合意が更新され、2021 年までの間、同大学では核セキュリティ分野の修士課程プログラムをIAEA の協力下で運用することとなった111。イタリアの国際理論物理学センター(ICTP)はIAEA との共催で、3 月から4 月にかけて核セキュリティ国際スクールを開講し、2 週間の日程に47 カ国から若年の専門家らの参加のもとに、不法移転された放射性物質の検知及び追跡にかかるトレーニングを実施した112。また、スペインのCORN トレーニングセンター(CADEX-CBRN)は、核セキュリティにかかる初の法執行機関向けのカリキュラム開発と、そのためのワークショップやトレーニングの開催・実施を目的に、同3 月、IAEA 共同センターに指定された113。11 月、日本は核物質及びその他の放射性物質の輸送セキュリティに関する国際シンポジウムを開催した。核物質などの輸送セキュリティに関心を有する国々37 カ国、IAEA、国際海事機関(IMO)といった国際機関などから約120 名が参加し、輸送セキュリティに携わる実務者と経験や取組、制度などについて最良事例を共有するとともに、輸送セキュリティにかかる共通の課題について議論や意見交換が行われた114。
こうした関係各国でのCOE の設置・運営及び国内外の専門家へのトレーニングの実施は、グローバルな核セキュリティにかかるキャパシティ・ビルディングに大きく寄与すると考えられるのみならず、COE の設置された地域内の専門家や事業者、関係機関に対して核セキュリティの水準向上や核セキュリティ文化の浸透を喚起し、また最良慣行の共有や講師の相互派遣といった協力関係の構築など、数多くのメリットを見出すことができる。それと同時に、近年までに世界各地に設置された数多くのCOEの地域内外での活動面での重複を避け、効率的な連携や情報共有の緊密化、そしてIAEA などを軸としたより広範なネットワークの維持・拡大、国際支援を通じた教育・訓練の強化や意識啓発を図ってゆくことが重要な課題となっている。この関連で、2012 年にIAEA 主導で発足した「核セキュリティ訓練・支援センター国際ネットワーク(NSSC Network)」は、各国COE の間での連携やネットワーク構築の基軸として重要な役割を担っている。2019 年3 月、北京で開催されたNSSC Network 年次会合には48 カ国から85 名の参加のもとに、内部脅威対策をテーマに知見の共有が行われたほか、核物質防護や核物質の不法移転防止のための国際協力の強化を巡って意見が交わされた115。こうしたNSSC Network と同様の取組としては、核セキュリティ教育にかかる技術開発や情報共有を進め、卓越性をさらに強化するためのIAEA 主催による国際核セキュリティ教育ネットワーク(INSEN)の存在がある。IAEA の核セキュリティ報告書(Nuclear Security Report 2019)によれば、2019 年時点でINSEN には締約国64 カ国から184 の教育機関が参加しており116、この数は近年も増加傾向にある。2019 年5 月、INSEN とIAEA によって、35 歳以下の学生と若年専門家を対象にした2020 年国際核セキュリティ論文の公募が告示された。同公募は2020 年のICONS のプログラムの一部であり、3 名の入賞者には2,000 ユーロの賞金が授与される117。7 月にはウィーンでINSEN 年次会合が開催され、50 カ国100 名の参加のもと、核セキュリティにおいて女性が果たす役割をテーマにパネルディスカッションを行うなど、核セキュリティにかかる教育のアウトリーチ活動を実施した118。
F) IAEA 核セキュリティ計画及び核セキュリティ基金
2019 年12 月現在、IAEA が4 カ年ごとに出す「核セキュリティ計画」(Nuclear Security Plan)の最新版は「2018~2021 年における第5 次活動計画」119である。この「核セキュリティ計画」を実施するために、IAEA では2002 年に核テロリズムの防止、検知及び対処にかかる核セキュリティ基金(NSF)を設立し、以来、IAEA 加盟国には自発的な資金の拠出が要請されている。本報告書執筆時点で最新となる2018 年のIAEA 年次報告書(2018 年1 月から12 月までをカバーする)によれば、個別の国名は明らかにされていないものの、16 カ国に加えて、従来からの資金拠出国ではない非伝統的なドナー(non-traditional donors)国がNSF への財政的な関与を約束したとされ、同年度におけるNSF の歳入は2,220 万ユーロであった120。これは前年度比で2,190 万ユーロもの大幅な減額となっている。
2019 年の第63 回IAEA 総会などでの各国声明で明らかになった調査対象国のNSFへの具体的な関与の表明としては、カナダがこれまでに5,900 万ドル以上を拠出したと発表した121ほか、中国は金額を明示していないものの、NSF への継続的貢献によって、IAEA に複数の検知装置を寄付すると表明した122。ドイツも金額は表明していないが、NSF への拠出を通じてIAEA の核セキュリティへの取組を支持すると表明した123。韓国はNSF への拠出自体に言及していないものの、各国にNSF を通じた核セキュリティ強化を働きかけた124。ニュージーランドは2019 年にNSF へ10 万ニュージーランドドルを拠出すると宣言した125。
G) 国際的な取組への参加
核セキュリティの水準向上のための国際的な取組は、今日重層的な構造を形成している。こうした核セキュリティにかかる国際社会の主だった取組としては、国連憲章第7 章に基づき、加盟国に大量破壊兵器などの拡散を禁ずるための法的措置を講じ、厳格な輸出管理制度の策定などを求める不拡散に関する安保理決議第1540 号(2004年) 126 をはじめとして、前述したINTERPOL による核セキュリティ関連での各国法執行機関への支援や、IAEA 主催による核セキュリティに関する国際会議のほか、各種の関連する会合やワークショップなどに象徴される国際機関におけるアプローチ、そして2016 年に終了した核セキュリティ・サミット・プロセスといった多国間フォーラムが挙げられる。これらの取組に加えて、注目されるべき核セキュリティにかかる多国間協力の枠組みにG7 グローバル・パートナーシップ(G7GP、旧称G8 グローバル・パートナーシップ)と、GICNT という2 つのアプローチがある。
G7GP について、核セキュリティとの関連では原子力安全セキュリティ・グループ(NSSG)が2019 年7 月、G7 首脳に宛てた原子力安全及び核セキュリティに関するメッセージを発出しており、このなかで原子力平和利用におけるNPT の重要性と原子力安全、核セキュリティ及び核不拡散にかかるスタンダードの最高水準をすべての国が履行する必要があること、各国には上記に関連する諸条約や保障措置などの完全な履行が求められることなどを指摘した127。また、2019 年にフランスで開催されたビアリッツG7 首脳会議における2019 年のNSSG 報告では、前述のメッセージの内容に加えて、小型モジュール型原子炉(SMR)のような新興技術が原子力安全、核セキュリティ及び保障措置上の課題となり得ること、原子力施設での原子力安全と核セキュリティを有効なものとする観点から、民生分野でのサイバーセキュリティの枠組みに政治面と規制面から取り組む必要があること、2020 年に予定されるICONS の成果は、IAEA の核セキュリティ計画「2022~2025年における第6 次活動計画」へ反映されることから、参加国はサイバーセキュリティのような新たな課題をアジェンダに盛り込むべきことなどが言及された128。
一方、G7GP の2019 年の外相会合コミュニケにおける「不拡散及び軍縮ステートメント」129では、原子力安全及び核セキュリティの推進及び、核テロ及び放射性テロ対策と題して、関連の多国間条約への加入推進とともに、それらの効果的で持続可能な履行の重要性が指摘されたほか、核セキュリティコンタクトグループ(NSCG)及びGICNT による取組に言及し、こうした貢献がG7GP で共有された世界規模での核セキュリティ強化というコミットメントの履行の助けとなることなどが強調された。
他方、2006 年のサンクトペテルブルクサミットにおける米露主導の合意に基づくGICNT は、核セキュリティ分野におけるもう1 つの重要な国際的取組である。核鑑識の分野でのGICNT の取組については前述したとおりであるが、あくまでも自発的な国際協力の枠組みとして、GICNT には2019 年8 月時点で豪州、中国、フランス、ドイツ、インド、イスラエル、日本、韓国、パキスタン、ロシア、スウェーデン、スイス、英国、米国など89 カ国のパートナー国に加えて、IAEA、INTERPOL、国連テロ対策委員会(UNOCT)など6 つの国際機関がオブザーバー参加している130。
2019 年のGICNT に関する個別の取組としては、1 月に越境する放射性物質への対処を想定した「核テロと戦うための核検知及び核鑑識―レゾリュート・セントリー( Resolute Sentry ) 共同演習」( Joint Exercise on Nuclear Detection and Nuclear Forensics to Combat Nuclear Terrorism)がカナダで開催されたほか、2 月に放射性物質及び核物質の検知にかかる技術的・科学的な最良慣行の共有を念頭においた「カンニング・カール(Cunning Carl)核検知支援ワークショップ」が欧州連合にて開催された。4 月にはナイジェリアで、テロ対策への既存の地域の枠組みの活用や、核セキュリティイベントに関連した災害対応などを扱った「バリアント・イーグル(Valiant Eagle)対応調整及び法的枠組みワークショップ」が開催された。
これまでに述べた核セキュリティに関するIAEA 諮問ミッション(本報告書ではIPPAS ミッションを基準に評価するが、その他の関連する諮問ミッションもこれに含める)の各国受入れ状況、核鑑識への対応、核セキュリティ分野でのキャパシティ・ビルディング及びその支援活動などは、いずれも核セキュリティに関連するパフォーマンスの向上に裨益し、調査対象国の核セキュリティ体制強化の取組を示す指標になると考えられる。また、NSF への貢献や、G7GP、GICNTへの参加も、こうした核セキュリティ体制の整備に向けたコミットメントを示すものとして評価できる。かかる前提に基づき、以下の表3-7 では、上記の各項目(核セキュリティ・イニシアティブ)への各国の参加・取組状況を示した。
69 こうした低濃縮化に関しては、GTRI の取組以前からも各国の研究炉用燃料の低濃縮化措置が採られてきた経緯がある。一例として、日本においても1970 年代後半から核不拡散の観点で低濃縮化が進められてきた一方で、近年は核セキュリティ強化の文脈での低濃縮化が進められている。「第14 回原子力委員会資料第1-2 号 我が国における研究炉等の役割について中間報告書」日本原子力学会「原子力アゴラ」特別専門委員会研究炉等の役割検討・提言分科会、2016 年3 月; 「研究炉燃料について」内閣府、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/bunka4/siryo4/siryo7.htm。
70 “Statement of Australia,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
71 “Statement of Belgium,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
72 “Statement of Nigeria,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
73 “Statement of Norway,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
74 IAEA, “ITDB: Incident and Trafficking Database.”
75 IAEA, “IAEA Incident and Trafficking Database (ITDB) Incidents of Nuclear and Other Radioactive Material out of Regulatory Control 2019 Fact Sheet,” p.1.
76 IAEA, IAEA Annual Report 2017, GC(62)/3, p.85.
77 IAEA, “Nuclear Security Report 2019, GOV/2019/31-GC(63)/10,” July 31, 2019, pp.3-4.
78 “IAEA Incident and Trafficking Database (ITDB) Incidents of Nuclear and Other Radioactive Material out of Regulatory Control 2019 Fact Sheet,” IAEA, https://www.iaea.org/sites/default/files/19/04/itdb-factsheet-2019.pdf,p.2.
79 Ibid., p.1.
80 “Statement of Chile,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
81 “Statement of UAE,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
82 “Statement of Iran,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
83 “Statement of Indonesia,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
84 Jerry Davydov, David Kenneth Smith and Nicola Vorhofer, “The IAEA Technical Meeting on Nuclear Forensics:Sharing Global Success in Nuclear Forensics Development and Implementation,” ITWG Nuclear Forensics Update,No.11, June 2019, p.2.
85 “Jordanian Authorities Welcome INTERPOL Chief for High-Level Discussions,” INTERPOL, July 17, 2019,https://www.interpol.int/News-and-Events/News/2019/Jordanian-authorities-welcome-INTERPOL-Chief-for-high-level-discussions.
86 “UNODC/TPB Promotes the Universalization of the International Legal Framework Against Nuclear Terrorism in Latin America and the Caribbean,” UNODC, 2019, https://www.unodc.org/unodc/en/terrorism/latest-news/2019_latinamerica.html.
87 “New CRP: Maintenance, Repair, and Calibration of Radiation Detection Equipment (J02014),” IAEA, February 5,2019, https://www.iaea.org/newscenter/news/new-crp-maintenance-repair-and-calibration-of-radiation-detection-equipment-j02014.
88 “Peer Review and Advisory Services Calendar,” IAEA, https://www.iaea.org/services/review-missions/calendar?type=3170&year%5Bvalue%5D%5Byear%5D=&location=All&status=All.
89 “IAEA Completes Nuclear Security Advisory Mission in Uruguay,” IAEA, November 22, 2019, https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-completes-nuclear-security-advisory-mission-in-uruguay; “IAEA Completes Nuclear Security Advisory Mission in Paraguay,” IAEA, December 13, 2019, https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-completes-nuclear-security-advisory-mission-in-paraguay.
90 “Statement of Nigeria,” 63rd IAEA General Conference, September 2019.
91 “Identifying Common Nuclear Security Needs: IAEA Tests New Scenario-based Workshop,” IAEA, July 19, 2019,https://www.iaea.org/newscenter/news/identifying-common-nuclear-security-needs-iaea-tests-new-scenario-based-workshop.
92 IAEA, “Nuclear Security Plan 2018-2021, GC(61)/24,” September 14, 2017, p.4.
93 Ibid., p.14.
94 “Upcoming Trainings and Meetings,” ITWG Nuclear Forensics Update, No.10, March 2019, p.7.
95 Jon M. Schwantes, “Trends in Nuclear Forensic Analyses: 20 Years of Collaborative Materials Exercises,” ITWG Nuclear Forensics Update, No.10, March 2019, p.6.
96 “Fact Sheet,” GICNT, August 2019, http://www.gicnt.org/documents/GICNT_FactSheet_August2019.pdf.
97 “Key Multilateral Events and Exercises,” GICNT, http://www.gicnt.org/documents/GICNT_Past_Multilateral_Events_August2019.pdf.
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